Season 8「継ぐ者、見守る者」 #135
第135話「同じ目的、異なる歩幅」
FJMG装備評価部門から正式な試験計画が届いたのは、多種族合同評価から三日後の朝だった。
クロウ家では、レイブンがその内容を読むより先に別の問題へ直面していた。
「……リリア」
まだ朝食の時間にもなっていない居間で、レイブンは娘を抱いたまま低い声を出した。
リリアは泣いている。
昨日までなら抱き上げれば比較的早く落ち着いたのだが、今日は違った。腕の位置を変えても、ゆっくり歩いても、父親の声を聞かせても、しばらくすると再び不満そうな声が上がる。
その隣ではルークが静かに眠っていた。
レイブンの金色と黒のオッドアイが娘の表情を注意深く追う。
「熱はなさそうだな」
「さっき確認したわ」
エリシアが答えた。
「衣服も問題ない」
「それも見た」
「腹は?」
「大丈夫」
「じゃあ何だ」
「赤ちゃんの機嫌に、全部理由がつくとは限らないでしょう?」
「理由がない?」
「私たちに分からないだけかもしれないわ」
レイブンはリリアを見る。
「報告してくれれば早いんだけどな」
「まだ無理よ」
「知ってる」
「本当に?」
「さすがに知ってる」
エリシアは笑いながら夫の腕の中を覗き込んだ。
「少し貸して」
レイブンが娘を渡す。
母親に抱かれても、リリアはすぐには泣き止まなかった。
レイブンの眉がわずかに上がる。
「俺だけじゃないのか」
「何、その安心した顔」
「してない」
「してたわよ」
「……少しだけ」
エリシアは呆れたように笑った。
その直後、今度はルークが目を覚ました。
小さな黒い猫耳が動き、姉の声を拾ったらしい。しばらく周囲を探るように顔を動かした後、こちらも声を上げ始めた。
レイブンが振り返る。
「増えた」
「あなたの担当」
「了解」
「だから返事を軍人に戻さないの」
「癖なんだって」
レイブンは息子を抱き上げた。
少し前までなら、二人同時に泣き始めただけで夫婦ともに慌てていた。今でも余裕があるとは言えないが、少なくとも互いに何をするべきかを確認し合える程度には慣れてきている。
レイブンはルークを抱きながら部屋を歩く。
数歩進んだところで足が止まった。
「どうしたの?」
「今日、FJMGから正式な試験計画が来る」
「昨日言ってた多種族混成評価?」
「ああ」
「行くんでしょう?」
「部隊状況に問題がなければ」
「なら行ってきなさい」
即答だった。
レイブンは妻を見る。
「いいの?」
「何が?」
「二人とも今日こんな感じだし」
「毎回、子供が泣くたびに部隊を休むつもり?」
「それは……」
「もちろん、何か異常があれば別よ。でも今のところ二人とも問題ないでしょう?」
「そうだけど」
エリシアはリリアを抱き直した。
「あなたが家族を優先することと、家族を理由に自分の役割から逃げることは違うわ」
レイブンは黙った。
エリシアは穏やかな声で続ける。
「行ってきて。私も無理はしないし、必要ならルナやお義父様にも頼るから」
「父さんには重いもの持たせるなよ」
「あなた、本当にそこだけは毎回言うわね」
「医者に止められてるんだから当然だろ」
「分かってる」
エリシアは微笑んだ。
「それに、あなたがちゃんと帰ってくるのも知ってるから」
レイブンは腕の中のルークを見る。
それから頷いた。
「ああ。帰るよ」
FENRIRの装備評価区画へ到着した時には、すでに複数部隊の参加要員が集まっていた。
前回より人数が多い。
WOLF PACKだけではない。
FJMGを構成する各専門任務部隊から、それぞれ異なる任務特性と身体構造を持つ兵士が選ばれている。
レイブンはSmart-Visorを装着しながら全体を見る。
人間種の兵士がいる。
猫系、犬狼系、狐系の亜人もいる。
翼を持つ鳥系の兵士は背部を大きく開けたUAES構成を使い、装備の多くを側腹部と腰部へ分散している。
角を持つ兵士のスマート・セル・ヘルメットは角基部へ触れない形で外殻が分かれ、その周囲へ防護構造が形成されていた。
少し離れた位置には、レイブンより頭二つ以上大きな体格の兵士がいる。
その身体へ装着されたモーフィング・アーマーは面積そのものが大きい。ただ拡大されただけではなく、重量を支えるフレームも太く、脚部への荷重が偏らないよう構造が変わっている。
そして、その横には四本の腕を持つ亜人兵士が立っていた。
レイブンの視線が止まる。
四本の腕そのものは珍しくない地域もあるが、FENRIRの共通装備体系へ本格的に組み込むとなれば話は別だった。
胸部へ通常の装具を置けば、下側の腕と干渉する。
脇腹へ寄せすぎれば上側の腕が届きにくい。
背中へ逃がせば携行品を自力で取り出せない。
UAESのモジュラー・ハーネスは、その身体を前提として装備を左右と腰部へ分散していた。
「見すぎだぞ」
Houndが横へ来た。
「観察してる」
「相手が気づいてる」
レイブンは四本腕の兵士を見る。
相手もこちらを見ていた。
「悪い」
「構わない」
低い声が返ってくる。
「俺もNoXを見ていた」
「俺を?」
「黒猫系亜人の指揮官がUAES評価に細かいと聞いた」
Houndが笑う。
「有名だな」
「嬉しくない」
「褒めている」
四本腕の兵士が言った。
「以前の装具よりはずっといい。だが、まだ俺の下腕を『追加の腕』として扱っている感じがある」
レイブンの表情が変わった。
「追加?」
「そうだ」
兵士は四本の腕をゆっくり動かした。
「俺にとっては全部が最初からある腕だ。上が標準で、下が追加じゃない」
レイブンはしばらくその動きを見る。
モジュラー・ハーネスは干渉を避けている。
しかし装備配置の思想そのものが、人間種の二本腕を基準にしたまま拡張されている部分が残っている。
「名前を聞いていい?」
相手が答えた。
レイブンはその名を聞き、頭の中に留めた。
正式な新規主要人物として扱う必要のない評価参加者だったが、その指摘は忘れるべきではなかった。
「今日、それを見よう」
「頼む」
「ただし俺たちが答えを決めるんじゃない。実際に使ってるあなたの感覚を優先する」
四本腕の兵士は頷いた。
「それなら参加した意味がある」
レイブンがWOLF PACKの位置へ戻ると、Cipherがすでに試験概要を表示していた。
「本日の評価は三段階です。移動、模擬接触、負傷者を想定した撤収までを連続して行います」
「勝敗評価は?」
「副次扱いです。主目的はUAESの多種族混成運用、Smart ARとの情報共有、装備損傷時の最低限機能維持です」
「RCAは?」
「補給互換確認のみ。射撃量を競う試験ではありません」
レイブンは頷いた。
「全員に伝える。速さを競わせるな」
「了解」
Houndが腕を組む。
「前回みたいに、誰か一人の身体へ全員を合わせるなってことだな」
「ああ」
レイブンは参加者たちへ向き直った。
「今日の目的は、全員が同じ動きをすることじゃない」
視線が集まる。
「翼がある者に地上要員と同じ経路を強制する必要はない。大柄な者を狭路へ押し込む必要もない。腕が多い者に二本腕用の動作を真似させる必要もない。違う動きをした結果、同じ目的へ到達できるかを見る」
少し間を置く。
「装備に違和感があれば言え。Smart ARの表示がおかしければ疑え。UAESが身体に合わないなら、身体の側を間違いだと思うな。今日は装備と運用を直すための試験だ」
Houndが小さく口笛を吹いた。
「教官っぽくなったな」
「黙ってろ」
参加者の何人かが笑う。
緊張が少し抜けた。
「開始する」
最初の移動区画は、低い建造物と狭い路地を組み合わせた市街地環境だった。
レイブンは先頭へ出なかった。
今日の目的は自分が最速で突破することではない。
各員がどの経路を選ぶかを見る必要がある。
Lynxが低い姿勢で路地へ入る。
猫系特有の柔軟な動きをUAESが妨げる様子はない。
Houndは別方向の広い通路を進み、大柄な兵士をそちらへ誘導する。
鳥系兵士は建物の上方へ移動した。
翼が広がる。
背部を開放したバイオ・タクティカル・ウェアとモーフィング・アーマーが翼基部を圧迫せず、装備は飛行姿勢へ追従する。
Smart AR上では、地上組と上空組の位置が同じ地図へ重なる。
だがレイブンは表示だけを見なかった。
頭上から羽ばたきの音。
右側からHoundの足音。
前方からLynxの短い報告。
耳で拾えるものは耳で拾う。
目で見えるものは目で見る。
Smart ARはその間を繋ぐ補助だった。
『上方、進路確保。次区画に模擬敵役を確認』
鳥系兵士から報告が入る。
「位置は?」
『表示送信』
レイブンの視界へ推定位置が重なる。
同時にLynxから別角度の観測が入った。
『確認。少し右へずれてる』
「表示補正。実観測優先」
Cipherが応じる。
『補正しました』
レイブンは全体を進ませた。
模擬射撃音が響く。
身体が自然に低くなる。
だが全員が同じ姿勢にはならない。
大柄な兵士は小さな遮蔽物へ無理に身体を押し込まず、より強固な壁面へ移る。
四本腕の兵士は上側の腕で身体を支えながら、下側の腕で装備へアクセスした。
その瞬間、レイブンの目が細くなる。
速い。
だが、腰部の装具が下側の右腕と一瞬干渉した。
「右下、引っかかった?」
『ああ。ほんの一瞬だ』
「続行できる?」
『できる』
「無理なら止めろ」
『問題ない。あとで直させる』
「そのための試験だ」
進む。
同じ部隊でありながら、動きはばらばらだった。
それでも情報は繋がっている。
目的地も共有されている。
誰かの速度が全体の基準ではない。
遅い者を置いていくのでもなく、速い者を無理に抑え込むのでもない。
速く動ける者は先を見て、重装備を持てる者は重量を引き受け、狭い場所へ入れる者はそこで働く。
それぞれの身体を役割へ変える。
レイブンはその光景を見ながら進んだ。
第二段階へ入ったところで問題が起きた。
大柄な兵士の左肩部でUAES警告が表示される。
『装甲支持、異常』
Cipherが即座に反応した。
『左肩フレームに応力集中。原因確認中』
「本人は?」
『動ける』
大柄な兵士本人が答える。
『痛みなし。ただし左腕を上げると抵抗がある』
レイブンは近づいた。
Smart AR上では左肩部が警告表示になっている。
外見上、大きな破損はない。
しかしフレーム内部で負荷が偏っている。
「続行させない」
『まだ動ける』
「身体じゃなく装備側の問題だ。無理して壊せば評価にならない」
レイブンはCipherへ向ける。
「自動再構成は?」
「局所的には可能。ただし大型フレームなので素材余裕が少ないです。完全復旧は無理です」
「なら応急だけ」
「了解」
装備内部の構造がゆっくり変わる。
損傷していない部位から利用可能な支持材が局所的に再配分され、左肩へ集中していた負荷が別の位置へ逃がされる。
警告は消えない。
黄色へ変わっただけだった。
「これ以上は?」
「整備が必要です」
「それでいい」
大柄な兵士がレイブンを見る。
『任務離脱か?』
「戦闘なら状況次第だ。今日は評価試験だから、ここから軽負荷へ移る」
『了解』
UAESは壊れない装備ではない。
壊れても一瞬で元通りになる装備でもない。
壊れた時に、完全な喪失へ至るまでの猶予を作る。
それが現場では大きい。
試験は続いた。
第三段階では模擬負傷者が設定された。
そこでSageの指摘が現実になった。
負傷者役は翼を持つ鳥系兵士だった。
地上要員が普段通りに身体を支えようとした瞬間、Sageが止める。
「翼基部へ手を入れないで。そこは本人に確認して」
「了解」
救護員が姿勢を変える。
UAESのモジュラー・ハーネスも搬送へ合わせて一部の配置を寄せたが、翼の可動域そのものは残されている。
Sageが本人へ尋ねる。
「右側は動かせますか?」
「動かせる」
「左は?」
「想定上は負傷。触らないでくれ」
「了解」
人間種の救護員がその会話を聞き、支える位置を変える。
レイブンは少し離れた場所から見ていた。
装備が変わるだけでは足りない。
使う人間も学ばなければならない。
同じことを何度も思う。
技術は判断の代わりにはならない。
訓練終了の合図が出た時、誰も最速記録を更新してはいなかった。
模擬敵役への評価も特別高くない。
それでもレイブンは悪い試験だったとは思わなかった。
参加者全員が戻ってきた。
そして、端末には大量の問題点が残った。
それこそが今日の成果だった。
評価室では、参加者たちがそれぞれ装備を外していた。
鳥系兵士が翼を広げ、羽毛の状態を確認する。
角を持つ兵士はスマート・セル・ヘルメットを外し、角基部に圧迫痕がないことを確かめる。
Houndは犬耳を何度か振った。
「蒸れる」
レイブンが見る。
「耳?」
「耳の根元」
「記録しろ」
「こんなのまで?」
「長時間使えば集中力に響く」
「細けえ」
「言ったのはお前だろ」
「そうだけどよ」
Houndは端末へ入力した。
Lynxが横から覗き込む。
「『蒸れる』だけ?」
「分かりやすいだろ」
「技術班が泣くわよ」
「じゃあ『長時間装着時、耳基部の放熱不足』」
「最初からそう書きなさい」
「お前ら真面目だなあ」
少し離れた場所で、四本腕の兵士がハーネスを見ていた。
レイブンが近づく。
「どうだった?」
「悪くない」
「でも?」
「下腕が装備へ届く時、まだ一度だけ上腕を避ける動作が必要になる」
「それは身体の問題じゃない」
「ああ」
「配置を変える」
兵士はレイブンを見る。
「『下腕を使わなければいい』とは言わないんだな」
「言う理由がない」
「以前は言われた」
レイブンは少し黙った。
「俺たちは言わない」
「そうしてくれ」
「ただ、全部の要求を実現できるとは約束しない」
「それでいい」
相手は四本の腕のうち一本を差し出した。
レイブンが握る。
「無理なものは無理と言ってくれ。その代わり、俺の身体が悪いとは言わないでくれ」
「約束する」
握手を終える。
レイブンは評価室を見渡した。
違う身体。
違う感覚。
違う動き。
それでも、同じ場所へ帰ってきた。
夕方。
クロウ家の玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり」
エリシアの声が返った。
レイブンは任務用ケースを置き、手を洗って居間へ入る。
エリシアがリリアを抱いている。
ルークはヴァルターの腕の中にいた。
レイブンが止まる。
「父さん?」
「何だ」
「いつ来たの」
「昼過ぎだ」
「無理してない?」
「孫を抱いているだけだ」
「腕、疲れたらすぐ言えよ」
「お前は俺の父親か」
「医者の指示を守らないからだろ」
ヴァルターが呆れた顔をする。
エリシアは笑っていた。
「今日はお義父様にかなり助けてもらったわ」
「本当に?」
「お前より上手いぞ」
「それは前にも聞いた」
「なら覚えろ」
レイブンはヴァルターからルークを受け取った。
「おかえり、ルーク」
「それ、帰ってきたのはあなたの方よ」
エリシアが言う。
「細かいな」
「あなたが言う?」
レイブンは答えず、息子を抱いたまま椅子へ座った。
「今日どうだった?」
「全員違った」
エリシアが首を傾げる。
「それが感想?」
「一番大事なところ」
レイブンは今日の訓練を思い出す。
「翼がある奴とない奴じゃ移動経路が違う。大柄な兵士は狭い場所に向かない。でも重量を持たせれば強い。四本腕なら装備へのアクセス方法そのものが違う。同じ動きをさせたら、むしろ弱くなる」
「だから違うまま使う?」
「ああ」
「UAESで全部解決した?」
「全然」
レイブンは即答した。
「むしろ問題が増えた」
ヴァルターが横から笑う。
「良い装備だな」
「何で?」
「問題が見えるようになったなら、それまで無視していた問題を拾えるようになったということだろう」
レイブンは父を見る。
「……そういう考え方もあるか」
「教官を舐めるな」
「舐めてないよ」
ヴァルターはルークを見た。
「装備が変わったところで、兵士が同じ人間になるわけではない。昔からそうだ」
「人間種だけじゃないけど」
「言葉の綾だ」
「父さんも更新しないとな」
「うるさい」
エリシアが吹き出した。
リリアがその声へ反応して小さく身体を動かす。
レイブンの視線が娘へ向く。
「今日もよく泣いた?」
「朝ほどじゃないわ」
「ルークは?」
「午後はほとんど寝てた」
「そうか」
レイブンは息子の黒い猫耳を見る。
同じ黒猫系亜人。
同じクロウの名。
不老不死性さえ受け継いでいる。
それでも、ルークは自分ではない。
リリアもエリシアではない。
同じ家族だからといって、同じ歩幅で進む必要はないのだろう。
「父さん」
ヴァルターがレイブンを見る。
「何だ」
「俺とルナが小さい頃、同じように育てた?」
ヴァルターは少し考えた。
「同じように愛した」
「育て方は?」
「違った」
「やっぱり?」
「当たり前だ。お前とルナは性格が違う」
ヴァルターは椅子の背へ身体を預けた。
「お前は納得するまで聞く。ルナは一度自分でやってみてから聞く。同じ説明をしても受け取り方が違った」
「覚えてる?」
「親は案外覚えているものだ」
「俺、そんなに面倒だった?」
「かなり」
「即答するなよ」
「事実だ」
レイブンが顔をしかめる。
エリシアは笑いながら尋ねた。
「じゃあ、リリアとルークも違う育て方になるんでしょうね」
「なるだろう」
ヴァルターが答える。
「同じ家に生まれたからといって、同じ人間にはならん」
レイブンは黙ってその言葉を聞いた。
今日の訓練場で何度も考えたことと、よく似ていた。
同じ装備規格だから同じ身体ではない。
同じ部隊だから同じ動きではない。
同じ家族だから同じ人生でもない。
共通しているものは、違いを消すためにあるのではない。
違うまま一緒にいられるようにするためにある。
夜になり、ヴァルターが帰った後、クロウ家は少し静かになった。
レイブンは子供たちが眠っていることを確認してから、任務端末を開く。
今日の試験結果が届いていた。
UAESの多種族混成評価は継続。
個別調整だけでなく、部隊運用そのものを見直す必要がある。
そこまでは予想通りだった。
しかし最後に添付された一件の文書で、レイブンの指が止まった。
FJMG内部評価だけではない。
ヴァルグラント王政連合から、UAES共同評価への参加打診が届いていた。
さらに、日本側からも災害救助装備への応用可能性について技術協議を希望する連絡がある。
レイブンは画面を見つめた。
RCAが弾薬を繋いだ。
Smart ARが情報を繋いだ。
UAESが身体と装備を繋ごうとしている。
その三つが、FENRIR内部だけではなく、異なる国家の間へ広がり始めていた。
だがレイブンはすぐに承認欄へ触れなかった。
国が増えれば要求も増える。
軍事思想も違う。
装備規格も違う。
そして何より、UAESの基本原則が「効率」という言葉だけで削られる可能性もある。
レイブンは返信欄を開いた。
『共同評価そのものには賛成する。ただし、身体差を規格へ従属させる方向への変更は認めない。各国・各種族の実使用者を評価に参加させること』
送信する。
その直後、寝室から小さな声が聞こえた。
リリアだった。
レイブンは端末を閉じる。
エリシアも起きたらしく、廊下の向こうから足音がする。
「私が見るわ」
「今日は俺が先」
「競争じゃないのよ」
「知ってる」
二人で寝室へ入る。
リリアは目を覚ましている。
ルークはまだ眠っていた。
レイブンが娘を抱き上げる。
「今日はお前か」
「毎日どっちかね」
「そのうち二人とも走り回るんだろうな」
「まだ先よ」
「分かってる」
レイブンはリリアを抱いたまま、ゆっくり室内を歩いた。
歩幅は小さい。
戦場で仲間と進む時とは比べものにならないほど遅い。
それでも今は、その速度でいい。
相手に合わせる。
必要なら自分の方が歩幅を変える。
その日の訓練で学んだことを、レイブンは家庭へ持ち込もうとしたわけではなかった。
ただ、同じ答えにたどり着いただけだった。
違う者同士が一緒に進むために必要なのは、誰か一人を基準にすることではない。
互いの違いを知り、その時々で歩幅を変えながら、同じ場所へ帰れる道を残しておくことだった。
リリアの声が少しずつ静かになる。
レイブンは歩く速度をさらに落とした。
その隣をエリシアが歩き、眠っているルークを見守っている。
外の世界では、FENRIR、ヴァルグラント王政連合、そして日本へとUAESを巡る新しい協力の輪が広がり始めていた。
だがクロウ家の夜は変わらない。
今夜も父と母は、二人の子供に合わせて歩いていた。




