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クリムゾン・エンジェル  作者: 小山摩耶子
プロローグ
3/4

3


 答礼を返して、アイスマン中将は早速仕事に取り掛かった。


「ただいまより、昇進を発令する。リチャード=OMS少佐、前へ」


 隣の佐官が一歩前に進み出た。


「本日付けをもって、あなたを中佐に昇進させる。スミス中佐、おめでとう」

「ありがとうございます!」

 

 先程の囁きとは異なる、明るくキレのよいバリトンが応じた。


「同じく、スカーレット=SWA大尉、前へ」


 一瞬、我が耳を疑った。


 昇進⁉︎ この3年を無為に過ごしてきた私が……⁉︎


 だが思いとは裏腹に、規律を叩き込まれた身体は素早く一歩を踏み出していた。


「本日付けをもって、あなたを少佐に昇進させる。アソウ少佐、おめでとう」

「……ありがとうございます」


 内心かなり混乱していたが、これまた反射的に型通りの答えが口をついて出た。身についた習慣とはおそろしいものだ。

 私と隣の佐官が列に戻るのを待ち、改めてアイスマン中将は悠然と四人の顔を順番に見つめた。

 やがて満足げに頷く。同時に私たちの前に、辞令のホログラム文書が提示された。


「続いて、異動命令書を交付する。

 シュン=ガオⅤ(ごせい)中佐、

 ガブリエル=フィリップ・ボードゥアンⅥ(ろくせい)少佐、

 リチャード=オルリック・マクシミリアン・スミス中佐、

 スカーレット=シンク・ウィニアフレッド・アソウ少佐、

 以上4名を本日付で、総司令部第5司令部——特殊作戦司令部——第5課、対アレイラ特殊任務部隊(StCA)の特務エージェントに任命する。

 なお、私があなた方の直属の上官である第5課司令官アイスマンである。

 新設部署である上に、当面の間は秘密機関として活動してもらうことになる。そもそもこのStCAがいかなる経緯で設置され、何を目的としているか、詳しくはこのあと副司令官および参謀長から説明があるので、各々その場で必要な確認をするように。

 それでは、各自の新しい任務での活躍を期待する」


「はっ!」

 

 三人の了解を含んだ短い返事に屈託なく微笑んで、アイスマン中将……否、上司である司令は部屋を後にした。

 

 上官に意見はしたくない。しかし、この人事はあまりに唐突だ。私には呑めない。

 StCA? 

 私以外の三人には、周知の事であったのか?


     *


「お待ちください、中将……」


 真紅の扉を出てすぐの背中に、私はなんとか声をかけた。だが、振り返ったアイスマン司令の顔見て、続く言葉を呑み込む。

 その顔を……表情を知っていた。

 4年前、私を第一線から外した時の、非情とも冷徹とも呼べる表情。でありながら、瞳の奥からはこの部下を決して切り捨てはしないという、沸々とした信念が……あの日も、そして今も溢れもれている。

 その信念を滲ませた強い眼差しで、司令は私を射抜いた。


「わかっているでしょうけれど、辞令拒否ならばスペースベイスを去ることになるわ。貴女にその覚悟はあるの?」


 軍以外の生活———それを選択する勇気があったならば、私は今日ここにはいなかった。しかし……


「私には昇進に値する実績はありません」


 それね、と言うようにアイスマン司令は小さく息を吐(つ)いた。


「むしろ昇進が遅すぎた。個人的に陳謝したいくらいだわ。本来であれば、Op(オペレーション).ファウラのあとに、貴女は少佐に昇進するはずだった。あの忌々しい安全保障委員会(れんぽうぐん)の横槍がなければ……」

 

 続く怨嗟(えんさ)の言葉を飲み込んで、司令ははんなりと笑った。

 古代キリスト教の伝説に残る慈悲深き黒い聖母とは、こんなふうに微笑んだのかもしれない。


「スカーレット……リハビリの時間は十分に与えたつもりよ。いつまで『ファウラの死神』なんて呼ばせておくつもり? 貴女の持てる実力は、今こそ有効に使わせてもらうわ。地球と人類のために。——それこそが、仲間への餞(はなむけ)にもなるはず。もう二度と……私を失望させないで」


 あの日、生きることを選ばざるをえなかった。同時に、自分の居場所を軍以外に見つけられなかった。


 ———承知するしかないのか。


 私のことを唯一見捨てなかったこの人を……この人の期待を、いまさら裏切る真似は出来ない。

 予想していた降格人事ではなかった。むしろ、昇格だ。

 新しい部署はこの人が人脈を駆使し用意してくれた、リスタートの場所なのだろう。


 無意識のうちに、深く頭が下がった。


 そう。どこかで、このままでいいはずがないともわかっていた。

 ただ、できるだけ楽な方に流されていたかった……もう一度立ち上がる、いや、立ち上がらなければならない、その時が来るまでは。

 その時が———今日ということなのか。


 遠ざかる足音が聞こえなくなり、無人のオフィスに私一人が残された。

 私は上体を倒したままの姿勢で、ひとつ深呼吸する。

 長く満たしていなかった体内の細胞、その隅々にまで酸素を行き渡らせるように。そしてまた、長く凝(こご)っていた過去の澱(おり)を一掃するかのように。

 やがて、肺の中のすべての空気を吐き出して、勢いよく顔をあげた。

 背後の扉に向き直る。

 StCA———私の新しい所属部署へ。



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