Season 5「境界の兆候」 #101
第101話「勝利の向こう側」
ベルガの朝は、戦闘が終わった翌日になっても静かではなかった。
砲声こそ遠ざかっていたが、街の西側ではDVERGRの工兵車両が瓦礫を動かし、応急復旧された道路ではBIFROSTの輸送車列が途切れることなく往復している。学校の校庭にはIDUNNの臨時医療区画が残され、市役所から救出された住民の一部はそこで治療を受けていた。
南方の河川では、前日の雨によって増していた水位がゆっくりと下がっている。
ベルガは取り戻された。
しかし、取り戻した町を再び人が暮らせる場所へ戻す仕事は、戦闘が終わった瞬間から始まっていた。
レイブン・S・クロウ〔無名〕は、旧鉄道管理局の屋上からその光景を眺めていた。
左腕にはまだ包帯が巻かれている。
傷そのものは異常な速さで塞がっていたが、フィーナ《Sage》からは今日いっぱい激しい運動を避けるよう言い渡されている。
もちろん。
それを素直に守るかどうかについて、WOLF PACKの仲間たちは誰一人として信用していなかった。
「何してる?」
背後から声がした。
レイブンは振り返らない。
「見てる」
「それは分かる」
ガイル・ベッカー《Hound》が隣まで歩いてくる。
「何をだよ」
「町」
「感想は?」
レイブンは少し考えた。
「勝った感じがしない」
ガイルは意外そうな顔をした。
「ベルガ取っただろ」
「取ったよ」
道路を見下ろす。
そこでは連邦共和国兵とDVERGRの工兵が一緒になって倒れた標識を立て直している。
「でも、壊れてる」
「ああ」
「家も道路も橋も壊れてる。死んだ人もいるし、まだ病院にも残ってる。敵は東へ逃げただけだ」
「それでも昨日よりはましだろ」
レイブンはガイルを見る。
ガイルは肩をすくめた。
「俺たちは神様じゃない。全部元通りにしてから勝ったことにしろって言われたら、いつまで経っても勝てねえよ」
「お前、たまにいいこと言うな」
「たまにって何だ」
「普段との落差が」
「殴るぞ」
「左腕はやめろよ」
「右ならいいのか?」
レイブンが笑った。
その時、屋上の扉が開いた。
「NoX」
ノア・ヴェルナー《Cipher》だった。
顔を見れば分かる。
休憩を告げに来たわけではない。
「HUGINNから?」
「うん」
「《鉄血の伯爵》?」
「それもある」
ノアは端末を渡した。
「でも、先に見てほしいものがある」
レイブンが画面を見る。
表示されていたのは、RATATOSKRが夜間に記録した敵占領地域の観測結果だった。
ベルガから東へ伸びる街道。
その先には複数の橋がある。
「敵が後退した場所?」
「そう」
「何か変?」
「橋が残ってる」
レイブンは顔を上げた。
「全部?」
「確認できた範囲では」
ガイルが横から端末を覗く。
「逃げるなら落とすだろ、普通」
「俺たちもそう考えた」
ノアは別の画像を表示する。
「しかも道路まで使える」
ベルガで敗れた敵は、東へ撤退した。
追撃を遅らせるだけなら、橋を破壊し、道路を塞ぎ、後退しながら障害を残せばいい。
ところが。
敵はそうしていない。
むしろOperation HOMECOMINGが東進しやすい状態を残している。
「誘ってるな」
ガイルが言った。
レイブンは答えなかった。
〔殺気看破〕は何も反応しない。
当然だった。
写真の向こうに殺気はない。
敵が何を考えているかを読み取る能力でもない。 黒猫年代記_全話適用_統合コアバイブル_最新版
「可能性は高い」
レイブンはようやく答えた。
「でも、そう思わせるために橋を残してる可能性もある」
「二重の罠?」
「罠があると思わせて進軍を止めるなら、それも立派な遅滞だろ」
ノアが頷いた。
「HUGINNも同じ見解。だから、今のところ前進命令は出てない」
「それでいい」
レイブンは端末を返した。
「ベルガを取った翌日に、敵が用意してくれた道を走る理由はないよ」
ガイルが笑った。
「本当に成長したな」
「お前まで父親みたいに言うな」
「昔ならもう偵察に出てただろ」
「否定できないのが腹立つ」
レイブンは東を見た。
ベルガの向こうには、まだ広大な連邦共和国の失地が残されている。
Operation HOMECOMINGは始まったばかりだった。
そして。
その先で待っている敵は。
こちらが急ぐことまで利用しようとしている。
◇
旧ベルガ市立病院への進入は、同日午前から始まった。
エリシア・L・クロウ〔戦乙女〕は病院そのものを攻撃しなかった。
上層階には敵兵が残っている。
地下には患者と医療関係者がいる。
その状況で建物を火力によって制圧すれば、救出対象まで巻き込む可能性があった。
「西棟側は?」
『敵影なし。ただし術式反応は残っています』
「触らないで」
『了解』
エリシアは向かい側の建物から病院を観察していた。
前日から気になっていた。
敵の魔力が。
病院の複数箇所へ集中している。
攻撃術式ではない。
障壁に近い。
だが。
守っている対象が分からない。
「Valkyrie」
副官が地図を持ってくる。
「地下へ続く搬入口を確認しました」
「敵は?」
「見当たりません」
「見当たらない、ね」
エリシアは考えた。
敵が病院を占拠している。
こちらが民間人救出を優先することも理解している。
ならば。
空いている入口ほど疑うべきだった。
「正面から入りません」
「では?」
「地下にいる人たちと先に連絡を取る」
「方法は?」
「病院なら外部と繋がるものがあるでしょう」
副官が少し考える。
「配管?」
「それもある。でも、もっと簡単なもの」
エリシアは病院の側面を見る。
「非常用の連絡設備」
戦争以前の病院図面がHUGINNから送られてくる。
敵が魔法文明の軍隊だからといって。
こちらまで魔法だけで考える必要はない。
古い設備でも。
使えるものなら使う。
それがFENRIRだった。
EINHERJARの隊員が病院裏手へ回る。
しばらくして。
地下防災区画へ繋がる旧式の外部端子が発見された。
生きている保証はない。
それでも接続を試す。
数秒。
何も聞こえない。
さらに数秒。
雑音。
そして。
『……誰か……いるのか?』
声だった。
エリシアの表情が変わる。
「こちらFENRIR、EINHERJAR。聞こえますか?」
沈黙。
やがて。
『……聞こえる』
「地下に何人います?」
『患者二十七……医師四、看護要員七……他にも職員がいる』
「負傷者は?」
『ほとんどが動かせない』
「敵兵は地下に?」
返答が遅れた。
『……いない』
エリシアは眉を寄せる。
「上には?」
『いる』
「何をしているか分かりますか?」
再び沈黙。
今度は。
長かった。
『何かを……地下へ運び込もうとしていた』
エリシアの目が細くなる。
「何を?」
『分からない。だが昨日から、上の階で床を壊している』
病院。
敵。
地下。
そして。
複数の障壁。
エリシアはすぐに回線を変えた。
「ValkyrieよりHUGINN。病院地下構造を再確認してください。敵が何かを設置している可能性があります」
『了解』
「それからNoXへ」
一瞬迷う。
しかし。
今回は。
呼ぶべきだった。
「WOLF PACKの支援を要請します」
◇
南の河川では。
ルナ・S・クロウ〔夜〕が水面を見つめていた。
STYXの損傷艇はすでに後方へ送られている。
代わりに別の舟艇へ移ったルナは、前日に《アビス・クラーケン》が消えた地点まで戻っていた。
追跡ではない。
確認だった。
「Otter」
「反応なしです」
「昨日の痕跡は?」
「下流方向」
水面は穏やかになりつつある。
前日の濁流も弱まっていた。
だからこそ。
見えるものがある。
「Marlin」
「はい?」
「右へ寄せてください」
艇がゆっくりと河岸へ近づく。
ルナは水面を覗き込んだ。
泥の中。
何かが沈んでいる。
「止めて」
Otterも気づいた。
「人工物?」
「たぶん」
回収要員が確認へ向かう。
しばらくして。
泥に覆われた物体が甲板へ引き上げられた。
金属ではない。
石にも見える。
だが。
表面に刻まれている模様は自然物ではなかった。
魔導刻印。
「これ……」
Sirenが覗き込む。
ルナは触らなかった。
「HUGINNへ画像を」
「了解」
「Falconにも」
「これが怪物を?」
「まだ分かりません」
ルナは即座に否定した。
「でも、昨日あの生物がいた場所の近くに、これが沈んでいたのは事実です」
敵が。
《アビス・クラーケン》を直接操っていたのか。
餌のようなものを使って誘導したのか。
あるいは。
全く別の目的を持つ装置なのか。
答えはまだない。
「Nyx」
Marlinが尋ねる。
「もし、これが誘導装置だったら?」
ルナは川を見る。
「STYXの戦い方を変えます」
「水路を使わない?」
「逆です」
ルナは首を振った。
「もっと水路を知らないといけなくなります」
敵が水を利用するなら。
水を捨てるのではない。
相手より深く理解する。
それが。
STYXの答えだった。 黒猫年代記_全話適用_統合コアバイブル_最新版
◇
正午。
ベルガ旧鉄道管理局。
レイブンはエリシアから届いた病院情報を読んでいた。
「地下へ何かを運ぼうとしてた?」
「そうみたい」
通信越しのエリシアが答える。
『それと、病院内部に複数の障壁術式がある』
「爆発物?」
『分からない』
「だから俺たち?」
『そう』
レイブンは立ち上がる。
フィーナが即座に見る。
「NoX」
「今度は呼ばれた」
「腕」
「走らない」
「本当に?」
「……なるべく」
「NoX」
「走りません」
ガイルが吹き出す。
「夫婦よりSageの方が強いんじゃねえか?」
通信越しにエリシアが答えた。
『それ、あとで私にも詳しく聞かせて』
「Hound」
「はい?」
「逃げよう」
「賛成」
『聞こえてるわよ』
短い笑いが生まれた。
しかし。
レイブンがISG-42A3《RAVEN》を手にすると。
WOLF PACKの空気は自然に変わった。
病院。
民間人。
未知の術式。
敵兵。
単純な殲滅戦ではない。
「LynxとHawkは外から見る。CipherはHUGINNとValkyrieを繋いで。GrizzlyとHoundは俺と行く。Sageは――」
「行きます」
「まだ言ってない」
「負傷者がいるんでしょう?」
レイブンは少しだけフィーナを見る。
彼女には。
第一次異界大戦の記憶がある。
救えなかった者たちの記憶も。
無理に戦わせるつもりはない。
だが。
本人が行くと決めたなら。
その選択まで奪うべきではない。
「無理はしないで」
「それ、私が言う台詞です」
「お互い様ってことで」
フィーナは小さく笑った。
「了解です」
◇
午後一時十八分。
WOLF PACKとEINHERJARは、旧ベルガ市立病院の西側で合流した。
レイブンとエリシアが顔を合わせる。
「腕」
「第一声それ?」
「見れば分かるから」
「大丈夫」
「Sage?」
フィーナが首を横に振った。
「完全ではありません」
「裏切ったな」
「医療です」
エリシアが満足そうに頷いた。
「今日は私の後ろ」
「はいはい」
「返事は一回」
「父さんみたいになってきたな」
「誰のせい?」
そのやり取りを聞いていたガイルが小声で言う。
「夫婦だな」
Grizzlyが静かに答える。
「今さらだ」
レイブンの猫耳が動く。
「聞こえてるぞ」
そこで。
会話は終わった。
エリシアが病院を見る。
「行くよ」
EINHERJARが民間人の位置を確認し。
WOLF PACKが進入経路を探る。
今回。
NoXが先頭を走ることはなかった。
〔透明〕を使って一人で潜入すれば、早いかもしれない。
だが。
敵はすでにその能力へ対策を始めている。
泥、水、魔導観測、環境変化を利用すれば、存在感を薄くしても位置を推測される可能性がある。 黒猫年代記_全話適用_統合コアバイブル_最新版
だから。
能力を使えるから使うのではない。
必要な時だけ使う。
「西棟へ」
レイブンが言った。
WOLF PACKが動く。
EINHERJARが続く。
地下の患者を連れ出すため。
二つの部隊が。
病院へ入った。
◇
内部には。
敵兵がいなかった。
少なくとも。
一階には。
「撤退した?」
ガイルが囁く。
「決めつけるな」
レイブンは周囲を見る。
〔殺気看破〕にも反応がない。
だが。
それは安全を意味しない。
敵意を持つ者が近くにいなければ。
仕掛けられた罠までは教えてくれない。 黒猫年代記_全話適用_統合コアバイブル_最新版
エリシアが壁へ手を近づける。
「魔力がある」
「どこ?」
「下」
床。
レイブンは動きを止めた。
「地下?」
「もっと広い」
エリシアは目を閉じる。
病院の床下を。
魔力が流れている。
一つではない。
複数の術式が。
互いに繋がっている。
「Valkyrie」
ノアの声が通信に入った。
『HUGINNから。病院の戦前図面と現在の魔力反応を重ねた』
「結果は?」
『術式の配置が……建物の基礎に沿ってる』
レイブンとエリシアが顔を見合わせた。
「建物そのもの?」
『たぶん』
敵は。
患者を人質にしていたのではない。
病院そのものに。
何かを仕掛けていた。
「全員、止まって」
エリシアが命じる。
誰も動かない。
その瞬間。
床の奥で。
淡い光が走った。
魔力。
それが。
地下へ伸びる。
「起動した?」
ガイルが低く尋ねる。
「違う」
エリシアは首を振った。
「まだ」
「なら何だ?」
彼女は。
壁の向こうを見るように。
目を細めた。
「待ってる」
◇
同じ頃。
ベルガから遠く東。
ゲルハルト・フォン・バルツァー《鉄血の伯爵》は、地図上のベルガを見ていた。
「病院へ入ったか」
「はい」
伝令が答える。
「黒猫と銀白の女、双方を確認したとのことです」
老将は何も言わない。
「起動しますか?」
側近が尋ねる。
ゲルハルトは首を横へ振った。
「まだだ」
「しかし、今なら――」
「何を殺す?」
側近が黙る。
「黒猫か。女か。地下の民か。それとも建物か」
「……全てを」
「だからお前はまだ若い」
老将は地図を見る。
「殺せる時に殺すことが戦争ではない」
ベルガ。
敵に譲った町。
そこへFENRIRが集まっている。
「見ろ」
彼は言った。
「黒猫は一人で入らなかった」
側近が顔を上げる。
「我々が対策したことを理解したのでしょう」
「そうだ」
ゲルハルトの片眼に。
僅かな興味が浮かぶ。
「一度見せた手を、もう変えた」
こちらが学ぶ。
向こうも学ぶ。
そして。
その変化を見て。
さらに次を考える。
「面白い」
老将は静かに呟いた。
「これでようやく戦争になる」
◇
ベルガ病院。
エリシアは。
床を流れる術式を追っていた。
そして。
気づく。
「NoX」
「何?」
「これ、爆破術式じゃない」
「じゃあ?」
「転移に近い」
レイブンの表情が変わる。
「転移?」
「でも、人を運ぶ規模じゃない」
ノアがHUGINNの解析結果を確認する。
『待って。周波……いや、魔力波形を比較してる』
「何と?」
ノアが答えない。
「Cipher?」
『……門だ』
全員が黙った。
「何?」
『この術式、完全一致じゃない。でも異界門の観測波形に似てる』
レイブンの黒い猫耳が。
僅かに立った。
エリシアも。
同じ瞬間に胸元を押さえた。
熱。
あの感覚だった。
日本へ渡った時。
異界門を越えた時。
二人の身体が。
同時に感じたもの。
「レイブン……」
「ああ」
作戦中だということを忘れ。
エリシアが名前で呼んだ。
レイブンも。
彼女を見る。
「同じだ」
胸の奥で。
何かが。
呼応している。
床下の術式が。
ゆっくりと明るくなる。
しかし。
攻撃は起きなかった。
代わりに。
病院地下の一角で。
空間が僅かに歪んだ。
ほんの一瞬。
誰もが。
向こう側を見た。
青い空ではない。
ベルガでもない。
日本でもない。
見覚えのない森。
黒い岩。
そして。
遠くに。
紫色の空。
次の瞬間には。
消えた。
レイブンは動かなかった。
エリシアも。
誰も言葉を出せない。
ノアの通信だけが。
沈黙を破った。
『NoX……』
「聞こえてる」
『今の、記録できた』
「何だった?」
ノアは。
すぐには答えなかった。
『分からない』
それでよかった。
分からないものを。
分かったことにはしない。
レイブンは床を見る。
異界門。
日本。
第二異界門。
そして。
病院の地下に仕掛けられた。
小さすぎる何か。
これまで。
門は巨大な現象だった。
国家が動き。
軍が警戒し。
世界同士を繋ぐものだった。
だが。
もし。
誰かが。
それを小さくできるのなら。
「Valkyrie」
「分かってる」
エリシアは地下の患者たちの位置を確認する。
「まず人を出す」
レイブンが頷く。
「うん」
謎を追うのは。
そのあとだ。
WOLF PACKは地下への安全経路を確認し。
EINHERJARが患者を搬送する。
地上ではIDUNNが受け入れ準備へ入り。
BIFROSTが後送車両を寄せる。
STYXは南の水路を維持し。
HUGINNは。
病院で記録された数秒の波形を解析し続けた。
ベルガ奪還戦は。
この日。
事実上の終結へ向かっていた。
Operation HOMECOMINGは最初の橋頭堡を得た。
連邦共和国は。
失った国土のほんの一部を。
取り戻した。
しかし。
その地下で見つかったものは。
戦線が東へ進むことよりも。
はるかに大きな意味を持つ可能性があった。
夜。
患者たちの搬送を終えたレイブンは。
病院の外へ出た。
エリシアも隣へ来る。
「疲れた?」
「かなり」
「珍しく正直」
「今日はみんなに怒られたから」
「学習したのね」
「敵だけじゃないよ」
エリシアが笑う。
少し離れたところでは。
ルナがSTYXから戻ってきていた。
「兄様!」
「勤務終わった?」
「今は終わりました」
「じゃあ兄様でいいよ」
ルナが二人のところへ来る。
「HUGINNから聞きました。病院で何か見えたって」
「見えた」
「どこでした?」
レイブンは答えようとして。
止まった。
「分からない」
「異界?」
「たぶん」
ルナは二人を見る。
「また、身体に何か?」
エリシアが頷く。
「同時に」
ルナの表情から笑みが消えた。
そして。
自分の胸元へ。
無意識に手を当てた。
「……私も」
レイブンが妹を見る。
「何?」
「川で拾った魔導具を回収した時」
ルナはゆっくりと言った。
「少しだけ、熱かったんです」
三人の間から。
言葉が消えた。
夜のベルガでは。
復旧作業の音が続いている。
遠く東には。
《鉄血の伯爵》が待っている。
第二次異界大戦も。
Operation HOMECOMINGも。
まだ終わっていない。
それでも。
三人が見ていたものは。
今までとは違う方向だった。
戦線の向こうではない。
門の。
さらに向こう側。
レイブンは夜空を見上げた。
「……嫌な感じだな」
エリシアが尋ねる。
「アタック・シールド?」
「違う」
レイブンは首を横へ振った。
「だから余計に嫌なんだ」
ルナが兄の隣へ立つ。
誰も。
まだ知らない。
病院地下で一瞬だけ開いた空間が。
やがて二人の兄妹を。
軍も。
家族も。
エリシアさえも追えない場所へ連れ去ることを。
そして。
そこで経験する戦いが。
後のNoXとNyxの戦術思想を根底から変えることになることを。
ベルガで始まった小さな異常は。
第二次異界大戦の終わりではなく。
次なる境界が。
すでに彼らのすぐそばまで近づいていることを告げていた。




