Season 2「父の背中」 #019≪特別付録2:エリシアside≫
第19話「見えない銃口」
帝政歴339年――撤退開始から三時間後。
町は、もう見えなくなりつつあった。
東へ。
さらに東へ。
避難民の列は、街道を埋め尽くしていた。
老人。
子供。
負傷者。
荷車を押す者。
背負えるだけの荷物を抱えた者。
泣いている者。
何も言わず歩き続ける者。
帝国軍の車両が、その横をゆっくり進んでいる。
誰もが疲れていた。
だが。
止まることは許されなかった。
「レイブン、離れないで」
「うん」
セレナの手を握りながら、レイブンは歩いていた。
何度も後ろを振り返る。
父の姿はない。
黒煙も。
もう地平線の向こう。
「父さん……」
「帰ってくるわ」
「でも」
「帰ってくる」
セレナは、もう一度言った。
自分自身へ言い聞かせているようにも聞こえた。
その時だった。
「――っ」
レイブンが突然、足を止めた。
「レイブン?」
胸。
いや。
背中。
違う。
身体のどこかではない。
もっと奇妙な感覚だった。
首筋へ。
冷たいものを突きつけられたような。
誰かに見られている。
そう思った瞬間。
頭の中に。
一本の線が走った。
右後方。
斜め上。
遠い。
「……何?」
レイブンの黒い猫耳が立つ。
音は聞こえない。
何も見えない。
それなのに。
分かる。
「レイブン?」
「母さん」
「どうしたの?」
「……伏せて」
「え?」
「伏せて!」
レイブンがセレナへ飛びついた。
二人が地面へ倒れる。
直後。
――パァン!
乾いた音。
街道脇の軍用車。
側面へ。
――キィンッ!
弾丸が当たった。
「狙撃!」
帝国兵の声。
「全員伏せろ!」
「右後方!」
「位置は!?」
「分からない!」
避難民が悲鳴を上げる。
「動くな!」
「遮蔽物へ!」
「子供を先に!」
兵士たちが周囲を見る。
双眼鏡。
照準器。
索敵。
「見えない!」
「発砲炎は!?」
「確認できません!」
「距離も不明!」
セレナが。
レイブンを見る。
「どうして……」
レイブン自身にも。
分からなかった。
ただ。
まだ。
感じる。
見られている。
狙われている。
今度は。
左。
「また来る」
「何?」
「左!」
レイブンが叫ぶ。
「左から来る!」
近くにいた帝国兵が反応した。
「左側警戒!」
数秒。
――パァン!
今度は。
道路左側の標識が弾けた。
「本当に左だ!」
「どうやって分かった!?」
レイブンは答えない。
答えられない。
頭の中。
また。
何かが走る。
敵意。
殺意。
攻撃。
その向き。
強さ。
距離。
まだ曖昧だった。
だが。
分かる。
「……あそこ」
レイブンが指差した。
「丘?」
帝国兵が見る。
「もっと右」
「右?」
「木が三本並んでるところ」
索敵兵が双眼鏡を向ける。
「……」
数秒。
「いた!」
声が変わった。
「敵兵確認! 一名! いや二名!」
「距離!」
「約六百!」
「狙撃班!」
兵士が動く。
レイブンは。
その様子を見ていた。
自分が。
何をしたのか。
分からない。
「坊主」
一人の索敵兵が振り返った。
「お前……何者だ?」
「……レイブン」
「名前じゃなくて」
だが。
その先を。
兵士は言えなかった。
レイブンの視線が。
また別方向へ動いた。
「三人」
「何?」
「前」
レイブンが指差す。
「道路の先に三人いる」
「見えるのか?」
「見えない」
「じゃあどうして――」
「いる」
断言した。
「こっちを狙ってる」
索敵兵。
支援兵。
二人が顔を見合わせる。
「偵察班、確認!」
数分後。
無線。
『前方廃屋付近、敵兵三名確認!』
沈黙。
索敵兵が。
十二歳の少年を見る。
「……冗談だろ」
◇
夕刻。
撤退部隊の臨時集結地点。
ヴァルターは。
左手でG-35《アードラー》を抱えながら戻ってきた。
「父さん!」
レイブンが走る。
「おっと」
右腕は。
もうない。
レイブンは途中で気づき。
父の左側へ飛び込んだ。
「帰ってきた!」
「約束したからな」
「遅い!」
「悪かった」
セレナも近づく。
ヴァルターを見る。
右肩。
顔。
身体。
「怪我は」
「ない」
「本当に?」
「擦り傷程度だ」
「右腕は?」
「時間切れ」
「無理したでしょう」
「少し」
「ヴァルター」
「……かなり」
「あとで話があります」
「はい」
完全に。
夫が叱られる時の返事だった。
だが。
ヴァルターは。
レイブンを見て。
眉を寄せた。
「どうした」
「何が?」
「顔色」
レイブンは。
自分の胸元へ手を置いた。
「変なことがあった」
「変なこと?」
近くにいた索敵兵が口を挟んだ。
「クロウ少尉」
「元だ」
「……予備役少尉」
「それも今だけだ」
「息子さんについてです」
ヴァルターの表情が変わる。
「何があった」
「敵の攻撃を」
索敵兵が。
一度。
レイブンを見る。
「発砲前に察知しました」
「……何?」
「一度じゃありません」
支援兵も加わる。
「方向まで当てました。潜伏していた敵兵もです」
ヴァルターが。
レイブンを見る。
「お前、見えたのか?」
「ううん」
「音?」
「聞こえなかった」
「匂い?」
「違う」
「じゃあ何だ」
レイブンは。
言葉を探した。
「……嫌な感じ」
「嫌な感じ?」
「誰かが」
胸。
「ここに」
次に。
首筋。
「銃を向けてるみたいな感じがする」
ヴァルターの目が細くなる。
「それで方向が分かる?」
「うん」
「人数は」
「たぶん」
「距離」
「なんとなく」
索敵兵が。
困った顔をする。
「それを索敵兵の前で言われると、立場がないんですが」
支援兵が苦笑する。
「俺たち二人がかりで見つけられなかった敵を、この子一人で三回当てました」
ヴァルターは笑わなかった。
「軍医」
「え?」
「レイブンを診せる」
「父さん?」
「念のためだ」
セレナも頷いた。
「そうね」
レイブンだけが。
自分の中で。
まだ。
何かが目を覚ましているような感覚を覚えていた。
後日。
帝国軍の魔力適性検査。
感覚試験。
既知スキル照合。
複数の検査が行われた。
だが。
該当する能力は。
一つもなかった。
軍用索敵魔法でもない。
感覚強化でもない。
聴覚拡張でもない。
未来予知でもない。
既知の危険察知系スキルとも一致しない。
世界各地に残された能力記録。
軍の資料。
魔術研究機関の分類。
どこを照合しても。
同一例が見つからなかった。
やがて。
仮の名称が与えられた。
〔殺気看破〕。
自分。
あるいは。
自分が守ろうと認識した者へ向けられた。
明確な攻撃意思を察知する。
個人固有。
常時発動型。
受動技能。
その時。
レイブン・クロウは。
十二歳だった。
◇
それから。
季節が変わった。
クロウ家が失ったものは多かった。
家。
家具。
思い出の品。
町で築いた人間関係。
何もかもを。
元通りにはできなかった。
それでも。
生活は。
始めなければならない。
避難先として割り当てられた町。
小さな集合住宅。
二階。
二部屋。
狭い台所。
壁も薄い。
以前の家より。
ずっと小さい。
「レイブン!」
「今行く!」
「遅刻するわよ!」
「分かってる!」
朝。
制服。
鞄。
教科書。
レイブンはパンを口に咥えかけ。
セレナに取られた。
「座って食べる」
「時間ない!」
「五分早く起きる」
「父さんだって立ちながら食べてる!」
視線。
二人。
台所。
ヴァルター。
立ったままパンを食べている。
「……」
ヴァルターは。
静かに。
椅子へ座った。
「父さん」
「何だ」
「裏切ったな」
「家庭内の指揮権は母さんにある」
「ずるい」
「覚えておけ。勝てない戦いは避けろ」
「ヴァルター?」
「何でもありません」
レイブンが笑う。
セレナも。
少しだけ笑った。
戦争は。
まだ続いている。
だが。
朝食はある。
学校もある。
宿題もある。
日常は。
戦争が終わるまで。
待ってくれなかった。
◇
学校では。
レイブンは目立った。
「クロウ、これ分かる?」
「どれ?」
「ここの式」
「先に括弧の中を計算する」
「あ、そっか」
「昨日も同じところ間違えてなかった?」
「言うな!」
成績。
首席。
運動。
同年代では上位。
猫系亜人としての身体能力だけでは説明できないほど。
反応が速い。
特に。
球技。
格闘訓練。
模擬競技。
相手が動こうとした瞬間。
レイブンは。
すでに反応している。
ただし。
〔殺気看破〕は万能ではなかった。
悪意のない攻撃。
偶然の事故。
罠。
自然災害。
そういったものには。
ほとんど反応しない。
そして。
学校で。
本気でレイブンを殺そうとする者など。
当然いない。
だから。
日常では。
ただの少年だった。
「レイブン!」
「何?」
「放課後、遊ばない?」
「今日は無理」
「また?」
「父さんのところ行く」
「軍?」
「うん」
ヴァルターは。
避難後。
予備役の立場を維持しながら。
新兵と再編成兵の訓練補助。
そして。
ある兵器開発へ。
再び関わっていた。
◇
帝国軍兵器技術試験場。
午後四時二十分。
木箱が。
作業台へ置かれた。
「届きました」
技術士官が言う。
「最終試作型です」
ヴァルターは。
箱を見る。
「最終?」
「ええ」
「誰が最終って決めた」
技術士官の笑顔が。
少し引きつった。
「……開けます」
「誤魔化したな」
蓋。
開く。
油紙。
その中。
一挺の銃。
ヴァルターが。
無言になる。
試作名称。
SG-44。
帝国軍が新たに開発した。
12番径新式散弾実包を使用する。
軍用散弾銃。
初期設計図しか存在しなかった兵器が。
ようやく。
銃の形になった。
ヴァルターが左手で持ち上げる。
「……重い」
「軽量化しました」
「まだ重い」
「旧試作案より一・四キロ軽いです」
「兵士が持つのは旧試作案じゃない」
技術士官が黙る。
ヴァルターは。
銃身を見る。
「肉抜きは」
「強度限界まで」
「本当に?」
「試験値があります」
「あとで見る」
次。
銃床。
折り畳む。
開く。
「ここ」
「はい?」
「蝶番が硬い」
「耐久性を優先しました」
「泥が入ったら?」
「……」
「凍ったら?」
「……」
「手袋をしたまま開けられるか?」
「改善します」
「それと」
引き金付近。
射撃機能切替ボタン。
「遠い」
「三ミリですよ?」
「三ミリ遠い」
「三ミリ……」
「撃たれてる時の三ミリは長い」
技術士官が。
手帳へ書き込む。
「他には?」
「弾倉」
「現在は――」
「装填動作を見せろ」
技術兵がSG-44を受け取る。
一発ずつ。
散弾実包を装填。
次に。
試験用着脱式弾倉。
装着。
ヴァルターが首を振った。
「駄目」
「まだ何も言ってませんが」
「音が大きい」
「装填音ですか?」
「それも」
ヴァルターが銃を受け取る。
「重心が変わりすぎる」
「ですが火力は――」
「火力だけなら大砲を持たせろ」
技術士官が。
頭を抱える。
「クロウ少尉」
「何だ」
「これ、いつになったら生産許可を出すんです?」
「俺に聞くな」
「あなたが毎回止めてるんです!」
「欠陥があるからだ」
「試験項目は全部合格しています!」
「試験場ではな」
ヴァルターの声が。
変わった。
「俺が欲しいのは」
SG-44を見る。
「試験場で百点を取る銃じゃない」
右肩。
もう存在しない腕。
「泥の中へ落として」
異界。
「雨に濡らして」
戦場。
「兵士が震えた手で掴んで」
あの日。
「それでも撃てる銃だ」
技術士官は。
何も言わなかった。
「壊れるなら工場で壊せ」
ヴァルターがSG-44を作業台へ戻す。
「戦場で壊すな」
「……生産承認は?」
「却下」
「やっぱり!」
「改良型を持ってこい」
「何回目ですか!」
「数えてない」
「こっちは数えてます!」
その時。
作業場の扉。
小さく。
叩かれた。
「父さん?」
全員が。
扉を見る。
「レイブン?」
「入っていい?」
ヴァルターが。
時計を見る。
「学校は」
「終わった」
「宿題」
「終わった」
「本当に?」
「終わったって!」
技術士官が。
少し笑う。
「クロウ少尉、尋問はその辺で」
「お前はSG-44を直せ」
「はいはい」
「返事は一回」
「はい」
レイブンが。
作業台を見る。
「それ」
「触るなよ」
「分かってる」
「見るだけだぞ」
「うん」
黒い猫耳。
金と黒の瞳。
SG-44を見る。
「これが?」
「ああ」
「父さんが作ってるやつ?」
「俺が作ってるわけじゃない」
技術士官が。
即座に口を挟む。
「この人は文句を言う担当」
「おい」
「間違ってません」
レイブンが笑った。
だが。
今日は。
銃を見に来たわけではなかった。
「父さん」
「何だ」
「話がある」
「珍しいな」
「真面目な話」
ヴァルターが。
息子を見る。
「……分かった」
作業場の外。
廊下。
二人。
並ぶ。
「どうした」
レイブンは。
少し迷った。
「休日の訓練」
「ああ」
「楽しい」
「それは結構」
「でも」
父を見る。
「訓練じゃなくて」
「うん」
「父さんの仕事を手伝いたい」
ヴァルターの表情から。
僅かに笑みが消えた。
「軍に入りたいって意味か?」
「違う」
「なら?」
「父さんがやってること」
作業場。
SG-44。
設計図。
兵士。
「どうして駄目なのか」
「……」
「どうして直すのか」
「……」
「そういうのを知りたい」
ヴァルターは。
息子を見る。
「十二歳だぞ」
「知ってる」
「学校が仕事だ」
「それも知ってる」
「遊ぶのも仕事だ」
「遊んでる」
「母さんの手伝いは」
「してる」
「……逃げ道を全部塞ぐな」
「父さんが教えた」
「俺はそんなこと教えたか?」
「勝てるように準備しろって」
「余計なところだけ覚えてるな」
レイブンは。
少し笑った。
ヴァルターは。
作業場を見る。
SG-44。
未完成の兵器。
そして。
息子。
まだ。
兵士ではない。
兵士にするつもりもない。
「条件がある」
レイブンの耳が立った。
「いいの?」
「まだ許可してない」
「条件は?」
「銃は勝手に触るな」
「うん」
「弾薬も」
「うん」
「学校を優先」
「うん」
「成績が落ちたら終わり」
「分かった」
「母さんの許可」
「……」
レイブンの耳が。
ゆっくり伏せた。
「それ、一番難しくない?」
「だから条件だ」
「父さん」
「俺だけ怒られるのは嫌だ」
「ずるい」
「大人はずるいんだ」
廊下に。
親子の声が響いた。
作業場では。
技術士官が。
SG-44を見下ろしている。
「……三ミリ、ねえ」
引き金付近。
切替機構。
その位置を。
ほんの少しだけ。
内側へ書き直した。
まだ。
SG-44は完成していない。
そして。
レイブンも。
まだ。
自分が何になるのかを知らなかった。
ただ。
少年の世界に。
父の背中だけではなく。
父が見ている世界そのものが。
少しずつ。
入り始めていた。
特別付録「帰ってきた戦場」
アルディア連邦共和国――軍病院。
「眠れていますか?」
軍医が聞いた。
「はい」
エリシアの父は答えた。
「本当に?」
「……時々」
「どれくらい」
沈黙。
「二時間」
「一晩に?」
「多ければ」
軍医は。
紙へ何かを書いた。
「夢は」
「見ます」
「戦場?」
「……はい」
「どんな夢ですか」
父は。
膝の上。
両手を見る。
「家です」
「家?」
「帝国の」
軍医は待つ。
「町へ入った時」
洗濯物。
割れた窓。
子供靴。
空薬莢。
「誰もいない家を見た」
「はい」
「それだけなんです」
「それだけ?」
「戦闘じゃない」
父の指が。
僅かに震える。
「銃撃された場面でもない」
「……」
「誰もいない家なんです」
軍医は。
遮らなかった。
「夢では」
父が続ける。
「中から人が出てくる」
「誰が?」
「分からない」
「兵士ですか」
「違う」
「では?」
「家族です」
息を吸う。
「俺を見てる」
「何と言いますか」
「何も」
父の声が。
小さくなる。
「だから怖い」
隣室。
エリシアの兄も。
別の軍医と向き合っていた。
「大きな音が苦手になりましたか?」
「別に」
「ご家族から、食器を落とした音で床へ伏せたと聞きました」
「反射です」
「夜中に何度も窓を確認するとも」
「用心してるだけです」
「自宅で?」
「……」
「ここは前線ではありません」
「分かってます!」
兄が。
声を荒らげた。
直後。
自分の声に。
自分自身が驚いた。
「……すみません」
「謝る必要はありません」
軍医は。
静かに言った。
「身体は帰ってきても、警戒反応が戦場に適応したまま残ることがあります」
「俺は病気なんですか」
「あなたの経験と現在の症状を確認しています」
軍医は診療記録を見る。
「侵入的な記憶。悪夢。過度な警戒。大きな音への強い反応。戦場を思い出させる場所や話題の回避。そして、それが生活に影響している」
兄は。
床を見る。
「……いつ治りますか」
「時間には個人差があります」
「軍へ戻れますか」
「今は、戻ることより治療を優先しましょう」
「でも父さんも――」
「お父様も別室で診察を受けています」
兄が。
顔を上げる。
「父さんも?」
「詳しい内容を私から話すことはできません」
「……」
「ただ」
軍医が言う。
「同じ戦場を経験しても、症状の出方は同じとは限りません」
診察後。
二人に下された診断には。
同じ言葉が記されていた。
心的外傷後ストレス障害――PTSD。
それは。
弱さの判定ではなかった。
まして。
臆病者という意味でもなかった。
戦場から帰還した二人に。
治療と休養が必要だという。
医学上の診断だった。
◇
病院の待合室。
エリシア・L・ヴォルハラムは。
椅子に座っていた。
父と兄が。
診察室から出てくる。
「お父さん」
「エリシア」
「……帰ろう」
父が。
少しだけ笑った。
「ああ」
兄は。
何も言わなかった。
エリシアが。
兄の隣へ立つ。
「帰ろ」
「……うん」
三人で。
病院の廊下を歩く。
父と兄は。
戦場から帰ってきた。
だが。
戦場のすべてを。
向こうへ置いてくることは。
できなかった。
エリシアは。
初めて知った。
戦争は。
銃声が止まれば。
終わるものではない。
家へ帰っても。
眠っても。
目を閉じても。
人間の中で。
続いてしまうことがある。
そして。
遠く離れた帝国では。
一人の少年が。
戦争の中で目覚めた力を抱えながら。
父の仕事を知ろうとしていた。
二人はまだ。
互いの名前を知らない。
互いの顔も知らない。
けれど。
同じ戦争は。
違う形で。
二人の人生へ。
確かに痕跡を残し始めていた。




