Season 1「誕生」 #03<付録:父の母から息子への手紙>
第3話 父の制服
レイブン・S・クロウにとって、父親には二つの姿があった。
一つは、家の中にいるヴァルター・クロウ。
食卓ではセレナに小言を言われ、休日には壊れた家具を直し、息子を肩へ乗せて庭を歩く。
もう一つは、毎朝決まった時間になると現れる姿だった。
濃色の帝国軍制服。
磨かれた軍靴。
腰のベルト。
胸元の階級章。
そして、家の中にいるときとは少し違う父の顔。
幼いレイブンには、それらが何を意味しているのかまだ分からなかった。
ただ――父がその服を着る日は、必ず家を出ていく。
それだけは理解していた。
朝。
まだ冬の冷気が窓に残っている。
レイブンは居間の床に座り、小さな木製の積み木を並べていた。
一つ置く。
その上へ、もう一つ。
少し傾いた。
黒い猫耳がぴくりと動く。
慎重に指を離す。
積み木は倒れなかった。
レイブンは満足そうに眺めた。
そこへ二つ目の音が聞こえた。
金属が触れ合う、小さな音。
レイブンが振り向く。
父がいた。
ヴァルターは鏡の前に立ち、制服の襟元を整えている。
ベルトを締める。
金具が固定される。
軍靴を履く。
いつもなら何気なく見ていた光景だった。
しかし、その日のレイブンは遊びへ戻らなかった。
じっと父親を見ている。
ヴァルターが気づいた。
「どうした」
レイブンは答えず、父の胸元を見ていた。
そこに小さな徽章がある。
ヴァルターが視線を追う。
「これか?」
指で示す。
レイブンが頷いた。
まだ幼い少年だったが、言葉は少しずつ増えていた。
「とうさん」
「ああ」
「それ、なに?」
ヴァルターは一瞬、答えを考えた。
「軍の徽章だ」
「ぐん?」
その言葉を聞いていたセレナが、台所から顔を出した。
ヴァルターを見る。
ヴァルターも妻を見る。
どう説明するべきか。
そんな無言のやり取りだった。
「軍は……」
ヴァルターは息子の前へしゃがんだ。
「国を守る仕事をする人たちが集まっているところだ」
レイブンは首を傾げた。
「まもる?」
「ああ」
「なにから?」
今度こそ、ヴァルターは言葉に詰まった。
セレナが小さく笑う。
「子供って、すぐ次を聞くでしょう?」
「……そうだな」
ヴァルターは少し考えた。
敵。
国境。
戦争。
そういった言葉を並べるのは簡単だった。
だが、それを幼い息子へ教える必要があるとは思わなかった。
「危ないものからだ」
そう答えた。
レイブンは父親の顔を見る。
「とうさんが?」
「ああ」
「とうさんが、まもる?」
「父さんだけじゃない。大勢いる」
レイブンは少し考え込んだ。
それから、制服へ手を伸ばした。
ヴァルターは止めなかった。
小さな指が袖の布へ触れる。
普段、家で父が着ている服とは違う。
厚い。
硬い。
「これを着ると、ぐんなの?」
「いや」
ヴァルターは首を横へ振った。
「服を着ただけでは軍人にはならない」
「じゃあ、どうするの?」
また質問。
セレナが背後で笑っている。
ヴァルターは少し困った顔になった。
「訓練する」
「くんれん?」
「いろいろ覚えるんだ」
「なにを?」
「……たくさんだ」
「たくさん?」
「ああ」
「どれくらい?」
ヴァルターが黙った。
セレナがとうとう吹き出した。
「あなた、完全に負けてるわよ」
「質問が多い」
「あなたの息子でしょう?」
「俺はここまで質問しない」
「どうかしら」
ヴァルターは立ち上がった。
レイブンも父を見上げる。
以前ならば、制服を着た父は単に家を出ていく存在だった。
だが今日、その服に名前がついた。
軍。
父は軍人。
国を守る仕事。
幼い理解では、それだけだった。
それでも、レイブンの世界は少し広がった。
ヴァルターが玄関へ向かう。
軍帽を手に取る。
セレナが見送る。
「今日は?」
「通常勤務だ」
「遅くなる?」
「予定ではない」
セレナの白い猫耳がわずかに動いた。
「予定では?」
「何もなければ、いつもどおりだ」
セレナはそれ以上聞かなかった。
レイブンが玄関までついてくる。
ヴァルターは扉へ手をかけたところで気づき、振り返った。
「どうした」
「とうさん」
「ん?」
「きょうも、まもる?」
ヴァルターは少し目を見開いた。
今朝教えた言葉を、そのまま使っている。
「……そうだな」
ヴァルターは息子の頭へ手を置いた。
黒い髪を軽く撫でる。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
扉が閉じた。
軍靴の足音が遠ざかっていく。
レイブンはしばらく玄関を見ていた。
「レイブン」
母に呼ばれる。
振り返る。
「朝ご飯にしましょう」
「うん」
居間へ戻りながら、レイブンはもう一度だけ玄関を見た。
軍。
その言葉が、頭の中に残った。
昼を過ぎるころ。
セレナはレイブンを連れて街へ出た。
冬の冷気は残っていたが、空は晴れている。
石造りの建物の間を人々が行き交い、路面を車両が走る。
店先には食料品や生活用品が並び、通りには焼いたパンの匂いが漂っていた。
レイブンは母の手を握って歩いている。
猫耳が忙しなく動く。
人の声。
車輪。
鐘。
遠くを走る列車。
すべてが家の中より大きく聞こえる。
交差点へ差しかかったところで、警笛が鳴った。
セレナがレイブンの手を少し強く握る。
「止まって」
大型の軍用車両が通りを横切っていった。
一両。
二両。
さらに後ろから続く。
荷台には制服姿の兵士たちが乗っていた。
レイブンの足が止まる。
「おかあさん」
「なに?」
「あれ」
セレナも見る。
「軍の車ね」
レイブンの黒い耳が立つ。
「ぐん」
朝に聞いた言葉だった。
車列が目の前を通過していく。
大型車両のディーゼルエンジンが低い音を響かせ、路面から振動が足元へ伝わる。
排気の匂い。
タイヤが路面を踏む音。
金属部品の微かな振動音。
レイブンはじっと見ていた。
荷台に乗っている兵士の一人が、何気なくこちらを見た。
レイブンと目が合う。
兵士は小さく手を上げた。
レイブンは母を見上げる。
「手、振っていいわよ」
恐る恐る手を上げる。
兵士も、もう一度手を振った。
やがて車列は通りの向こうへ消えた。
音だけが少し残り、それも遠ざかっていく。
「とうさんも、あれに乗る?」
レイブンが尋ねた。
「乗ることはあるわね」
「どこに行くの?」
「基地とか、訓練する場所とか」
「危ないところ?」
セレナはすぐには答えなかった。
今朝、ヴァルターが何を話したのか。
だいたい分かった。
「そういうところへ行くこともあるわ」
「なんで?」
「それが、お父さんのお仕事だから」
レイブンは車列が消えた方向を見た。
父親が毎朝どこへ行っているのか。
ほんの少しだけ形が見えた気がした。
その日の夕方。
レイブンはいつもより早く玄関近くに座っていた。
積み木も持ってきている。
一つ積む。
耳が動く。
違う。
また積む。
外を誰かが通る。
違う。
車が走る。
違う。
セレナは台所からその様子を見ていた。
何を待っているのかは聞かなかった。
日が沈む。
部屋の中へ灯りがつく。
そして――。
足音。
レイブンの耳が立った。
廊下の向こう。
一定の間隔。
聞き慣れた軍靴の音。
レイブンが立ち上がる。
まだ少し不安定な足取りで玄関へ向かった。
鍵が回る。
扉が開いた。
「ただいま」
ヴァルターだった。
「とうさん!」
レイブンが駆け寄る。
ヴァルターは反射的にしゃがみ、息子を受け止めた。
「どうした」
いつもより勢いがある。
レイブンは父の制服を見る。
朝と同じだった。
「きょう、ぐん見た」
「軍?」
「大きい車」
「ああ」
「いっぱい乗ってた」
ヴァルターはセレナを見る。
「輸送車列よ」
「そうか」
レイブンは続ける。
「とうさんも乗る?」
「乗ることはある」
「鉄砲も持つ?」
その言葉で、ヴァルターの表情がわずかに変わった。
セレナも気づいた。
レイブンは純粋に尋ねている。
街で兵士を見たのだろう。
ヴァルターは誤魔化さなかった。
「持つ」
「なんで?」
今朝と同じ質問だった。
しかし今度は、その意味が少し違う。
ヴァルターは息子を抱き上げた。
居間へ歩く。
「武器はな」
ゆっくり言葉を選ぶ。
「持っていることが偉いんじゃない」
レイブンが父を見る。
「使えることが偉いわけでもない」
「じゃあ、なんで持つの?」
「必要なときに、守るためだ」
「まもる」
「ああ」
「とうさん、強い?」
ヴァルターは一瞬黙った。
セレナが食器を並べながら、答えを待っている。
「強い人間なんていくらでもいる」
「とうさんより?」
「いる」
即答だった。
レイブンは少し驚いた顔をする。
父親というものは、子供にとって妙に大きく見える。
ヴァルターは続けた。
「大事なのは、自分が何をできるか知っていることだ」
「できること?」
「できないこともな」
レイブンには難しかった。
顔に出ている。
ヴァルターは少し考え、言い直した。
「危ないことをするときは、一人で何でもできると思うなってことだ」
「みんなで?」
「ああ」
「とうさんも?」
「父さんもだ」
レイブンは少し考えた。
「じゃあ、とうさん一人じゃない?」
ヴァルターは頷いた。
「一人じゃない」
それを聞いて、レイブンはなぜか安心したようだった。
夕食を終えたあと。
ヴァルターは制服から普段着へ着替えた。
軍人の姿から、いつもの父親へ戻る。
レイブンはその様子を眺めていた。
脱いだ制服が椅子へ掛けられる。
その胸には、朝に見た徽章がある。
レイブンが近づいた。
触ろうとして――手を止める。
「触っていい?」
ヴァルターが見る。
「汚すなよ」
「うん」
指先で徽章へ触れる。
冷たい金属。
小さな部品だった。
だが、今朝までとは違う。
これは軍のもの。
父が毎日向かう場所につながっているもの。
「とうさん」
「なんだ」
「ぼくも着る?」
セレナの手が止まった。
ヴァルターも少し黙った。
「今は着ない」
「大きくなったら?」
「それは、お前が決める」
第1話でセレナへ答えた言葉と同じだった。
レイブンは意味を完全には理解していない。
「ぼくが?」
「ああ」
ヴァルターは制服を見た。
「これは、自分で着ると決めた人間が着るものだ」
レイブンも制服を見る。
「とうさんも決めた?」
「ああ」
「なんで?」
ヴァルターは少しだけ笑った。
「それを話すには、お前はまだ小さい」
「いつ話す?」
「大きくなったらだ」
「いつ大きくなる?」
セレナが笑った。
ヴァルターは額へ手を当てる。
「また始まったな」
「あなたが曖昧に答えるからよ」
「説明が難しいんだ」
「頑張って、お父さん」
セレナは楽しそうだった。
夜。
レイブンが眠ったあと、ヴァルターは一人で居間へ戻った。
椅子に掛けた制服を手に取る。
胸元の徽章。
息子が触れた場所。
ほんの数時間前まで、レイブンにとって軍とは存在しないものだった。
今は違う。
名前を知った。
車両を見た。
兵士を見た。
武器を持つことも知った。
子供は成長する。
親が教えなくても、世界のほうから知識は入ってくる。
セレナが隣へ来た。
「気になる?」
「何が」
「レイブンが軍に興味を持ったこと」
ヴァルターは少し考えた。
「興味というほどじゃない」
「でも、いつかは知るわ」
「ああ」
軍人という仕事。
国境の向こうにある連邦共和国。
帝国と共和国の緊張。
そして、軍内部でもまだ整理しきれていない異常な報告。
遠隔地で観測された説明困難な現象。
通常の自然現象では説明できない空間変動。
ヴァルター自身も詳細までは知らされていなかった。
噂だけが先に広がっている。
新兵器だ。
連邦の実験だ。
魔導災害だ。
自然現象だ。
誰も確かなことを言えない。
「ヴァルター?」
セレナの声で我に返る。
「どうしたの?」
「いや」
制服を整える。
「何でもない」
その夜は、それで終わった。
翌朝。
レイブンが目を覚ますと、父はすでに制服を着ていた。
昨日とは少し違う。
荷物がある。
通常勤務の日には持っていかない大きさだった。
レイブンがそれを見る。
「とうさん」
「起きたか」
「それ、なに?」
「仕事の荷物だ」
「きょうも帰る?」
ヴァルターの手が、一瞬止まった。
ほんの一瞬だった。
幼いレイブンは気づかない。
だがセレナは気づいた。
「帰る」
ヴァルターは答えた。
「少し遅くなるかもしれないがな」
レイブンは頷く。
「待ってる」
「ああ」
ヴァルターは息子の頭を撫でた。
玄関へ向かう。
セレナもついていく。
扉の前で、夫婦の視線が交わった。
「何かあった?」
小さな声だった。
ヴァルターは一拍置いた。
「まだ何も」
まだ。
セレナはその言葉を聞き逃さなかった。
「行ってくる」
ヴァルターが扉を開く。
冷たい朝の空気が入り込む。
レイブンが手を振った。
「いってらっしゃい!」
父も一度だけ振り返った。
扉が閉じる。
軍靴の足音が遠ざかっていく。
レイブンは、いつものようにその音を聞いていた。
やがて聞こえなくなる。
彼はまだ知らない。
父が向かう軍施設で、その日、通常の国境情勢とは異なる報告が回覧され始めていたことを。
帝国の観測機関が、既存の理論では説明できない現象を捉えたことを。
そして、その異常がいつか――
クロウ家の父親を、
この世界の外側へ連れていくことになることを。
付録 父の母から息子への手紙
ヴァルターへ。
あなたに手紙を書くのは、ずいぶん久しぶりですね。
こうして紙を前にしていると、あなたがまだ小さかったころのことを思い出します。
今のあなたが聞けば、きっと嫌な顔をするでしょうけれど。
昔のあなたは、本当に無口な子でした。
転んでも泣かない。
叱られても言い訳をしない。
欲しいものがあっても、自分から欲しいとはなかなか言わない。
だから私は、あなたが何を考えているのか分からなくて、何度困ったことでしょう。
けれど、不思議なものですね。
母親というものは。
言葉にしてくれなくても、息子の顔を見れば、なんとなく分かってしまうのです。
あなたが怒っているとき。
悲しいとき。
怖いとき。
本当は嬉しいのに、それを顔へ出すのが恥ずかしいとき。
あなたは昔から、あまり変わっていません。
軍服を着るようになってからは、もっと分かりにくくなりましたけれどね。
セレナから知らせをもらいました。
男の子が生まれたそうですね。
おめでとう、ヴァルター。
そして、セレナにも。
本当にお疲れさまでした、と伝えてください。
名前はレイブン。
レイブン・S・クロウ。
良い名前だと思います。
黒い髪に、あなたと同じ黒い猫耳。
そして、左右で色の違う瞳を持っていると聞きました。
一方が金色で、もう一方が黒。
セレナが手紙の中で、それはもう丁寧に書いてくれました。
あなたから届いた知らせより、ずっと詳しかったですよ。
あなたの手紙には、
「母子ともに健康。男児。名はレイブン」
それだけでした。
軍への報告書ではないのですから。
もう少し書きなさい。
まったく。
あなたという子は。
けれど、父親になったのですね。
あのヴァルターが。
そう考えると、少し笑ってしまいます。
あなたはきっと、赤ん坊を初めて抱いたときも、どうしていいか分からず固まっていたのでしょう。
想像できます。
壊れ物を扱うように両腕へ力を入れて、セレナに「そんなに緊張しなくても大丈夫」と言われたのではありませんか。
違っていたらごめんなさい。
でも、たぶん当たっているでしょう。
ヴァルター。
あなたが父親になった今だから、一つだけ伝えておきたいことがあります。
これはクロウ家の決まりでもありません。
教訓でもありません。
ただ、あなたを育てた母親として思うことです。
子供は、親の思ったとおりには育ちません。
あなたもそうでした。
私がこうなってほしいと思った道とは違う道を選びました。
軍へ入ると言った日のことを、今でも覚えています。
私は心配しました。
もちろん、反対したい気持ちもありました。
軍人という仕事が、ただ制服を着て歩く仕事ではないことくらい知っています。
訓練を受ける。
命令を受ける。
誰かを守るために、危険な場所へ行く。
そして、ときには家族のもとへ帰れるという約束さえできない。
母親が息子に歩いてほしいと願うには、あまりにも厳しい道です。
それでも、あなたは選びました。
自分で考えて。
自分で決めて。
自分の足で歩いていった。
私は最後には、それを止めませんでした。
なぜなら、それがあなたの人生だからです。
今度は、あなたの番です。
レイブンも、いつか大きくなります。
今はあなたの指を握ることしかできない小さな手で、いつか自分のものを掴むようになります。
歩けるようになります。
走るようになります。
言葉を覚えます。
たくさん質問するでしょう。
あなたが答えに困るようなことも聞いてくるでしょうね。
学校へ行けば、あなたやセレナの知らない友人もできます。
あなたの知らないことを覚えて帰ってくるようになります。
そして、いつか自分の道を選びます。
それがあなたの望む道とは限りません。
軍人になるかもしれない。
ならないかもしれない。
あなたとはまったく違う仕事を選ぶかもしれない。
遠い場所へ行くかもしれない。
あなたには理解できないことを好きになるかもしれない。
失敗もするでしょう。
転ぶでしょう。
傷つくでしょう。
そのたびに、父親であるあなたは手を出したくなるはずです。
危険なものを全部取り除きたくなるでしょう。
でもね、ヴァルター。
子供を守るということと、子供の代わりに生きるということは違います。
あなたがレイブンの前を歩いて、危険なものを全部消してしまえば、あの子は転ばずに済むかもしれません。
けれど、自分で立ち上がる方法も覚えられません。
だから、必要なときには手を貸してあげなさい。
けれど、歩けるときには歩かせてあげなさい。
そして、本当に危険なときだけ、父親として前へ出なさい。
あなたなら、きっとできます。
あなたは昔から、誰かを守ろうとするときだけは頑固でしたから。
ただし。
一つだけ、母親として命令しておきます。
ちゃんと帰りなさい。
軍人として何を命じられるのか。
これから帝国がどうなるのか。
私は知りません。
新聞を読めば、連邦共和国との関係が良くないことくらいは分かります。
街の人たちも、最近は軍の話をすることが増えました。
あなたは軍人ですから、私たちより多くのことを知っているのでしょう。
そして、その多くを家族へ話せないことも分かっています。
だから、任務のことを教えなさいとは言いません。
ただ帰りなさい。
セレナのところへ。
レイブンのところへ。
あなたが帰る家へ。
父親というものは、いつも強くなくていいのです。
何でも知っている必要もありません。
完璧である必要もありません。
間違えたら謝ればいい。
分からなければ、分からないと言えばいい。
疲れたなら休めばいい。
子供の前だからといって、何もかも背負う必要はありません。
ただ。
帰ってきてください。
あなたが玄関を開ける音を待っている人がいる。
そのことだけは忘れないで。
そして、いつかレイブンが大きくなったら、私にも会わせてください。
写真だけでは足りません。
黒い猫耳も。
金色と黒の瞳も。
あなたに似ているところも。
セレナに似ているところも。
この目で見たいのです。
孫を抱くときくらいは、あなたより上手に抱いてみせます。
そのとき、あなたがどんな顔をするのかも楽しみにしています。
身体には気をつけなさい。
セレナを大切に。
レイブンを大切に。
そして――
自分自身のことも、少しは大切にしなさい。
あなたは昔から、
最後の一つを忘れがちですから。
母より。
ヘレーネ・クロウ




