Season 7「停戦線」 #129
第129話「雪夜に生まれた二つの声」
それから一年が過ぎた。
港湾自由都市フェルガリアの朝は、かつて軍港だった頃とは比べものにならないほど多くの言葉で始まるようになっていた。帝国語と連邦共和国の共通語だけではなく、ヴァルグラント王政連合から派遣された技術者や連絡将校の言葉が飛び交い、日本から来た技術協力要員の声も混じる。軍人の姿は依然として多いものの、彼らと同じくらい復興技術者、研究者、港湾作業員、商人、行政官、そして家族連れの民間人が街を歩いていた。
第二次異界大戦終結の象徴として名付けられた港湾自由都市フェルガリアは、ようやく「基地を抱えた都市」ではなく「基地とともに暮らす都市」へ変わり始めていた。
そして、その変化を最も分かりやすく示していたものの一つが、人々の目元にあった。
眼鏡に近い形状の透過型端末。
**Smart-Visor。**
思念伝達の解析から始まったSmart AR技術は、一年前には研究室の壁の中へ味方を表示していた。
今は違う。
FENRIRでの実証試験を重ねた結果、使用者が共有すると意識した位置や警告を魔導信号として受け取り、地図、外部観測情報、味方から提供された情報と統合し、視界へ重ねるところまで実用化されていた。
完全な透視ではない。
未来を予測する装置でもない。
表示には誤差がある。
妨害や地形、観測不足によって情報が欠落することもあり、使用者自身の視覚や聴覚、判断を代替するものではなかった。
それでも、一年前とは比較にならない。
FENRIRを軸に帝国、連邦共和国、ヴァルグラント王政連合で採用が始まり、日本でも協定に基づく相互運用試験と災害対応用途を中心に運用が進められている。
戦争のためだけではなかった。
崩落した建物で救助者の位置を共有する。
山岳地帯で捜索隊同士の位置を確認する。
港湾作業で危険区域を示す。
異なる言語を使う者同士が、意図して共有した簡単な情報を視覚的に補完する。
戦争中に敵同士だった国々が共同で育てた技術が、今では人を生かして帰すために使われ始めていた。
その日の午後も、レイブン・S・クロウ〔無名〕はフェルガリアのFENRIR訓練区画にいた。
「表示を見る前に耳を使え」
若い隊員が装着したSmart-Visorを指で示しながら、レイブンは言った。
「端末が右と言っても、左から足音が聞こえたなら左を確認しろ。情報が食い違った時に機械へ判断を丸投げするな。これはお前の目を増やすための補助であって、お前の頭を置き換えるものじゃない」
「了解!」
「それと猫系亜人は耳を塞ぐな。せっかく眼鏡型にした意味がなくなる」
「了解!」
少し離れた場所でHoundが笑っていた。
「一年経ってもそこ言うんだな」
「一年かけて耳を塞がない形にしたんだぞ」
「NoXがしつこすぎて技術班が折れたって聞いたけど」
「現場要求と言え」
レイブン自身もSmart-Visorを装着している。
黒い猫耳は完全に露出し、周囲の音を拾っていた。
その耳が突然、個人端末の着信音を捉えた。
「NoX」
Houndも気づいた。
「私用回線じゃないか?」
「ああ」
レイブンは端末を見る。
表示された名前はエリシアだった。
だが本人からではない。
緊急通知が付いている。
嫌な感覚が背筋を走った。
「エリシア?」
通信を開く。
返ってきたのは医療関係者の声だった。
『レイブン・S・クロウさんですね』
「はい」
『エリシア・L・クロウさんが先ほど倒れられました』
レイブンの身体が固まった。
「何があった」
『意識はあります。妊娠経過から見て、出産に伴う可能性が高い状態です。現在、医療施設へ搬送しています』
「予定より――」
『多少前後していますが、出産可能な時期に入っています』
その言葉を理解した瞬間、レイブンの頭から訓練予定が全部消えた。
「すぐ行きます」
通信を切る。
Houndがこちらを見る。
「Valkyrie?」
「出産だ」
「……今?」
「今」
「何してる。行け!」
「引き継ぎ――」
「俺がやる!」
「でも――」
「一年も前に同じこと言っただろ!」
Houndがレイブンの背中を押した。
「部隊は指揮官一人いなくなったくらいで止まらねえ! 今日はNoXじゃなくて夫やってこい!」
レイブンは一瞬だけHoundを見る。
「……頼む」
「任せろ」
レイブンは走り出した。
◇
雪が降り始めていた。
大粒ではない。
静かな雪だった。
フェルガリアを離れた頃にはまだ地面へ触れると溶けていたものが、病院へ到着する頃には屋根や街路樹へ薄く積もり始めていた。
レイブンが病院へ駆け込むと、すでにルナがいた。
「兄様!」
「エリシアは?」
「分娩室です。意識はあります。先生からは経過を見ながら進めると」
「会える?」
「今は待ってほしいそうです」
レイブンは分娩室へ続く廊下を見る。
Smart-Visorを外した。
今日だけは、どんな情報が表示されても役には立たない気がした。
待合室へ座る。
三十秒もしないうちに立つ。
「兄様」
「何?」
「座ってください」
「落ち着かない」
「去年もエリシア姉様に同じことを言われてませんでした?」
「覚えてない」
「私は覚えてます」
仕方なく座る。
足が動く。
「兄様」
「足くらいいいだろ」
「床が揺れそうです」
「そんなに動かしてない」
「動かしてます」
ルナは兄を見て、少しだけ笑った。
「戦場より緊張してます?」
「比べるな」
「してるんですね」
「戦場なら俺が何かできる」
レイブンは分娩室の方向を見る。
「今は何もできない」
「待つことができます」
「それが一番苦手なんだよ」
「知ってます」
二人はしばらく黙った。
時計の針が進む。
窓の外では雪が増えている。
やがてルナが口を開いた。
「名前、決めました?」
「……まだ」
「兄様」
「候補はある」
「一年あったんですよ?」
「エリシアと話してたら候補が増えすぎたんだよ」
「何個ですか?」
「聞くな」
「そんなに?」
「お前も候補出しただろ」
「叔母ですから」
「まだ生まれてないのに叔母の権利を最大限使ってるな」
ルナが隣へ座り直す。
「女の子と男の子、一人ずつなんですよね」
「ああ。最後の検査でもその可能性が高いって」
「女の子は?」
レイブンは少し考える。
「エリシアは柔らかい響きの名前がいいって言ってた」
「兄様は?」
「クロウ家らしい名前」
「黒猫っぽい名前ですか?」
「そこまで露骨じゃない」
「男の子は?」
「父さんから候補が大量に来た」
「お父様らしいですね」
「軍人みたいな名前が多すぎる」
ルナが吹き出した。
「絶対そうだと思いました」
「エリシアのお母さんからも候補来てる」
「ヴォルハラム家側ですね」
「ああ。こっちは由緒がありすぎて重い」
「兄様、贅沢です」
「子供が一生使うんだぞ。悩むだろ」
ルナは少し黙った。
「セレナお母様なら、何て付けたでしょうね」
レイブンの表情が静かになる。
「分からない」
「聞いてみたかったです」
「俺も」
雪が窓を流れていく。
「でも」
レイブンが続けた。
「母さんなら最後に『二人で決めなさい』って言うと思う」
「言いそうです」
「祖母ちゃんは勝手に呼び名付けそう」
「それも分かります」
二人は笑った。
悲しみを消す笑いではなかった。
亡くなった家族を、亡くなった瞬間だけで覚えないための笑いだった。
◇
病院の廊下に、慌ただしい足音が響いた。
レイブンとルナが同時に振り向く。
「レイブン!」
聞き慣れた声だった。
「父さん」
ヴァルター・クロウが来た。
「走ったの?」
「走ってない」
「息切れてるだろ」
「階段だ」
「無茶するなって言われてるだろ!」
「孫が生まれる時にゆっくり歩いていられるか!」
「生まれる前に祖父が倒れたらどうするんだよ!」
「縁起でもないことを言うな!」
いつもの親子のやり取りが始まったところで、もう一人が後ろから姿を現した。
銀白の猫耳。
エリシアとよく似た色合いの髪。
年齢を重ねていても、その顔立ちには娘の面影がはっきり残っていた。
レイブンは姿勢を正す。
「お義母さん」
エリシアの母だった。
連絡を受け、ヴォルハラム家から急いで駆けつけてきたのだ。
「レイブン」
「はい」
「エリシアは?」
「分娩室です。まだ詳しいことは――」
「そう」
彼女は分娩室へ続く扉を見た。
母親としての不安が表情に浮かんでいる。
それでも取り乱さなかった。
「あなたも座りなさい」
「え?」
「顔が真っ青よ」
ヴァルターが頷く。
「俺もさっきからそう思っていた」
「父さんもだからな」
ルナが小さく笑った。
「二人とも座ってください」
結局、ヴァルターとレイブンは並んで座らされた。
エリシアの母はその向かい。
ルナは兄の隣。
奇妙な待合室だった。
クロウ家。
ヴォルハラム家。
二つの家族が、二つの新しい命を待っている。
「名前は決めたのか」
ヴァルターが突然聞いた。
「今その話してた」
「俺が送った候補は?」
「半分くらい軍艦か軍人みたいだった」
「強そうでいいだろ」
「子供だぞ」
「強く育て」
「生まれる前から訓練始めるな」
エリシアの母が呆れたようにヴァルターを見る。
「あなた、孫を兵士にするつもり?」
「本人が望まない限りはさせん」
答えだけは即座だった。
レイブンが父を見る。
ヴァルターは続ける。
「軍人になるかどうかは自分で決めればいい。俺たちの戦争を、子供に引き継がせる必要はない」
その言葉に、待合室が少し静かになった。
レイブンは頷いた。
「俺もそう思う」
「なら名前くらい自由に付けろ」
「父さんが一番候補送ってきただろ」
「参考資料だ」
「多すぎるんだよ」
エリシアの母が小さく笑った。
「エリシアも候補を考えていたわ」
「聞いてます」
「小さい頃から名前にはこだわる子だったのよ。人形一つに名前を付けるのにも三日悩んでいたもの」
「……だから決まらなかったのか」
「レイブン?」
「いえ、何でも」
義母に睨まれ、レイブンは姿勢を正した。
ルナが隣で笑いを堪えている。
◇
時間が進んだ。
夕方だった空は完全に暗くなり、病院の外には白い雪が積もっていく。
医療スタッフが何度か出入りした。
経過について説明があるたび、レイブンは立ち上がった。
エリシアは頑張っている。
子供たちも生きている。
それだけを確認する。
双子の出産は慎重な管理を必要とした。
レイブンには医療の専門知識はない。
だから余計な判断をしなかった。
医師と助産にあたる者たちを信じるしかない。
それでも、扉の向こうからエリシアの声が聞こえるたび、黒い猫耳が反射的にそちらへ向いた。
「レイブン」
義母が呼ぶ。
「はい」
「あの子は強いわ」
「知ってます」
「でも強いから心配しなくていい、という意味じゃない」
レイブンは彼女を見る。
「怖い時には、怖がっていいのよ」
その言葉は、どこかセレナに似ていた。
「……はい」
レイブンはようやく背もたれへ身体を預けた。
隣ではヴァルターが目を閉じている。
「父さん、苦しい?」
「違う」
「本当に?」
「少し疲れただけだ」
「帰って休んでも――」
「帰るわけないだろ」
「だと思った」
ヴァルターが目を開ける。
「レイブン」
「何?」
「お前が生まれた時も、こんな感じだった」
レイブンが父を見る。
「そうなの?」
「もっと酷かった」
「何が?」
「俺が」
ルナが思わず笑う。
「お父様も落ち着かなかったんですか?」
「落ち着いていた」
「嘘つけ」
「お前は覚えてないだろう」
「当然だよ、生まれた直後だぞ」
ヴァルターは少し笑った。
「セレナに後で言われた。廊下を何十回往復したってな」
「俺と同じじゃん」
「お前ほどではない」
「絶対同じだ」
「親子ね」
エリシアの母が言った。
誰も否定できなかった。
◇
時計の針が、日付の境界へ近づいていく。
雪はまだ降っていた。
街の音は遠い。
病院の窓の向こうで、街灯に照らされた雪だけが静かに落ち続けている。
レイブンは時計を見るのをやめた。
何度確認しても時間は早くならない。
ルナは兄の隣で両手を組んでいる。
ヴァルターは杖を使うほどではないと言い張っていたが、立ち上がる回数は明らかに減っていた。
エリシアの母も黙って扉を見ている。
誰も名前の話をしなくなった。
今はただ、生まれてきてほしかった。
レイブンは自分でも気づかないうちに、母の遺書を思い出していた。
帰ること。
生きること。
残された人を一人にしないこと。
先に行った人のところへ急がないこと。
母はもういない。
祖母もいない。
だが父はいる。
ルナがいる。
エリシアがいる。
そして今、その向こうに二人が加わろうとしている。
死によって家族が減った時間の後に、命によって家族が増える時間が来ている。
片方がもう片方を帳消しにするわけではない。
悲しみは残る。
喜びも新しく生まれる。
人の生とは、おそらくその両方を抱えて続いていくものなのだろう。
扉の向こうが急に慌ただしくなった。
レイブンの黒い猫耳が立つ。
「兄様」
「ああ」
ルナも立ち上がった。
ヴァルターも立とうとする。
「父さん、ゆっくり」
「分かってる」
誰も扉へ近づかなかった。
邪魔をしてはいけない。
待つ。
ただ待つ。
レイブンは拳を握った。
戦うためではない。
何かに耐えるためだった。
そして――
雪の降る夜の静けさを破るように、扉の向こうから小さな声が響いた。
泣き声。
レイブンが息を止める。
高く、小さく、それでもはっきりと生きている声だった。
「……生まれた?」
ルナが呟く。
誰も答えられない。
レイブンの目が潤む。
ヴァルターが口元を押さえた。
エリシアの母が目を閉じる。
だが、それで終わらなかった。
少しの間を置いて――もう一つ。
最初とは僅かに違う、小さな泣き声が重なった。
二つ。
確かに二つだった。
レイブンの金色と黒のオッドアイから、涙が落ちた。
「……二人とも」
声が震えた。
「生まれた」
ルナは両手で口を覆い、泣きながら笑っていた。
「兄様……!」
ヴァルターは何も言わない。
ただ扉を見つめていた。
やがて、低い声が漏れる。
「セレナ」
その名前を聞いて、レイブンが父を見る。
「聞こえたか」
ヴァルターの頬にも涙があった。
「俺たちの孫だ」
窓の外では、雪が静かに降り続けている。
時計の針が日付を越えた。
第二次異界大戦が終わり、フェルガリアが生まれ、かつて敵だった国々が同じSmart ARを使い始めた時代。
その大きな歴史とは無関係であるかのように、小さな二つの声が病院の一室から響いていた。
◇
しばらくして、医師が出てきた。
レイブンは誰より早く立ち上がった。
「妻は?」
「大丈夫です」
その一言で膝から力が抜けそうになった。
「子供は?」
「二人とも無事です」
レイブンは目を閉じた。
深く息を吐く。
戦場から帰還した時とは違う安堵だった。
「会えますか?」
「少し待ってください。お母さんもかなり疲れていますから」
「はい」
珍しく素直だった。
医師が去った後、ヴァルターが息子の肩へ手を置いた。
「おめでとう、レイブン」
「……ありがとう」
「父親だな」
「ああ」
「二人の」
「もうそれ何回目だよ」
「何度言っても実感がない」
「俺も」
ルナが涙を拭きながら笑った。
「名前、どうするんです?」
レイブンは止まった。
「……まだ決まってない」
「兄様!」
「今決める!」
「一年あったでしょう!」
「候補が多いんだよ!」
エリシアの母まで笑った。
ヴァルターが腕を組む。
「俺の案を使えばいい」
「それは最後の手段」
「何が不満だ」
「軍人っぽすぎる」
「強い名前はいい名前だ」
「この子たちが軍人になるとは限らないって、父さんが言ったんだろ」
「それとこれは別だ」
「別じゃない!」
雪夜の病院に、久しぶりにクロウ家の騒がしい声が響いた。
◇
やがてレイブンは一人で病室へ通された。
エリシアは疲れ切っていた。
銀白の猫耳も力なく横へ倒れている。
それでも、レイブンを見た瞬間に笑った。
「遅い」
「ごめん」
「待ったわよ」
「……俺も」
ベッドの近くには、二つの小さな命がいた。
レイブンは近づいた。
足が止まる。
「小さい……」
「赤ちゃんだもの」
「知ってるけど」
片方が僅かに動く。
もう片方も小さな手を握っている。
「女の子と男の子」
エリシアが静かに言った。
「二人とも無事」
「うん」
レイブンはそれしか言えなかった。
戦場では状況を言葉にできた。
敵の位置。
味方の状態。
残弾。
退路。
必要な支援。
だが今、目の前にいる二人については何も言葉が出てこない。
エリシアがそんな夫を見て笑う。
「抱いてみる?」
「俺が?」
「父親でしょう」
「壊れない?」
「物じゃないのよ」
「分かってる。でも小さい」
「看護師さんに教えてもらって」
レイブンはこれまで数え切れないほど多くの装備を扱ってきたが、これほど慎重に腕を動かしたことはなかった。
支えてもらいながら、まず一人を抱く。
軽い。
温かい。
そして、生きている。
小さな身体が呼吸している。
レイブンの腕の中で、赤ん坊が僅かに顔を動かした。
「……俺の子?」
「まだ信じてないの?」
「信じてる」
レイブンは泣きながら笑った。
「ただ、実感が追いつかない」
エリシアの目にも涙が浮かぶ。
「私もよ」
レイブンは赤ん坊を見る。
この子は第一次異界大戦を知らない。
帝国と連邦共和国が憎み合っていた時代も知らない。
第二次異界大戦の砲声も知らない。
それでいい。
知らなくていいのだ。
必要なら自分が話せばいい。
何があったのか。
何を間違えたのか。
どうやって終わらせたのか。
その記憶を背負わせるためではなく、同じことを繰り返さなくてもいいように。
「レイブン」
「うん」
「名前」
レイブンは妻を見る。
「二人で決めよう」
「今度こそ?」
「今度こそ」
エリシアが微笑んだ。
レイブンは腕の中の小さな命へ視線を戻す。
窓の外では雪が降っていた。
白い夜だった。
かつて母を失い、祖母を見送り、父から「生き続けろ」と教えられた黒猫は、今度は自分の腕の中で始まったばかりの人生を見つめていた。
生き続ける博物館。
父がそう呼んだ自分の役目が、少しだけ分かった気がした。
過去を保存するだけでは足りない。
記憶を未来へ渡し、その未来が自分とは違う道を選ぶことを受け入れる。
そして何より、歴史になる前の一日一日を家族として生きる。
レイブンは小さな手へ指を近づけた。
赤ん坊の指が、彼の指を握った。
力などほとんどない。
それでもレイブンには、離せないほど強く感じられた。
「初めまして」
声が震えた。
「父さんだ」
隣では、もう一人の子が小さく声を上げた。
エリシアが笑う。
雪の降る夜。
日付が変わったばかりの世界に、二つの命が加わった。
戦争を知らない世代として。
クロウとヴォルハラム、二つの家族から命を受け継ぐ子供たちとして。
そしてレイブンたちが守ろうとしてきた「帰った後の世界」を、これから自分たちの足で生きていく者として。
クロウ家の新しい夜は、二つの産声から始まった。




