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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅰ~ FENRIR ― 時代に取り残された黒猫 ― Season 4 #038~Season 4 #066
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Season 4「NoX」 #048

第48話「戦乙女」


 大型異界軍兵器の進撃は止まっていなかった。


 帝国軍砲兵隊が断続的に砲撃を続け、遠方では航空部隊が旋回しながら攻撃の機会を窺っている。それでも四十メートルを超える巨体は青白い魔力障壁に守られたまま、砲弾が着弾するたびに表面へ波紋を広げながら一歩ずつ前進していた。


 その一歩が大地を揺らすたび、レイブン・S・クロウは地面へ据えたT-51の照準器から一度だけ目を離した。


「……まだ進むのか」


「進んでるな」


 隣で観測器を覗いているユリウス・ベルナー――〔照準鏡(スコープ)〕が淡々と答えた。


「NoXが泣いて頼めば止まってくれるかもしれない」


「代わりに頼んでくれない?」


「嫌だ」


「即答かよ」


 ほんの少し笑った。


 笑えるうちは大丈夫だ。


 だがレイブンの身体には、先ほどの単独偵察で受けた疲労が確実に残っている。


 肩は痛む。


 脇腹にも鈍い痛みがある。


 呼吸を深くすると、爆風で地面へ叩きつけられた場所が嫌でも存在を主張してきた。


 それでもT-51を支える腕は震えていない。


 新型弾は五発。


 局所障壁を一度破るのに必要だった弾数は三発。


 障壁が開いていた時間は二・七秒。


 その二・七秒へ、今度は自分一人の弾丸ではなく、帝国と連邦共和国の火力を集中させる。


 問題は、その準備がまだ整っていないことだった。


「連邦軍の増援、まだ?」


 レイブンが尋ねる。


 エミリア・ヴァイス――〔鍛冶師(フォージ)〕が戦術端末を確認した。


「あと数分。第七码標識を通過したって」


「何が来る?」


「機械化歩兵一個中隊と対装甲戦闘部隊。それから――」


 エミリアが表示された情報を見る。


「特殊作戦部隊が一個小隊」


「特殊部隊?」


「そうみたい」


「連邦の?」


「今は共同戦線でしょう?」


「そうなんだけどさ」


 レイブンはT-51から顔を離した。


 帝国と連邦共和国。


 ほんの数年前まで殺し合っていた二つの国家だった。


 レイブン自身、連邦兵へ銃口を向けた経験がある。


 今では同じ異界軍を相手に情報を共有し、補給路を融通し、場合によっては同じ陣地で戦う。


 理屈では理解していた。


 それでも奇妙な感覚は残る。


「連邦の特殊部隊か……」


「撃たないでね」


「撃たないよ」


「昔の癖で」


「どんな癖だよ」


 エミリアが小さく笑った。


 その時、グレイヴ・ハルトマン――〔巨神(アトラス)〕が無線へ手を当てた。


「来たぞ」


 レイブンも振り返る。


 丘陵の向こう。


 土煙が上がっている。


 最初に姿を見せたのは、連邦共和国軍の装輪装甲車だった。


 一両。


 二両。


 その後ろからさらに複数の車両が続く。


 帝国軍とは塗装も形状も異なる。


 見慣れない車両が帝国軍陣地へ近づいてくる光景に、周囲の兵士たちにも僅かな緊張が走った。


 それは連邦側も同じだった。


 先頭車両が停止する。


 後部扉が開いた。


 兵士たちが降りる。


 銃は下げている。


 だが誰も手放してはいない。


 帝国兵と連邦兵。


 互いが互いを見た。


 少し前なら、視線が合った次の瞬間には引き金へ指を掛けていたかもしれない。


 今は違う。


 共通の敵がいる。


 遠方で巨大兵器が一歩進み、大地が揺れた。


 その振動が、両軍の間に残っていた微妙な空気を強引に現実へ引き戻した。


「連邦共和国陸軍第六機動戦闘中隊!」


 車両から降りた士官が声を上げた。


「共同戦線司令部命令により、帝国軍部隊の指揮系統へ一時編入する!」


 グレイヴが前へ出る。


「帝国陸軍特殊即応軍第一即応班、グレイヴ・ハルトマン大尉だ」


「連邦共和国陸軍、マルクス・レイナー少佐」


 二人は一瞬だけ互いを見る。


 敬礼。


 それだけだった。


 過去の話をする時間はない。


「状況を」


「移動しながら説明する」


 グレイヴが戦術端末を渡した。


 連邦兵たちが装備を降ろし始める。


 対装甲火器。


 観測機材。


 通信装置。


 そして最後の装甲車から、他の兵士とは少し異なる装備を身につけた一団が降りてきた。


 レイブンは何となくそちらを見た。


 六名。


 連邦共和国軍特殊作戦部隊。


 先頭にいる女性兵士が地面へ降りる。


 灰色を基調とした戦闘服。


 胸部装具。


 予備弾倉。


 医療キット。


 腰には拳銃。


 主武装を身体の前で保持しながら、周囲へ視線を巡らせている。


 派手な動きはない。


 しかし降車した瞬間から、自分が撃たれる可能性のある方向を順番に確認していた。


 レイブンは少しだけ目を細めた。


「……慣れてるな」


 ユリウスが観測器から顔を上げる。


「誰が?」


「あの人」


 レイブンが顎で示した。


「連邦の特殊部隊」


「ああ」


「知ってる?」


「個人までは知らん」


 エミリアが端末を操作する。


「部隊情報来た」


「誰?」


「ちょっと待って……」


 表示された名簿を読む。


 そして一人の名前で止まった。


「エリシア・L・ヴォルハラム」


 その名前を聞いても、レイブンには心当たりがない。


「階級は?」


「中尉」


「コールサインは?」


 エミリアが画面を読む。


「〔戦乙女(ヴァルキリー)〕」


「ヴァルキリー」


「英語表記はValkyrie」


「強そうな名前だな」


「本人に言えば?」


「初対面で?」


「会話のきっかけにはなるんじゃない?」


「絶対嫌だ」


 レイブンはT-51へ視線を戻そうとした。


 その直前。


 エリシアがこちらを見た。


 一瞬だけ視線が合う。


 レイブンは何となく軽く頭を下げた。


 エリシアも僅かに頭を下げる。


 それだけ。


 名前すら知らない帝国兵と連邦兵。


 この時点では、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 エリシア・L・ヴォルハラムは、帝国軍陣地へ足を踏み入れた瞬間から妙な感覚を覚えていた。


 敵だった場所にいる。


 帝国兵がいる。


 すぐ隣を歩いている。


 誰も自分へ銃を向けていない。


 頭では理解していても、身体の奥にはまだ戦争の記憶が残っていた。


 父と兄も戦争へ行った。


 父は逃避行の途中で病に倒れ、そのまま帰らなかった。


 兄は異界軍との戦闘に巻き込まれ、命を落とした。


 残された母を守るために、自分も軍へ入った。


 最初の実戦で理解した。


 戦争とは新聞の記事でも、地図の上を動く矢印でもない。


 人間が死ぬ場所だった。


 そして今、その戦争で敵だった帝国軍と同じ場所に立っている。


「ヴァルキリー」


 後ろから呼ばれた。


 エリシアが振り向く。


 同じ小隊に所属するダニエル・ローヴァン曹長だった。


「どうしたの?」


「あれ」


 彼が少し離れた場所を示す。


 一人の帝国兵がT-51を地面へ据えている。


 先ほど一瞬だけ目が合った青年だった。


「帝国の対物狙撃銃?」


「銃じゃない」


「じゃあ何?」


「持ってる奴」


 エリシアはもう一度見る。


「知ってるの?」


「顔は知らない。でも装備で分かる」


「何が?」


 ダニエルが声を少し落とした。


「NoXだ」


 エリシアの視線が止まった。


「……あれが?」


「たぶんな」


 連邦共和国軍でも、その名を知らない兵士は少なくなっていた。


 NoX。


 帝国軍特殊部隊に所属する兵士。


 共同戦線成立後、連邦側の戦線にも姿を見せるようになった。


 そして、いつの頃からか噂が広がった。


 NoXがいる部隊は、味方を生きて返す。


 NoXは最高の守護者だ。


 もちろん兵士の噂など、戦場を渡る間にいくらでも誇張される。


 一人で何十人も倒した。


 銃弾が当たらない。


 姿が消える。


 死者まで連れて帰ってくる。


 話が広がるほど内容は現実離れしていった。


 エリシアはその大半を信じていなかった。


 だが、NoXという帝国兵が共同戦線の救援任務で何度も名前を残していること自体は知っていた。


「もっと……」


「もっと?」


「怖い人かと思ってた」


 ダニエルが笑った。


「分かる」


 エリシアが見ている先で、レイブンはエミリアと何か話していた。


 エミリアに肩を叩かれ、痛そうに顔をしかめている。


 どう見ても伝説上の怪物には見えない。


「若いね」


「俺たちとそんなに変わらないんじゃないか?」


「そうみたい」


 そこでレイブンが振り返った。


 また目が合う。


 今度は先ほどより長かった。


 だが互いに何も言わない。


 遠くで砲撃音が響いたからだった。


「全員集まれ!」


 グレイヴの声が両軍の兵士を集めた。


 地面へ置かれた大型戦術端末には、巨大兵器の立体構造が表示されている。


 帝国兵。


 連邦兵。


 肩を並べる。


「現時点で判明している情報を共有する」


 グレイヴが巨大兵器の胴体下部を指した。


「敵の魔力障壁は全身均一ではない。移動、攻撃、防御に応じて魔力を各部へ振り分けている」


 マルクス少佐が腕を組む。


「つまり攻撃する瞬間がある?」


「ある」


 グレイヴがレイブンを見る。


「NoX」


「はい」


「説明しろ」


「俺?」


「お前が見つけた」


「……了解」


 レイブンは立ち上がった。


 帝国兵だけなら何とも思わない。


 だが今日は連邦兵まで自分を見ている。


 少しやりづらい。


「ええと……」


 エミリアが小声で言った。


「頑張って、最高の守護者さん」


「後で覚えてろよ」


 連邦兵の何人かが笑った。


 レイブンは咳払いする。


「敵の障壁は、脚部を動かす瞬間に関節周辺へ出力が集中します。その時、胴体下部の障壁が薄くなる。そこへSG-44用の新型弾を三発、ほぼ同一点へ撃ち込んだところ、局所的に障壁が消失しました」


「時間は?」


 連邦兵の中から声がした。


 レイブンがそちらを見る。


 エリシアだった。


「二・七秒」


「短い」


「短いです」


「その間に何発入れられる?」


「俺一人なら多くない」


 レイブンは戦術端末を指した。


「だから全員で撃つ」


 エリシアの表情が僅かに変わった。


「障壁を破る人間と、弱点を撃つ人間を分ける?」


「そうです」


「あなたが障壁を?」


「その予定」


「また近づくの?」


 レイブンは一瞬言葉を止めた。


 初対面の連邦兵に、いきなり心配されるとは思っていなかった。


「……三百メートル前後まで」


「危険すぎる」


「さっき一回やったので」


「一回成功したから二回目も成功するとは限らない」


「それは……そうですけど」


 グレイヴが僅かに口元を緩めている。


 エミリアに至っては明らかに面白がっていた。


「他に方法は?」


 エリシアが尋ねる。


 レイブンは少し考えた。


「現状ではないです」


「なら私たちが護衛する」


「え?」


「特殊作戦小隊は接近戦と浸透任務が主任務。あなた一人で行く必要はない」


 レイブンはグレイヴを見る。


「アトラス?」


「合理的だ」


「でもゴーストを使ったら――」


「お前だけ先行しろ。連邦側は少し後ろから援護する」


 エリシアが頷いた。


「あなたが見つかったら、私たちが敵を引き受ける」


「それだとそっちが危ない」


「あなたが一人で行くよりはいい」


「でも――」


「NoX」


 エリシアが初めてコールサインで呼んだ。


 レイブンは口を閉じた。


「仲間を生きて返すんでしょう?」


 その言葉を聞いた瞬間、レイブンの表情が僅かに変わった。


「……誰から聞いたんです?」


「連邦軍では有名」


「やめてほしいな、その噂」


「嫌なの?」


「期待されすぎると困る」


 エリシアは初めて少し笑った。


「普通の人なんだ」


「何だと思ってたんですか」


「もっと怖い人」


「酷いな」


「噂のせい」


「じゃあ噂を広げた人に文句言ってください」


「生きて帰ったらね」


 その言葉でレイブンは少し黙った。


 生きて帰ったら。


 父と同じことを言う。


 グレイヴも言う。


 今度は、初めて会った連邦兵まで言った。


「……了解」


 レイブンは右手を差し出した。


「レイブン・S・クロウ。コールサインは〔無名(ノックス)〕。英語表記はNoX」


 エリシアはその手を見た。


 ほんの一瞬だけ。


 それから握る。


「エリシア・L・ヴォルハラム。〔戦乙女(ヴァルキリー)〕。Valkyrie」


「よろしく、ヴァルキリー」


「よろしく、NoX」


 握手は短かった。


 二人ともすぐに手を離した。


 それだけの出会いだった。


 この時の二人にとっては。


 作戦開始まで十二分。


 帝国軍と連邦軍は急速に配置を整えていった。


 砲兵部隊には射撃座標が共有され、航空部隊は攻撃進入経路へ移る。連邦軍対装甲部隊も丘陵の陰へ車両を展開し、巨大兵器の障壁が消える瞬間を待った。


 第一即応班と連邦特殊作戦小隊は、そのさらに前へ出る。


 レイブンはSG-44を確認した。


 新型弾五発。


 P-38A《ADLER》。


 十五発入り弾倉を確認。


 T-51《REAPER》。


 残弾確認。


 エリシアが隣で自分の装備を点検している。


「NoX」


「何?」


「一つ聞いていい?」


「どうぞ」


「ゴーストって、本当に消えるの?」


 レイブンは少し笑った。


「見たい?」


「興味はある」


「じゃあ」


 息を整える。


 〔透明(ゴースト)〕。


 エリシアの目の前で、レイブンの輪郭が周囲へ溶けていく。


 色が消えたのではない。


 光学迷彩のように歪んだのでもない。


 そこにいた人間そのものを、視覚が認識できなくなっていく。


 足音も消える。


 装備の擦れる音も消える。


 火薬と油の匂いも消える。


 数秒後。


 エリシアの前には誰もいなかった。


「……本当に消えた」


「ここにいるよ」


「うわっ」


 エリシアが一歩後ろへ下がった。


「驚きすぎ」


「突然耳元で喋らないで」


「ごめん」


「これ、連邦で噂になるわけだ……」


「でも万能じゃない」


 見えないレイブンの声が続く。


「地面を踏めば足跡が残る。土煙も消せない。周囲を動かせば位置を推測される。さっきはそれで見つかった」


「だったら私たちが、その変化を隠す」


「どうやって?」


「戦闘を起こす」


 レイブンは一瞬黙った。


「派手ですね」


「あなたが静かすぎるの」


「なるほど」


 ゴーストを解除する。


 レイブンが再び姿を現した。


 エリシアは彼を見る。


「戻ってきた」


「戻ってきますよ」


「そっちじゃない」


「分かってる」


 二人は僅かに笑った。


『全部隊、最終確認』


 無線へグレイヴの声。


『NoXが接近。Valkyrie隊は二百メートル後方を追従。第一即応班が側面支援。障壁消失を確認した瞬間、NoXは離脱』


 続いてマルクス少佐。


『障壁消失後、T-51射撃。直後に帝国砲兵、連邦対装甲部隊、航空隊の順で攻撃を集中する』


 エリシアが主武装を構えた。


「準備は?」


「できてる」


「怖い?」


 レイブンは巨大兵器を見た。


 大地が揺れる。


「怖いよ」


 迷わず答えた。


 エリシアが少し意外そうに見る。


「そう言うんだ」


「怖くないって言ったら嘘になる」


「噂と違う」


「だから噂を信用しないで」


「でも」


 エリシアは巨大兵器へ視線を移した。


「怖いのに行くんだ」


「帰りたいから」


「普通は逆じゃない?」


「俺だけ帰っても意味ないから」


 レイブンはSG-44を握った。


「できるだけ全員で帰る。そのために行く」


 エリシアは何も言わなかった。


 ただ、その言葉だけは覚えておこうと思った。


『作戦開始まで十秒』


 無線。


 レイブンの表情が変わる。


 エリシアも戦闘へ意識を切り替えた。


『五』


 SG-44。


 新型弾五発。


『四』


 T-51《REAPER》。


『三』


 P-38A《ADLER》。


『二』


 〔兵装接続(アームズ・リンク)〕。


『一』


 レイブンが息を吸う。


「〔透明(ゴースト)〕」


 その姿が消えた。


『開始』


 見えなくなったNoXが走り出す。


 数秒遅れてエリシアが右手を上げた。


「Valkyrie隊、前進!」


 連邦共和国軍特殊作戦小隊が動き出した。


 そのさらに後方では帝国陸軍特殊即応軍第一即応班が二つの部隊を支援するため展開を始める。


 帝国。


 連邦共和国。


 少し前まで互いへ銃を向けていた兵士たちが、初めて一つの目標へ向かって走る。


 エリシアは前方を見た。


 NoXの姿は見えない。


 それでも、ときおり僅かに揺れる草が彼の位置を教えてくれる。


「本当に見えない……」


 ダニエルが呟いた。


「追える?」


「ぎりぎり」


「見失ったら?」


 エリシアは主武装を握り直した。


「NoXが撃った場所へ行く」


 巨大兵器の足元で護衛兵が動き始める。


 こちらに気づいた。


「接敵!」


 エリシアが叫ぶ。


 連邦兵たちが散開する。


 銃声が響いた。


 その音を利用するように、姿の見えないNoXがさらに前へ出る。


 エリシアたちが地面を蹴る。


 土煙が上がる。


 銃弾が飛ぶ。


 爆発が起こる。


 どれがNoXの痕跡なのか、巨大兵器側からは判別しづらくなっていく。


「なるほど」


 エリシアは走りながら理解した。


「これなら隠せる」


 前方。


 異界兵。


 照準。


 発射。


 敵が倒れる。


 その横を、何も見えない空間が通り抜けた。


 ほんの一瞬だけ草が沈んだ。


「行って、NoX」


 返事はない。


 だが彼は進んでいる。


 大型異界軍兵器まで四百メートル。


 三百五十。


 三百。


 レイブンは足を止めた。


 巨大兵器が左前脚を持ち上げる。


 障壁の光が移動する。


 前回と同じ。


 レイブンはSG-44を肩へ入れた。


 〔兵装接続(アームズ・リンク)〕。


 SG-44を認識。


 新型弾を認識。


 照準。


 まだ。


 巨大兵器が身体を動かす。


 関節へ魔力が集中する。


 胴体下部の障壁が薄くなる。


「NoXより全軍」


 レイブンの声が共同通信網へ流れた。


『聞こえている』


 帝国軍。


『こちら連邦対装甲部隊、準備完了』


 連邦軍。


『航空隊、攻撃進入待機』


 空。


『T-51射撃位置、準備完了』


 ユリウス。


 レイブンはSG-44の照準を一点へ重ねた。


「障壁を開ける」


 引き金へ指を掛ける。


「開いたら、全部叩き込んでください」


『了解』


 巨大兵器の脚が持ち上がり切る。


 魔力が移る。


 今。


「撃て(Fire)」


 SG-44が火を噴いた。


 一発目。


 青白い障壁が歪む。


 反動を受ける。


 銃口を戻す。


 次弾。


 照準。


 発射。


 二発目。


 障壁に黒い亀裂が走る。


 次弾装填。


 呼吸。


 同一点。


 発射。


 三発目。


 青白い光が大きく崩れた。


『障壁消失確認!』


 エミリアの声。


『二・七秒、開始!』


 レイブンはSG-44を下げた。


 そして叫んだ。


「今だ!」


 遠方。


 T-51《REAPER》が吠えた。


 大型対物弾が開いた穴へ飛び込む。


 命中。


 ほぼ同時に連邦共和国軍の対装甲火器が発射された。


 帝国砲兵。


 発砲。


 連邦軍。


 発砲。


 上空から航空部隊が突入する。


 巨大兵器の胴体下部へ、初めて魔力障壁に遮られることなく人類側の火力が集中した。


 轟音が重なった。


 レイブンは腕で顔を庇った。


 爆炎。


 土煙。


 巨大兵器の姿が消える。


「やった……?」


 誰かが無線で呟いた。


 レイブンは答えなかった。


 煙を見る。


 〔殺気看破(アタック・シールド)〕。


 反応。


 強い。


 まだ。


「違う!」


 レイブンが叫ぶ。


「まだ生きてる!」


 煙の中から青白い光が走った。


「全員伏せろ!」


 巨大な砲撃が放たれる。


 レイブンは地面へ飛び込んだ。


 光が頭上を通過する。


 後方で爆発。


 通信に悲鳴と怒号が重なる。


「NoX!」


 エリシアの声。


「無事!?」


「生きてる!」


「下がって!」


「まだ!」


「障壁は戻る!」


「分かってる!」


 煙が晴れる。


 巨大兵器の胴体下部。


 装甲が破壊されている。


 初めて。


 明確な損傷。


 だが内部に何かがある。


 青白く光る巨大な構造物。


 レイブンはそれを見た。


「……見えた」


『何が!?』


「中身!」


 T-51を四発撃ち込んだ時にも見えなかったもの。


 魔力障壁を破り、装甲まで破壊したことで初めて露出した。


「魔力供給源……たぶん、あれが障壁の中枢だ!」


 エミリアが戦術端末を確認する。


『映像取れた!』


 レイブンはSG-44を見る。


 新型弾。


 残り二発。


 もう三発はない。


 同じ方法は使えない。


 その時。


「NoX!」


 エリシアが駆けてくる。


「何で来た!」


「あなたを連れ戻すため!」


「まだ中枢が――」


「見つけたなら十分!」


「でも撃てる!」


「何で!?」


 レイブンは背中へ手を伸ばした。


 T-51。


「障壁の内側が露出した」


 エリシアが息を呑む。


「まさか」


「ここなら」


 レイブンはT-51を前へ回した。


 二脚(バイポッド)を展開する時間はない。


 片膝をつく。


 銃を支える。


「直接撃てる」


「この距離で対物狙撃銃を!?」


「初めてだけど」


「初めて!?」


「大丈夫」


「何が!?」


「父さんが作るの手伝った銃だから!」


「理由になってない!」


 レイブンは思わず笑った。


「じゃあ、援護お願いします」


「……本当に帝国人ってこうなの?」


「俺だけだと思います!」


 エリシアは呆れながらも前を向いた。


「Valkyrie隊!」


『聞こえてる!』


「NoXの射撃を援護! 接近する護衛兵を止める!」


『了解!』


 エリシアがレイブンの前へ出た。


 異界兵。


 照準。


 発射。


 レイブンはT-51を構える。


 〔兵装接続(アームズ・リンク)〕。


 兵装認識。


 T-51《REAPER》。


 弾薬認識。


 距離。


 近い。


 対物狙撃銃としては異常なほど近い。


 それでも標的は巨大だった。


 露出した魔力中枢。


「NoX!」


 エリシアが叫ぶ。


「撃って!」


「了解!」


 レイブンは引き金を絞った。


 轟音。


 IBRSが作動する。


 銃身と周辺可動ユニットが後退。


 それでも至近距離で撃ったT-51の衝撃は凄まじく、レイブンの肩を大きく押した。


 大型弾が中枢へ命中する。


 青白い光が揺れた。


「まだ!」


 機関部作動。


 排莢。


 次弾装填。


 レイブンは照準を戻す。


 発射。


 二発目。


 中枢に亀裂。


「効いてる!」


 エリシアの声。


 次弾。


 レイブンは撃つ。


 三発目。


 青白い光が激しく明滅する。


 巨大兵器全体が揺れた。


「もう一発!」


 レイブンは照準を合わせる。


 引き金。


 発射。


 四発目。


 中枢が砕けた。


 光が消える。


 巨大兵器の魔力障壁が、一瞬で失われた。


 戦場全体が静かになったように感じた。


 実際には銃声も砲撃音も続いている。


 それでもレイブンには、巨大兵器の身体から青白い光が消えていく光景だけが見えていた。


「……落ちた」


 エリシアが呟く。


 巨大な脚が止まる。


 軋む。


 巨体が傾く。


「NoX」


「何?」


「これ、まずくない?」


 レイブンも気づいた。


 倒れる方向。


 こちら。


「……まずい」


「走って!」


「了解!」


 二人が同時に走り出した。


 背後。


 四十メートルを超える巨大兵器が崩れ始める。


 地面が揺れる。


 装甲が剥がれる。


 巨大な部品が落下する。


「右!」


 エリシアが叫ぶ。


 二人が右へ。


 背後へ巨大な装甲板が落ちる。


 衝撃。


「左!」


 今度はレイブン。


 左へ。


 さらに部品が落下。


 土煙が迫る。


「速く!」


「走ってる!」


「もっと!」


「T-51重いんだよ!」


「捨てて!」


「父さんに殺される!」


「今ここで死ぬよりいいでしょ!」


「それはそう!」


 それでも捨てない。


 レイブンはT-51を抱えたまま走る。


 エリシアが横にいる。


 二人の背後で巨大兵器が完全に倒れた。


 轟音。


 大地が跳ねた。


 衝撃波。


 二人の身体が前へ押し出される。


「っ!」


 レイブンは地面へ転がった。


 エリシアも倒れる。


 数秒。


 耳鳴り。


 土埃。


 レイブンは顔を上げた。


「ヴァルキリー!」


「……生きてる」


「怪我は?」


「あなたこそ」


「たぶん全部」


「何それ」


「今日二回目」


 エリシアが咳き込みながら笑った。


 レイブンも笑う。


 そして二人は振り返った。


 巨大兵器は倒れていた。


 魔力障壁はない。


 青白い光も消えている。


 遠方から歓声が聞こえ始める。


 帝国兵。


 連邦兵。


 どちらの声なのか分からない。


 それでよかった。


『NoX! Valkyrie! 応答しろ!』


 グレイヴの怒鳴り声。


 レイブンが無線へ触れる。


「こちらNoX」


『生きてるか!』


「生きてます」


『Valkyrieは!』


 エリシアが自分の無線を入れた。


「こちらValkyrie。生存しています」


『二人とも即時帰還! 今すぐだ!』


 レイブンとエリシアが顔を見合わせる。


「怒ってる」


「あなたの上官?」


「はい」


「怖い?」


「父さんよりは」


「お父さん、そんなに怖いの?」


「帰ったら紹介しましょうか?」


 口から出てから、レイブンは少し止まった。


 エリシアも目を瞬かせる。


 まだ会ったばかりだった。


「あ……いや」


 レイブンが言い直そうとすると、エリシアが笑った。


「生きて帰ったらね」


 またその言葉だった。


 レイブンも笑う。


「そうですね」


 二人は立ち上がった。


 帝国兵と連邦兵。


 NoXとValkyrie。


 この時点では、ただ一度だけ同じ敵を倒した戦友にすぎない。


 レイブンはまだ知らない。


 エリシアも知らない。


 だから二人は未来のことなど話さず、倒れた巨大兵器を背にして、待っている仲間のところへ歩き始めた。


 レイブンはT-51を背負い直す。


 SG-44には新型弾が二発残っている。


 P-38Aもある。


 そして隣には、ほんの一時間前まで名前すら知らなかった連邦兵がいる。


「ヴァルキリー」


「何?」


「さっきはありがとう」


「何が?」


「迎えに来てくれたこと」


 エリシアは少し考えてから答えた。


「NoXがいる部隊は、味方を生きて返してくれるんでしょう?」


「またその噂?」


「だったら今日は逆」


 エリシアは前を向いたまま続けた。


「NoXを生きて返す人がいてもいいでしょう?」


 レイブンは答えなかった。


 ただ少しだけ笑った。


 遠くでは帝国と連邦共和国の旗が、同じ戦場の風を受けていた。


 その間を二人の兵士が歩いていく。


 〔無名(ノックス)〕――NoX。


 そして。


 〔戦乙女(ヴァルキリー)〕――Valkyrie。


 後に長い時間を共に歩くことになる二人にとって、それはまだ恋でも運命でもなかった。


 ただ互いに、生きて帰らせるべき戦友が一人増えただけだった。

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