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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅰ~ FENRIR ― 時代に取り残された黒猫 ― Season 4 #038~Season 4 #066
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Season 4「NoX」 #045

第45話「初めて狩る獲物」


 帝政歴348年、晩春。


 短い休暇を終えたレイブン・S・クロウが帝国陸軍特殊即応軍の基地へ戻った翌朝、訓練場には普段より重く、腹の底まで響いてくる発砲音が一定の間隔で鳴り続けていた。


 その音の主はSG-44ではない。


 地面に伏せたレイブンの肩へ収まっているのは、休暇へ入る直前、父ヴォルターから直接託されたばかりの新たな兵装だった。


 |T-51《REAPER/リーパー》。


 正式配備以前のAMR-51A2を試験した経験こそあったものの、今レイブンが握っているものは、その結果を反映して完成したAMR-51A3――帝国軍制式名称T-51だった。


 父から手渡された日のことを思い出す。


『仲間を死なせたくないなら射撃をして護れ、それがお前の任務だ。しかし、未帰還は許さん』


 あの時の父の顔は、今でも鮮明に思い出せる。


『必ず生きて、お前のその笑顔を俺たち家族に見せろ。いいな?』


 だからレイブンも笑って返した。


『うん、必ず生きて帰還するよ。ヴォルター教官』


 直後に父から睨まれたところまで思い出し、レイブンの口元が僅かに緩んだ。


「……笑うところあったか?」


 隣で観測を担当していたユリウス・ベルナー中尉――〔照準鏡(スコープ)〕が双眼観測器から目を離さずに尋ねた。


「いや。父さんからこれを渡された時のことを思い出してただけ」


「集中しろ。八百メートル先の標的はお前の父親じゃない」


「分かってるよ」


 レイブンは照準器へ目を戻した。


 高倍率光学照準器の中央で、八百メートル先の標的が僅かに揺れて見える。


 風は右から左へ流れていた。


 魔導観測補助装置には風向、推定風速、距離、周辺魔力密度が表示されているが、レイブンは数値だけを信じることなく、標的周辺の草がどちらへ傾いているかを確認し、自分の頬を撫でる空気の流れまで感じ取ってから、T-51へ意識を集中させた。


 〔兵装接続(アームズ・リンク)〕。


 能力が発動すると同時に、手の中にあるT-51が単なる九・七キログラムの金属の塊ではなく、一つの兵装として明確に認識されていく。


 銃身の長さも、ブルパップ構造によって身体の近くへ寄せられた重心も、引き金を絞ってから機関部が作動するまでの感覚も、IBRSが反動をどの方向へ逃がそうとするのかも分かる。


 だからといって、照準が勝手に標的へ吸い付くわけではない。


 T-51が自分の代わりに撃ってくれるわけでもない。


 レイブン自身が訓練して身につけた射撃技術を土台として、その上へ兵器そのものの性質が重なってくる。


 それが、今の彼が理解している〔兵装接続(アームズ・リンク)〕だった。


 レイブンは息を吐きながら照準を僅かに修正した。


 呼吸を止める。


 引き金を絞る。


 発砲した瞬間、大型マズルブレーキから逃がされた発射ガスが射撃位置周辺の草を激しく揺らし、同時に銃身と周辺可動ユニットが後退してIBRSが作動する。


 肩には確かな反動が伝わった。


 決して軽い反動ではない。


 それでも、大口径対物狙撃銃から想像するような一瞬の強烈な衝撃ではなく、銃全体に受け止められた力が少し長く押し込んでくるような感覚だった。


「八百、命中」


 ユリウスが着弾を確認した。


「中心から右へ七センチ」


「七か……」


「初めて本格運用する銃で八百メートル七センチを気にするな」


「でも七センチずれた」


「だから面倒なんだ、お前は」


 レイブンは苦笑しながら次弾を送り込んだ。


 もう一度風を読む。


 先ほどの射撃で感じたT-51の動きを思い返し、ほんの僅かに修正する。


 二発目。


 着弾。


「右へ三センチ」


「まだ右か」


 三発目。


 今度はユリウスが少し間を置いた。


「ほぼ中心だ」


「よし」


「三発で合わせるな」


「合わせちゃ駄目なの?」


「そういう意味じゃない」


 レイブンは照準器から顔を離した。


 T-51を安全状態へ戻し、銃身温度と機関部を確認する。


「やっぱり撃ちやすいな、これ」


「気に入ったか?」


「うん。前にA2を試験した時から思ってたけど、軽くて僕に合いそうなんだ」


「対物狙撃銃に対する感想とは思えんな」


「俺もそう思う」


 レイブンは笑った。


 だがその笑顔は、T-51を珍しい新兵器として面白がっているだけのものではなかった。


 これなら遠くから仲間を守れる。


 父へそう答えた時に感じたものが、実際に自分の銃として撃ち込むほど確信へ変わっていた。


 SG-44なら、自分が仲間と同じ場所へ踏み込んで戦える。


 T-51なら、そこへ踏み込む前に脅威を減らせるかもしれない。


 二挺はまるで違う兵器だったが、レイブンにとって目的は同じだった。


 生きて帰す。


 そして自分も帰る。


 そのために撃つ。


 午前のT-51射撃訓練が終了した頃、レイブンは隣接する別の射撃区画へ移動していた。


 今度は慣れ親しんだSG-44を手にしている。


 父がまだ教官だった頃に託された銃であり、銃床には今も筆記体で「Crow Raven」と刻まれている。


 T-51が新たな相棒なら、SG-44はすでに身体の一部に近かった。


「NoX」


 呼ばれて振り返ると、エミリア・ヴァイスが小型の軍用ケースを抱えて歩いてきた。


「何?」


「帝国技術部から、あなた宛て」


「また銃?」


「今回は弾」


 ケースが射撃台へ置かれた。


「SG-44用の新型試験弾。八発だけ支給された」


「八発だけ?」


「一発ずつ大事に撃ってね。結構な試作費が掛かってるみたいだから」


「そういうことを撃つ前に言わないでくれない?」


「どうして?」


「引き金を引くたびに値段を想像しそうだから」


 エミリアが笑いながらケースの留め具を外した。


 内部には八発の12ゲージ弾が収められていた。


 外見こそSG-44用の弾薬規格に収まっているものの、通常散弾ともスラッグ弾とも異なり、薬莢には見慣れない識別刻印が入っている。


 レイブンは一本を取り上げた。


「何用?」


「詳細は教えられてない」


「俺が試験するのに?」


「今回はそれも試験の一部」


 エミリアは測定装置を準備しながら続けた。


「技術部は、〔兵装接続(アームズ・リンク)〕が未知の弾薬をどこまで認識できるか知りたいらしいわ。事前情報を与えたら、あなた自身の知識で判断したのか、スキルによって認識したのか分からなくなるでしょう?」


「なるほど」


 レイブンは新型弾を目の高さまで持ち上げた。


「つまり俺に当てろってことか」


「大まかにはね」


「外したら?」


「技術部ががっかりする」


「嫌だな、それ」


 レイブンはSG-44から通常弾を抜き、新型試験弾を弾倉へ装填していった。


 一発。


 二発。


 弾薬そのものへ意識を向けるのはまだ早い。


 まず八発すべてを弾倉へ収め、SG-44へ装着する。


「準備いい?」


「いつでも」


「測定開始」


 レイブンはSG-44を構えた。


 〔兵装接続(アームズ・リンク)〕を発動する。


 第一段階で認識されるのは、何年も使い続けてきたSG-44だった。


 反動の方向も、銃身の動きも、重心も、構えた時にどこへ力を掛ければいいかも、今さら能力へ教えてもらう必要がないほど身体に染み込んでいる。


 それでもスキルは明確にSG-44を一つの兵装として認識した。


「第一接続、安定してる」


 エミリアが測定値を確認した。


「次、弾薬を」


「了解」


 レイブンが初弾を薬室へ送り込む。


 そこで接続の感覚が変化した。


「……ん?」


「どうしたの?」


「ちょっと待って」


 レイブンは撃たず、SG-44を構えたまま意識を薬室内の一発へ向けた。


 今まで使ってきた弾とは違う。


 散弾のように複数の子弾を広げるものではない。


 通常のスラッグ弾とも違う。


 もっと硬い何かを相手にするための性質を感じる。


「これ……対装甲用?」


「私に聞かないで。今回は答えを教えちゃ駄目だから」


「普通の徹甲弾とも違うな」


 レイブンは目を細めた。


 〔兵装接続(アームズ・リンク)〕が拾い上げる感覚を追っていく。


 SG-44。


 新型弾。


 発射。


 飛翔。


 命中。


 そしてその先に、通常の12ゲージ弾では感じたことのない性質があった。


「何だ、これ……」


 もう少し。


 あと少しで、その弾が何を目的に作られたものなのか掴めそうだった。


 その時だった。


 足元が、ゆっくりと揺れた。


 レイブンは一度SG-44を下げた。


「……地震?」


 エミリアも測定装置から顔を上げる。


「待って」


 数秒後。


 再び地面が揺れた。


 今度は先ほどより強く、射撃台の上に置かれていた空薬莢が微かに転がった。


 レイブンは周囲を見渡した。


 訓練場の兵士たちも異変に気づいている。


「地震じゃない」


「どうして分かるの?」


「間隔が一定すぎる」


 三度目の振動が来た。


 低い衝撃が地面を伝い、靴底から脚へ上がってくる。


 レイブンは顔を上げた。


「……何かが歩いてる?」


 エミリアが何かを言いかけた瞬間、基地全域に警報が鳴り響いた。


『全基地要員へ通達。訓練を直ちに中止せよ』


 射撃を続けていた兵士たちが一斉に銃を下ろす。


『繰り返す。全訓練を直ちに中止。帝国陸軍特殊即応軍所属要員は戦闘待機状態へ移行せよ』


 レイブンとエミリアが顔を見合わせた。


 ただの事故ではない。


 直後、二人の個人無線へ通信が入った。


『第一即応班、応答せよ』


 グレイヴ・ハルトマン大尉――〔巨神(アトラス)〕だった。


 レイブンがすぐに応答する。


「こちら〔無名(ノックス)〕」


『〔鍛冶師(フォージ)〕は一緒か』


「隣にいます」


『二人とも実戦装備に切り替えて作戦室へ来い』


「状況は?」


『異界軍だ』


 それだけなら珍しい報告ではない。


 だが、グレイヴの声がいつもより低い。


「規模は?」


『分からん』


「分からない?」


『敵部隊の規模じゃない。確認されているのは一基だ』


 レイブンは一瞬、自分が聞き間違えたのかと思った。


「一基?」


『偵察航空隊からの速報では、これまで確認例のない大型異界軍兵器が異界門を通過した』


 また地面が揺れる。


 先ほどよりも強い。


「……大きさは?」


『推定全高四十メートル以上』


 レイブンは無意識に背後を振り返った。


 少し離れた射撃台には、つい先ほどまで撃っていたT-51が置かれている。


『現在、周辺防衛軍が接触しているが進行を止められていない。第一即応班にも緊急招集が掛かった』


「了解」


『五分で来い』


「了解」


 通信が切れた。


 レイブンはSG-44から新型試験弾を抜こうとして手を止めた。


 先ほど感じた性質が頭から離れない。


「エミリア」


「分かってる」


 彼女も八発の試験弾を見ていた。


「これ、持っていきましょう」


「まだ性能が完全には分かってない」


「だから私が管理する。使用する場合は〔巨神(アトラス)〕と私の許可を取って」


「実戦で使っていいの?」


「大型異界軍兵器が本当に接近しているなら、技術部にも照会する。許可が出るまでは撃たないで」


「了解」


 エミリアが弾薬ケースを回収する間に、レイブンはT-51へ向かった。


 銃を持ち上げる。


 つい先ほどまで八百メートル先の標的へ向けていた兵器が、突然、実戦装備へ変わった。


 専用スリングを装着して背負い、SG-44を前へ回す。


 T-51とSG-44を同時に携行すれば当然ながら身体へ掛かる重量は増える。


 それでもレイブンは、T-51を置いていこうとは思わなかった。


「初仕事か」


「誰の?」


「こいつ」


 背中のT-51を親指で示す。


「大型異界軍兵器相手が初陣?」


「そうなるな」


「あなたも大型兵器相手は初めてでしょう?」


 レイブンは一瞬黙った。


「……本当だ」


「お揃いね」


「嬉しくないお揃いだな」


 それでも二人は僅かに笑った。


 笑えるうちに笑っておく。


 それも長く戦場へ出るうちに覚えたことだった。


 二人が作戦室へ入った時には、第一即応班の主要隊員がほぼ揃っていた。


 正面の大型モニターには航空偵察映像が映し出されている。


 レイブンは画面を見た瞬間、歩みを止めた。


「……何だよ、これ」


 荒野の中央を、巨大なものが進んでいた。


 生物なのか兵器なのかさえ、一目では判断できない。


 複数の巨大な脚部が大地へ沈み込み、それを持ち上げて前へ出すたびに周囲の土が舞い上がっている。分厚い外殻のような装甲に覆われた胴体には、魔力光らしき青白い発光が脈動するように走り、その周囲を走る帝国軍車両は、比較対象として見ると異様なほど小さかった。


 レイブンは、訓練場で感じた振動の正体を理解した。


 あれが歩くたびに地面が揺れている。


「全高推定四十三メートル」


 ニーナ・フェルト曹長――〔反響(エコー)〕が映像を操作しながら説明した。


「全長は姿勢によって変動するため正確には出ていませんが、およそ六十メートル。重量は推定不能。周辺防衛軍による砲撃と航空攻撃を受けていますが、現在も進行中です」


「損傷は?」


 レイブンが尋ねる。


「外見上、確認できない」


「砲撃を受けてるのに?」


 ユリウスが映像の一部を拡大した。


 装甲の表面を薄い光が覆っている。


「魔力障壁らしい」


 エミリアが画面へ近づく。


「実体装甲の外側に?」


「その可能性が高い」


 レイブンは背中のT-51を意識した。


 対物狙撃銃。


 それでも画面の向こうにいるものと比較すると、自分の銃が急に小さく感じられた。


「進行方向は?」


 グレイヴが地図を表示した。


 大型兵器の予想進路上には複数の居住地域があり、その先には抵抗軍が避難民輸送にも使用している鉄道路線が通っていた。


 レイブンの表情から僅かに残っていた笑みが消える。


「止めないと」


「そのために呼ばれた」


 グレイヴが第一即応班を見渡した。


「抵抗軍司令部から共同迎撃命令が出ている。連邦軍を含む複数の部隊が現地へ向かっているが、俺たちの主任務は大型兵器の撃破ではない」


 画面が切り替わり、敵の推定構造図が表示された。


「接近して観測する。装甲構造、魔力障壁、武装、移動機構を調べ、弱点を探す。得られた情報は帝国軍、連邦軍、砲兵、航空隊へ即時共有する」


 そこでグレイヴの視線がレイブンへ向いた。


「NoX」


「はい」


「追加任務だ」


 レイブンはすぐに理解した。


「T-51?」


「そうだ。正式配備されたばかりのT-51が、あの装甲と魔力障壁に対してどこまで通用するか確認する」


 父から渡された言葉が蘇った。


 仲間を死なせたくないなら射撃をして護れ。


 それがお前の任務だ。


「できます」


 グレイヴは頷いた。


「ただし勘違いするな。お前一人であれを倒せという命令じゃない」


「分かってます」


「危険なら撃たずに帰れ。観測情報を持ち帰るだけでも任務は成立する」


 レイブンはモニターを見た。


 巨大兵器が脚を持ち上げ、次の一歩を踏み出す。


 土煙が上がる。


 その進路の先には人がいる。


 逃げている者もいる。


 そこへ向かう味方もいる。


「父さんにも似たようなことを言われました」


「何て?」


「未帰還は許さん、って」


 グレイヴが僅かに笑った。


「なら俺から言うことはない」


「でも一つだけ」


「何だ?」


 レイブンはSG-44へ手を置き、それから背中のT-51を確かめた。


「撃破するためじゃなく、仲間と一緒に帰るために撃ちます」


「ああ」


 グレイヴはそれを否定しなかった。


「それが第一即応班だ」


 直後、基地全体が再び揺れた。


 今度の振動は、作戦室の天井から微かな埃を落とすほど強かった。


 誰も言葉を発しない。


 モニターの中で、大型異界軍兵器がまた一歩進んだ。


 T-51にとって、これが最初の実戦になる。


 レイブンにとっても、これほど巨大な敵と向き合うのは初めてだった。


 そして、性能すら完全には判明していないSG-44用新型弾八発が、エミリアの携行ケースに収められている。


 これまで必要とされなかった兵器と弾薬が、まるでこの瞬間を待っていたかのように同じ場所へ集まっていた。


 レイブンはT-51のスリングを握り直した。


 REAPER。


 死神という名を与えられた銃。


 けれど父がこの銃を託した理由は、命を奪うためではない。


 護るため。


 そして生きて帰るためだった。


「行こう」


 レイブンの声とともに第一即応班が動き出す。


 帝国陸軍特殊即応軍の基地を揺らし続ける振動は、出撃準備を進めている間にも止まらなかった。


 巨大な敵は確実に近づいている。


 そして父から託された|T-51《REAPER/リーパー》が、本当の意味でNoXの兵装となる最初の戦いが、すぐそこまで迫っていた。

Reaper使用弾薬(現時点):対重装甲貫通弾・対魔力障壁貫通特化弾・長距離用亜音速狙撃弾

   使用口径(改修前):12.7×105mm IR

              Imperial Rifle弾の略


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