Season 8「継ぐ者、見守る者」 #148
第148話「ただいまを言うために」
翌朝、フェルガリア沖の異常は消えていなかった。
海底石造構造物を包む魔力線は弱いながらも安定し、帰標石と推定されている平たい石板にも発光が残っている。その先に重なって見える紫色の景色も、夜間を通して完全には途切れなかった。
最も大きな変化は、先頭を進んでいた人型対象の位置だった。
レイブンが沿岸指揮所へ入った時、その影は昨日より明らかに大きく映っていた。まだ海底へ到達してはいない。紫色の世界とフェルガリア側の海底とが曖昧に重なる境界の中で、輪郭だけが少しずつ鮮明になっている。
レイブンは上着を椅子へ掛けながら、夜間担当から引き継いだCipherの隣へ立った。
「途中で消失は?」
「ありません。三度ほど映像上では見失いましたが、経路内部の反応は継続していました。空間異常そのものにも大きな乱れはありません」
「後ろの影は?」
「確認できています。ただ、先頭より不鮮明です」
「人数は?」
「まだ確定できません」
「了解。先頭は?」
「こちらとの隔たりがさらに縮小しています」
レイブンは画面へ顔を向けた。
昨日より見える。
だからこそ、胸の奥が落ち着かない。
髪の輪郭も、耳らしき形も、身につけているものも、記憶の中にある人物と似ていた。昨日観測された思念伝達らしき波形にも、帰還直後に保存されたエルネたちとの記録との類似がある。
それでも、まだ名前を付けるには足りない。
「顔の推定復元は?」
「行っていません」
「そのままで」
「了解」
SmartARなら、欠落した輪郭を既存資料から補って一つの顔を作ることはできる。
だが、それをすれば自分たちが見たい顔が現れるだけかもしれない。
今必要なのは、答えらしき画像ではなかった。
本物だった。
「兄様」
ルナの声がして、レイブンは振り返った。
白い猫耳の妹が入ってくる。その後ろにはSageもいた。
「おはよう」
「おはよう。今日は私より早いね」
「五分くらいだろ」
「五分でも勝ちは勝ち」
「何の勝負なんだよ」
「その前に二人ともこっち」
Sageが割って入った。
レイブンが中央表示を指す。
「今、変化を――」
「急変してない」
「分かってるけど」
「なら先に身体」
レイブンは抵抗するのをやめた。
ルナが横で笑っている。
「兄様、最近諦めるの早くなったね」
「合理的判断だよ」
「昔の兄様なら同じことを頑固って呼んでた」
「朝からよく喋るな」
Sageによる確認では、兄妹とも身体状態に明確な異常はなかった。長時間続いている主観的な感覚による睡眠への影響も、現時点では軽微だった。
「ただし、今日接触が成立したとしても、二人が直接現地へ行くのは私の確認を通してから」
Sageが言った。
「俺たちだけ?」
「今のところ現象との主観的な接触が確認されてるのが二人だから」
「了解」
レイブンが即答すると、Sageの視線が僅かに疑わしそうになる。
「何?」
「素直すぎて逆に不安」
「どうしろっていうんだよ」
ルナが笑った。
午前七時四十六分。
先頭の人型対象が再び動き始めた。
乾いた地面を踏む足元が見える。
昨日より映像が安定しているため、今度は移動そのものを確認できた。
歩いている。
転移しているのではない。
少なくとも、向こう側の景色にいる間は自分の足で進んでいた。
やがて紫色の像と海底の像が重なる境界へ入る。
足元が消える。
胴体の輪郭が歪む。
だが反応は途切れない。
「経路内部へ移行」
Cipherが報告する。
「昨日より安定しています」
「理由は?」
「不明です。こちら側の帰標石反応が昨日より一定なのは確認できます」
「向こうの石は?」
「弱いですが反応継続」
Houndが画面を見ながら腕を組む。
「両端に灯りを置いて、その間を歩いてるみたいだな」
「そう見える」
レイブンは答えた。
「だから今は灯りを弄らない」
八時を過ぎる。
人型対象は再び映像から消えた。
経路内部の反応だけが少しずつこちらへ移ってくる。
通常の距離では表せない。
速度も計算できない。
それでも、昨日までより接近していることだけは複数の測定結果が示していた。
レイブンは椅子へ座り、画面を見続ける。
Houndが隣へ来た。
「緊張してる?」
「してる」
「即答だな」
「昨日父さんに、怖くないふりしても変わらないって話したばかりだから」
「ヴァルターさん?」
「ああ」
「何て?」
「待つしかないんじゃなく、待つと決めるんだって」
Houndは少し黙った。
「いいこと言うな」
「昔からこういう時だけな」
「本人に言ったら怒られるぞ」
「言えるうちに言っとくよ」
レイブンの口元に僅かな笑みが浮かぶ。
その間にも、観測値はゆっくり変わっていた。
午前八時五十八分。
フェルガリア側終端に反応が現れた。
「来ます」
Cipherの声で、指揮所の空気が変わった。
レイブンは立ち上がる。
「各系統確認」
「空間異常、安定。急激な魔力上昇なし」
「海面?」
通信の向こうからルナの舟艇隊が応じる。
『異常なし。波高変化なし』
「沿岸?」
エリシアの声が続いた。
『こちらも異常なし。EINHERJAR配置維持』
「医療?」
Sageが答える。
「受け入れ準備済み。未知環境由来の対象として隔離確認を優先する。敵味方の判断はその後」
「了解」
レイブンは海底映像へ向き直った。
四つ目の光が強くなる。
紫色の揺らぎが広がる。
人型の影が現れた。
昨日より近い。
顔が見える。
今度こそ、観測装置の基本補正だけでも特徴を追える距離だった。
レイブンの呼吸が止まった。
ルナも通信の向こうで黙っている。
影が一歩進む。
映像が揺れる。
顔が消え、また現れる。
知っている。
記憶の中の人物より疲れている。
頬は痩せ、衣服も傷んでいる。
だが、その目の形をレイブンは覚えていた。
「NoX」
Cipherが静かに言った。
「過去資料との照合を行いますか?」
レイブンは数秒答えなかった。
自分の記憶だけで決めたくない。
しかし自動補完にも決めさせたくない。
「顔を作り直すな。特徴点の一致だけ」
「了解」
帰還直後に残された映像資料。
スケッチ。
身体的特徴。
複数項目が照合される。
一致する部分が増えていく。
だが年月による変化と映像の歪みがあるため、完全な同定結果は出ない。
「高い類似性があります。ただし確定判定には不足」
Cipherが告げた。
レイブンは頷いた。
「それでいい」
ルナが小さな声で言った。
『兄様』
「何?」
『私、もう分かる』
「俺もだ」
『呼んじゃ駄目?』
レイブンは画面を見た。
影もこちらを見ている。
そう見えるだけではない。
胸の奥へ届く感覚が、明確にレイブンとルナへ向いていた。
懐かしい。
会いたかった。
見つけた。
その三つを、もはや別の意味へ置き換える方が難しかった。
それでも最後の確認が必要だった。
「まだ待て」
『……うん』
人型対象が、さらに一歩進む。
その瞬間だった。
思念伝達解析系の受動センサーが大きく反応した。
「波形受信!」
「原データ保存」
「保存中!」
「自動意味補完は?」
「切ったままです!」
レイブン自身にも届く。
今度は感情だけではなかった。
音声ではない。
耳から聞こえたわけでもない。
それでも明確な意味があった。
最初に届いたのは、名前だった。
自分の名前。
軍で使うNoXではない。
家族と、あの世界で出会った者たちが知っていた名前。
――レイブン。
黒い猫耳が動いた。
「ルナ」
『聞こえた』
「何て?」
先に答えさせる。
『兄様の名前』
「俺もだ」
誘導ではない。
独立した二人が同じ意味を受け取った。
レイブンは一度だけ目を閉じた。
もう、完全な無名の対象として扱い続ける段階ではなかった。
だが最後まで手順は崩さない。
「Cipher。過去の思念伝達記録と照合」
「実行します」
数秒が長く感じられた。
結果が出る。
「帰還直後に保存されたエルネ由来とされる波形記録との間に、複数の共通特徴を確認」
「確定できる?」
「機器だけではできません」
「分かった」
レイブンは画面を見る。
ならば、最後は人間が確かめるしかない。
「応答する」
Cipherが振り返った。
「昨日と同じ方式?」
「いや」
レイブンは首を振る。
「思念伝達の最小意味応答。SmartARの安全化層を通す。直接接続はしない」
「内容は?」
レイブンは少し考えた。
質問は一つでいい。
余計な情報は要らない。
「名前を聞く」
送信準備が整う。
レイブンは一度だけ頷いた。
「送れ」
弱い魔力反応が走った。
問いかけ。
あなたは誰だ。
言語そのものではなく、意味の核だけを送る。
人型対象が立ち止まった。
長い沈黙。
海底の魔力線が揺れる。
レイブンは動かない。
ルナも何も言わない。
そして。
返ってきた。
感情。
記憶。
名前。
それらが重なり、今度は間違えようのない形で二人へ届いた。
エルネ。
ルナが息を呑んだ。
『エルネ……』
レイブンは何も言えなかった。
長い時間を経て、記憶の中だけに残っていた名前が、向こう側から返ってきた。
画面の中の人物が、僅かに笑ったように見える。
レイブンの喉が動いた。
「本人確認、暫定」
軍人として出した最初の言葉は、それだった。
Houndが横を見る。
「隊長」
「何?」
「今くらい普通に呼んでもいいだろ」
レイブンは画面を見る。
もう一度。
今度は通信装置ではなく、自分の声で呼んだ。
「エルネ」
当然、水中マイクを通じて向こうへ届くはずはない。
それでも人型対象の表情が変わった。
同時に思念伝達系へ反応が入る。
安堵。
喜び。
そしてもう一つ。
後ろ。
レイブンの表情が戻る。
「何か伝えてる」
『私も感じた』
ルナが答える。
「後方?」
『うん』
エルネが振り返る。
紫色の世界の奥。
そこには、まだ複数の影が残っていた。
一人だけではない。
「セイルとアーシェ?」
ルナが言いかける。
「まだ名前は付けない」
『分かってる』
エルネが再びこちらを見る。
そして、強い感情が届く。
助けたい。
連れて帰りたい。
置いていかない。
レイブンはその意味を受け取った瞬間、異界での日々を思い出した。
自分たちが帰る場所を探していた時。
誰か一人を置いていくことを拒んだ時。
あの世界で生き残るために、互いの背中を見て歩いた時。
「エルネは先に完全帰還しないつもりかもしれない」
レイブンが言った。
「後ろを待ってる?」
Houndが尋ねる。
「そう見える」
エルネは境界近くで止まったまま、後方へ何度も視線を向けている。
あと僅か進めば、フェルガリア側終端へ到達する可能性がある。
それでも進まない。
レイブンには、その理由が分かる気がした。
「こっちも待つ」
Houndが頷く。
「了解」
午前十時を過ぎる。
エルネは境界付近に留まっている。
後方の影は少しずつ近づいていた。
そのうち一つは、別の者に支えられているように見える。
「医療受け入れを増やす」
レイブンが言った。
Sageが即座に応じる。
「もう準備してる」
「早いな」
「負傷者かもしれないって昨日から分かってたでしょう」
「そうだった」
「未知の感染・魔力汚染の可能性もある。再会したからって、いきなり抱きつくのは禁止」
レイブンがSageを見る。
「俺が?」
「Nyxも」
『何で私まで?』
「二人とも同じ顔してるから」
「どんな?」
「今すぐ海へ行きたい顔」
兄妹が黙った。
Sageがため息をつく。
「図星ね」
「……行かないよ」
レイブンが答える。
『私も』
「ならいい」
昼近くになっても、レイブンは海へ向かわなかった。
エルネだと暫定確認された。
だからこそ行きたかった。
だが接触地点は海底にある。
まだ物理的に安全な出口が形成されたわけではない。
もし経路がそのまま海底へ開けば、異界側の者が水中へ放り出される危険すらある。
そこへ有人潜水を投入すれば、救助対象を増やすだけかもしれない。
「出口位置の問題を先に解決する」
レイブンが言った。
Cipherが頷く。
「現在の終端は海底石造構造物です」
「エルネたちは水中環境を前提にしてない」
「映像を見る限り、その可能性が高いです」
「なら、そのまま通すのは危険だ」
ルナが通信へ入る。
『水上側から回収する方法を考える。でも海底で直接出てきたら間に合わない』
「分かってる」
『路の終端って動かせないのかな』
レイブンは答えなかった。
勝手に動かすわけにはいかない。
帰標石そのものへ触れることも、これまで避けている。
だが今、初めて現実的な問題が現れた。
道が繋がったとしても、出口が安全とは限らない。
午後、ヴァルグラントから緊急の資料が届いた。
ゲルハルト自身が通信へ入る。
『古文書の追加解読が出た』
「何?」
『帰標石に関する部分だ』
レイブンが画面へ向き直る。
『“路は標そのものへ開くのではなく、標が覚える場所へ帰る”』
レイブンの眉が動いた。
「場所を覚える?」
『そう読める』
「石そのものが出口じゃない?」
『可能性がある』
Cipherがすぐに記録を開く。
「海底石板が最後に使用された時点の環境を参照している可能性?」
『そこまでは分からん。ただ、石を動かせば出口が動くという単純なものではないかもしれない』
「じゃあ触らない方がいいな」
『私もそう思う』
ルナが言う。
『でも、標が覚えてる場所が昔の地上だったら?』
誰もすぐには答えなかった。
現在のフェルガリア沖。
海底に沈んだ石造構造物。
もし遥かな昔、この場所が海ではなかったとしたら。
道が覚えているのは、石の現在位置ではないのかもしれない。
「海底地質記録を出して」
レイブンが言った。
調査が始まった。
午後三時過ぎ。
結果の一部が出る。
石造構造物周辺には、長期的な地形変化と沈降を示す痕跡がある。
いつ沈んだのか。
当時、本当に地上だったのか。
現段階では確定できない。
だが可能性は生まれた。
「もし標が昔の場所を覚えてるなら……」
Houndが呟く。
「出口は海底じゃないかもしれない」
レイブンが続けた。
その直後だった。
フェルガリア沿岸の別の観測点から反応が入った。
「NoX!」
Cipherが中央表示を切り替える。
「海底ではありません!」
「場所は?」
「沿岸部!」
レイブンが立ち上がる。
フェルガリアの旧港湾区。
現在は使われていない古い石造岸壁の近く。
海底構造物からは離れている。
そこに、ごく弱い空間反応が現れていた。
「海底側は?」
「維持されています!」
「エルネは?」
「まだ境界にいます!」
「新しい門?」
「違います。反応が弱すぎる!」
レイブンは地図を見る。
旧港湾区。
海底石造構造物。
二点を過去の地形推定図へ重ねる。
海岸線が現在とは違う。
長い年月の地形変化を遡ると、二つの場所の関係が近づいていく。
「まさか……」
Hawkが呟いた。
レイブンは言葉を継ぐ。
「道が覚えてる場所が、今の海底座標じゃない」
Cipherが空間反応を確認する。
「沿岸側反応、継続。拡大はしていません」
「民間人は?」
「旧港湾区は現在閉鎖区域。常駐者なし」
「EINHERJAR」
『聞いてる』
エリシアが即座に応じる。
「旧港湾区へ第二線配置。接触地点には近づきすぎるな」
『了解。救護班の進入路も確保する』
「Nyx」
『聞いてる』
「海上側はそのまま。海底異常も捨てるな」
『了解』
「WOLF PACK」
Houndがレイブンを見る。
「今度は行く?」
レイブンは地図を見た。
現象が陸上へ現れた。
民間人はいない。
受け入れ地点を整える必要がある。
そして今度は、自分が現場にいる意味がある。
「ああ」
装備を整える。
だが戦闘へ行く準備ではない。
武装は携行する。
未知の接触である以上、完全に無防備にはならない。
それでも先頭に必要なのは銃ではなかった。
「Sageも来て」
「最初からそのつもり」
「Hound、現場統制」
「了解」
「Grizzlyは?」
『第二線で待機中』
「そのまま。LynxとHawkは周辺監視。Cipherは解析を切るな」
「了解」
ルナが通信越しに尋ねる。
『兄様、私は?』
レイブンは少し考えた。
「Nyxとして今の配置を維持して」
沈黙。
『……了解』
「ルナ」
『何?』
「お前が海を見てるから、俺が陸へ行ける」
数秒の間があった。
『了解、NoX』
今度の声には迷いがなかった。
レイブンは旧港湾区へ向かった。
石造岸壁には潮風が吹きつけている。
長く使われていない倉庫。
草の伸びた路面。
錆びた係留設備。
かつて船と人が行き交った場所に、今はFENRIRの観測装置と救護要員だけが静かに配置されていた。
レイブンは接触予測地点から十分な距離を取り、立ち止まる。
「反応は?」
携行端末からCipherの声。
『上昇中。ただし急激ではありません』
「海底側?」
『同期しています』
「エルネ?」
『動きました』
レイブンの胸が鳴る。
「こっちへ?」
『経路内部へ再進入』
風が吹いた。
レイブンの黒い猫耳が僅かに伏せる。
目の前には何もない。
だが空気が変わった。
潮の匂いの中へ、一瞬だけ乾いた土の匂いが混じる。
「Sage」
「検知してる」
彼女も端末を見る。
「気圧、温度、魔力密度に小さな変化」
レイブンは前を見る。
空間が揺れた。
海底で見ていたものとは違う。
ここには海水がない。
古い岸壁の上。
空気の向こうへ、紫色が滲む。
まだ穴ではない。
向こう側の像が重なる。
乾いた大地。
岩。
紫色の空。
そして。
人影。
レイブンの身体が動きそうになる。
止めた。
Sageが横から何も言わず彼を見る。
「分かってる」
「ならいい」
影が近づく。
輪郭が鮮明になる。
今度は水中映像ではない。
補正も必要ない。
自分の目で見える。
髪。
傷んだ衣服。
疲れ切った顔。
そして、こちらを見た瞳。
レイブンは息を止めた。
向こうも止まった。
長い時間。
異なる世界。
帰る場所を失った日々。
その全部が、二人の間に残っている。
レイブンは名前を呼んだ。
「エルネ」
影の唇が動いた。
音はまだ届かない。
だが胸の奥へ意味が届く。
レイブン。
今度は疑わなかった。
「本人だ」
誰へ言うでもなく、レイブンは呟いた。
Sageが横で頷く。
それでも境界を越えてはいけない。
エルネもそれを理解しているのか、前へ踏み出さない。
代わりに後ろを振り返る。
紫色の景色の奥から、別の影が近づいてくる。
一人ではない。
そのうち一つは、やはり誰かに支えられていた。
レイブンは無線を開く。
「医療班。複数受け入れを想定」
『了解』
「隔離確認を優先。敵対行動がない限り、武器を向けるな」
『了解』
エルネが再びこちらを見る。
思念が届く。
まだ。
待って。
レイブンは頷いた。
「分かった」
声が届いているかは分からない。
それでも答えた。
「待ってる」
夕暮れが近づいていた。
フェルガリアの空は赤く染まり始める。
境界の向こうには紫色の空がある。
二つの空が一つの視界に重なっていた。
レイブンは銃へ手を掛けなかった。
境界へ踏み込まなかった。
ただ、その場に立っていた。
帰ってくる者が、自分の足で最後まで歩けるように。
やがてエルネの後ろから、次の影が姿を現した。
まだ顔は見えない。
そのさらに後ろにも誰かがいる。
レイブンは待った。
かつて自分が帰る場所を探し続けた時、待っていてくれた者たちがいたように。
今度は、自分がこちら側に立つ番だった。




