Season 4「NoX」 #049
第49話「帰る者たち」
大型異界軍兵器が倒れてから、十分も経っていなかった。
それでも戦場は、すでに次の仕事を始めていた。
巨大兵器を包んでいた青白い魔力障壁は完全に消失し、横倒しになった巨体からは黒煙が上がっている。破損した装甲の隙間では、ときおり残留魔力らしい淡い光が明滅していたが、先ほどまで大地を揺らして進んでいた姿からは想像できないほど静かだった。
遠くでは歓声が聞こえている。
帝国兵も。
連邦兵も。
自分たちが生き残ったことを喜んでいる。
けれど、レイブン・S・クロウは笑っていなかった。
「……」
歩きながら、足を止める。
エリシア・L・ヴォルハラムも数歩進んでからそれに気づき、振り返った。
「NoX?」
返事がない。
レイブンは地面を見ていた。
少し離れた場所に、帝国軍の戦闘服を着た兵士が倒れている。
動かない。
その横には連邦軍の兵士もいた。
こちらはまだ動いていた。
片腕を押さえながら、必死に起き上がろうとしている。
レイブンはT-51を背負い直すと、迷わずそちらへ走った。
「大丈夫ですか!」
「……帝国……?」
「今はそれどうでもいいです」
膝をつく。
連邦兵の左腕から出血している。
エリシアもすぐに追いついた。
「見せて」
レイブンが場所を空ける。
エリシアは負傷箇所を確認し、装備から応急処置用品を取り出した。
「止血する。少し痛むよ」
「……頼む」
レイブンは周囲を見る。
さっきまで戦っていた場所だ。
敵が完全にいなくなった保証はない。
SG-44へ手を伸ばす。
しかし、その前に無線が入った。
『NoX、Valkyrie、何をしている』
グレイヴだった。
「負傷者を発見しました」
『所属は』
「連邦」
少し間があった。
『状態』
エリシアが答える。
「左上腕部に負傷。意識あり。歩行は可能だと思います」
『救護班を送る。座標を送れ』
「了解」
レイブンが端末を操作した。
送信。
そこで、隣に倒れている帝国兵へ目を向ける。
「……もう一人います」
『状態を確認しろ』
レイブンは近づいた。
膝をつく。
首元へ指を当てる。
何も感じない。
呼吸もない。
胸部には大きな損傷があった。
数秒。
レイブンは手を離した。
「……死亡確認」
無線の向こうが静かになる。
『認識票を確認。遺体回収班へ座標を送れ』
「了解」
レイブンは兵士の首元から認識票を確認した。
名前がある。
階級がある。
所属部隊がある。
それを端末へ入力する。
数字として処理してしまえば、数秒で終わる。
けれどレイブンは、その名前を一度だけ声に出して読んだ。
覚えるためではない。
忘れないためでもない。
ただ、その兵士が確かに一人の人間だったことを、自分の中で確かめるためだった。
エリシアは何も言わなかった。
止血を続けながら、その様子だけを見ていた。
救護班が到着したのは数分後だった。
帝国軍衛生兵と連邦軍衛生兵が同じ車両から降りてきた。
以前なら考えられなかった光景だった。
「こっち!」
エリシアが手を上げる。
衛生兵が駆け寄る。
「意識あり。左上腕部。止血済み」
「了解、引き継ぐ」
負傷兵が担架へ乗せられる。
その時、兵士がレイブンを見た。
「……帝国兵」
「はい」
「助かった」
レイブンは少しだけ困った顔をした。
「俺は何もしてませんよ」
「見つけた」
「それだけです」
「それで十分だ」
担架が運ばれていく。
レイブンはその背中を見送った。
「NoX」
エリシアが呼ぶ。
「何?」
「いつもそうなの?」
「何が?」
「負傷者を見つけたら、任務より先に行くの?」
レイブンは少し考えた。
「状況による」
「今は?」
「大型兵器は倒れた。俺たちは帰還中。周辺にすぐ撃ってくる敵はいない」
SG-44を軽く持ち上げる。
「だったら拾える人は拾う」
「敵だった人でも?」
レイブンはエリシアを見る。
「今は味方でしょう?」
短い答えだった。
エリシアはそれ以上聞かなかった。
「……そうね」
二人は再び歩き始めた。
共同前線指揮所へ戻ると、最初に待っていたのは称賛ではなかった。
「レイブン・S・クロウ!」
怒声だった。
レイブンの肩が僅かに跳ねる。
「はい」
グレイヴがこちらへ歩いてくる。
顔が怖い。
エリシアは思わず一歩だけ横へ避けた。
「射撃位置を離れ、敵大型兵器へ三百メートルまで接近。そこまでは命令通りだ」
「はい」
「その後、障壁を破壊」
「はい」
「そこまでもいい」
「はい」
「問題はその後だ」
レイブンは視線を逸らした。
「……はい」
「退避命令が出ていたにもかかわらず、その場に残ってT-51を四発撃ったな?」
「撃ちました」
「理由は?」
「中枢が見えたからです」
「だから撃った?」
「はい」
「命令より?」
レイブンが黙る。
グレイヴの声は大きかった。
しかし感情だけで怒鳴っているわけではない。
レイブンにもそれは分かっていた。
「NoX」
「はい」
「お前の判断で大型兵器を止められた。それは事実だ」
グレイヴは一度言葉を切った。
「だが結果が正しかったから、過程まで正しくなるわけじゃない」
レイブンが顔を上げる。
「お前があそこで死んでいたらどうする」
「……」
「T-51も失う。お前の三つの個人スキルも失う。何より、第一即応班は仲間を一人失う」
グレイヴがレイブンの胸を指で軽く叩いた。
「守護者になりたいんだろ」
「はい」
「だったら自分も守れ」
その言葉だけは重かった。
父にも似たようなことを何度も言われてきた。
仲間を死なせたくないなら撃て。
だが未帰還は許さない。
必ず帰れ。
結局、言っていることは同じだった。
「……申し訳ありませんでした」
レイブンは頭を下げた。
「次からは?」
「退避命令が出たら、原則として退避します」
「原則?」
「絶対と言うと、守れない状況が来るかもしれないので」
グレイヴの眉が動く。
「お前な」
「すみません」
少し離れた場所でエミリアが口元を押さえている。
笑っている。
ユリウスは露骨に顔を背けていた。
エリシアも笑いそうになったが、どうにか耐えた。
「……もういい」
グレイヴが大きく息を吐く。
「医務所へ行け」
「大丈夫です」
「命令だ」
「はい」
「フォージ」
「はい」
「連れていけ」
「了解」
エミリアがレイブンの腕を掴んだ。
「ほら、最高の守護者さん。診察ですよ」
「歩けるって」
「逃げるでしょ」
「逃げない」
「信用できない」
「酷いな」
そのまま引っ張られていく。
数歩進んだところで、レイブンは振り返った。
「ヴァルキリー」
「何?」
「そっちも診てもらった方がいいよ」
「私は大丈夫」
「俺も同じこと言った」
エリシアが黙った。
「一緒に来れば?」
エミリアまで手招きする。
「この人、放っておくと本当に逃げるから」
「逃げないって!」
エリシアは少し考えてから、二人についていった。
簡易医務所では、帝国と連邦の軍医が入り乱れて負傷者を診察していた。
軽傷者。
重傷者。
担架で運び込まれる兵士。
自分の足で入ってくる兵士。
そこに国籍の区別はなかった。
空いている軍医が診る。
空いている寝台へ寝かせる。
必要な薬品を持っている側が使う。
戦争によって生まれた共同戦線だったが、この場所だけを見れば、二つの国が長年敵対していたとは思えなかった。
「上着を脱いで」
軍医に言われ、レイブンが止まる。
「ここで?」
「診察するんだから当然だろう」
「はい」
戦闘服の上衣を脱ぐ。
下に着ている衣服にも土と埃が付着している。
軍医が肩を見る。
「……これは?」
「転びました」
「どこから?」
「爆風で」
「転んだとは言わない」
「そうなんですか」
「黙ってろ」
「はい」
少し離れたところでエリシアが吹き出した。
レイブンがそちらを見る。
「笑った?」
「笑ってない」
「今絶対笑った」
「気のせい」
軍医が肩を押す。
「痛むか?」
「っ……少し」
「少し?」
「結構」
「最初からそう言え」
「はい」
骨折はなかった。
打撲。
擦過傷。
軽度の筋損傷。
そして耳への一時的な影響。
「今日の戦闘任務は禁止」
「え」
「禁止」
「でも――」
「禁止」
「……はい」
エリシアが腕を組む。
「よかったね」
「何が?」
「合法的に休める」
「戦場で休暇もらって嬉しい?」
「私は嬉しい」
今度はレイブンが笑った。
エリシアにも大きな負傷はなかった。
左膝の打撲と、転倒した際にできた擦り傷。
処置を終えた二人は医務所を出た。
外は夕方に近づいていた。
大型兵器との戦闘が始まった時より太陽は低くなり、戦場全体が橙色へ変わり始めている。
遠方では、倒した巨大兵器の調査がすでに始まっていた。
帝国技術部。
連邦共和国軍技術班。
魔導研究者。
工兵。
複数の組織が集まっている。
「明日には取り合いになりそう」
エリシアが言った。
「何が?」
「あれの調査」
「ああ」
「帝国が先に見つけたとか、連邦が攻撃に参加したとか」
「ありそう」
「面倒ね」
「俺たちは撃つだけだから楽だね」
「それを上の人に聞かれたら怒られるよ」
「もう今日十分怒られた」
エリシアが笑う。
少しだけ沈黙。
二人は並んで歩いた。
「NoX」
「うん?」
「名前で呼んでもいい?」
レイブンが彼女を見る。
「いいけど」
「じゃあレイブン」
自分の名前を連邦兵から呼ばれる。
妙な感覚だった。
「何?」
「あなた、何歳?」
「二十」
「……え?」
エリシアが足を止める。
レイブンも止まった。
「何?」
「二十?」
「うん」
「本当に?」
「失礼だな」
「もっと上だと思ってた」
「何歳くらい?」
「二十四か二十五」
「そんなに老けてる?」
「顔じゃなくて」
「じゃあ何?」
「戦い方」
レイブンは少し困った。
「褒められてる?」
「たぶん」
「じゃあありがとう」
再び歩き出す。
「エリシアは?」
「二十一」
「一つ上か」
「敬語使う?」
「使わない」
「即答」
「同じ階級でもないし、国も違うし」
「それ理由になる?」
「ならない?」
「知らない」
二人とも笑った。
まだ友人と呼べるほど互いを知らない。
まして、それ以上でもない。
ただ戦場で出会った。
一緒に走った。
一緒に撃った。
一緒に逃げた。
それだけだった。
共同食堂では、さらに奇妙な光景が広がっていた。
帝国兵と連邦兵が同じ長机を使っている。
完全に打ち解けているわけではない。
帝国兵は帝国兵で固まり、連邦兵は連邦兵で固まる傾向がある。
それでも一部では装備について話し、煙草を交換し、食事の味について文句を言い合っている。
戦争前なら想像すらできなかった。
レイブンは食事を受け取る。
皿を見る。
「……何これ」
「豆」
エミリアが答える。
「それは分かる」
「じゃあ聞かないで」
「何でこんなにあるの?」
「補給担当に聞いて」
隣でエリシアが自分の皿を見る。
「連邦より多い」
「何が?」
「量」
「交換する?」
「嫌」
「即答された」
エミリアが笑う。
「もう仲良くなったの?」
「なってない」
二人がほぼ同時に答えた。
一瞬。
レイブンとエリシアが顔を見合わせる。
エミリアがさらに笑った。
「息ぴったり」
「フォージ」
「何?」
「余計なこと言わない」
「はいはい」
食事が始まる。
途中でグレイヴがやって来た。
レイブンの隣へ一枚の紙を置く。
「何です?」
「戦闘報告書」
「……今日?」
「今日」
「明日じゃ駄目ですか」
「駄目だ」
「負傷者なんですけど」
「腕は動くだろ」
「軍医は休めって」
「戦闘をするなと言っただけだ」
「そんな……」
エリシアが口元を押さえている。
「また笑った?」
「笑ってない」
「絶対笑ってる」
グレイヴがもう一枚置く。
「Valkyrie」
「はい?」
「お前もだ」
エリシアの笑顔が消えた。
「……私も?」
「共同作戦だ。当然だろう」
「はい」
今度はレイブンが笑う。
「笑った?」
「笑ってない」
「絶対笑った」
「気のせい」
エミリアが呆れたように二人を見る。
「似た者同士ね」
二人はまた同時に否定しようとして、やめた。
その夜。
戦闘報告書を書き終えた頃には、日付が変わりかけていた。
レイブンは共同宿営地の外へ出た。
空気が冷たい。
昼間の砲煙の匂いはまだ残っている。
少し離れた場所には、T-51が整備台へ置かれていた。
SG-44。
P-38A。
三つとも今日はよく働いた。
レイブンは簡易椅子へ腰掛けた。
疲れた。
身体も。
頭も。
何より、今日一日の出来事が多すぎた。
大型異界軍兵器。
新型弾。
単独潜入。
連邦軍増援。
Valkyrie。
共同攻撃。
撃破。
負傷者。
死亡者。
勝った。
確かに勝った。
それでも誰も死ななかったわけではない。
「眠れない?」
声がした。
レイブンが振り向く。
エリシアだった。
「そっちも?」
「少し」
彼女が隣の椅子へ座る。
しばらく何も話さない。
遠くで整備兵が作業している音だけが聞こえる。
「今日」
エリシアが先に口を開いた。
「初めて帝国兵を助けた」
「俺も連邦兵を助けた」
「変な感じ」
「うん」
「少し前まで敵だったのに」
「そうだね」
エリシアは空を見る。
「私の父も兄も、帝国との戦争に関わった」
レイブンは黙って聞く。
「父はもういない。兄も」
「……そうなんだ」
「だから昔は、帝国が嫌いになると思ってた」
「今は?」
少し考える。
「分からない」
正直な答えだった。
「帝国っていう国に思うことはある。でも今日会った帝国兵たちは普通だった」
「普通じゃない奴もいるよ」
「連邦にもいる」
「じゃあ同じだ」
「そうかもね」
また沈黙。
今度はレイブンが話した。
「俺の父さんも、連邦と戦った」
「そうなの?」
「町の防衛戦で」
エリシアの表情が少し変わる。
「……もしかして」
「何?」
「私の父と兄も、帝国側の町の近くまで進出した部隊にいたことがある」
レイブンが彼女を見る。
二人とも、それ以上は言わなかった。
可能性はある。
同じ戦場にいたかもしれない。
互いの家族が。
敵同士として。
けれど確かめるには、今はまだ情報が少なすぎた。
「不思議だね」
エリシアが言う。
「何が?」
「家族は敵として同じ場所にいたかもしれないのに」
レイブンを見る。
「私たちは一緒に戦った」
「……確かに」
「嫌?」
「何が?」
「連邦兵と一緒に戦うの」
レイブンは少し考えた。
「今日までは変な感じだった」
「今は?」
レイブンは倒れた巨大兵器の方向を見る。
「使う弾薬も違う。命令の出し方も違う。装備も違う。考え方もたぶん違う」
「うん」
「でも撃たれたら痛いのは同じだった」
エリシアが吹き出す。
「何それ」
「大事だろ」
「もっと格好いいこと言うかと思った」
「期待しすぎ」
「NoXなのに」
「その噂、本当にどうにかならない?」
「無理じゃない?」
「最悪だ」
二人が笑う。
ほんの少しだけ。
戦場にいることを忘れられる程度には。
同じ頃。
帝国本国。
技術開発局の一室では、ヴォルター・クロウが報告書を読んでいた。
机の上にはT-51の技術資料。
SG-44の新型弾試験記録。
そして、今日の戦闘速報。
大型異界軍兵器、一基撃破。
共同戦線による初の大型目標完全撃破。
戦闘参加者一覧。
その中に息子の名前がある。
レイブン・S・クロウ。
〔無名〕。
ヴォルターは額を押さえた。
「……三百メートル?」
報告書をもう一度読む。
「対物狙撃銃持って三百まで行ったのか、あいつ」
さらに読む。
最終的には、それより近い位置からT-51を使用している。
「馬鹿野郎……」
しかしページをめくる。
大型兵器撃破。
生還。
味方負傷者の救助。
連邦軍特殊作戦部隊との共同戦闘。
ヴォルターは椅子へ深く座った。
怒りたい。
帰ってきたら説教する。
T-51の扱いについても言いたいことが山ほどある。
けれど。
「……ちゃんと帰ったか」
それだけで、少し肩の力が抜けた。
机の隅には、家から持ってきた写真がある。
セレナ。
ルナ。
レイブン。
家族四人。
ヴォルターは写真を見た。
「セレナには……」
考える。
「三百メートルまで行ったことは黙っとくか」
数秒。
「いや、どうせ報告書を見るな」
さらに考える。
「俺も怒られるな」
ヴォルターは大きくため息をついた。
共同宿営地。
レイブンとエリシアはまだ座っていた。
「そろそろ寝る?」
エリシアが尋ねる。
「そうする」
二人が立つ。
「レイブン」
「何?」
「明日、連邦部隊は一度後方へ戻るかもしれない」
「そうなんだ」
「大型兵器の情報を持ち帰る必要があるから」
「じゃあ、しばらく会わないかもね」
「たぶん」
レイブンは少し考えた。
「今日はありがとう、エリシア」
「私も」
「次会った時も味方だといいな」
エリシアが少し笑う。
「停戦中にそれ言う?」
「だって政治は俺たちには分からないし」
「確かに」
エリシアは右手を出した。
「じゃあ、次も味方だったらよろしく」
レイブンはその手を見る。
第48話で初めて握った手。
今度は迷わなかった。
握る。
「よろしく、Valkyrie」
「よろしく、NoX」
手を離す。
それぞれの宿舎へ歩き始める。
数歩。
エリシアが振り返った。
「レイブン」
レイブンも振り返る。
「何?」
「ちゃんと生きて帰ってね」
レイブンは一瞬だけ黙った。
そして笑った。
「そっちも」
それだけだった。
まだ約束とは呼べない。
恋でもない。
互いを深く知っているわけでもない。
ただ、次に会う時も生きていてほしいと思った。
その程度の感情だった。
けれど戦場という場所では、その程度の願いこそが、人と人を繋ぐ最初の糸になることがある。
翌朝。
連邦共和国軍の車列は共同宿営地を離れた。
レイブンは出発する車両を遠くから見送った。
どの車両にエリシアが乗っているのかは分からない。
それでも最後の一両が見えなくなるまで、その場を離れなかった。
やがてエミリアが隣へ来る。
「行っちゃったね」
「うん」
「寂しい?」
「何で?」
「別に」
「変なこと考えてるだろ」
「考えてない」
「顔が考えてる」
エミリアは笑いながら歩き出した。
「ほらNoX。アトラスが呼んでる」
「何で?」
「次の任務」
レイブンの表情が変わる。
戦場では、出会いの余韻に浸る時間など長くは与えられない。
レイブンはT-51を背負った。
SG-44を確認する。
P-38Aを確認する。
そして連邦軍の車列が消えた方向を、最後に一度だけ見た。
「またどこかで、か」
それから踵を返す。
この日、レイブン・S・クロウとエリシア・L・ヴォルハラムは別々の戦線へ戻った。
二人とも知らなかった。
次に会う時には、単なる共同作戦の増援兵と帝国兵としてではなく、互いの名前を探す理由を持つようになっていることを。
そして〔無名〕と〔戦乙女〕という二つのコールサインが、第三次異界戦争を戦う兵士たちの間で、少しずつ同じ戦場の記録に並び始めることを。




