Season 4「NoX」 #050
第50話「名前を探す理由」
連邦共和国軍の最後の車両が地平線の向こうへ消えてから、レイブン・S・クロウが振り返るまでには少し時間がかかった。
「NoX」
後ろからエミリア・ヴァイスに呼ばれ、ようやく意識を戻す。
「アトラスが呼んでる」
「聞いた」
「だったら行くわよ」
「分かってる」
レイブンはT-51《REAPER》のスリングを肩へ掛け直し、エミリアの横へ並んだ。
朝の共同宿営地では、すでに大型異界軍兵器との戦闘を終えた翌日とは思えないほど多くの兵士が動いていた。負傷者を乗せた輸送車が後方へ向かい、代わって補充要員と弾薬を積んだ車両が前線へ入ってくる。工兵たちは夜明け前から破損した道路を応急修復し、整備兵たちは泥と煤にまみれた車両の下へ潜り込んでいた。
戦場では、大きな勝利が一つあったからといって戦争が休んでくれるわけではない。
昨日、四十メートルを超える異界軍大型兵器を撃破した。
だから今日も戦う。
単純な話だった。
「ところで」
歩きながらエミリアが口を開く。
「昨日の連邦の子」
「エリシア?」
レイブンは反射的に答えた。
エミリアの足が止まる。
レイブンも二歩ほど進んでから振り返った。
「何?」
「今、名前すぐ出たわね」
「出るだろ。一緒に戦ったんだから」
「私はまだ何も言ってない」
「昨日の連邦の子って言ったじゃん」
「たくさんいたけど?」
「……」
レイブンは数秒考えた。
「行こう。アトラス待ってる」
「逃げた」
「任務優先」
「便利ね、その言葉」
「軍人だからね」
エミリアは笑いながら追いついた。
レイブンは何も言わず前を見る。
自分でも、なぜすぐにエリシアの名前が出たのかは分からなかった。
昨日、一緒に戦ったから。
巨大兵器を倒したから。
夜に話したから。
それだけだろう。
そう考えることにした。
第一即応班に割り当てられた作戦室へ入ると、グレイヴ・ハルトマンはすでに戦術地図を広げていた。
ユリウス・ベルナーもいる。
ほかの隊員も全員揃っていた。
「遅いぞ、NoX」
「すみません」
「座れ」
レイブンは空いている席へ腰を下ろした。
エミリアも隣へ座る。
壁面の大型地図には、帝国と連邦共和国の国境線だけではなく、現在確認されている異界門と異界軍の進出区域が表示されていた。
以前より赤い印が増えている。
レイブンはそれだけで嫌な予感がした。
「昨日の大型個体については、撃破を確認した」
グレイヴが説明を始める。
「技術部と連邦側の調査班が現在も残骸を解析中だ。NoXが発見した障壁中枢についても、ある程度構造が判明しつつある」
「じゃあ次からは倒しやすくなる?」
レイブンが尋ねる。
「同型ならな」
グレイヴが地図へ新しい印を付ける。
一つ。
さらに一つ。
そしてもう一つ。
レイブンの表情から笑みが消えた。
「……三体?」
「昨日から今朝までに確認された大型異界軍兵器だ」
「昨日のと同じ?」
「外見上は近い。ただし完全な同型かは不明」
ユリウスが資料を机へ置いた。
「一体倒したら三体来た、ってことですか」
「そういう見方もできる」
エミリアが小さく息を吐く。
「全然嬉しくないわね」
「だが昨日の戦果は無駄じゃない」
グレイヴが続ける。
「倒せることが分かった。それが大きい」
レイブンは地図を見る。
確かに昨日までは、砲撃を浴びせても前進を止められなかった。
今は違う。
魔力障壁には出力配分がある。
薄くなる瞬間がある。
局所的に破壊できる。
装甲の内部には障壁を維持するための中枢がある。
そしてT-51の大型弾は、その中枢を破壊できる。
「新型弾は?」
「増産要請が出た」
エミリアが答える。
「昨日使用した八発の戦闘データも技術部へ送った。SG-44から撃てる対魔力障壁弾として正式採用される可能性が高い」
「八発しかなかったのに」
「八発で大型兵器一基止めたんだから十分でしょ」
「まあ……そうか」
レイブンは自分のSG-44を見る。
父が改良へ関わり、自分が適性試験を受け、長く使い続けてきた銃。
その銃が、また新しい役割を持ち始めている。
「それで、次の任務は?」
グレイヴが地図の一点を指した。
「ここだ」
帝国領ではない。
連邦共和国領でもない。
共同戦線に参加した小国の一つ、その国境付近だった。
「ベルガント回廊?」
ユリウスが言う。
「ああ」
「補給路ですよね」
「現在、共同戦線の東部戦域へ物資を送る主要経路になっている」
グレイヴが地図上の道路を指でなぞる。
「昨夜から異界軍による小規模襲撃が連続している。輸送車列二つが行方不明。一つは今朝、破壊された状態で発見された」
「もう一つは?」
レイブンが聞く。
「不明だ」
「生存者は?」
「それも不明」
その答えを聞いた瞬間、レイブンの姿勢が僅かに変わった。
グレイヴはそれを見逃さなかった。
「今回の主任務は偵察だ、NoX」
「分かってます」
「輸送部隊の救助ではない」
「……はい」
「生存者を確認した場合は?」
レイブンが尋ねる。
グレイヴは少しだけ黙った。
「状況を見て救出する」
「了解」
「勝手に突っ込むな」
「昨日の今日でやりませんよ」
「昨日やった奴だから言ってる」
「……はい」
周囲から小さな笑いが漏れた。
グレイヴはため息をつく。
「出発は二時間後。装備を整えろ」
「了解!」
隊員たちが立ち上がった。
ベルガント回廊へ向かう輸送機の中で、レイブンはT-51を膝の上へ置いていた。
昨日の戦闘後に整備を受けたばかりだ。
IBRSの可動部。
機関部。
照準器。
銃身。
すべて正常。
SG-44も同じだった。
P-38A《ADLER》は右腿のホルスターに収まっている。
エミリアが向かい側からT-51を見る。
「それ、気に入った?」
「うん」
「最初に撃った時も同じこと言ってたわね」
「軽いから」
「十キロ近くあるんだけど」
「対物狙撃銃としては軽い」
「基準がおかしくなってる」
レイブンはT-51の機関部を確認しながら笑った。
「父さんも似たこと言ってた」
「ヴォルター教官が?」
「A1の時は重量見て黙ったらしいけど」
「何それ」
「A2見た時は結構機嫌よかったって」
ユリウスが横から口を挟む。
「お前の家、銃の話しかしてないのか」
「そんなことないよ」
「他には?」
「ルナの話とか」
「妹か」
「最近、手紙来てないんだよな」
その言葉を口にした瞬間、レイブンは少しだけ寂しそうな顔をした。
「今いくつだ?」
「十一」
「もうそんなになるのか」
「俺が家を出た頃は九歳だったのに」
エミリアがレイブンを見る。
「帰りたい?」
「帰りたいよ」
迷いのない答えだった。
「家族に会いたいし、母さんの料理も食べたい。父さんには怒られたくないけど」
「絶対怒られるわね」
「昨日の報告、もう行ってるかな」
「間違いなく」
「……帰るのやめようかな」
「守護者が何言ってるの」
「父さんの説教だけは別なんだよ」
機内に笑いが起こる。
レイブンも笑った。
帰りたい。
だから戦う。
昔は家族だけだった。
それが同期になり、第一即応班になり、救助を待つ見知らぬ兵士にまで広がった。
昨日はそこに連邦兵まで加わった。
そして。
一人の名前が頭へ浮かぶ。
エリシア・L・ヴォルハラム。
「……」
「NoX?」
「何でもない」
レイブンはT-51へ視線を戻した。
一方、連邦共和国領。
エリシアたちの部隊は後方拠点へ到着していた。
帰還して最初に待っていたのは休暇ではなく、事情聴取と戦闘記録の提出だった。
「三回目なんだけど」
エリシアは机に頬杖をつきながら言った。
向かいに座るダニエル・ローヴァンが笑う。
「大型兵器を倒したんだから仕方ない」
「同じこと三回書いてる」
「軍ってそういうところだろ」
「帝国も同じかな」
「急に帝国の心配?」
「そういう意味じゃない」
「NoXのこと?」
エリシアの筆が止まる。
「……何でそうなるの」
「昨日から何回その名前見た?」
「知らない」
「俺は知ってる」
「数えたの?」
「暇だったから」
「怖い」
ダニエルは笑いながら自分の報告書へ戻った。
エリシアも書類へ視線を落とす。
共同作戦参加者。
帝国陸軍特殊即応軍。
第一即応班。
その中に名前がある。
レイブン・S・クロウ。
コールサイン、NoX。
昨日までは知らなかった名前。
今では見つけると自然に目が止まる。
理由は自分でも分からない。
戦友だから。
共同作戦を成功させた相手だから。
命を助け合ったから。
それだけで十分な理由のはずだった。
「エリシア」
「何?」
「そこ」
「え?」
「同じ行ずっと見てる」
エリシアは慌ててページをめくった。
「読んでただけ」
「はいはい」
「本当に」
「何も言ってないって」
「顔が言ってる」
昨日、レイブンがエミリアへ言っていた言葉を思い出した。
顔が考えてる。
エリシアは思わず笑った。
「どうした?」
「何でもない」
その時、部屋の扉が開いた。
「Valkyrie」
上官だった。
エリシアはすぐに立ち上がる。
「はい」
「新しい命令だ」
書類が渡される。
内容を読む。
表情が変わった。
「ベルガント回廊?」
「共同戦線から救援要請が出ている」
「昨日戻ったばかりですけど」
「異界軍は休暇申請を出してくれないらしい」
「……了解しました」
「出発は明朝。今日は休め」
「はい」
上官が出ていく。
ダニエルが書類を覗く。
「ベルガントって東部だろ?」
「そう」
「帝国軍も動いてるかもな」
エリシアの目が僅かに動く。
「どうして?」
「共同戦線の補給路だぞ。特殊部隊を何個か送るだろ」
「そうね」
「NoXもいたりして」
「何でそこでNoXが出るの」
「いや、別に」
エリシアは書類を畳んだ。
その表情には出さない。
けれど心のどこかで。
ほんの少しだけ。
また会う可能性を考えていた。
ベルガント回廊。
午後。
帝国軍輸送機が低空へ降りた。
「降下三分前!」
機内の空気が変わる。
レイブンはT-51を背負う。
SG-44を胸の前へ。
P-38Aを確認。
弾倉。
通信機。
医療用品。
すべて確認。
「第一即応班!」
グレイヴが隊員を見る。
「今回の目的は行方不明輸送部隊の捜索と、襲撃部隊の規模確認だ!」
全員が聞く。
「交戦は必要最低限! 生存者を発見した場合は状況を判断して救出する!」
「了解!」
「NoX!」
「はい!」
「先行偵察!」
「了解!」
輸送機が地面へ接近する。
後部扉が開いた。
風が機内へ入り込む。
着陸。
第一即応班が次々に降りる。
レイブンも地面へ降りた。
周囲は森林地帯だった。
昨日の草原とは違う。
視界が悪い。
木々が密集している。
逆にレイブンにとっては動きやすかった。
「NoX、先行二百」
「了解」
息を整える。
「〔透明〕」
姿が消える。
音が消える。
匂いが消える。
森の中へ入る。
昨日とは違い、落ち葉がある。
枝がある。
ゴーストで自分自身を消せても、踏めば音以外の痕跡が残る。
だから慎重に進む。
二百メートル。
三百。
道路へ出る。
そこでレイブンは止まった。
「……見つけた」
『状況』
グレイヴ。
「輸送車両」
『数』
「六」
『状態』
レイブンは近づく。
一両目。
横転。
二両目。
前部が破壊されている。
三両目。
荷台が開いたまま。
「襲撃されてる」
『生存者は』
「確認する」
レイブンはゆっくり進んだ。
〔殺気看破〕にはまだ反応がない。
一台ずつ確認する。
誰もいない。
血痕。
薬莢。
異界軍のものと思われる痕跡。
そして。
「……待って」
『どうした』
「足跡」
複数。
人間のもの。
道路から森へ続いている。
「生存者が逃げた可能性あり」
『追えるか』
「やってみる」
足跡を辿る。
五十メートル。
百メートル。
途中から血が混じる。
負傷者がいる。
レイブンは速度を上げた。
そして。
「声……?」
小さい。
人間の声。
さらに進む。
倒木の向こう。
兵士がいた。
一人。
二人。
七人。
負傷者もいる。
レイブンはゴーストを解除した。
「帝国軍です!」
兵士たちが一斉に銃を向ける。
「待って! 味方です!」
「識別を!」
「帝国陸軍特殊即応軍第一即応班! コールサインNoX!」
兵士たちの表情が変わった。
「……NoX?」
一人が呟く。
レイブンは少し嫌な予感がした。
「はい」
「本物か?」
「たぶん」
「たぶんって何だ!」
「俺自身なので!」
緊張が少しだけ緩む。
レイブンは負傷者を見る。
「動けますか?」
「三人が無理だ」
「敵は?」
「分からない。突然襲われた。輸送車を捨てて森へ逃げた」
「何人いた?」
「最初は二十七人」
レイブンの顔から笑みが消える。
「今は?」
「ここにいる七人だけだ」
残り二十人。
死亡したのか。
捕虜になったのか。
散開したのか。
まだ分からない。
「アトラス」
『聞いている』
「生存者七名確認。うち三名、自力移動困難」
『位置を送れ』
「送ります」
端末を操作。
送信。
『五分で到着する』
「了解」
レイブンは負傷兵の横へ膝をついた。
「もう大丈夫です」
兵士が顔を上げる。
「本当に?」
「少なくとも一人じゃない」
レイブンは笑った。
「帰りましょう」
その瞬間。
〔殺気看破〕。
身体の奥に鋭い感覚が走った。
レイブンの表情が変わる。
「伏せろ!」
兵士たちが反応するより早く、レイブンはSG-44を構えた。
森の奥。
枝の隙間。
何かが動いた。
発射。
散弾が木々の間を抜ける。
異界兵が倒れた。
「敵襲!」
『NoX!』
「接敵! 生存者の位置が割れてる!」
森のあちこちで枝が揺れる。
一体ではない。
「アトラス、急いで!」
『あと三分!』
「三分か……」
レイブンはSG-44の弾数を確認した。
生存者七名。
うち三名は歩けない。
逃げることはできない。
だったら。
「皆さん、倒木の裏へ!」
兵士たちが負傷者を移動させる。
レイブンはその前へ立った。
「NoX、一人でやる気か?」
生存兵が尋ねる。
「三分だけです」
「三分もある!」
「逆です」
レイブンは森を見る。
「三分しか守らなくていい」
SG-44を肩へ。
〔兵装接続〕。
接続。
通常弾。
森の奥から異界兵が出る。
発射。
次弾。
発射。
左。
〔殺気看破〕。
身体を下げる。
魔力弾が頭上を抜ける。
P-38Aへ切り替える。
抜く。
発射。
発射。
再びSG-44。
距離。
近い。
発射。
「二分半……!」
レイブンは後退しない。
背後には七人いる。
だから前だけを見る。
敵を倒すためではない。
後ろにいる者が帰る時間を作るために撃つ。
「来いよ」
レイブンは息を整えた。
「三分だけなら、付き合ってやる」
異界兵が森から現れる。
その時。
遠くから別の銃声が響いた。
一発。
レイブンへ迫っていた異界兵が横へ倒れた。
「……?」
帝国軍の銃声ではない。
聞き覚えがある。
昨日。
大型兵器の足元で何度も聞いた銃声。
無線へ新しい通信が入った。
『共同戦線所属部隊へ。こちら連邦共和国軍特殊作戦部隊』
女性の声。
レイブンの目が僅かに見開かれる。
『ベルガント回廊北東部で交戦を確認。帝国軍部隊、応答してください』
レイブンは無線へ手を伸ばした。
「こちら帝国陸軍特殊即応軍第一即応班」
一瞬だけ間を置く。
「コールサイン、〔無名〕――NoX」
無線の向こうも数秒だけ静かになった。
やがて。
『……本当にいた』
レイブンは思わず笑った。
「その声」
『昨日ぶりね、NoX』
「そっちこそ」
森の向こうから再び銃声。
異界兵が倒れる。
『こちら〔戦乙女〕――Valkyrie』
エリシア・L・ヴォルハラム。
『状況は?』
「生存者七名。三名移動不能。敵に包囲されかけてる」
『第一即応班は?』
「あと二分くらい」
『じゃあ』
エリシアの声が少しだけ明るくなる。
『二分、一緒に守ればいいのね』
昨日、レイブンが言ったことと同じだった。
彼はSG-44を握り直した。
「そういうこと」
『位置送って』
「送る」
座標を共有。
『受信』
森の右側から連邦軍の銃声が増えた。
敵の攻撃が分散する。
レイブンは木の陰から身体を出す。
照準。
発射。
異界兵が倒れる。
『レイブン』
「何?」
戦闘中にもかかわらず、エリシアはコールサインではなく名前で呼んだ。
『また会ったね』
レイブンは一瞬だけ笑う。
「昨日、しばらく会わないかもって言ったのに」
『一日も持たなかった』
「戦場って狭いな」
『本当にね』
魔力弾が木へ当たる。
樹皮が飛ぶ。
二人の声から笑いが消えた。
『右側は私たちが押さえる』
「了解」
『そっちは?』
「正面を止める」
『帰れる?』
レイブンは背後を見る。
負傷した七人。
誰も置いていくつもりはない。
「帰るよ」
そして。
「全員で」
エリシアは一瞬黙った。
『了解』
銃声。
『じゃあ私も手伝う』
「ありがとう、Valkyrie」
『どういたしまして、NoX』
左右から二つの部隊が敵を押し返していく。
まだ互いの姿は見えない。
木々に遮られている。
それでも声は届く。
銃声も届く。
互いがどこで戦っているのか分かる。
レイブンは再びSG-44を撃った。
一発。
次弾。
発射。
敵が木の陰へ退く。
『NoX!』
グレイヴの声。
『到着した!』
後方から第一即応班が現れる。
エミリアが負傷者のもとへ走る。
「救護開始!」
ユリウスが射撃位置へ入る。
「スコープ、配置!」
グレイヴがレイブンの横へ並んだ。
「よく持たせた」
「一人じゃないです」
「何?」
右側。
連邦軍の兵士たちが森から姿を現す。
その先頭。
エリシア・L・ヴォルハラム。
レイブンと目が合う。
二人とも少しだけ笑った。
「応援が来ました」
グレイヴがエリシアを見る。
「昨日の?」
「はい」
「偶然か?」
「たぶん」
レイブンはSG-44へ次弾を送る。
「でも助かりました」
エリシアがレイブンの横まで来る。
「無事?」
「今のところ」
「昨日もそれ言ってた」
「便利だから」
「怪我は?」
「今日はまだ」
「今日は、って何?」
「昨日より進歩した」
「基準がおかしい」
敵が再び動く。
二人の表情が同時に変わった。
レイブンはSG-44。
エリシアは連邦制式小銃。
二人が同じ方向へ構える。
「Valkyrie」
「何?」
「右、お願い」
「了解」
「左は俺がやる」
「了解、NoX」
銃声が重なる。
昨日は巨大兵器を相手に。
今日は七人の生存者を帰すために。
二人は再び同じ戦場へ立った。
戦闘は十二分後に終わった。
異界軍は後退。
生存者七名。
全員回収。
帝国軍側の新たな死者はゼロ。
連邦側も死者なし。
負傷者数名。
レイブンは最後の担架が運ばれるまで、その場を離れなかった。
「七人」
エリシアが隣で言った。
「うん」
「全員帰せたね」
「うん」
レイブンは少しだけ笑った。
「今日はちゃんと守れた」
「昨日も守ったでしょう?」
「昨日は自分が守られたから」
「今日もそうじゃない?」
「え?」
「私たちが来なかったら?」
レイブンは黙った。
「……ちょっと大変だった」
「ちょっと?」
「かなり」
「でしょう?」
エリシアは笑う。
「守る人にも、守ってくれる人が必要なんだよ」
レイブンはその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。
昨日、グレイヴにも言われた。
自分も守れ。
そして今日はエリシアから言われる。
守る側にも守る者が必要だ。
「最近、同じことばっかり言われる」
「みんな正しいんじゃない?」
「認めたくないな」
「認めなさい」
「はい」
二人は並んで歩き始める。
前方では帝国兵と連邦兵が協力して負傷者を運んでいる。
もう昨日ほど、その光景に違和感はなかった。
「ところで」
エリシアが言った。
「何?」
「昨日、しばらく会わないって言ったよね」
「言ったね」
「今日会った」
「うん」
「明日は?」
レイブンは考える。
「知らない」
「でしょうね」
「でも」
少しだけ間を置く。
「明日も会ったら、もう偶然じゃないかもね」
エリシアがレイブンを見る。
「何になるの?」
「……分からない」
「何それ」
「そういうの苦手なんだよ」
「戦闘中はあんなに判断早いのに」
「敵は撃てばいいから」
「人間関係の方が難しい?」
「圧倒的に」
エリシアが笑った。
レイブンも笑う。
まだ何も始まってはいない。
けれど昨日までなら、戦闘報告書の中に相手の名前を見つけても、それはただの記録だった。
今は違う。
レイブンは連邦軍の報告書にValkyrieという文字があれば、おそらく読むだろう。
エリシアも帝国軍の救援記録にNoXという文字があれば、きっと目を止める。
生きているか。
どこで戦っているか。
無事に帰ったか。
それを知りたい理由が、ほんの少しだけ生まれていた。
恋と呼ぶには早すぎる。
友情と呼ぶにも、まだ互いを知らなすぎる。
ただ。
戦場のどこかに、自分が生きていてほしいと思う人間が一人増えた。
それだけだった。
そしてその小さな変化が、後にレイブン・S・クロウとエリシア・L・ヴォルハラムという二人の長い人生を結びつける最初の理由になっていくことを、この時の二人はまだ知らなかった。




