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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅰ~ FENRIR ― 時代に取り残された黒猫 ― Season 4 #038~Season 4 #066
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42/189

Season 4「NoX」 #042

第42話「帰還を呼ぶ名」


 帝政歴346年、初春。


 帝国と連邦共和国が一時停戦へ踏み切り、複数の国家が異界軍への対抗を目的として抵抗軍を形成してから、数か月が過ぎていた。


 国境から砲声が完全に消えたわけではない。


 停戦協定に従わない小規模部隊の衝突が起きることもあれば、長年敵同士だった兵士たちが同じ基地で殴り合いを起こすこともある。物資の規格は違い、無線周波数も違い、作戦用語すら統一されていない部分が残っていた。


 それでも共同戦線は続いていた。


 続けなければならなかった。


 異界軍は待ってくれない。


 帝国人であるか、連邦人であるかなど関係なく襲ってくる。


 だから帝国軍部隊が連邦共和国領へ入り、連邦軍部隊が帝国領へ入る光景も、少しずつ珍しいものではなくなっていた。


 その中でも第一即応班は、連邦領への派遣回数が多い部隊の一つとなっていた。


 偵察部隊の救出。


 孤立拠点からの撤収支援。


 避難民輸送路の安全確認。


 異界軍によって分断された部隊間の連絡回復。


 行方不明となった兵士の捜索。


 敵地深部へ潜入しての情報収集。


 その任務内容に共通していたのは、敵を何人倒したかではなかった。


 誰を連れて帰ったか。


 それだけだった。


 そしていつしか連邦共和国軍の兵士たちの間で、ある名前が知られるようになっていた。


 NoX。


 帝国陸軍特殊即応群に所属する若い兵士。


 本名を知らない者も多かった。


 顔を見たことすらない者もいた。


 それでも〔無名(ノックス)〕というコールサインだけは、一人歩きを始めていた。


 連邦共和国東部、旧工業都市ヴァルツ。


 異界軍による攻撃を受けて放棄された市街地の地下では、連邦軍第三十二歩兵連隊所属の七名が身動きを取れなくなっていた。


「無線は?」


「駄目です。まだ繋がりません」


「予備機は」


「さっきので最後です」


 崩壊した地下鉄駅。


 天井の一部が落ち、出口の半分が瓦礫で塞がれている。


 残された七人のうち二人が負傷していた。


 一人は腹部。


 もう一人は左脚。


 歩ける者だけなら脱出できたかもしれない。


 だが二人を置いていくという選択肢を、分隊長は選ばなかった。


「隊長」


「何だ」


「俺を置いていってください」


「却下」


「でも、このままじゃ全員――」


「却下だと言った」


 若い兵士は黙った。


 遠くで何かが崩れる音がした。


 異界軍が市街地を捜索している。


 見つかるのも時間の問題だった。


 分隊長は弾倉を確認した。


 残弾は少ない。


「……最後まで待つぞ」


「救援、本当に来るんですか」


「来る」


「どうして分かるんです?」


「要請は通った」


「どの部隊が?」


 分隊長は少しだけ迷ってから答えた。


「帝国の特殊即応部隊らしい」


 若い兵士が顔を上げた。


「帝国?」


「ああ」


「本当に大丈夫なんですか」


「今は抵抗軍だ」


「でも……」


 その時、別の兵士が小さく言った。


「もしかして、NoXがいるところか?」


 全員の視線が向いた。


「何だそれ」


「聞いたことないですか?」


「何をだ」


「帝国の特殊部隊にいるっていう……ほら、姿を消す奴」


「そんなの噂だろ」


「でも第九偵察中隊の奴が言ってましたよ。自分たちも一緒に作戦したって」


「何て?」


 兵士は少し考えてから答えた。


「NoXがいる特殊部隊は、絶対に味方を生きて返してくれるって」


「絶対なんてあるか」


「俺に言わないでくださいよ。そういう噂なんですから」


 分隊長は鼻で笑った。


「そんな都合のいい守護神がいるなら、さっさと来てもらいたいもんだ」


 直後だった。


 崩れた階段の上から、小さな石が落ちた。


 全員が銃を構える。


「誰だ!」


 返事はない。


 銃口が暗闇へ向けられる。


 そして何もなかった空間から、突然声がした。


「撃たないでください。帝国軍です」


「……は?」


 空間が揺らいだ。


 黒い軍装をまとった青年が、何もない場所から姿を現した。


 SG-44を胸元へ構えている。


 まだ若い。


 分隊長が目を見開いた。


「お前……」


「帝国陸軍特殊即応群、第一即応班所属。〔無名(ノックス)〕です」


 七人が一斉に黙った。


 後方にいた兵士が小さく呟く。


「……本当に来た」


 レイブン・S・クロウは聞こえていないふりをした。


「負傷者は二名?」


「あ、ああ」


「歩けますか」


「一人は無理だ」


「分かりました」


 レイブンは無線機へ手を伸ばした。


「〔無名(ノックス)〕より〔巨神(アトラス)〕。救援対象七名を確認。全員生存。重傷一、軽傷一。地下駅南側から搬出可能です」


『敵情は?』


「地上に少なくとも二個分隊規模。東側道路にも反応があります」


『北側は』


「今のところ薄いです」


『了解。〔女狐(ヴィクセン)〕と〔城壁(ブルワーク)〕を送る。搬出経路を確保しろ』


「了解」


 通信を切る。


 分隊長がレイブンを見ていた。


「お前、一人でここまで来たのか?」


「途中までは二人です。ここから先は〔透明(ゴースト)〕を使った方が見つかりにくかったので」


「ゴースト?」


「俺のスキルです」


「姿を消すっていう噂、本当だったのか……」


「完全じゃありませんよ」


 レイブンは地下駅の床を指した。


「足跡は残るし、物に触れば動きます。雨の日なんて最悪です」


「妙に現実的だな」


「使ってる本人なんで」


 重傷者のそばへしゃがむ。


「名前は?」


「……ルイス」


「ルイス。今から帰ります」


「歩けない」


「知ってます」


「俺を運んだら――」


「置いていきません」


 レイブンは即答した。


「でも」


「俺たちは、そのために来ました」


 ルイスは黙った。


「だから余計なこと考えないでください。生きることだけ考えて」


 しばらくしてセリアとオットーが到着した。


 巨体のオットーは負傷したルイスを背負うと、まるで荷物の重量など感じていないかのように立ち上がった。


「軽いな」


「七十キロあります……」


「装備込みで百キロ超えてから文句を言え」


「帝国兵ってみんなこんななんですか」


「こいつが特別です」


 レイブンが答えると、オットーが睨んだ。


「〔無名(ノックス)〕」


「何です?」


「後で覚えてろ」


「生きて帰ったらお願いします」


「言ったな」


 短いやり取りに、緊張していた連邦兵たちから僅かな笑いが漏れた。


 撤退が始まった。


 レイブンは最後尾についた。


 〔殺気看破(アタック・シールド)〕へ意識を集中する。


 敵意。


 右前方。


「止まって」


 全員が止まる。


 レイブンはSG-44を構えた。


 数秒後、地上から異界兵が姿を見せる。


 一発。


 発砲音が地下通路へ響いた。


「走って!」


 連邦兵たちが動く。


 レイブンは撃った位置に残らず、すぐ別の遮蔽物へ移った。


 敵が追ってくる。


 二発目。


 足止めする。


 倒すためではない。


 味方との距離を稼ぐためだ。


「〔無名(ノックス)〕!」


 セリアの声が無線から飛ぶ。


『全員地上へ出た!』


「了解!」


 レイブンは〔透明(ゴースト)〕を発動した。


 姿が消える。


 臭いが消える。


 自分と装備から発生する音が消える。


 追ってきた異界兵が立ち止まった。


 ほんの数秒前までいた人間が消えたからだ。


 レイブンは撃たなかった。


 その横を通り抜けた。


 走る。


 階段を上がる。


 地上へ出る。


 装甲車が待っている。


「乗れ!」


 グレイヴが叫んだ。


 連邦兵七名。


 第一即応班。


 全員が乗り込む。


 最後にレイブンが飛び込む。


「出せ!」


 後部扉が閉じた。


 車両が急発進する。


 数秒後、装甲車の後方へ何かが着弾した。


 車体が揺れた。


 それでも止まらない。


 数分後。


 追跡が途絶えた。


「人数確認!」


 グレイヴの声にニーナが答える。


「第一即応班、全員確認! 救援対象、七名全員確認!」


 レイブンはSG-44を下ろした。


 その言葉を聞く瞬間が、いつの間にか好きになっていた。


 全員確認。


 それだけでいい。


 向かいに座っていた連邦兵のルイスが、苦しそうに笑った。


「……噂、本当だったな」


「何の話です?」


「NoXがいる部隊は、絶対に味方を生きて返す」


 レイブンの表情から笑みが消えた。


「それ、誰が言ったんです?」


「知らない。連邦じゃ結構広がってるぞ」


「やめてくださいよ」


「なんでだ?」


「絶対なんて無理です」


 車内が静かになった。


 レイブンは少し考えてから続けた。


「俺だって助けられないことはあると思います。第一即応班だって同じです。だから、絶対なんて言われると困る」


「じゃあ、何て言えばいい」


「……できるだけ連れて帰る」


「弱いな」


「現実なんてそんなもんです」


 ルイスは少し笑った。


「なら、もう一つの方にする」


「もう一つ?」


「NoXは最高の守護者だって」


「それもやめてください」


「何でだよ」


「恥ずかしいからです」


 今度は車内に笑いが起きた。


 レイブンは顔を背けた。


 耳が少し赤くなっている。


 エミリアはそれを見逃さなかった。


「最高の守護者」


「エミリア」


「何?」


「やめろ」


「〔無名(ノックス)〕改め〔最高の守護者(――)〕」


「本当にやめろ」


「いいじゃない。格好いいわよ」


「父さんに知られたら一生からかわれる」


「手紙に書こうか?」


「絶対にやめろ!」


 その日から噂は、さらに広がった。


 救出された第三十二歩兵連隊の兵士が別の部隊へ話した。


 その部隊がまた別の部隊へ話した。


 事実もあった。


 誇張もあった。


 いつしか「姿を消して敵陣を一人で突破した」「数十人を単独で救出した」「NoXが来ると戦死者が出ない」といった、本人が聞けば即座に否定する話まで混ざり始めた。


 だが、その中心にある言葉だけは変わらなかった。


 ――NoXが来た。


 なら、帰れるかもしれない。


 帝国で新兵時代に与えられた〔無名(ノックス)〕という名前は、本人の知らないところで、連邦共和国では別の意味を持ち始めていた。


帝国中央兵器技術局


 同じ頃。


 ヴァルター・クロウは、珍しく言葉を失っていた。


 目の前の作業台に一挺の銃が置かれている。


「……これが?」


「はい」


 主任技術官アルノルト・ケスラーは、今まで見たことがないほど得意そうだった。


「AMR-51A2。第二次改良試作型です」


 ヴァルターは銃を見た。


 最初に目についたのは、その形だった。


 AMR-51。


 そしてAMR-51A1。


 これまで二世代にわたって踏襲してきた一般的な機関部と銃床の配置は、完全に姿を消している。


 弾倉と主要機関部が、引き金より後ろへ移されていた。


「……ブルパップ?」


「はい」


「対物狙撃銃を?」


「はい」


「正気か?」


「あなたにだけは言われたくありません」


 ヴァルターは無視して銃へ手を伸ばした。


 持ち上げる。


 そして、もう一度黙った。


「……軽い」


「でしょう?」


「重量は」


 アルノルトは待っていましたと言わんばかりに資料を開いた。


「空虚重量、九・七キログラム」


 ヴァルターの手が止まった。


「もう一回」


「九・七キログラムです」


「十キロ切ったのか?」


「切りました」


「対物狙撃銃で?」


「そうです」


「強度は?」


「A1と同等以上」


「嘘つけ」


「試験結果を見ます?」


「見せろ」


 資料を受け取る。


 ヴァルターは数字を追った。


 高強度軽量合金を用いたフレーム。


 耐熱・耐衝撃複合材による外装。


 機関部配置をブルパップ方式へ変更したことで、銃身長を確保しながら全長を大幅に短縮。


 長大な銃身は維持されている。


 交換可能機構も残っていた。


 二脚(バイポッド)も標準装備。


 A1で追加を要求した前部保持部も存在する。


「……全部残ってるな」


「残しました」


「マズルブレーキは?」


「あります」


「銃身交換」


「可能です」


「耐熱保持部」


「採用」


「二脚(バイポッド)」


「あります」


「重量九・七」


「はい」


 ヴァルターは資料と銃を交互に見た。


「お前ら、俺に恨みでもあるのか」


「何でそうなるんです?」


「文句を言う場所が減ってる」


「それが目的です!」


 試作棟に笑い声が響いた。


 ヴァルターは銃を肩へ当てた。


 A1より明らかに短い。


 重心も身体に近い。


 ブルパップ化によって後方へ移動した重量が肩付近に集まり、長大な銃身を持つ割には振り回される感覚が少なかった。


「全長は?」


「約千百六十ミリ」


「銃身は?」


「約七百六十ミリを維持しています」


「……随分縮めたな」


「ブルパップの利点です」


 ヴァルターは照準器を覗いた。


 高倍率光学照準器。


 その側面には見慣れない小型装置が追加されている。


「これは?」


「魔導観測補助装置です」


「何を補助する」


「距離、風向、魔力密度、それから異界環境下で発生する光学的な揺らぎの補正。射手へ直接答えを出すものではありません。観測情報を表示するだけです」


「自動照準にはするなよ」


「その予定はありません」


「ならいい」


 ヴァルターは銃を下ろした。


 そして銃身周辺を見る。


「反動は?」


 アルノルトの顔つきが変わった。


「そこが今回最大の変更です」


「マズルブレーキだけじゃないのか」


「はい」


 技術者が外装の一部を開いた。


「IBRS――Imperial Barrel Recoil System。帝国式銃身後退反動制御機構です」


 ヴァルターが眉を寄せた。


「銃身を動かすのか?」


「発射時に銃身と周辺可動ユニットを射手側へ後退させます。その運動量を内部機構で段階的に受け止め、射手へ一度に伝わる反動を減衰させます」


「作動距離は?」


「まだ調整中です」


「耐久性は?」


「初期試験では規定値内」


「泥は?」


「試験済み」


「砂」


「済み」


「低温」


「済み」


「高温」


「済み」


「連続射撃」


「そこはこれからです」


 ヴァルターが止まった。


「見つけた」


「何をです?」


「文句を言う場所」


 アルノルトが額を押さえた。


「嬉しそうに言わないでください」


「実戦装備重量は?」


「光学照準器、魔導観測補助、弾倉、二脚(バイポッド)込みで約十一キロです」


「悪くない」


「今、褒めました?」


「聞き間違いだ」


「絶対褒めたでしょう」


 ヴァルターは返事をせず、再びAMR-51A2を構えた。


 照準器を覗く。


 銃床というものが存在しないブルパップ特有の配置。


 頬を当てる位置。


 肩への収まり。


 引き金までの距離。


 そして、気づいた。


「……ここだな」


 アルノルトの顔から笑みが消えた。


「何です?」


「トリガー」


「引き金がどうしました?」


「重い」


「安全性を考えて設定しています」


「狙撃銃だぞ」


「対物狙撃銃です」


「だからだ。数百メートル先で最後に撃つ時、引き金が重すぎれば射手が銃を動かす」


「調整できます」


「どの程度?」


「安全域内で二段階ほど軽くできます」


「やれ」


「やっぱり文句を言うんですね」


「仕事だからな」


「誰もそんな仕事頼んでません」


「呼んだのお前らだろ」


 ヴァルターは笑いながらAMR-51A2を作業台へ戻した。


 だが、先ほどまでとは違う目でその銃を見ていた。


 SG-44を初めて見た時とも違う。


 AMR-51とも違う。


 A1とも違う。


 これは改良型というより、別の思想へ踏み込んだ銃だった。


「……これなら走れるな」


 小さく呟く。


「え?」


「何でもない」


 ヴァルターは資料をもう一度見た。


 九・七キログラム。


 全長約千百六十ミリ。


 銃身長約七百六十ミリ。


 セミオート。


 着脱式箱型弾倉。


 高倍率光学照準器。


 魔導観測補助。


 そしてIBRS。


 机の上のAMR-51A2は、まだ帝国軍の正式装備ではない。


 耐久試験も残っている。


 実戦評価も必要になる。


 それでもヴァルターには、この銃がA1で終わらなかった理由が少し分かった。


「ケスラー」


「はい?」


「これ、誰に使わせるつもりだ」


「選抜射手でしょうね。通常歩兵へ広く配備する武器ではありません」


「だろうな」


「何か心当たりでも?」


「いや」


 ヴァルターは即答した。


 だが一瞬だけ、息子の姿が頭をよぎっていた。


 SG-44を持ち、特殊即応部隊へ入った息子。


 幼い頃から兵士の動きを観察し、武器の欠点を遠慮なく指摘していた少年。


 今では連邦共和国まで派遣されている。


「息子さんですか?」


「違う」


「まだ何も言ってませんよ」


「顔に書いてある」


「あなたの顔にも書いてあります」


「うるさい」


 アルノルトは笑った。


「一度、触らせてみたいですね」


「やめとけ」


「なぜです?」


「たぶん文句が多い」


「誰に似たんでしょうね」


 ヴァルターは無言でアルノルトを睨んだ。


 それから、二人とも笑った。


 AMR-51A2はまだ知らない。


 自分がいつか誰の手に渡るのかを。


 そしてレイブンも知らない。


 父がまた、自分の知らないところで一挺の銃へ口を出していることを。


 さらに、その銃が後に自分の軍歴と切り離せない存在になることも。


 数日後。


 連邦共和国東部の前線基地で、レイブンは食堂へ入った瞬間に違和感を覚えた。


 視線が集まった。


「……何?」


 エミリアが後ろから入ってくる。


「どうしたの?」


「見られてる」


「あなたが有名人だからじゃない?」


「やめてくれ」


 食事を受け取り、空いている席を探す。


 その途中。


 連邦兵の一人が声を掛けた。


「NoX!」


 レイブンが振り返る。


「はい?」


「昨日、第六救護班を拾ったの、お前たちだろ?」


「第一即応班全員です」


「でも先に見つけたのはお前だって聞いたぞ」


「たまたまです」


 別の兵士が笑った。


「最高の守護者は謙虚だな」


「その呼び方、本当にやめてもらえませんか」


 食堂から笑い声が上がる。


 レイブンは頭を抱えた。


「何でこんなに広がってるんだ……」


 エミリアが平然と答える。


「連邦共和国全体に広がり始めてるみたいよ」


「最悪だ」


「いい噂でしょう?」


「重いんだよ」


 その言葉だけは、冗談ではなかった。


 レイブンは食事を持ったまま少し黙った。


「絶対に生きて返す、なんて言われても……俺にそんな保証できない」


 エミリアも笑うのをやめた。


「分かってる」


「いつか助けられない人が出る」


「そうね」


「その時、俺は――」


「レイブン」


 本名で呼ばれた。


 顔を上げる。


「噂通りになるために戦わないで」


「……」


「あなたが最初に言ったことをやればいい」


「最初?」


「即応の守護者になりたいって」


 レイブンはしばらく考えた。


 訓練課程を終える直前、父へ話した言葉だった。


 家族だけではない。


 この世界のためなら、どんな場所へでも駆けつけられるような即応の守護者になりたい。


 その願いは変わっていない。


「そうだな」


 レイブンはようやく席へ座った。


「噂は噂か」


「そういうこと」


「じゃあ無視する」


「最高の守護者」


「エミリア」


「何?」


「飯を食わせろ」


 彼女は笑った。


 レイブンも呆れながら食事へ手をつけた。


 周囲では帝国兵と連邦兵が同じ食堂を使っている。


 少し前なら考えられなかった光景だった。


 そして、その誰かがまたNoXという名前を口にしている。


 レイブン本人が望んだわけではない。


 英雄になろうとも思っていない。


 ただ、呼ばれた場所へ行った。


 見つけた人間を連れて帰った。


 それを繰り返しただけだった。


 しかし戦場で孤立した兵士にとって、その「だけ」がどれほど大きな意味を持つのかを、十八歳のレイブンはまだ完全には理解していなかった。


 帝国では〔無名(ノックス)〕。


 連邦では、帰還を連れてくる兵士。


 やがてその名前は国境を越え、抵抗軍全体へ広がっていく。


 そして同じ頃。


 帝国中央兵器技術局の試作棟では、AMR-51A2が静かに耐久試験の日を待っていた。


 一人の兵士と、一挺の銃。


 この時点では、まだ互いを知らない。


 けれど二つの道は、少しずつ同じ場所へ向かい始めていた。

型式の変遷


X-50

最初の技術実証機。約14.6kg、通常配置。

↓

AMR-51 Prototype

X-50の試験結果から設計されたAMR計画試作型。約12.4kg。

↓

AMR-51A1

軽量化・高剛性化された実用試験型。約10.8kg。

↓

AMR-51A2

ブルパップ化。IBRS統合。9.7kg。

↓

帝国軍採用試験合格

↓

T-51《REAPER/リーパー》※後に登場予定

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