Season 3「志願兵」 #027
お待たせいたしました、SG-44が登場……というわけではないですが、会話内に出てきます。
まだ性能だけですが、後々戦闘描写も出てきますので、皆様。PTSDにならないようにご注意くださいませ!
それでは、本編をどうぞ!!
第27話「最初の一発」
翌朝、レイブンは起床ラッパが鳴るよりも先に目を覚ました。
薄暗い宿舎の天井を見つめたまま、しばらく動かなかった。
いや――正確には、動けなかった。
「……痛っ」
身体を起こそうとした途端、肩から背中、腹、太腿に至るまで、昨日酷使した筋肉が一斉に悲鳴を上げた。
壁を越え、走り、背嚢を背負い、何度も銃を構えた。
昨日の訓練中は気にならなかった疲労が、一晩眠ったことで容赦なく姿を現したらしい。
「これ……全部か」
レイブンは顔をしかめながら、どうにか上半身を起こした。
黒い猫耳がぴくりと動く。
宿舎は静かだった。
ガイルは毛布を蹴飛ばしたまま眠り、ヨハンは大柄な身体を狭い寝台へ無理やり押し込めている。ノアの長い兎耳だけが毛布の外へ飛び出していた。
隣を見る。
ミレイアは毛布に包まり、灰褐色の猫耳まで半分隠して眠っている。
そのさらに向こう。
「おはよう」
「うわっ」
レイブンは思わず肩を跳ねさせた。
ディートリヒが、すでに軍服へ着替え始めていた。
「……いつ起きた?」
「四時五十分」
「何で?」
「昨日より早く準備できる」
当然だろう、とでも言いたげな顔だった。
レイブンは枕元の時計を見る。
「起床までまだ時間あるぞ」
「知っている」
「だったら寝てればいいのに」
「眠くない」
「……真面目だなあ」
「お前も起きている」
「俺は身体が痛くて起きたんだよ」
「起きたことに変わりはない」
「いや、だいぶ違うと思う」
「……うるさい」
二人の間へ、眠気に沈んだ声が割って入った。
ミレイアだった。
「起きてたの?」
「今、起こされた」
毛布の中から片目だけが覗く。
「レイブンの声で」
「ディートリヒも喋ってただろ」
「レイブンの方が大きい」
「俺だけ?」
「責任取って」
「何の責任だよ」
「あと十分、静かにして」
それだけ言うと、ミレイアは再び毛布へ潜った。
「おやすみ」
「……自由だな」
レイブンが呟く。
ディートリヒは時計へ目を向けた。
「正確には、あと九分二十七秒だ」
「数えるなよ」
そんなやり取りをしているうちに、やがて基地の朝を告げる起床ラッパが鳴った。
眠っていた新兵たちが一斉に跳ね起きる。
今日もまた、新兵としての一日が始まった。
そして今日は――昨日とは違う。
実弾を撃つ。
その事実だけが、朝食を取っている間もレイブンの頭から離れなかった。
◇
午前六時半。
第二小隊が射撃訓練場へ足を踏み入れると、昨日とは明らかに違う空気が新兵たちを迎えた。
土を高く盛った防弾堤。その手前に一定間隔で設けられた射座。そのさらに先には、人型を簡略化した標的が並んでいる。
風が吹くたび、安全を示す旗がぱたぱたと音を立てた。
そして射座の後ろには、昨日まで扱っていた帝国軍制式小銃が並べられている。
ただ一つ、昨日と違うものがあった。
弾薬箱だ。
蓋は開けられ、その中には整然と実包が並んでいる。
「……本物だ」
ノアが小さく呟いた。
昨日までなら、ガイルあたりが何か冗談を飛ばしただろう。
今日は誰も笑わなかった。
レイブンも、無意識に喉を鳴らしていた。
銃そのものには何度も触れてきた。
父の手伝いをしていた頃には、訓練場で射撃音を聞くことも珍しくなかった。
それでも、自分で実弾を撃ったことはない。
「第二小隊、整列!」
ヴァルターの声が飛ぶ。
「はい!」
全員が慌てて列を整えた。
ヴァルターは新兵たちの前へ歩いてくると、弾薬箱から一発だけ実包を取り出した。
左手の掌へ載せ、それを全員へ見せる。
「昨日まで、お前たちが扱っていた銃は撃たなかった」
誰も動かない。
「今日は違う」
ヴァルターの声には、いつもの厳しさがあった。
だが、ただ威圧するためのものではないことを、レイブンはもう知り始めていた。
「これを装填した瞬間から、その銃は間違えれば人を殺せる道具になる。昨日まで以上に、自分が何をしているのか考えろ」
ノアの長い耳が、わずかに立った。
それをヴァルターは見逃さない。
「ヴェルナー新兵」
「はい!」
「狩猟経験があるそうだな」
「あります!」
「なら、一番最初に覚えろ」
「はい!」
ノアの顔に一瞬だけ期待が浮かんだ。
だが、続いた言葉は褒め言葉ではなかった。
「経験者ほど、自分の経験を信用しすぎる」
「……はい?」
「家で使っていた狩猟銃と、ここにある軍用小銃は違う。操作も違えば、想定される状況も違う。自分は知っている――そう思った瞬間が一番危ない」
ノアの耳が、少しだけ下がる。
「今日のお前は経験者じゃない。ほかの新兵と同じだ」
ノアは一度口を閉じ、それから真っ直ぐ前を向いた。
「はい、クロウ教官!」
「それでいい」
ヴァルターは実包を弾薬箱へ戻した。
「全員同じだ。今日は何も知らないつもりで覚えろ」
返事が射撃場へ響いた。
◇
だが、すぐに撃たせてもらえるわけではなかった。
「肩が逃げている」
「はい!」
「違う。そこじゃない」
ミレイアが銃を構え直す。
ヴァルターは片腕で直接姿勢を直すことが難しいため、隣にいた教官補佐へ顎を向けた。
補佐官がミレイアの銃床位置を修正する。
「ここだ。肩へ密着させろ」
「はい」
「浮かせれば反動が全部そこへ来るぞ」
ヴァルターが言う。
「痛いですか?」
「試したければ止めん」
「……ちゃんと構えます」
「賢明だ」
少し離れたところでは、ガイルがノアへ小声で尋ねていた。
「これで合ってるか?」
「もうちょっと上じゃ――」
「ヴェルナー新兵」
「はい!」
「教官は誰だ」
「クロウ教官です!」
「ならベッカー新兵を教える前に、自分の姿勢を完成させろ」
「はい!」
「ベッカー」
「はい!」
「分からなければ勝手に真似せず聞け」
「はい!」
レイブンも小銃を肩へ当てる。
父から教わった経験がある。
だから、同期より多少は早く構えられる。
そう思っていた。
「クロウ新兵」
「はい」
「頬付けが浅い」
「……はい」
直す。
「今度は肩が逃げた」
「こうですか?」
「力みすぎだ」
「……難しいな」
「何か言ったか」
「難しいです!」
「だから訓練している」
「はい」
レイブンはもう一度構え直した。
「銃と喧嘩するな。身体へ合わせろ」
その言葉に、レイブンは聞き覚えがあった。
「昔と教え方、変わりました?」
一瞬。
ヴァルターが息子を見る。
「昔のお前は今より小さかった」
「ああ……」
「身体が変われば構えも変わる。昔教わった形をそのまま使えると思うな」
「はい」
「分かったなら前を向け」
「はい!」
横から、押し殺した笑い声が聞こえた。
ミレイアだった。
「フェルン新兵」
「はい!」
「何か面白いか」
「いいえ!」
「なら、なぜ笑った」
「笑ってません!」
「そうか。では構えを十回やり直せ」
「えっ」
「十一回」
「はい!」
レイブンは唇を噛んだ。
ここで笑えば自分も巻き込まれる。
だが、ミレイアが恨めしそうにこちらを見るものだから、余計に危なかった。
◇
姿勢確認が終わった頃。
ようやく、一人につき一発の実弾が配られた。
たった一発。
それなのに、レイブンの掌へ置かれた小さな実包は、妙に重く感じられた。
「……一発だけなんだな」
ガイルが言う。
フィーナは手元の実包を見ながら答えた。
「最初だからじゃない? 一発なら、その一発だけ考えればいいし」
「外したら?」
「もう一回練習するだけでしょ」
「簡単に言うなあ」
レイブンは二人の会話を聞きながら、手の中の実包を見つめた。
怖くない。
そう思おうとした。
だが、昨日の夜に自分で手帳へ書いた言葉を思い出す。
母との約束も。
――怖い時は、怖いと言うこと。
「……やっぱり怖いな」
声に出した。
「え?」
隣のミレイアが振り返った。
「怖いって言った」
「レイブンでも怖いの?」
「俺を何だと思ってるんだよ」
「クロウ教官の息子」
「それ、何でも平気になる魔法じゃないからな」
「まあ……そうか」
ミレイアは自分の手に載った実包を見る。
しばらくして、彼女も小さく息を吐いた。
「私も怖い」
「うん」
「撃ったら、本当に弾が出るんだよね」
「そのための銃だからな」
「分かってるけど」
レイブンは少し笑った。
「分かってることと、実際にやるのは違うんだろ」
「……そうかも」
やがて、第一射群が呼ばれた。
レイブン。
ノア。
ディートリヒ。
三人だった。
◇
射座へ伏せる。
土の匂いが近い。
レイブンは小銃を構えた。
「装填!」
実包が薬室へ入る。
金属音。
たったそれだけで。
銃が昨日までとは違うものに感じられた。
「安全装置解除!」
レイブンは操作する。
指はまだ引き金へ置かない。
「射撃準備!」
照準器の向こう。
標的。
小さい。
呼吸するたび、照準がわずかに揺れる。
――落ち着け。
〔殺気看破〕は何も告げてこない。
当たり前だった。
目の前にあるのは紙の標的だ。
殺意などない。
こちらを狙う敵もいない。
あの力が教えてくれるものは、射撃の上手さではない。
今頼れるのは、自分の身体と、教えられたことだけだった。
「射撃開始!」
息を吸う。
吐く。
照準。
指を引き金へ。
急がない。
ゆっくり。
絞る。
次の瞬間。
銃声が、胸の奥まで叩いた。
「――っ!」
肩へ衝撃。
銃口が跳ねる。
鼻の奥へ火薬の匂いが流れ込んだ。
排出された薬莢が地面へ落ち、硬質な音を立てる。
ほんの一瞬だった。
レイブンは自分が撃ったことを理解するまで、わずかに時間がかかった。
「……これが」
自分で撃つということ。
聞いていた銃声とは違う。
見ていた射撃とも違う。
肩へ残る反動。
指先に残る感触。
自分が撃った。
その事実だけが身体に残る。
横からノアの銃声。
続いてディートリヒ。
「安全装置!」
レイブンは我に返り、操作した。
「銃口確認! 待機!」
言われた通りに動く。
心臓はまだ速かった。
◇
標的を確認すると、ノアの一発は中心から少し右へ入っていた。
「悪くない」
ヴァルターが言う。
ノアの長い耳が嬉しそうに立った。
「ありがとうございます!」
ディートリヒも中心から少し下へ命中していた。
そして。
「クロウ」
「はい」
レイブンは自分の標的を見る。
中心からかなり左上。
外してはいない。
だが、自分が想像していた場所とも違う。
「……遠いな」
「中心からはな」
ヴァルターが隣へ立つ。
「悔しいか」
「少し」
「なら覚えておけ」
「何をです?」
「今の一発をだ」
レイブンが父を見る。
「外した理由を全部すぐ理解できる奴なんていない。だから一発ずつ覚える。構え、呼吸、引き金を引いた瞬間、自分が何をしたか」
ヴァルターは標的を見たまま続ける。
「次の一発で、一つだけ直せ」
「一つ?」
「全部いっぺんに直そうとするな。余計に崩れる」
「……はい」
「次だ」
レイブンはもう一度、標的に開いた穴を見る。
失敗。
そう呼ぶには、少し違う気がした。
これは。
最初の基準だ。
ここから、どこまで変えられるのか。
そう考えると。
少しだけ怖さが薄れた。
◇
第二射群では、ミレイアたちが射座へ入った。
ミレイアの銃声が響く。
「痛っ!」
「前を見ろ!」
「はい!」
ヴァルターに言われた通りだったらしい。
反動を受けた肩を気にしながらも、銃口だけは標的方向から外さない。
ガイルは撃った直後、「うおっ」と声を上げ、フィーナは身体を小さく震わせながらも安全操作まで確実に終えた。
最後に残ったのはヨハンだった。
構えている。
だが。
撃たない。
レイブンは後方からそれを見ていた。
ヨハンの大きな身体が、ほんのわずかに震えている。
「リヒター新兵」
ヴァルターの声。
「はい」
「どうした」
長い沈黙。
やがて。
「……怖いです」
ガイルも。
ミレイアも。
誰も笑わなかった。
昨日までなら、ヨハンは自分の声が小さいことをからかわれていた。
だが今は違う。
ヴァルターも怒鳴らなかった。
「そうか」
「……はい」
「なら、まだ撃つな」
ヨハンが驚いたように教官を見る。
「え?」
「撃つなと言っただけだ。銃を置けとは言っていない」
ヴァルターは彼の横へ立つ。
「呼吸しろ」
ヨハンが吸う。
「吐け」
ゆっくり吐く。
「もう一度」
繰り返す。
「今、目の前に敵はいない」
「はい」
「お前を撃とうとしている奴もいない」
「はい」
「急ぐ必要はない」
ヨハンの肩から。
ほんの少し力が抜ける。
「怖いなら、怖いままでいい」
「……」
「怖くなくなるまで待つ必要もない。自分で撃てると思った時に撃て」
「はい」
呼吸。
また一回。
標的。
照準。
指。
しばらくして。
銃声が響いた。
ヨハンの身体が反動を受ける。
それでも。
撃ち終えた。
「安全装置」
「はい!」
「よし」
ヴァルターはそれ以上何も言わなかった。
だが射座から戻ってきたヨハンの顔には、ほんの少しだけ笑みがあった。
「撃てたな」
ガイルが言う。
「……うん」
「俺より落ち着いてたぞ」
「それはガイルが騒ぎすぎ」
フィーナ。
「俺そんなに?」
「『うおっ』って言ってた」
「聞こえてた?」
「全員に」
ヨハンが。
小さく笑った。
◇
午後からは一発ずつではなく、五発を使った射撃へ移った。
レイブンは再び伏せる。
朝よりも、銃が少しだけ近く感じる。
一発目。
銃声。
反動。
二発目。
呼吸を戻す。
三発目。
少し早く撃った。
撃った直後に分かった。
――今のは急いだ。
四発目。
意識して間を取る。
五発目。
最後まで撃ち終える。
標的を確認すると、予想通り三発目だけが大きく離れていた。
「分かりやすいな」
レイブンが呟く。
「三発目」
いつの間にか、ヴァルターが後ろに立っていた。
「はい」
「撃つこと自体が目的になったな」
「……分かりますか」
「着弾が教えてくれる」
ヴァルターが離れた一発を示す。
「お前の〔殺気看破〕は、射撃を上手くしてくれるのか」
「いいえ」
「照準を合わせてくれるか」
「いいえ」
「反動を消してくれるか」
「……いいえ」
「なら」
ヴァルターはレイブンを見る。
「練習しろ」
あまりにも単純な答えだった。
レイブンは一瞬だけ目を丸くし。
それから。
「はい」
笑った。
不思議と。
その答えが嬉しかった。
この世界で、自分しか持っていないかもしれない能力。
それでも。
銃を握れば。
失敗する。
同期と同じように。
撃って。
外して。
原因を考え。
また撃つ。
そこに近道はない。
なら。
追いつけばいい。
◇
その日の射撃で最も安定していたのはノアだった。
五発が比較的狭い範囲へまとまっている。
完全に中心というわけではないが、狩猟経験は確かに無駄ではなかった。
「だから言っただろ」
ノアが少し得意げに言う。
「耳がすごい立ってる」
ミレイアが指摘した。
「耳は関係ない!」
「分かりやすい」
レイブンも笑う。
そこへヴァルターが来た。
「ヴェルナー新兵」
「はい!」
「悪くない」
「ありがとうございます!」
「次から射距離を伸ばす」
「……え」
「経験者なんだろう」
「はい……」
「期待している」
ノアの耳が。
ゆっくり下がった。
レイブンが肩を震わせる。
「言わなきゃよかったな」
「うるさい」
「聞こえてる?」
「兎系だからな!」
「元気じゃん」
◇
夕刻。
訓練が終わっても、すぐ宿舎へ帰れるわけではなかった。
使った小銃を分解し、火薬の汚れを落とし、異常がないか確認してから返却する。
「撃つより長くない?」
ガイルがぼやいた。
ディートリヒは手を止めない。
「整備していない銃を次も使いたいか」
「嫌だ」
「なら磨け」
「お前、本当に新兵?」
「お前と同期だ」
「絶対嘘だろ……」
少し離れたところでは、ミレイアが分解した部品を睨んでいた。
「レイブン」
「何」
「ここ」
「汚れ?」
「取れない」
レイブンが覗き込む。
「貸して」
「自分でやる」
「何で呼んだんだよ」
「取り方を聞こうと思って」
「じゃあ最初からそう言え」
「細かい」
「ほら、布をこう通して――」
「ああ」
ミレイアが自分でやってみる。
「取れた」
「工房育ちなのに?」
「銃器専門じゃないの」
「なるほど」
「その顔やめて」
「どんな顔」
「得意そうな顔」
「してない」
「してる」
そんな会話をしながら。
彼らは少しずつ。
銃を。
特別なものではなく。
自分たちが責任を持って扱う道具として覚えていった。
◇
同じ頃。
教官室では、ヴァルターが一人、今日の射撃結果に目を通していた。
紙をめくる。
ガイル。
ディートリヒ。
ヨハン。
フィーナ。
ノア。
ミレイア。
そして。
レイブン・クロウ。
ヴァルターの手は、息子の名前だからといって長く止まることはなかった。
初回としては悪くない。
基礎知識がある分、操作も早い。
反面、知っているがゆえに身体が先走る癖がある。
特に三発目。
「急ぐなと言っただろうが」
誰もいない部屋で。
父としての声が、ほんの少しだけ漏れた。
その時。
机の端に置かれていた封筒へ目が留まる。
帝国軍兵器開発局。
ヴァルターは左手だけで封を開いた。
中から現れたのは、一挺の銃を横から描いた設計図と、数枚の試験報告書だった。
図面の上部には。
SG-44試作散弾銃。
そう記されている。
「……また持ってきたか」
数年前。
右腕を失って帰還した後。
開発局から意見を求められたことをきっかけに、ヴァルター自身も設計へ関わるようになった新型散弾銃。
最初は紙の上だけだった。
それが今では、何度目か分からない試作品にまで進んでいる。
報告書へ目を走らせる。
従来試作型より銃身周辺が肉抜きされ、重量は落とされている。
銃床も固定式ではなく折り畳めるよう改修され、狭い場所での取り回しは改善したらしい。
だが。
「数字だけなら、な」
ヴァルターは赤鉛筆を取った。
設計図へ線を引く。
「ここまで削ったら熱はどう逃がす」
書き込む。
別の箇所。
折り畳み式の銃床。
「接合部が弱い」
さらに。
引き金付近。
そこには、ポンプアクションによる手動作動と単発作動を素早く切り替えるための操作部が設けられていた。
ヴァルターは図面を睨む。
「大きい」
赤鉛筆。
「手袋をしたまま押せるようにしたんだろうが……逆に引っ掛ける」
紙をめくる。
試験では帝国新式散弾実包を使用。
通常の一発ずつの装填に加え、大容量ドラム式弾倉を使った給弾試験も実施されている。
作動結果。
良好。
命中精度。
基準内。
耐久性。
基準内。
ヴァルターは最後まで読んだ。
そして。
生産承認欄へ視線を落とす。
しばらく。
左手が止まる。
だが。
印鑑は取らなかった。
「まだだ」
扉が叩かれた。
「入れ」
兵器開発局から来た技術士官が入室する。
「クロウ少尉。試験結果をご確認いただけましたか」
「ああ」
「今回は要求値を満たしています」
「射撃場ではな」
技術士官が少し眉を寄せた。
「……何が不足していますか」
ヴァルターは図面を返した。
「この銃を試した連中は、全員万全だったのか」
「はい?」
「怪我は」
「ありません」
「疲労は」
「試験前には十分な休息を」
「雨は」
「晴天時の試験です」
「泥は」
「……通常環境での作動試験です」
「なら足りん」
ヴァルターは自分の空になった右袖を見る。
「戦場じゃ、両腕揃ってる保証すらない」
技術士官が黙る。
「雨の中で撃て。泥へ落としてから撃て。手袋を使え。疲れ切った兵士にも持たせろ。一発ずつ装填させて、次にドラムを交換させろ。切替操作も何度もやらせろ」
「そこまで必要でしょうか」
「必要だ」
即答だった。
「兵士は試験場で戦争するんじゃない」
しばらく。
沈黙。
技術士官は図面を見下ろした。
「……承知しました」
踵を返しかける。
「待て」
「はい」
「次の試験」
ヴァルターは少し考えた。
今日。
射撃場で銃を構えていた新兵たち。
ガイル。
ミレイア。
ノア。
フィーナ。
そして。
まだ身体の出来上がっていない若い志願兵たち。
「大柄な兵士だけで試すな」
「と、言いますと」
「小柄な兵士も混ぜろ。腕力の弱い者にも使わせろ」
「ですが散弾銃です。ある程度の体格は――」
「だからだ」
ヴァルターは設計図を指で叩いた。
「使える人間を銃が選ぶなら、軍用としては半端だ」
「……了解しました」
今度こそ。
技術士官は部屋を出ていった。
残された机。
一枚は。
SG-44の設計図。
もう一枚は。
レイブン・クロウの射撃成績表。
ヴァルターは。
その二枚を見比べることなく。
それぞれ別の書類束へ戻した。
まだ。
二つは関係のないものだった。
◇
夜。
宿舎。
レイブンは手帳を開いていた。
今日のことを書く。
最初の一発を撃った時。
肩へ来た衝撃。
火薬の匂い。
指先に残った感触。
そして。
怖かったこと。
そこだけは。
消さずに書いた。
次に。
自分の〔殺気看破〕について。
少し考えてから。
文章にする。
――この力は、射撃を上手くしてくれるわけじゃない。
続ける。
――だったら、練習するしかない。
「……よし」
「何が?」
「うわっ!」
隣からミレイアが覗き込んでいた。
「勝手に見るなよ!」
「見えてない」
「じゃあ何で聞いた」
「『よし』って言ったから」
「独り言」
「多いね」
「ほっとけ」
ミレイアは自分の肩を揉む。
「まだ痛い」
「銃床浮かせたから」
「それ以上言ったら殴る」
「教官に言われてたのに」
「レイブン」
「はい」
「親睦する?」
「その言い方で殴ろうとするな」
ミレイアが笑う。
レイブンも。
笑った。
「明日も射撃かな」
「多分」
「今度は肩にちゃんと当てる」
「俺も三発目で急がないようにする」
「競争する?」
「何を」
「どっちが先に中心へ寄せられるか」
レイブンの黒い猫耳が立つ。
「いいよ」
「負けた方は?」
「何かいる?」
「食堂の甘いパン」
「いいね」
「決まり」
ミレイアが拳を出す。
レイブンも。
軽く合わせた。
「負けないから」
「俺も」
「消灯後だぞ」
暗闇の向こう。
ディートリヒ。
「寝ろ」
「……はい」
レイブンとミレイアが同時に答える。
ガイルの寝台から。
「教官が二人いる……」
「お前も起きてるじゃん」
「うるさい……」
また。
小さな笑い声。
やがて。
宿舎は静かになった。
レイブンは目を閉じる。
耳の奥には。
まだ。
朝の銃声が残っていた。
初めて撃った一発。
中心には届かなかった。
けれど。
あれでいい。
次は。
ほんの少しだけ。
近づける。
その次は。
もう少し。
兵士になるということは。
何か特別な力を突然手に入れることではないのかもしれない。
昨日できなかったことを。
今日。
一つだけできるようにする。
そして。
明日もまた。
一つ。
レイブンはそんなことを考えながら。
ゆっくりと。
眠りへ落ちていった。




