Season 4「NoX」 #046
第46話「死神の初陣」
帝政歴348年、晩春。
大型異界軍兵器の出現から、およそ四十分。
帝国陸軍特殊即応軍第一即応班を乗せた装甲輸送車は舗装路を外れ、巨大兵器との接触地点へ向けて荒れた農道を走っていた。
車輪が深い轍を越えるたびに車体が大きく揺れ、天井から吊り下げられた装備品が金属音を立てる。その振動に混じって、数秒に一度だけ別の揺れが床下から伝わってきていた。
道路の凹凸によるものではない。
もっと深い。
大地そのものが揺れている。
レイブン・S・クロウは座席へ腰掛けたまま、両膝の間にSG-44を立てていた。
背中には父ヴォルターから託されたばかりの|T-51《REAPER/リーパー》。
そして右腿の軍用ホルスターには、帝国軍が正式採用している制式自動拳銃が収まっていた。
帝国軍制式自動拳銃――P-38A《ADLER/アドラー》。
歩兵から士官、車両乗員、特殊部隊員まで幅広く支給されている半自動拳銃で、装弾数は十五発。派手な性能を追求した銃ではないものの、泥や砂塵が入り込む戦場でも確実に作動する堅牢性を重視して設計されており、特殊即応軍ではSG-44などの主武装が使用できない状況を補う副武装として携行されている。
レイブンにとっても、それは最後まで残しておくためだけの銃ではなかった。
SG-44の弾倉が空になった。
だが目の前にはまだ敵がいる。
弾倉を交換する数秒さえ与えてもらえない。
そんな時に、空になった主武装へ執着する理由はない。
SG-44を下げ、P-38Aを抜く。
撃つ。
距離を作る。
そこで初めてSG-44を再装填する。
訓練では、その切り替えまで身体へ叩き込まれていた。
「NoX」
向かい側に座っていたエミリア・ヴァイス――〔鍛冶師〕が声を掛ける。
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
「じゃあ私が今言ったことは?」
「新型弾八発は勝手に撃つな」
「その前」
「……何だっけ」
「聞いてないじゃない」
エミリアが呆れたように息を吐いた。
「T-51ばっかり気にしてるからよ」
「初陣だから仕方ないだろ」
レイブンは背中のT-51へ触れた。
「こいつにとっても俺にとっても、大型異界軍兵器は初めてなんだ」
「だったら余計に慎重にね」
「分かってる」
レイブンはSG-44へ視線を落とした。
その隣にはエミリアが抱えている硬質ケース。
内部には、技術部から受領したSG-44用新型12ゲージ弾が八発だけ収められている。
訓練場で〔兵装接続〕を使った時、レイブンはその弾薬が通常の散弾でもスラッグ弾でもないことまでは理解できていた。
硬いものを相手にする。
だが単純な徹甲弾とも違う。
あと少しで性質を掴めそうになった瞬間、大地が揺れた。
その答えを確かめる前に、第一即応班へ出撃命令が下されたのだった。
「あと十二キロ」
窓から外を確認していたユリウス・ベルナー中尉――〔照準鏡〕が告げる。
「十二キロ離れてて、この揺れか」
レイブンが足元を見る。
再び低い振動。
グレイヴ・ハルトマン大尉――〔巨神〕が前方座席から振り返った。
「接敵後、NoXとスコープは観測位置を取れ。T-51による長距離射撃は、弱点候補が見つかってからだ」
「了解」
「フォージはNoXについて新型弾を管理しろ」
「了解」
「それからNoX」
「はい」
「〔透明〕を過信するな。敵の索敵方法が分からん」
「分かってます」
「生きて帰れ」
短い言葉だった。
レイブンは少しだけ笑う。
「最近、そればっかり言われます」
「誰にだ」
「父さんに」
「なら二人分聞いておけ」
「了解」
その瞬間だった。
車体右前方で爆発が起きた。
装甲輸送車が大きく傾く。
「接触!」
運転手が叫ぶ。
レイブンは左手で座席脇の手摺を掴みながら、右手でSG-44を保持した。
銃声。
車体へ何かが当たる。
「右前方に敵影!」
「全員降りろ!」
グレイヴの声と同時に後部扉が開いた。
レイブンは立ち上がる。
SG-44の安全装置を解除。
弾倉を確認。
ボルトを引く。
放す。
金属音とともに初弾が薬室へ送り込まれた。
「NoX、先行!」
「了解!」
車外へ飛び出す。
着地。
左前方。
崩れた石壁の向こうから異界兵が姿を現した。
レイブンは走りながらSG-44を肩へ入れる。
照準が重なる。
発射。
反動が肩を押す。
その反動を身体で受けながら銃口を右へ送る。
二体目。
発射。
さらに奥。
魔導杖を向けてくる敵。
〔殺気看破〕が脳裏へ警告を叩き込む。
撃たれる。
レイブンは左へ身体を流した。
直前まで胸があった場所を魔力弾が通過する。
SG-44の銃口はすでに敵へ向いていた。
発射。
次を見る。
「NoX、右!」
エミリアの声。
振り返るより先に右足を軸に身体を回し、視界へ敵影が入るのとほぼ同時に銃口を上げた。
発射。
さらに二体。
五発目。
発射。
六発目。
発射。
七発目。
敵が石壁から飛び出す。
レイブンは一歩踏み込みながら撃った。
八発目。
引き金を戻す。
もう一度絞る。
動かない。
「空!」
SG-44を胸元へ引き寄せる。
左手が空弾倉へ伸びた。
だが。
正面の石壁から、さらに一体が飛び出した。
近い。
十メートルもない。
レイブンの左手が弾倉から離れた。
空になったSG-44をスリングへ預ける。
右手はすでに腿へ向かっている。
ホルスターのロックを外す。
P-38Aを抜く。
銃口が敵へ向く。
発射。
拳銃特有の短く鋭い反動。
スライドが後退し、空薬莢が右上へ飛ぶ。
復座。
次弾装填。
レイブンは照準を外さない。
発射。
スライド後退。
排莢。
復座。
次弾。
敵が体勢を崩す。
だが、その奥からもう一体。
銃口を僅かに横へ移す。
発射。
さらに一発。
敵が倒れる。
レイブンはそこでようやく後退した。
「フォージ、二秒!」
「援護する!」
エミリアが前へ出て射撃を始める。
レイブンはP-38Aをホルスターへ戻さない。
右手に保持したまま、左手でSG-44を身体の前へ引き戻す。
空弾倉を抜く。
地面へ落とす。
胸元から新しい弾倉を掴む。
差し込む。
掌で底を叩く。
固定。
ボルトを操作。
初弾装填。
「装填!」
SG-44を肩へ戻す。
そこで初めてP-38Aをホルスターへ収め、ロックする。
「完了!」
「前!」
エミリアが叫ぶ。
レイブンは照準する。
発射。
反動。
次。
発射。
移動。
石壁へ身体を寄せる。
敵が角から飛び出す。
発射。
距離が近すぎる。
さらに一体が横から迫った。
SG-44の長い銃身を振り回す余裕はない。
レイブンは銃を身体へ引き寄せながら後退し、左手でSG-44を保持したまま右手を腿へ落とした。
P-38A。
抜く。
腰の高さから銃口を敵へ向ける。
発射。
スライドが激しく動く。
撃ちながら拳銃を目線の高さへ持ち上げる。
二発目。
敵が倒れる。
レイブンは視線だけを左へ送った。
別の敵。
腕を伸ばす。
照準。
発射。
次弾装填。
発射。
「右、クリア!」
P-38Aを胸元へ引き寄せる。
残弾を意識する。
まだある。
ホルスターへ戻す。
SG-44を両手へ戻す。
前進。
その切り替えに迷いはなかった。
SG-44で届くならSG-44。
狭すぎるならP-38A。
遠すぎるならT-51。
武器に自分の戦い方を押しつけるのではなく、距離と状況に合わせて兵装を変える。
そして三種類の兵装を握るたび、〔兵装接続〕の感覚も切り替わっていた。
SG-44。
近距離で一撃を叩き込むための感覚。
P-38A。
狭い場所で銃口を素早く動かし、短い間隔で射撃を繋ぐ感覚。
T-51。
まだ背中にある。
だがその役目は、ここではない。
第一即応班は待ち伏せを突破し、巨大兵器から約二・八キロの地点へ到達した。
丘陵の向こうへ出た瞬間、レイブンは初めて肉眼でそれを見た。
「……映像より酷いな」
巨大な脚部が大地へ降りる。
そのたびに地面が震える。
四十メートルを超える巨体の周囲には青白い魔力光が膜のように展開し、帝国軍砲兵による遠距離砲撃が命中するたびに光の波紋が広がっていた。
しかし止まらない。
巨大兵器は進み続けている。
「NoX、スコープ」
グレイヴが高所を指した。
「観測位置を取れ」
「了解」
レイブンとユリウスが斜面を駆け上がる。
途中でSG-44を背中側へ回し、代わりにT-51を前へ出す。
伏せる。
二脚を展開。
T-51を地面へ据える。
弾倉を確認する。
装着。
ボルト操作。
次弾が薬室へ入る。
「距離二千六百四十」
ユリウスが観測器を覗く。
「風、右から左。障壁の発光周期はおよそ十二秒」
レイブンは高倍率光学照準器へ目を当てた。
〔兵装接続〕。
接続。
T-51が身体へ馴染む。
呼吸を整える。
巨大兵器の脚部を追う。
装甲。
関節。
障壁。
その中に、一瞬だけ魔力光が集中する場所がある。
「左前脚の付け根」
「見えた」
「供給点かもしれない」
「狙えるか?」
「今は無理」
巨大兵器が一歩進む。
脚が持ち上がる。
装甲の隙間が露出する。
「今」
レイブンは引き金を絞った。
轟音。
大型マズルブレーキから発射ガスが噴き出し、IBRSが反動を受け止める。
銃身が後退。
周辺可動ユニットが連動。
肩へ重い力が押し込まれる。
弾丸は二千六百メートル以上の空間を飛翔した。
「着弾!」
青白い光が弾ける。
「障壁に阻止!」
レイブンは照準を外さない。
機関部が動く。
排莢。
次弾装填。
照準修正。
呼吸。
発射。
二発目。
障壁が揺れる。
「同一点!」
「続ける!」
機関部作動。
排莢。
次弾装填。
照準。
発射。
三発目。
今度は障壁全体が大きく波打った。
「反応増大!」
「まだ破れてない!」
「もう一発!」
次弾装填。
発射。
四発目。
青白い障壁の一部が明滅する。
その瞬間、巨大兵器上部の砲塔が動いた。
「NoX」
ユリウスの声が低くなる。
「砲塔がこっちを向いてる」
「……気づかれたな」
『NoX、スコープ、退避!』
グレイヴの声。
レイブンは即座にT-51を持ち上げた。
「走れ!」
二人が斜面を駆け下りる。
背後で魔力が集束する音が響く。
〔殺気看破〕が激しく反応した。
「右!」
二人が進路を変える。
直後。
高台が白い光に呑まれた。
爆発。
衝撃波が背中を殴る。
レイブンは地面へ転がった。
それでもT-51だけは胸元へ抱え込む。
「っ……!」
肺から空気が押し出される。
耳鳴り。
視界が揺れる。
それでも立つ。
「スコープ!」
「生きてる!」
「走れる?」
「お前こそ!」
「走れる!」
二人が立ち上がる。
前方。
異界兵三体。
T-51では近すぎる。
レイブンは即座にスリングへ預けた。
SG-44を前へ。
構える。
発射。
一体。
銃口移動。
発射。
二体。
三体目が魔導杖を向ける。
発射。
三体。
さらに右から一体。
引き金。
動かない。
「くそっ!」
空。
敵との距離は七メートル。
リロードする時間はない。
レイブンはSG-44を離した。
スリングが銃を受け止める。
右手が腿へ落ちる。
P-38A。
ホルスター解除。
抜く。
発射。
スライド後退。
排莢。
復座。
次弾装填。
発射。
敵が崩れる。
「移動!」
ユリウスが援護射撃を始める。
レイブンはP-38Aを握ったまま走った。
敵影。
照準。
発射。
もう一体。
発射。
残弾が減っていく。
遮蔽物へ滑り込む。
「スコープ、三秒!」
「やれ!」
レイブンはP-38Aの弾倉解放操作を行った。
空に近い弾倉が落ちる。
左手が拳銃用マガジンポーチへ。
予備弾倉を掴む。
差し込む。
固定。
スライド操作。
初弾装填。
そのままホルスターへ戻す。
SG-44を引き寄せる。
空弾倉を抜く。
新しい弾倉。
差し込む。
固定。
ボルト操作。
「完了!」
レイブンが遮蔽物から出る。
SG-44が再び火を噴いた。
第一即応班の位置まで戻った頃には、レイブンの呼吸も荒くなっていた。
「NoX!」
エミリアが駆け寄る。
「怪我は?」
「打っただけ」
「どこを?」
「たぶん全部」
「それを怪我って言うの!」
「動ける!」
「後で絶対診せなさい!」
「了解!」
レイブンはT-51を下ろした。
「障壁へ四発。同じ位置へ連続して撃ったら、三発目から反応が大きくなった」
「つまり局所的に飽和させられる?」
「可能性はある。でもT-51だけじゃ破れてない」
エミリアが少し黙った。
それから、自分が持っているケースを見る。
八発。
「技術部から回答が来た」
「新型弾?」
「条件付き使用許可」
レイブンの目が変わる。
「条件は?」
「大型目標以外への使用禁止。可能なら使用後のデータを必ず回収」
「後半は努力目標にしてほしいな」
「私もそう思う」
エミリアがケースを開いた。
レイブンは新型12ゲージ弾を一発取り出した。
掌の上へ置く。
目を閉じる。
SG-44へ触れる。
〔兵装接続〕。
兵装認識。
SG-44。
次に弾薬。
新型弾。
接続状態が切り替わる。
訓練場では掴み切れなかったものが、今度は明確に伝わってきた。
「……そういうことか」
「何?」
レイブンが目を開けた。
「これ、装甲を抜く弾じゃない」
「じゃあ何のため?」
レイブンは遠くにいる巨大兵器を見た。
T-51を四発撃ち込んだ箇所では、今も魔力障壁が僅かに不安定な明滅を繰り返している。
「魔力障壁を壊すための弾だ」
エミリアの表情が変わった。
「確信は?」
「アームズ・リンクがそう認識してる」
「SG-44の射程まで近づく必要があるわ」
「分かってる」
「あれの足元まで?」
「そこまで近づく必要はない。障壁へ確実に届く距離まで行けばいい」
「護衛兵もいる」
「P-38Aもある」
「そういう問題じゃない」
「分かってるよ」
レイブンは笑った。
だが軽く考えているわけではない。
むしろ逆だった。
危険だからこそ、使えるものは全部使う。
SG-44。
T-51《REAPER》。
P-38A《ADLER》。
〔殺気看破〕。
〔透明〕。
〔兵装接続〕。
そして第一即応班。
自分一人で戦う理由などない。
「俺が障壁を剥がす」
新型弾をSG-44の弾倉へ入れる。
一発。
「障壁が落ちたらT-51で弱点を撃つ」
二発。
「それでも止まらなかったら?」
三発。
「位置を全軍へ送る」
四発。
「砲兵と航空隊に撃ってもらう」
五発。
「それでも駄目なら?」
六発。
レイブンは少し考えた。
「逃げる」
七発。
グレイヴが僅かに笑った。
「正解だ」
八発目。
レイブンは最後の新型弾を押し込んだ。
弾倉をSG-44へ装着。
固定を確認。
ボルトを引く。
放す。
金属音。
新型弾の一発目が薬室へ入る。
「全部一人で倒す必要なんてない」
レイブンはSG-44を肩へ掛け直した。
「俺は仲間が撃てる場所を作ればいい」
「そして?」
グレイヴが尋ねる。
レイブンは少しだけ笑った。
「帰る」
「よし」
レイブンは右腿のP-38Aを確認した。
マガジン。
装填。
安全状態。
ホルスター固定。
次にSG-44。
新型弾八発。
最後にT-51。
弾薬残数確認。
すべて揃っている。
「行ってきます」
「必ず戻れ」
「了解」
レイブンは息を吸った。
〔透明〕。
足音が消えていく。
装備同士が擦れる微かな音さえ失われる。
身体の匂いも、火薬や油が染みついた装備の匂いも消える。
そして最後に、その姿までもが周囲の景色へ溶け込んだ。
そこにいたはずのレイブン・S・クロウが見えなくなる。
だが武器はある。
SG-44。
|T-51《REAPER/リーパー》。
そして帝国軍制式自動拳銃P-38A。
三つの兵装と三つの個人スキルを携え、〔無名〕――NoXは巨大兵器へ向かって走り始めた。
その背後から、グレイヴの声が無線へ届く。
『NoX』
「何です?」
『死神に夢中になって鷲を忘れるなよ』
レイブンは走りながら右腿のP-38Aへ触れた。
「忘れませんよ」
前方では巨大兵器が一歩を踏み出し、大地が揺れた。
「近い相手には、こっちがありますから」
SG-44を握る。
その弾倉には八発。
失敗できる回数が八回あるのではない。
仲間へ攻撃の機会を作るために使える弾が、八発しかない。
レイブンはその意味を理解していた。
だから急がない。
だから無駄に撃たない。
撃つべき場所まで近づき、撃つべき瞬間を待つ。
その途中で敵に捕まればSG-44を使う。
SG-44を再装填する時間すら失えばP-38Aへ切り替える。
距離を作れたならT-51を使う。
そして危険になれば退く。
敵を倒すためではなく。
仲間を生きて帰すために。
自分自身も、あの家へ帰るために。
姿の見えないNoXは、巨大兵器が踏み荒らした大地を駆けていった。
次にSG-44が火を噴いた時。
大型異界軍兵器と人間たちとの戦いは、新しい段階へ入ることになる。




