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黒猫年代記  作者: @12
第一部 RAVEN ― 黒猫が戦場に立つまで ― Season 1 #01~Season 3 #037
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10/189

Season 1「誕生」 #010

一気に時間軸が進みます。。。

第10話「三か月目の声」


帝政歴333年――。


 ヴァルター・クロウ少尉が、


 異界門(ゲート)の向こうへ取り残されてから、


 三か月が経過していた。


     *


 朝。


 ヴァルグラント帝国。


 西部方面軍――異界門前前線基地。


「通信感度、正常」


「魔力観測値、基準内」


「門周辺、異常なし」


「了解」


 いつも通りだった。


 あまりにも、


 いつも通りの朝だった。


     *


 巨大な異界門(ゲート)は、


 基地の正面に鎮座している。


 白く。


 淡く。


 絶えず揺らめく巨大な亀裂。


 その周囲。


 土嚢。


 監視塔。


 機関銃陣地。


 観測機器。


 無線通信設備。


 武装した帝国兵。


 三か月前と比べ、


 警備は明らかに厳重になっていた。


 門の向こうに、


 何がいるのか。


 帝国軍は、


 もう知っている。


 少なくとも――。


 銃を向けなければならない相手が、


 存在することだけは。


     *


「……今日も何もなし、か」


 通信兵が、


 椅子へ深く腰掛けた。


「何もない方がいいだろ」


 隣の兵士が答える。


「そうなんだけどな」


 受信機。


 周波数計。


 記録装置。


 雑音。


 ――ザァァァ……。


「……」


 三か月。


 毎日。


 同じ音だった。


     *


 最初の一週間。


 基地は、


 ヴァルター・クロウ少尉の通信を待ち続けた。


 二週間。


 三週間。


 一か月。


 捜索隊も出された。


 だが。


 異界側の情勢。


 敵性勢力。


 門の不安定化。


 そして、


 相次ぐ負傷者。


 捜索は、


 次第に縮小されていった。


     *


 それでも。


 通信設備だけは、


 毎日同じ周波数を監視していた。


 理由は単純だった。


 ヴァルターが、


 帝国軍の無線機を持ったまま、


 消えたからだ。


     *


 ――ザァァァ……。


「……」


 通信兵が、


 書類へ時刻を記入する。


 〇七時一二分。


 異常なし。


「コーヒー取ってくる」


「ああ」


 椅子から立つ。


 その時だった。


 ――ザッ。


「……?」


 通信兵の猫耳が動いた。


「今……」


「どうした?」


「待て」


 受話器へ手を伸ばす。


 ――ザザッ。


 雑音。


 そして。


『――……こちら……』


「……!」


 通信兵の顔から、


 眠気が消えた。


「音声!」


「何!?」


「静かに!」


     *


 ――ザァァ。


『……こちら……C……』


「感度上げろ!」


「やってる!」


「録音開始!」


「開始!」


     *


 通信室に、


 人が集まる。


 誰も喋らない。


 雑音。


 途切れる電波。


 そして。


『――こちら……CROW……0……』


「……」


 一人の兵士が、


 息を呑んだ。


「CROW……?」


     *


 ――ザッ!


『こちら……CROW-0……』


 今度は。


 はっきり聞こえた。


     *


「司令部!」


 通信兵が叫ぶ。


「司令部を呼べ!」


「本人確認!」


「記録照合!」


「CROW-0は――」


 兵士の手が、


 止まる。


 記録。


 そこにある名前。


CROW-0


ヴァルター・クロウ少尉


「……クロウ少尉です」


     *


「応答しろ!」


 通信士官が、


 受話器を掴む。


「CROW-0、こちら帝国西部方面軍異界門前基地!」


 雑音。


「CROW-0、応答せよ!」


 数秒。


 長い。


 そして。


『……聞こえて……いる』


「……!」


「本人だ……」


     *


「CROW-0、現在位置を報告せよ!」


『……分からん』


「周囲の状況は!」


『森……』


 咳。


『……南に……石造りの……街道』


「負傷状態!」


 沈黙。


「CROW-0、負傷状態を報告!」


『……右腕……欠損』


「……」


 通信室が、


 静まり返った。


『……他……多数』


「歩行可能か!」


 また。


 沈黙。


『……一応な』


     *


 声だけで、


 分かった。


 弱っている。


 いつものヴァルターではない。


 息が浅い。


 言葉が短い。


 声も掠れている。


 それでも。


 その口調だけは。


 三か月前と、


 変わっていなかった。


     *


「少尉」


 通信士官が、


 慎重に尋ねた。


「帰還できますか」


『……だから』


 雑音。


『連絡してる』


「……」


『帰り方を……教えろ』


     *


 通信士官は、


 僅かに笑った。


「了解しました」


 そして。


 声を張る。


「救出部隊を編成!」


「了解!」


「帰還誘導班!」


「護衛班!」


「衛生班!」


「全員完全武装!」


     *


「それと――」


 通信士官が、


 受話器へ戻る。


「CROW-0」


『……何だ』


「そこから動かないでください」


『……』


「聞こえましたか」


『……善処する』


「動く気でしょう!」


『……』


「少尉!」


『早く来い』


 ――ザッ。


「CROW-0!」


 通信断。


     *


「……」


 通信士官が、


 受話器を見つめる。


「相変わらずだな……」


     *


 兵舎。


 扉が、


 勢いよく開いた。


「ラインハルト曹長!」


「何だ」


 グスタフ・ラインハルト。


 《BEAR-1》。


 振り返る。


「クロウ少尉から通信!」


「……」


 手にしていた布が、


 床へ落ちた。


「もう一度言え」


「CROW-0から通信を受信!」


     *


 別室。


「ベルナー軍曹!」


「はい?」


「クロウ少尉が見つかった!」


「……」


 カールの顔から、


 表情が消える。


「……誰が?」


「クロウ少尉だ!」


「生きてる?」


「生存確認!」


「……」


 一秒。


 二秒。


「――っしゃあ!」


     *


「アーベント兵長!」


「はい」


「再派遣だ!」


「目的は?」


「CROW-0の帰還誘導および護衛!」


 リーゼの猫耳が、


 ぴんと立った。


「……了解」


     *


 医務室。


「ハインケル伍長!」


「聞こえてます」


 オットーは、


 すでに衛生鞄へ器材を詰めていた。


「まだ何も言ってないぞ」


「廊下まで聞こえました」


「……」


「右腕欠損」


 包帯。


 止血具。


 輸液。


 薬剤。


「三か月」


 衛生鞄を閉じる。


「……無茶しすぎです」


     *


 門前。


 再派遣部隊。


 グスタフ。


 MG-38《アイゼン》。


 カール。


 StG-42《ヴォルフ》。


 リーゼ。


 G-27《ファルケ》。


 オットー。


 MP-31《ラッテ》。


 そして、


 追加の護衛兵。


 通信兵。


 衛生兵。


「目的は一つ!」


 指揮官が叫ぶ。


「CROW-0を発見!」


「帰還経路を確保!」


「戦闘は必要最低限!」


「少尉を連れて帰れ!」


     *


「三か月」


 カールが、


 《ヴォルフ》の弾倉を確認する。


「待たせすぎですよ」


 グスタフが、


 《アイゼン》を肩へ掛ける。


「文句は本人に言え」


「もちろん」


 リーゼが、


 《ファルケ》の薬室を確認。


「帰ってからにしてください」


「分かってる」


 オットー。


 《ラッテ》を身体へ吊るす。


「私は」


 眼鏡を直す。


「説教します」


     *


 異界門(ゲート)。


 白い光。


「進入!」


     *


 異界。


 森。


 通信で得た情報を基に、


 部隊は進む。


 石造りの街道。


 南。


 森。


「OWL-3」


「前方確認」


 リーゼが先行。


「HOUND-2」


「左、異常なし」


「BEAR-1」


「後方、問題なし」


「DOC-4」


「……患者がいません」


「見つけるまで待て」


「三か月待ちました」


     *


 そして。


 約四十分後。


『――全員停止』


 リーゼの声。


「どうした」


『前方』


「敵か」


『……違います』


 沈黙。


『一人』


     *


 木。


 街道脇。


 そこに。


 一人の黒猫が、


 座り込んでいた。


     *


 帝国軍服。


 破れている。


 泥。


 血。


 右袖。


 空。


 左肩には、


 G-35《アードラー》。


 7.62ミリ級帝国制式小銃弾を使用する、


 半自動小銃(マークスマンライフル)。


 だが。


 銃口は、


 地面へ向いている。


     *


「……少尉?」


 カールの声。


「……」


 黒い猫耳が動く。


 ゆっくり。


 顔が上がった。


「……遅い」


     *


「……」


 カールの口が、


 開いたまま止まる。


「少尉……」


「三か月も」


 ヴァルターが、


 掠れた声で続ける。


「何してた」


「それ」


 カールの目が潤む。


「こっちの台詞ですよ……!」


     *


「ヴァルター」


 グスタフ。


「……」


「立てるか」


「立てる」


「そうか」


 ヴァルターが、


 左手を地面につく。


「……っ」


 身体を起こす。


 膝。


 震える。


 一歩。


「……」


 崩れた。


     *


「少尉!」


 カールが支える。


「触るな」


「黙ってください!」


「歩ける」


「歩けてない!」


「今のは――」


「転んだんです!」


「地面が」


「地面のせいにしない!」


     *


「どけ!」


 オットーが、


 二人の間へ入る。


「少尉」


「……オットー」


「三か月ぶりですね」


「ああ」


「言いたいことがあります」


「後にしろ」


「同感です」


 オットーは、


 ヴァルターの瞳を見る。


 脈。


 呼吸。


 右肩。


 包帯。


「……」


 表情が、


 険しくなる。


「誰が処置しました」


「向こうの住人」


「向こう?」


「話は後だ」


「その点だけは賛成します」


     *


 身体。


 古い傷。


 新しい傷。


 打撲。


 裂傷。


 栄養状態。


 疲労。


 発熱。


「……よく」


 オットーが呟く。


「何だ」


「何でもありません」


「言え」


「よく三か月動けましたね」


「……」


「今の少尉」


 オットーが、


 真っ直ぐ見る。


「戦闘能力、ほぼありませんよ」


「銃は撃てる」


「撃てることと戦えることは違います」


「……」


「反論は?」


「……ない」


 カールが目を丸くした。


「少尉が負けた」


「黙れ」


「はい」


     *


「担架!」


「いらん」


「担架!」


「オットー」


「患者は黙ってください」


「歩ける」


「歩けません」


「……」


「乗ってください」


「断る」


     *


 グスタフが、


 ヴァルターを見る。


「ヴァルター」


「何だ」


「三か月ぶりに会ったんだ」


「ああ」


「最初の頼みくらい聞け」


「何だ」


「担架に乗れ」


「……」


「自分で乗るか」


 グスタフが、


 巨大な腕を組む。


「俺が載せるか」


「……」


 ヴァルターは、


 担架を見る。


「選択肢になってないぞ」


「知ってる」


     *


「……分かった」


 ヴァルターは、


 ようやく横になった。


「最初からそうしてください」


 オットーが言う。


     *


 帰還開始。


「OWL-3、前」


「了解」


「HOUND-2、左」


「了解」


「BEAR-1、後方」


「ああ」


「DOC-4」


「患者監視」


 担架の上。


「CROW-0」


「……」


「少尉?」


「何だ」


「担当は?」


「……荷物」


 カールが吹き出した。


「少尉、それ自分で言います?」


「うるさい」


     *


 だが。


 数分後。


 ヴァルターは、


 もう喋らなくなった。


「少尉?」


「……」


「寝た?」


 オットーが確認。


「意識低下です」


「大丈夫なのか」


「急ぎます」


     *


「全員、速度上げろ!」


     *


 門。


 白い光。


「見えた!」


「基地側へ通信!」


「帰還部隊、門へ接近!」


「CROW-0確保!」


     *


 ヴァルターの目が、


 薄く開く。


「……」


 白い門。


 三か月。


 探した。


 戻れなかった。


 そして。


 ようやく。


「……帰るのか」


「はい」


 カール。


「帰ります」


「……そうか」


     *


 門を、


 越える。


     *


 光。


 耳鳴り。


 浮遊感。


 そして――。


「帰還部隊確認!」


「衛生班!」


「担架!」


「道を開けろ!」


     *


 帝国。


 空。


 一つの太陽。


 基地。


 兵士。


 鉄。


 油。


 排気。


 無線。


「……」


 ヴァルターの黒い耳が、


 僅かに動いた。


「……臭いな」


「何がです?」


 カール。


「帝国」


「帰ってきて最初の感想がそれですか」


「油臭い」


「三か月異世界にいた人が言うと説得力ありますね」


     *


「クロウ少尉!」


 軍医が駆け寄る。


「意識は!」


「あり。ただし低下傾向!」


「右上肢欠損!」


「発熱!」


「脱水!」


「複数外傷!」


「直ちに後送!」


     *


 担架が、


 基地内を走る。


「……待て」


「少尉?」


 ヴァルターが、


 左手を動かした。


「家族」


「……」


「セレナ……」


 呼吸。


「レイブンは」


     *


 カールが、


 担架の横を走りながら答えた。


「無事です」


「……」


「二人とも」


 ヴァルターの目が、


 僅かに開く。


「本当か」


「はい」


「……そうか」


 肩から、


 力が抜けた。


     *


「レイブン」


 掠れた声。


「何歳に……」


「少尉」


 カールが、


 少しだけ笑った。


「六歳ですよ」


「……」


 ヴァルターが、


 天井を見る。


「六歳……」


     *


 頭の中。


 小さな黒猫。


 金と黒の瞳。


 まだ幼い足。


『今度は十歩だ』


「……」


 三か月。


 たった三か月。


 それでも。


 父には、


 長すぎた。


「……歩けるように」


 ヴァルターが呟く。


「なったか」


「少尉」


「……何だ」


「六歳です」


「……」


「普通に走ります」


「……そうか」


 カールは、


 笑うべきか迷った。


     *


 基地正門。


 軍用救急車。


 後部扉が開く。


「収容!」


 担架が入る。


 オットーも乗る。


「少尉」


 カールが、


 外から呼びかける。


「……」


 ヴァルターが、


 薄く目を開ける。


「何だ」


「帰ってきましたね」


「……ああ」


     *


 その時。


 ヴァルターは、


 何かを思い出したように、


 左肩を見る。


「……銃」


「え?」


「《アードラー》」


「回収してます」


 グスタフが、


 G-35《アードラー》を持ち上げた。


 泥。


 傷。


 擦れた木製銃床(ストック)。


 三か月。


 持ち主とともに、


 異界を歩いた一挺。


「預かる」


「……頼む」


「病院に銃はいらん」


「分かってる」


「本当か?」


「……」


「ヴァルター」


「何だ」


「寝ろ」


     *


 救急車の扉が閉じる。


 ――バタン。


「出せ!」


     *


 エンジン。


 車体が動き出す。


 基地。


 異界門。


 仲間たち。


 少しずつ、


 遠ざかる。


     *


 車内。


 オットーが、


 ヴァルターの状態を確認している。


「少尉」


「……」


「眠って構いません」


「……」


「もう基地です」


「……」


「帝国です」


 ヴァルターの黒い耳が、


 僅かに動いた。


「……家」


「まず病院」


「セレナに」


「連絡します」


「レイブンにも」


「はい」


「……」


「必ず」


     *


 ヴァルターは、


 目を閉じた。


 三か月。


 森。


 村。


 二つの月。


 知らない言葉。


 魔法。


 銃声。


 血。


 それらが、


 遠くなっていく。


     *


 最後に浮かんだのは。


 異界ではなかった。


 白い猫耳。


 セレナ。


 そして。


 黒い猫耳。


 金色と黒色の異色眼(オッドアイ)。


 レイブン。


「……待ったか」


 誰にも聞こえないほど、


 小さく。


 ヴァルターは呟いた。


     *


 帝国軍中央病院。


「救急搬送!」


「異界門前基地から!」


「患者、帝国陸軍少尉!」


「右上肢欠損!」


「複数外傷!」


「意識レベル低下!」


「処置室を開けろ!」


     *


 救急車の扉が開く。


 光。


 担架。


 白衣。


 無数の声。


「患者氏名!」


「ヴァルター・クロウ!」


「年齢!」


「記録確認!」


「家族への連絡は!」


「基地から実施中!」


     *


 担架が、


 病院の廊下を走る。


 天井の照明が、


 一つ。


 また一つ。


 ヴァルターの視界を通り過ぎていく。


「クロウ少尉!」


 軍医の声。


「聞こえますか!」


「……」


「クロウ少尉!」


 黒い猫耳が、


 僅かに動く。


「……聞こえてる」


「ここがどこか分かりますか!」


「……帝国」


「そうです!」


「病院です!」


「……」


 ヴァルターは、


 ほんの少しだけ眉を寄せた。


「……嫌いなんだ」


「何がです!」


「病院」


「元気ですね!」


     *


 処置室。


 扉。


「入ります!」


 担架が、


 その向こうへ消えていく。


     *


 そして。


 遠く離れたクロウ家。


 朝。


「レイブン」


「うん?」


「靴、反対」


「……」


 六歳になったレイブン・クロウが、


 自分の足を見る。


 右。


 左。


「……ほんとだ」


「もう」


 セレナが笑う。


「学校に遅れるよ」


「分かってる!」


 黒い猫耳。


 黒い尾。


 金色と黒色の瞳。


 いつも通りの朝。


     *


 ――コンコン。


「……?」


 セレナの白い猫耳が、


 動いた。


 玄関。


「誰だろう」


「ぼく出る!」


「待って」


 レイブンより先に、


 セレナが玄関へ向かう。


     *


 扉の向こう。


 帝国軍の制服。


「……」


 セレナの足が、


 止まった。


     *


「セレナ・クロウさんですね」


「……はい」


「西部方面軍より」


 一呼吸。


「ヴァルター・クロウ少尉について」


 白い猫耳が、


 ゆっくり立った。


「……夫が」


 声が震える。


「夫が、どうしたんですか」


     *


 兵士は、


 はっきり告げた。


「本日早朝」


「……」


「異界より」


 そして。


「生還されました」


     *


 セレナは、


 何も言えなかった。


「……」


 後ろ。


 六歳のレイブンが、


 母の服を掴む。


「お母さん?」


「……」


「誰?」


 セレナの目から。


 ようやく。


 一滴。


 涙が落ちた。


     *


 死亡通知ではない。


 行方不明の継続でもない。


 三か月。


 ずっと待っていた。


 たった一つの知らせ。


     *


 ヴァルター・クロウ。


 生還。


     *


 ただし。


 その帰還は。


 何も失わなかった男の帰還ではなかった。


 右腕を失い。


 全身に傷を負い。


 三か月分の異界を背負って。


 黒猫の軍人は、


 ようやく。


 妻と。


 六歳になった息子がいる世界へ――。


 帰ってきた。

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