Season 8「継ぐ者、見守る者」 #160
第160話「第二週――仲間を知る」
第二週の初日、訓練場へ集められた志願兵たちは、前週とは違う配置で整列させられていた。
これまで隣にいた者がいない。人間種の隣には猫系亜人が立ち、その向こうには犬系や狐系の亜人が並ぶ。体格も得意分野もばらばらで、第一週の測定結果だけを見れば、能力の高い者だけを一つの班にまとめた方が効率的に思える組み合わせではなかった。
だが、レイブンは意図的にそうしなかった。
訓練場の前へ出た彼は、各班の顔ぶれをもう一度確認すると、手元の端末を閉じた。
「第一週では、自分に何ができるのかを見てもらった。今日からは、それだけでは足りない」
志願兵たちの視線が集まる。
「戦場で、自分一人ですべてを見て、すべてを判断し、すべてを処理できると思っている奴はいるか?」
誰も手を上げなかった。
「よかった。少なくとも、そこから説明する必要はなさそうだ」
列の一部から小さな笑いが起きた。
第一週の初日にはなかった反応だった。
レイブンは続ける。
「今週は班単位で動く。ただし、誰が班長になるかは固定しない。課題ごとに変えるし、必要なら途中でも交代させる」
前列にいた志願兵が手を上げた。
「教官。指揮適性を見るためですか?」
「それもある。ただ、それだけじゃない」
レイブンは志願兵たちの間を歩き始めた。
「指示を出す側にならないと分からないことがある。逆に、指示を受ける側にならなきゃ見えない問題もある。命令するのが上手くても、他人の指示を聞けないなら班では使いにくい。従うのが上手くても、必要な時に意見を言えないなら、それも困る」
少し離れた位置で、Houndが腕を組んで聞いていた。
結局、第二週から補助教官として呼び出された彼は、最初こそ不満を口にしていたものの、訓練が始まれば表情を切り替えている。
「それともう一人、紹介する」
レイブンが視線を向ける。
Houndが前へ出た。
「ガイル・ベッカー。WOLF PACK副指揮官だ。訓練中はHound教官と呼べ」
「教官はやめないか?」
「昨日了承しただろ」
「補助するとは言ったけど、その呼ばれ方は聞いてないぞ」
志願兵たちの前で言い合う二人を見て、何人かが戸惑った顔をする。
レイブンがHoundを見る。
「嫌ならベッカー教官でもいい」
「そっちの方が余計に落ち着かない」
「じゃあHound教官で決定」
「お前、最初から変える気ないだろ」
志願兵たちの間から笑いが漏れた。
Houndは諦めたように頭を掻いた。
「まあいい。よろしくな」
声は大きい。
しかし威圧する響きはなかった。
レイブンが再び前へ出る。
「今週の目的は、仲間の能力を覚えることじゃない。能力をどう使えば班全体が動けるかを考えることだ。第一週の記録は俺たちが持ってるが、お前たちには見せない」
犬系亜人の志願兵が首を傾げる。
「なぜでしょうか」
「数字だけで相手を決めつけるのを防ぐためだ」
レイブンは答えた。
「自分で話せ。聞け。一緒に動け。その上で判断しろ」
最初の課題が始まった。
広い訓練区画に複数の確認地点が設定され、各班には限られた時間の中で必要な情報を集めるよう指示が出された。
しかし今回は、第一週の二人一組とは違う。
班員ごとに見え方が違う。
背の高い者には見えるものが、小柄な者からは遮蔽物に隠れる。猫系亜人が遠くの小さな動きに気づく一方で、犬系亜人が別方向の変化を捉えることもある。人間種の志願兵が地形全体を見て移動しやすい場所を見つけ、狐系亜人の志願兵が前週に判明した持久力を活かして班内の遅れを補う。
問題は、それを共有できるかだった。
一つの班が早々に混乱した。
複数の班員が同時に自分の発見を報告し、班長役の志願兵が情報を整理できなくなったのである。
レイブンとHoundは少し離れた場所から観察していた。
「止めるか?」
Houndが尋ねる。
「まだ」
「班長、かなり焦ってるぞ」
「危険はない。続けさせる」
レイブンは答えた。
班長役の志願兵は何度も周囲を見回した。
全員が何かを言っている。
情報そのものは有益だった。
だが、順番がない。
誰が何を確認したのかも整理されていない。
やがて一人の志願兵が声を上げ、班員たちを止めた。
班長ではなかった。
彼女は班長へ短く何かを伝え、それから一人ずつ報告するよう仲間へ促した。
ようやく情報が整理され始める。
班長役も落ち着きを取り戻した。
課題終了後、レイブンはその班を呼んだ。
「途中で何が起きた?」
班長役が答える。
「情報が多すぎて整理できませんでした」
「なぜ?」
「全員の報告を同時に聞こうとしました」
「それだけ?」
志願兵は少し考える。
「自分が班長なので、自分一人で処理しなければならないと思っていました」
レイブンは頷いた。
「途中で助けたのは?」
先ほど声を上げた志願兵が手を挙げる。
「班長から命令された?」
「いいえ」
「じゃあ、なぜ動いた?」
「このままだと全員の報告が無駄になると思いました。それに……班長が困っているように見えたので」
レイブンは班長へ視線を戻した。
「勝手な行動だったと思うか?」
「最初は少し。でも、助かりました」
「なら覚えておけ。指揮官は、全部自分でやる人間じゃない。班員から助けられることも仕事の一部だ」
Houndが横から口を挟む。
「ついでに言うと、部下が何か言った時に毎回『俺が指揮官だ』で潰す奴は、だいたい重要な報告まで潰すからな」
志願兵たちがHoundを見る。
「経験談ですか?」
一人が尋ねた。
「山ほど見た」
「お前も昔やっただろ」
レイブンが言う。
「それ今言う必要あるか?」
「失敗を隠すなって教えてるから」
「教官側まで対象なのかよ」
「当然」
Houndはしばらく黙ったあと、志願兵たちへ向き直った。
「今のは聞かなかったことにしろ」
今度は全員が笑った。
第二週の中盤になると、課題には少しずつ不確定要素が加えられた。
途中で班長が交代する。
使える情報が一部欠ける。
最初に示された目的の一部が変更される。
それでも、志願兵たちは第一週ほど露骨に慌てなくなっていた。
ただし、新しい問題も生まれた。
ある班では、最も身体能力の高い猫系亜人の志願兵に仕事が集中した。
移動が速い。
視覚も優れている。
反応も良い。
そのため班長は、何かあるたびに彼を使った。
最初はうまくいった。
だが課題の後半になるにつれて、その志願兵の動きが鈍った。
疲労していた。
他の班員はまだ余力を残している。
結果として、終盤の判断が遅れた。
訓練後、レイブンは班全員を集めた。
「どうしてこうなった?」
班長役が答える。
「一番能力が高かったので、任せました」
「合理的だな」
志願兵は少し安心した顔をする。
「最初だけなら」
その表情が戻る。
レイブンは疲れている猫系亜人の志願兵を見る。
「自分から疲れたと言ったか?」
「いいえ」
「なぜ?」
「できると思いました」
「最後まで?」
「……はい」
「実際は?」
「動きが落ちました」
レイブンは班全員を見る。
「強みを使うことと、一人に依存することは違う。優秀な奴ほど使いたくなる。でも、そいつが動けなくなった瞬間に班全体まで止まるなら、それは班じゃない」
Houndが近くに立つ。
「WOLF PACKでも同じだ。NoXが全部やればいい、なんて運用はしてない」
志願兵の一人が思わずレイブンを見る。
Houndはその反応を見逃さなかった。
「何だ、その顔」
「いえ……NoXならできるのかと」
レイブンが先に答えた。
「できない」
迷いのない返事だった。
「俺にも見えない場所がある。届かない場所もある。治療はSageの方が上だし、通信や解析はCipherの方が上だ。Hawkの射撃と監視、Lynxの偵察、Grizzlyの火力運用、Houndの前衛判断も、それぞれ俺とは違う」
Houndが腕を組む。
「最後だけもう少し褒めてもいいんじゃないか?」
「今大事な話してる」
「はいはい」
レイブンは続けた。
「指揮官だから全部できるんじゃない。全部できないと知っているから、仲間を使う。その代わり、仲間を使い潰さないように見る」
疲労した志願兵へ視線を戻す。
「お前も同じだ。期待されたからって限界を隠すな。仲間へ伝えるのも能力の一つだ」
「はい」
「明日は配置を変える。今度はお前が誰かを支える側に回れ」
その日の訓練が終わった後、レイブンは記録室で各班の映像を確認していた。
第一週より見るものが増えている。
個人の動きだけではない。
誰が最初に異常へ気づいたか。
誰が報告を聞いたか。
聞いた情報を誰へ渡したか。
困っている仲間を見た時にどう反応したか。
数字にしにくい部分の方が、むしろ多かった。
「これ全部見るのか?」
Houndが飲み物を二つ持って入ってくる。
「見る」
「先週も同じ会話したぞ」
「今週はお前も見る」
「嫌な予感がしてたんだ」
Houndは飲み物をレイブンの横へ置いた。
二人で映像を見る。
しばらくすると、Houndが一つの場面で止めた。
「ここ」
「何?」
「この人間種の子。前に出てないけど、ずっと後ろの奴を見てる」
レイブンも確認する。
目立つ動きではなかった。
班の最後尾が遅れた時、歩調を落としている。
誰かの装備に違和感が出た時には、それとなく班長へ伝えている。
本人の個人記録は平均的だった。
「第一週の自己評価、何て書いてた?」
Houndが尋ねる。
レイブンが記録を確認する。
「自分には目立った長所がない、だってさ」
「あるじゃないか」
「ああ」
レイブンは映像へ戻る。
「自分では気づいてないな」
「教える?」
「まだ」
「またそれか」
「本人が気づく機会を作る」
Houndは笑った。
「お前、本当に面倒な教官になったな」
「父さんにも言われた」
「ヴァルター教官、やっぱり正しいな」
「二回目だぞ、それ」
第二週の最終日には、各班へ一つの課題が与えられた。
誰が指揮するかは教官側から指定しない。
班員自身で決める。
さらに、課題開始前に一人ずつ、自分が班へ提供できるものと、助けが必要になる可能性のあるものを口頭で伝えさせた。
最初は照れがあった。
しかし、一人が話せば次も続く。
「暗い場所は見えます。でも細かい地図を覚えるのは苦手です」
「長く走れます。ただ、最初の加速は遅いです」
「機械の扱いは得意です。大きな音が続くと集中が落ちます」
「周囲を見るのは得意だと思います。でも、判断を言葉にするのが遅いです」
第一週なら紙に書くだけだったものを、今は仲間へ直接伝えている。
レイブンは口を挟まなかった。
その後に始まった課題では、劇的な結果は出なかった。
最速記録でもない。
すべての班が完璧に終えたわけでもない。
それでも一週間前より、誰か一人が取り残される場面は減っていた。
訓練終了後、レイブンは志願兵たちを集めた。
「今週、仲間のことを全部分かった奴は?」
誰も手を上げない。
「それでいい」
レイブンは言った。
「一週間一緒にいただけで、相手のことを全部知った気になる方が危ない。今日できたことが明日も同じようにできるとは限らない。体調も変わるし、状況も変わる。人間も変わる」
志願兵たちは静かに聞いていた。
「だから確認する。話す。必要なら役割を変える。仲間を知るっていうのは、相手に一度ラベルを貼って終わることじゃない」
レイブンは一度だけHoundを見る。
副教官は黙って頷いた。
「第一週は自分を知る。第二週は仲間を知る。来週からは、その二つを持ったまま装備と状況を扱ってもらう」
何人かが顔を引き締める。
「射撃ですか?」
質問が飛ぶ。
「射撃も入る」
志願兵たちの空気が僅かに明るくなる。
それを見たHoundが嫌な笑みを浮かべた。
「お前ら、今ちょっと嬉しそうな顔したな」
空気が止まった。
「Hound」
レイブンが呼ぶ。
「何だ?」
「余計なこと言うなよ」
「言わない言わない」
その答え方で、志願兵たちの表情がさらに警戒へ変わった。
レイブンはため息をついた。
「心配するな。普通に射撃は教える」
安心しかけたところで続ける。
「ただし、撃つことしか考えられないなら、撃たせない」
再び静かになった。
Houndが笑いを堪えている。
「第二週終了。解散」
号令のあと、志願兵たちが宿舎へ戻り始めた。
第一週より、歩く集団の形が違っていた。
種族ごとでも、最初からの知り合い同士でもない。今週同じ班だった者たちが自然に並び、今日の課題について話している。
その背中をHoundが眺める。
「少し部隊らしくなったな」
「まだ早い」
「厳しいな」
「十三週間のうち二週間だぞ」
「でも、お前も見てるだろ」
レイブンは否定しなかった。
まだ兵士とは呼べない。
それでも彼らは、自分だけを見る段階から少しずつ外へ視線を向け始めていた。
十三週目の旧市街地では、レイブン一人を相手にする。
だが、その時に本当に試されるのはNoXを見つけられるかどうかではない。
自分の目に映らないものを、仲間の目を通して信じられるか。
自分より優れた誰かへ任せられるか。
逆に、その誰かが動けなくなった時には自分が支えられるか。
第二週に蒔いたものが形になるまで、まだ十一週間ある。
「来週は忙しくなるぞ」
レイブンが歩き出すと、Houndも隣へ並んだ。
「新兵が?」
「俺たちが」
「やっぱり補助教官引き受けるんじゃなかった」
「昼飯奢っただろ」
「一回で十三週間働かせる気か?」
「じゃあ最終日まで週一回」
「交渉成立」
「即答かよ」
二人の声が、夕方の訓練場へ遠ざかっていった。
その背後では、第三週に使用する訓練装備の準備がすでに始まっていた。




