Season 4「NoX」 #043
お待たせしました!!
第三スキル発動です!!
第43話「兵装接続」
帝政歴348年、春。
抵抗軍の成立から二年が過ぎていた。
二十歳になったレイブン・S・クロウにとって、この二年間は決して短いものではなかった。
帝国領内での異界軍掃討作戦に参加したかと思えば、数日後には連邦共和国の輸送機に乗って東部戦線へ向かい、さらにその翌月には別の加盟国から寄せられた救援要請を受けて国境を越える。第一即応班の任務範囲は、もはや帝国軍という一国の枠だけでは語れなくなっていた。
〔無名〕――NoXというコールサインも同じだった。
連邦軍の兵士から呼び止められることは、もう珍しくない。
初対面の兵士から礼を言われることさえあった。
そのたびにレイブンは困ったように笑い、自分一人の功績ではないと説明していたが、「NoXがいる部隊なら帰れる」という話は本人の意思とは無関係に広まり続けていた。
だからこそ、帝国本国から届いた一通の招集命令を見た時、レイブンは久しぶりに首を傾げた。
「中央兵器技術局?」
第一即応班の待機室で命令書を読み直す。
隣から覗き込んだエミリア・ヴァイスが眉を上げた。
「何か壊した?」
「どうして最初にそれを疑うんだ」
「あなた、SG-44に結構無茶させてるじゃない」
「ちゃんと整備してる」
「そういう意味じゃなくて」
レイブンは再び命令書へ視線を落とした。
中央兵器技術局第三試作棟への出頭。
目的は新型携行火器の実用評価。
期間は三日。
第一即応班に所属する実戦経験者の中から、特殊環境下での武器運用経験、長距離行軍能力、複数種類の火器に対する適応性を考慮して選定したと書かれている。
「俺、狙撃兵じゃないんだけど」
「狙撃銃なの?」
「それすら書いてない」
「行けば分かるでしょ」
「それはそうだけど」
命令である以上、断る理由もない。
そして三日後。
レイブンは帝国中央兵器技術局の正門前に立っていた。
案内された第三試作棟には、油と金属の匂いが漂っていた。
壁際には工具。
測定機器。
試験用の銃身。
分解された機関部。
軍の武器庫とは違う。
ここでは完成した武器を保管しているのではなく、まだ完成していない武器を生み出している。
「レイブン・S・クロウ曹長?」
声を掛けてきたのは白衣姿の男だった。
「はい」
「アルノルト・ケスラー。第三試作棟の主任技術官だ」
「よろしくお願いします」
「君のことは聞いてる」
レイブンは少し嫌な予感がした。
「……どこからです?」
「色々だ」
「その言い方、一番怖いんですけど」
アルノルトは笑いながら奥へ歩いた。
「安心しろ。今日はNoXの逸話を聞くために呼んだわけじゃない」
「助かります」
「君には銃を撃ってもらう」
「それなら慣れてます」
「ただし、少し大きい」
扉が開いた。
その向こうに試験射撃室がある。
中央の作業台。
そこへ一挺の銃が置かれていた。
レイブンの足が自然に止まった。
「……これですか」
「AMR-51A2」
初めて見る銃だった。
だが一目見ただけで、普通の狙撃銃ではないと分かった。
太い銃身。
巨大なマズルブレーキ。
銃身下部に折り畳まれた二脚。
そして何より目を引くのは、弾倉と機関部が引き金より後方へ配置されたブルパップ構造だった。
大型火器でありながら、想像していたより全長が短い。
「持ってみてくれ」
「いいんですか?」
「そのために呼んだ」
レイブンはSG-44を傍らのラックへ置き、AMR-51A2へ両手を伸ばした。
持ち上げる。
その瞬間だった。
「……あれ?」
「どうした?」
レイブンは銃を一度下ろし、もう一度持ち上げた。
「軽い」
「九・七キロだ」
「これで?」
「空虚重量だがな」
レイブンは肩へ当てた。
対物狙撃銃と聞いて想像していた重量感と違う。
もちろん小銃よりは重い。
SG-44とも性格がまるで違う。
それでもブルパップ化によって重心が身体へ近づいているためか、数字以上に取り回しやすく感じられた。
頬を当てる。
照準器を覗く。
構えたまま身体の向きを変える。
「どうだ?」
アルノルトに尋ねられ、レイブンは素直に答えた。
「軽くて、僕に合いそう」
「……僕?」
「何です?」
「いや。連邦軍で最高の守護者だの何だの呼ばれてる奴でも、自分のことを僕って言うんだなと思って」
「その呼び方、ここまで来てるんですか?」
「来てる」
「忘れてください」
「無理だ」
レイブンは深くため息をついた。
「それより、これを撃つんですよね」
「ああ。ただし今日は感想だけじゃ困る。姿勢変更、連続射撃、銃身交換、移動後射撃、それから砂塵環境を想定した作動試験までやる」
「実戦で使うつもりで扱っていいですか」
アルノルトの表情が変わった。
「そのために君を呼んだ」
「分かりました」
試験は午前中いっぱい続いた。
最初は伏射。
レイブンは二脚を展開し、AMR-51A2を地面へ据えた。
弾倉を装着する。
ボルトを操作する。
薬室へ初弾が送り込まれる。
「射撃許可」
耳栓越しに指示が聞こえた。
照準。
呼吸を整える。
引き金へ指を掛ける。
撃つ。
巨大な発砲音とともに身体へ反動が来た。
だが予想していた衝撃とは違った。
銃口のマズルブレーキが発射ガスを逃がし、内部の反動制御機構が一度に肩へ伝わるはずの衝撃を受け止める。
「……これ、面白いな」
思わず口から漏れた。
『感想は具体的に頼む』
観測室からアルノルトの声が飛ぶ。
「反動が消えてるわけじゃない。でも押される感じが長くなってる。肩に一気に来ない」
『続けろ』
二発目。
三発目。
レイブンは撃つたびにAMR-51A2の癖を探した。
銃口の跳ね方。
引き金の感触。
排莢。
次弾装填。
頬付けした時の視界。
二脚を畳んだ状態での保持。
伏射から膝射へ移行した時の重心変化。
射撃後に移動し、再び射撃姿勢へ入るまでの時間。
午後には銃身交換まで行った。
「交換機構、もう少し大きくできません?」
レイブンが尋ねた。
「どこを?」
「固定レバー。素手なら問題ないですけど、冬季手袋だと少し操作しづらそうです」
アルノルトが記録する。
「他には?」
「二脚は使いやすいです。でも展開したまま短距離移動すると、何かに引っ掛けそうです」
「自動収納は複雑になる」
「なら展開角度を途中で一段止められるようにするとか」
「なるほど」
「あと――」
レイブンは銃を見た。
「何だ?」
「これ、本当に初めて俺に触らせたんですか?」
アルノルトの鉛筆が止まった。
「どういう意味だ」
「何か……変なんですよ」
「何が?」
「初めて持った感じがしない」
レイブン自身にも説明できなかった。
銃の構造を以前から知っていたわけではない。
設計図を見たこともない。
それなのに構えるたび、身体のどこへ重量を逃がせばいいのかが自然に分かる。
どの姿勢なら銃口が安定するか。
どこまでなら無理なく振れるか。
次にどの部分が動くのか。
撃つたびに理解が早くなっていた。
「慣れるのが早いだけじゃないか?」
「……そうなのかな」
三日間の評価試験が終了した。
AMR-51A2は合格。
技術局側から見ても、実戦投入へ向けた評価は十分だった。
そして試験者としてのレイブンについても、報告書には問題なしと記された。
「お疲れさん」
アルノルトから書類を受け取る。
「これで終わりですか?」
「ああ。部隊へ戻っていい」
「分かりました」
レイブンはAMR-51A2を一度振り返った。
試験銃は作業台へ戻されている。
当然、自分の銃ではない。
SG-44を受け取り、肩へ掛ける。
「……ありがとうございました」
「こちらこそ。参考になった」
試作棟を出た。
任務は終わった。
それなのに。
歩きながら、レイブンは自分の右手を何度も見ていた。
何かがおかしい。
AMR-51A2を初めて持った瞬間から感じていたものが、まだ消えていない。
むしろSG-44を持ち直したことで、さらに強くなっている。
「……何だ、これ」
身体ではない。
〔殺気看破〕とも違う。
〔透明〕とも違う。
自分と武器の間に、今まで存在しなかった何かがある。
レイブンは足を止めた。
帰還予定時刻までは余裕がある。
技術局の敷地内には射撃訓練場が併設されている。
考えるより、確かめた方が早かった。
訓練場の使用許可を取り、レイブンは一人で射撃区画へ入った。
持ってきたのはSG-44。
いつもの銃だ。
銃床には、年月を経ても残る筆記体の刻印。
Crow Raven
「頼むぞ」
誰に言うでもなく呟き、銃を構えた。
その瞬間。
何かが繋がった。
「……っ?」
レイブンは反射的にSG-44を下ろした。
手を見る。
異常はない。
もう一度構える。
同じ感覚。
今度は逃さなかった。
SG-44を「銃」として見ているのではない。
重量。
全長。
重心。
装填機構。
有効射程。
散弾銃としての性質。
自分が長年使ってきた経験とは別のところから、それらが一つのまとまりとして頭へ入ってくる。
「武器を……認識してる?」
言葉にした瞬間、その感覚が明確になった。
レイブンは照準を標的へ向ける。
すると身体の動きまで変わった。
肩へ銃床を当てる位置。
肘の角度。
反動を受ける姿勢。
照準から射撃へ移るまでの動作。
これまで訓練によって身につけてきた技術が消えたわけではない。
むしろ、それらの上へSG-44という武器そのものが持つ性質が重なってくる。
「これが……基本?」
一発撃つ。
標的へ命中。
レイブンはすぐに違和感へ気づいた。
まだ終わっていない。
今度は銃ではなく、装填されている弾薬へ意識が向いていた。
「弾……?」
弾倉を外す。
訓練用に用意した通常散弾。
一本を取り出して見る。
もう一度装填する。
SG-44を構える。
変化した。
先ほどまで自分とSG-44の間に存在していた繋がりが、さらに一段深くなる。
武器そのものを認識した時に現れる感覚。
そして。
装填弾を認識した瞬間、その性質に合わせて別の何かへ切り替わる感覚。
「二段階……?」
レイブンは撃った。
散弾が広がる。
だが、その広がり方を撃つ前から感じ取れていた。
正確な未来が見えたわけではない。
それでも弾種の性質とSG-44の組み合わせによって、何を得意とする状態なのかが感覚として理解できる。
レイブンは別の弾薬を取り出した。
スラッグ弾。
装填。
構える。
また変わった。
「……違う」
同じSG-44なのに、弾を変えただけで接続の先にある感覚が切り替わる。
散弾では面を捉える感覚だったものが、今度は一点へ収束していく。
標的を見る。
距離を取る。
撃つ。
命中。
レイブンは銃を下ろした。
心臓が速くなっていた。
恐怖ではない。
興奮に近い。
「武器を認識して……」
自分自身へ確認するように呟く。
「その武器が持っている基本的な能力が出る」
SG-44を見る。
「その次に、装填されてる弾を認識する」
薬室へ入った弾を意識する。
「弾種によって……能力が切り替わる」
そこで初めて、レイブンは自分の中に生まれたものの構造を理解した。
第一段階。
兵装認識。
手にした武器を一つの兵装として認識し、その武器固有の性質に対応した基本スキルを発現させる。
SG-44ならSG-44。
小銃なら小銃。
拳銃なら拳銃。
そして先ほど試験したAMR-51A2なら、対物狙撃銃としての性質に対応する能力が現れる。
第二段階。
装填弾認識。
武器に装填された弾薬を認識し、その弾種固有の性質に応じて基本スキルから特殊スキルへ接続状態を切り替える。
同じ武器でも弾種が違えば、現れる効果も変わる。
武器だけでは完成しない。
弾だけでも完成しない。
武器と弾薬。
そして使用者である自分。
三つが揃った時、能力が形を変える。
「……俺と武器を繋いでるのか」
その言葉が一番近かった。
レイブンはしばらく考えた後、静かに名前を口にした。
「〔兵装接続〕」
口にした瞬間、不思議なほど馴染んだ。
第三の個人スキル。
〔殺気看破〕が敵意を察知し、自分や仲間へ届く脅威を見つける力だとするなら。
〔透明〕が音、臭い、姿を消し、脅威の中へ入り込むための力だとするなら。
〔兵装接続〕は、手にした兵装を理解し、その性能を自分の技術へ繋げる力だった。
レイブンは何度も試した。
通常散弾。
スラッグ弾。
もう一度通常散弾。
切り替えるたびに、接続の感覚も変わる。
ただし、万能ではなかった。
弾薬そのものの性能を超えることはできない。
SG-44の有効射程が突然何倍にも伸びるわけでもなく、散弾が装甲車を容易に貫通するようになるわけでもない。
存在しない性能を生み出す能力ではなかった。
むしろ逆だった。
元から武器と弾薬が持っている性質を認識し、自分の動きと感覚をそこへ接続する。
「だからAMR-51A2を持った時……」
ようやく分かった。
試験中に感じていた異常な馴染み方。
あの時点ですでに、能力は目覚めかけていたのだ。
「もう一回、あれを撃ちたいな」
思わず笑った。
軽くて、僕に合いそう。
試験場で口にした感想が、今になると別の意味を持って聞こえた。
もしAMR-51A2へ〔兵装接続〕を使ったら、何が起きるのか。
対物狙撃銃そのものを認識した時、どんな基本スキルが現れるのか。
そして、そこへ装填する弾種を変えたら。
徹甲弾。
高精度弾。
対魔力構造体用の特殊弾。
それぞれで接続先が変わるのだとしたら。
「……試したい」
レイブンはSG-44を見た。
「いや、まずお前からだな」
長年使ってきた愛銃なのに、自分はまだこの銃について知らないことがある。
そう思うと妙に楽しかった。
さらに数発。
弾種を変える。
姿勢を変える。
距離を変える。
試しているうちに予定していた帰還時刻が近づいていた。
「まずい」
時計を見て慌てて射撃をやめる。
薬室確認。
残弾確認。
弾倉を外す。
SG-44を安全状態へ戻す。
訓練場を出ようとして、レイブンはもう一度だけ自分の手を見た。
二十歳。
〔殺気看破〕。
〔透明〕。
そして今日、新たに加わった。
〔兵装接続〕。
それでもレイブン自身は、自分が突然強くなったとは感じなかった。
むしろ扱うべきものが増えた感覚の方が強い。
知らなければならない。
試さなければならない。
どこまで使えて、どこから先が危険なのかを理解しなければ、実戦で仲間を巻き込む。
その考え方だけは、新兵だった頃から変わっていなかった。
翌日。
第一即応班の基地へ戻ったレイブンは、待機室へ入るなりエミリアに声を掛けられた。
「おかえり」
「ただいま」
「新型銃どうだった?」
「よかった」
「それだけ?」
「軽かった」
「もっと感想ないの?」
「僕に合いそうだった」
エミリアが怪訝な顔をした。
「何その感想」
「俺にも分からない」
「買うの?」
「軍用試作銃をどうやって買うんだよ」
「じゃあ貰う?」
「もっと無理だろ」
レイブンはSG-44を装備ラックへ置いた。
少し迷う。
「エミリア」
「何?」
「俺、またスキルが増えたかもしれない」
彼女の動きが止まった。
「……また?」
「その言い方やめろ」
「だって普通、一つでも個人スキルがあれば珍しいのよ?」
「知ってる」
「あなた今いくつ?」
「三つ」
「おかしいでしょ」
「俺に言うなよ」
エミリアは額を押さえた。
「どんな能力?」
レイブンはSG-44を指した。
「武器と繋がる」
「意味が分からない」
「俺も昨日まで分からなかった」
それからレイブンは、射撃訓練場で確認した現象を説明した。
武器を認識する。
武器固有の基本スキルが現れる。
装填弾を認識する。
弾種固有の特殊スキルへ切り替わる。
エミリアは最初こそ疑っていたが、話を聞き終える頃には技術士官らしい表情になっていた。
「それ、きちんと検証した方がいい」
「やっぱり?」
「当然。弾種を切り替えた瞬間に能力も切り替わるなら、切替時間、疲労、連続使用の限界、未経験の武器でも発動するのか、それから故障した武器をどう認識するのかも調べないと」
「……増えたな」
「当たり前でしょ」
「今日休めると思ってたのに」
「残念でした」
エミリアが笑った。
「報告書、作りましょうか。最高の守護者さん」
「だからそれやめろって」
「じゃあ三技能持ちのNoXさん」
「もっと嫌だ」
エミリアの笑い声が待機室へ響いた。
レイブンも苦笑しながら椅子へ座った。
だが、頭の片隅ではまだAMR-51A2の感触が残っていた。
九・七キログラムのブルパップ式対物狙撃銃。
巨大な弾薬を撃つための兵器でありながら、不思議なほど自分の身体へ馴染んだ一挺。
あの時はまだ、第三スキルが完全には目覚めていなかった。
ならば次に握った時はどうなるのだろう。
その疑問への答えを知る日は、レイブンが思っているよりも早く訪れることになる。




