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黒猫年代記  作者: @12
第二部 ~Ⅱ~ FENRIR ― 戦狼となった黒猫 ― Season 4 #067~
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147/189

Season 8「継ぐ者、見守る者」 #147

第147話「帰ってくる者」

 夜明け前のフェルガリア沿岸は、薄い霧に覆われていた。

 海から吹く風は冷たく、自由都市の港では夜勤から早朝勤務へ引き継ぐ作業員たちが動き始めている。沖合では航路灯がまだ消えず、灰色の海面に細長い光を落としていた。

 その海のさらに下では、夜を通して続いた変化が止まっていなかった。

 地理座標を持たなかった細長い空間異常の終端が、フェルガリア側の通常空間へ僅かずつ重なり始めている。

 レイブンが沿岸指揮所へ到着したのは、日の出より少し前だった。

 急いではいない。

 昨夜の連絡を受けた時点で緊急の有人対応は必要ないと判断し、その後も急激な変化がなかったことを確認してから家を出ている。

 指揮所へ入ると、夜間担当者から引き継ぎを受けていたCipherが振り返った。

「おはようございます」

「おはよう。夜間の変化は?」

「継続しています。ただし、加速はしていません」

 レイブンは上着を脱ぎながら中央表示へ目を向ける。

「影は?」

「見えたり消えたりしています。紫色の揺らぎそのものが安定していません」

「位置は?」

「昨日よりこちら側に近いように見えます。ただし通常距離としては測定できません」

「人数は?」

「未確定です」

「それでいい」

 中央表示には、海底石造構造物を複数方向から捉えた映像が並んでいた。

 帰標石かもしれない平たい石板には弱い光が残っている。その先では、海水の向こう側に別の場所の景色が時折重なっていた。

 紫色の空。

 乾いた地面。

 風に流される細かな砂。

 そして、その景色の中を動く複数の影。

 昨日より輪郭は大きくなっている。

 だが、まだ顔は見えない。

「SmartAR補正は?」

「輪郭推定を切っています。現在表示しているのは観測装置側の基本補正だけです」

「そのままで」

 見たいものを見せる機械にはしない。

 SmartARは情報を統合するための道具であって、存在しない答えを作るためのものではなかった。

 背後の扉が開く。

「兄様」

 ルナだった。

 今日は舟艇装備ではなく通常勤務用のUAESを着ている。彼女自身が海へ出る予定はない。

「早いな」

「兄様に言われたくない」

「ちゃんと寝た?」

「六時間ちょっと」

「ならいい」

「兄様は?」

「寝た」

「何時間?」

「……五時間半」

「私より短いじゃない」

「昨日は一回起こされたから」

「言い訳」

 レイブンが何か返そうとしたところで、Sageの声が飛んできた。

「二人とも、あとで確認するから逃げないで」

「逃げない」

「兄様は?」

「何で俺だけ再確認するんだよ」

「実績」

 Houndが後ろで吹き出した。

 レイブンは諦めて画面へ戻った。

「ルナ、夜中の感覚は?」

「昨日記録した後は何もないよ」

「今は?」

 ルナは少し目を閉じる。

「……いる」

 レイブンの表情が変わった。

「何が?」

「分からない。でも昨日より近い」

「他には?」

「疲れてる感じはまだある。でも怖がってる感じは弱くなった」

 ルナはそこで目を開いた。

「こっちが見えてるのかもしれない」

「主観として記録して」

「うん」

 午前七時を過ぎた頃、WOLF PACKの主要メンバーが揃った。

 全員ではない。

 通常任務を止めない方針は変わっていないため、Grizzlyは別区画の即応要員をまとめ、Lynxは沿岸側の監視配置を確認している。Hawkは解析室で光学記録を追い、Houndはレイブンの補佐に残った。

 EINHERJARも沿岸第二線に待機している。

 エリシアは部隊指揮所にいる。

 夫婦だから隣にいるのではない。

 それぞれが、それぞれの部隊に必要な場所へいる。

『NoX』

 通信にエリシアの声が入る。

「聞いてる」

『こちら配置完了。沿岸側に異常なし。港湾部も予定通り制限区域だけ維持されてる』

「了解」

『海底は?』

「近づいてるように見える。ただ、まだ接続はしてない」

『分かった。こちらは待つ』

「頼む」

 通信を終えた直後、Cipherがレイブンを呼んだ。

「NoX。終端部の測定に変化」

「見せて」

 表示された空間測定図では、昨日まで観測不能だった区間がさらに短くなっていた。

 海底側から伸びる細長い異常。

 地理座標外に存在する反応。

 その二つが、あと僅かな未観測領域を残して連続しつつある。

「完全に繋がったら?」

 Houndが尋ねる。

「分からない」

 Cipherが答える。

「既知の異界門なら接続成立時に急激な魔力変動が発生します。しかし今回は、その兆候がありません」

「本当に道なんだな」

「それもまだ仮説です」

 レイブンが言った。

「名前を付けるのは後でいい。今は変化を見る」

 午前八時十四分。

 海底石板の魔力反応が僅かに上昇した。

 紫色の揺らぎが現れる。

 昨日までより輪郭が安定していた。

 海水の中へ窓が開いたわけではない。

 そこには依然として海底の像が存在している。

 しかし、その像へ重なるように紫色の世界が見える。

「影、確認」

 Hawkが言った。

 レイブンが画面を見る。

 複数。

 昨日より近い。

 一つ、二つと数えそうになり、止めた。

 重なっている可能性がある。

 見えない場所にもいるかもしれない。

「人数判定は保留」

「了解」

 影はゆっくり進んでいた。

 先頭らしき一つが前へ出る。

 その後ろでは、別の影が何かを支えているように見える。

 さらに後方にも動きがある。

 ルナが画面を凝視する。

「兄様」

「分かってる」

「違う」

 ルナの声が震えた。

「今、感じた」

「何を?」

 ルナは答えようとして、止まった。

「先に記録する」

「ああ」

 レイブン自身にも、数秒遅れて感覚が届いた。

 冷たい風。

 疲労。

 安堵。

 そして、強く抑え込まれている警戒。

 その中に、以前とは違うものが混じっていた。

 記憶。

 自分のものではない。

 石造遺構。

 紫色の空。

 誰かの背中。

 そして黒い何か。

 レイブンはそこで意識的に切った。

 黒いものを、自分自身だと解釈してはいけない。

 自分がそう望んでいるだけかもしれない。

 端末には、確実に感じた範囲だけを書く。

 ルナの記録が届く。

 彼女も途中で解釈を止めていた。

 ただ最後に、

 「知っている相手を見つけた時に近い感情」

 と残している。

「兄様」

「ああ」

「期待してる?」

「してる」

「私も」

 それ以上は言わなかった。

 午前九時二分。

 空間異常の連続性が、初めて途切れなくなった。

「NoX」

 Cipherの声が低くなる。

「測定上、未観測区間が消失しました」

 解析室の空気が変わった。

「門形成は?」

「なし」

「魔力急上昇?」

「なし」

「海面異常?」

『Nyx側観測、異常なし』

「沿岸?」

『Valkyrie。こちらも異常なし』

 レイブンは中央表示を見た。

「つまり?」

 Cipherは慎重に言葉を選ぶ。

「フェルガリア側と、地理座標外の反応との間に、少なくとも測定上は連続した空間変化が存在しています」

「通れる?」

「分かりません」

「向こうから?」

「それも分かりません」

「なら何も変えない」

 レイブンは即座に決めた。

「配置維持。こちらから入らない。信号も送らない」

「了解」

 Houndがレイブンを見る。

「完成したかもしれないのに?」

「だからだよ」

 レイブンは画面から目を離さない。

「完成したかどうかも分からない道へ、こっちから人を入れる理由がない」

 数分後。

 紫色の像の中で、先頭の影が立ち止まった。

 その場所は昨日までとは明らかに違う。

 海底石板に近い。

 少なくとも映像上では、手を伸ばせば届きそうな距離に見える。

 だが海水と乾いた土地が同じ場所へ重なっているという異常な景色の中では、その距離感すら信用できない。

 影が何かを持ち上げた。

「武器?」

 Houndの声が低くなる。

「断定するな」

 レイブンの身体は自然に緊張していた。

 〔殺気看破(アタック・シールド)〕は反応しない。

 だからといって、武装していないとは限らない。

 画面の中で、影が持ち上げたものを地面へ置く。

 小さな石だった。

 昨日見えた、枝分かれした線を持つ石。

「帰標石候補、確認」

 Cipherが記録する。

 向こう側の石が地面へ置かれた瞬間、こちら側の海底石板が明るくなった。

 魔力線が石造構造物全体へ走る。

 しかし爆発的な上昇はない。

 代わりに、紫色の像が鮮明になった。

 海底の景色が薄れる。

 乾いた地面が見える。

 岩が見える。

 紫色の空が見える。

 そして影の輪郭に、初めて色が乗った。

「映像保存」

 Hawkが声を落とす。

「補正なし?」

「基本補正のみ」

 レイブンは画面を見る。

 先頭に立っている者の髪の色。

 衣服。

 輪郭。

 記憶の中にある誰かと似ている。

 胸が強く鳴る。

 だが顔はまだ分からない。

「名前は付けるな」

 自分へ言い聞かせるように言った。

 ルナが何も答えない。

「ルナ?」

『……いる』

「何が?」

『分からない。でも』

 彼女の声が震える。

『私たちを知ってる』

 レイブンにも届いた。

 今までで最も強い感情だった。

 安堵。

 信じられないものを見た驚き。

 長く探し続けたものを、ようやく見つけた時の感覚。

 そして、その奥にある懐かしさ。

 レイブンは目を閉じなかった。

 画面を見続ける。

「記録」

『うん』

 二人が別々に入力する。

 照合する。

 似ている。

 今度は偶然で片づけるには、あまりにも近い。

 それでも、名前までは書かなかった。

 午後へ入る頃、紫色の像は安定したままになった。

 影たちは動かない。

 こちらも動かない。

 奇妙な膠着が続いた。

 向こう側がこちらを見ているのかどうかも分からない。

 こちらの海底映像が向こうからどのように見えているのかも不明だった。

「このまま何時間見るんだ?」

 Houndが言う。

「必要なら」

「昨日までは帰るようになったのに」

「今日は変化してる」

「それはそうだけど」

 レイブンは少し考えた。

「交代する」

「え?」

「俺がずっと見てる必要はない」

 Houndが目を丸くした。

「何だよ」

「いや……」

「言いたいことあるなら言え」

「成長したなあって」

「もういい」

 レイブンはHawkへ観測を任せ、一度画面から離れた。

 食事を取り、Sageの確認を受ける。

 ルナも別地点で休憩に入った。

 道があるかもしれない。

 向こうに誰かがいるかもしれない。

 だからこそ、自分たちが先に消耗する理由はなかった。

 午後二時十九分。

 休憩から戻ったレイブンへ、Cipherが新しい報告を示した。

「向こう側の石に変化があります」

 見ると、小さな帰標石候補の光が弱くなっている。

「こちら側は?」

「安定しています」

「空間異常は?」

「連続状態を維持」

「影は?」

「先頭が動き始めました」

 画面の中で、一つの影が前へ進む。

 こちらへ。

 一歩。

 また一歩。

 乾いた地面を踏んでいる。

 しかし途中から足元が見えなくなる。

 紫色の景色と海底の像が重なる境界へ入った。

「止まれ……」

 Houndが無意識に呟く。

 影は止まらない。

 レイブンの胸へ緊張が伝わってくる。

 自分のものか。

 向こうのものか。

 区別が難しい。

 それでも敵意は感じない。

 影がさらに進む。

 輪郭が歪む。

 一瞬、消える。

「反応消失?」

「違います!」

 Cipherが即答した。

「経路内に反応あり!」

「位置は?」

「通常座標では出せません!」

 レイブンの手が机の縁を掴む。

「こちらから何もするな」

「了解!」

 数秒。

 十秒。

 二十秒。

 長い。

 影は見えない。

 だが反応はある。

 進んでいるのか。

 止まっているのか。

 分からない。

 ルナの通信が入る。

『兄様、怖がってる』

「お前が?」

『向こう』

「分かる?」

『たぶん。でも……すごく怖い』

 レイブンにも届く。

 暗い。

 足元がない。

 方向が分からない。

 それでも遠くに一つだけ、場所を示す感覚がある。

 こちら側の石。

 帰標石。

「道標を維持」

 レイブンが言った。

「出力はいじるな。今の状態を絶対に変えるな」

「了解」

 さらに時間が過ぎる。

 突然、こちら側の四つ目の光が強くなった。

「接近反応!」

 Cipherが叫ぶ。

「どこ?」

「終端です!」

 紫色の揺らぎの中心に、黒い影が現れた。

 向こう側の景色ではない。

 海底側。

 こちら側に近い像。

「門は?」

「形成されていません!」

「海水の流動?」

「変化なし!」

 影の輪郭が大きくなる。

 頭。

 肩。

 腕。

 人型に見える。

 今度は、その表現を避ける方が不自然なほどだった。

「人型対象として暫定記録」

 レイブンが言った。

「了解」

 影が一歩進む。

 そして止まる。

 海底に立ったわけではない。

 まだ重なった空間の中にいる。

 それでも顔の位置が見える。

 レイブンは呼吸を忘れた。

 記憶の中の輪郭。

 だが、年月を経ているようにも見える。

 髪。

 耳。

 表情。

 まだ映像が揺れている。

「兄様」

 ルナの声が震える。

「待て」

「でも」

「まだだ」

 レイブン自身が一番、名前を呼びたかった。

 影がこちらを見る。

 少なくとも、そう見えた。

 そして胸の奥へ感情が流れ込む。

 強い。

 昨日までとは比較にならない。

 驚き。

 安堵。

 痛み。

 懐かしさ。

 長い時間を越えて、もう一度会えたという感覚。

 その中に、一つだけ明確な像が混じった。

 黒い猫耳。

 金と黒の瞳。

 隣に立つ白い猫耳の少女。

 昔の自分たち。

 レイブンの目が見開かれる。

「ルナ」

『見えた』

「同じ?」

『黒い兄様と……私』

 今度は互いに誘導していない。

 それでも同じ像を受け取った。

 人型の影が腕を伸ばす。

 海底側の帰標石へではない。

 こちらへ。

 その瞬間、初めて音が記録された。

 水中マイクではない。

 通常通信でもない。

 思念伝達解析系の受動センサーが、意味へ変換できないほど弱いパターンを拾った。

 Cipherが息を呑む。

「NoX……」

「言葉?」

「まだ解析できません。でも、既知の思念伝達パターンに近い」

 レイブンは画面を見た。

 影の顔が、揺らぎの中で一瞬だけ鮮明になる。

 知っている。

 少なくとも、そう思った。

 だが彼は名前を口にしなかった。

「記録を固定」

「了解」

「今の波形を原データのまま保存。SmartAR側で意味を補完するな」

「了解」

 ルナが尋ねる。

『返さないの?』

 レイブンは数秒だけ迷った。

 昨日までとは違う。

 向こうは道を進んできた。

 こちらまで到達しようとしている。

 そして今、既知の思念伝達に近い反応が出た。

 条件は変わった。

「返す」

『兄様』

「でも名前は呼ばない」

 レイブンはCipherを見る。

「昨日と同じ方式。出力は上げない。一回だけ」

「了解」

「意味は持たせられる?」

「直接的な言語化は危険です。ただ、単純な存在応答なら」

 レイブンは考えた。

「なら、それだけでいい」

「内容は?」

 レイブンは画面の向こうにいる影を見る。

 エリシアへ話した言葉。

 昨日、本当に伝えたかったこと。

「こちらは見えている」

 Cipherが頷く。

 完全な文章として送るのではない。

 認識。

 存在。

 応答。

 それだけを最小限のパターンへ落とす。

「送信準備完了」

「一回だけ」

「了解」

 レイブンは息を吐いた。

「送れ」

 弱い反応が発せられた。

 海底は変わらない。

 空間異常も急激には動かない。

 人型の影も、その場に立っている。

 数秒後。

 影の肩が僅かに落ちた。

 まるで、張り詰めていた力が抜けたように。

 そしてレイブンの胸へ、これまでで最も穏やかな感覚が届いた。

 安堵。

 その直後。

 思念伝達解析系の受動センサーが、もう一度パターンを拾った。

 今度は少し強い。

 Cipherが原波形を確認する。

「意味変換は?」

 レイブンが尋ねる。

「自動補完を切ったままでは、文章にはできません」

「それでいい」

「ただ……」

「何?」

「帰還直後に記録された、エルネたちとの思念伝達波形に類似する特徴があります」

 解析室が静まり返った。

 レイブンは画面を見た。

「一致率は?」

「断定に使える精度ではありません」

「なら名前はまだ付けない」

 声は冷静だった。

 だが握っていた手には力が入っていた。

 ルナが通信の向こうで小さく笑った。

 泣いているようにも聞こえた。

『兄様』

「何?」

『帰ってきてるね』

 レイブンは少し黙った。

「まだ途中だ」

『うん』

「だから最後まで待つ」

『了解』

 その日の夕方、人型の影はまだ完全にはこちら側へ到達していなかった。

 後方には他の影も残っている。

 最初の一人だけが先行しているように見える。

 誰なのかは確定していない。

 何人いるのかも分からない。

 安全なのかも分からない。

 それでも、これまで存在すら確かめられなかった「向こう側」は、もう単なる測定値だけではなくなっていた。

 夜、レイブンは一度自宅へ戻った。

 明日も続く可能性がある以上、休む必要がある。

 玄関を開ける。

「ただいま」

「おかえり」

 エリシアが待っていた。

 レイブンの顔を見て、彼女はすぐに気づいた。

「見えたのね」

「ああ」

「エルネ?」

 レイブンは首を振った。

「まだ確定してない」

「でも?」

「似てた」

 エリシアは夫の前へ立つ。

「嬉しい?」

「ああ」

「怖い?」

「ああ」

「なら、今日はそれでいいわ」

 レイブンは少し笑った。

「父さんと同じこと言うようになったな」

「夫の家族に似ることくらいあるでしょう?」

 エリシアの向こうでは、リリアとルークが眠っている。

 レイブンは二人を見てから、もう一度妻へ向き直った。

「もし本当にエルネたちだったら、紹介したい」

「誰を?」

「お前と、あの二人を」

 エリシアの表情が柔らかくなる。

「その時はちゃんと連れて帰ってきて」

「ああ」

「あなた自身も」

「分かってる」

 深夜。

 フェルガリア沖。

 紫色の揺らぎの中にいる人型の影は、再び一歩だけ進んだ。

 後方の影も、ゆっくりと続いている。

 そして観測網は、先頭の人型対象とフェルガリア側終端との隔たりが、これまでで最も小さくなったことを記録した。

 まだ触れられない。

 まだ声も聞こえない。

 まだ名前も確定していない。

 それでも二つの場所の間には、もはや完全な空白は残っていなかった。

 帰る場所を探していた何者かは、確かにこちらへ向かっていた。

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