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答礼を返して、アイスマン中将は早速仕事に取り掛かった。
「ただいまより、昇進を発令する。リチャード=OMS少佐、前へ」
隣の佐官が一歩前に進み出た。
「本日付けをもって、あなたを中佐に昇進させる。スミス中佐、おめでとう」
「ありがとうございます!」
先程の囁きとは異なる、明るくキレのよいバリトンが応じた。
「同じく、スカーレット=SWA大尉、前へ」
一瞬、我が耳を疑った。
昇進⁉︎ この3年を無為に過ごしてきた私が……⁉︎
だが思いとは裏腹に、規律を叩き込まれた身体は素早く一歩を踏み出していた。
「本日付けをもって、あなたを少佐に昇進させる。アソウ少佐、おめでとう」
「……ありがとうございます」
内心かなり混乱していたが、これまた反射的に型通りの答えが口をついて出た。身についた習慣とはおそろしいものだ。
私と隣の佐官が列に戻るのを待ち、改めてアイスマン中将は悠然と四人の顔を順番に見つめた。
やがて満足げに頷く。同時に私たちの前に、辞令のホログラム文書が提示された。
「続いて、異動命令書を交付する。
シュン=ガオⅤ中佐、
ガブリエル=フィリップ・ボードゥアンⅥ少佐、
リチャード=オルリック・マクシミリアン・スミス中佐、
スカーレット=シンク・ウィニアフレッド・アソウ少佐、
以上4名を本日付で、総司令部第5司令部——特殊作戦司令部——第5課、対アレイラ特殊任務部隊(StCA)の特務エージェントに任命する。
なお、私があなた方の直属の上官である第5課司令官アイスマンである。
新設部署である上に、当面の間は秘密機関として活動してもらうことになる。そもそもこのStCAがいかなる経緯で設置され、何を目的としているか、詳しくはこのあと副司令官および参謀長から説明があるので、各々その場で必要な確認をするように。
それでは、各自の新しい任務での活躍を期待する」
「はっ!」
三人の了解を含んだ短い返事に屈託なく微笑んで、アイスマン中将……否、上司である司令は部屋を後にした。
上官に意見はしたくない。しかし、この人事はあまりに唐突だ。私には呑めない。
StCA?
私以外の三人には、周知の事であったのか?
*
「お待ちください、中将……」
真紅の扉を出てすぐの背中に、私はなんとか声をかけた。だが、振り返ったアイスマン司令の顔見て、続く言葉を呑み込む。
その顔を……表情を知っていた。
4年前、私を第一線から外した時の、非情とも冷徹とも呼べる表情。でありながら、瞳の奥からはこの部下を決して切り捨てはしないという、沸々とした信念が……あの日も、そして今も溢れもれている。
その信念を滲ませた強い眼差しで、司令は私を射抜いた。
「わかっているでしょうけれど、辞令拒否ならばスペースベイスを去ることになるわ。貴女にその覚悟はあるの?」
軍以外の生活———それを選択する勇気があったならば、私は今日ここにはいなかった。しかし……
「私には昇進に値する実績はありません」
それね、と言うようにアイスマン司令は小さく息を吐いた。
「むしろ昇進が遅すぎた。個人的に陳謝したいくらいだわ。本来であれば、Op.ファウラのあとに、貴女は少佐に昇進するはずだった。あの忌々しい安全保障委員会の横槍がなければ……」
続く怨嗟の言葉を飲み込んで、司令ははんなりと笑った。
古代キリスト教の伝説に残る慈悲深き黒い聖母とは、こんなふうに微笑んだのかもしれない。
「スカーレット……リハビリの時間は十分に与えたつもりよ。いつまで『ファウラの死神』なんて呼ばせておくつもり? 貴女の持てる実力は、今こそ有効に使わせてもらうわ。地球と人類のために。——それこそが、仲間への餞にもなるはず。もう二度と……私を失望させないで」
あの日、生きることを選ばざるをえなかった。同時に、自分の居場所を軍以外に見つけられなかった。
———承知するしかないのか。
私のことを唯一見捨てなかったこの人を……この人の期待を、いまさら裏切る真似は出来ない。
予想していた降格人事ではなかった。むしろ、昇格だ。
新しい部署はこの人が人脈を駆使し用意してくれた、リスタートの場所なのだろう。
無意識のうちに、深く頭が下がった。
そう。どこかで、このままでいいはずがないともわかっていた。
ただ、できるだけ楽な方に流されていたかった……もう一度立ち上がる、いや、立ち上がらなければならない、その時が来るまでは。
その時が———今日ということなのか。
遠ざかる足音が聞こえなくなり、無人のオフィスに私一人が残された。
私は上体を倒したままの姿勢で、ひとつ深呼吸する。
長く満たしていなかった体内の細胞、その隅々にまで酸素を行き渡らせるように。そしてまた、長く凝っていた過去の澱を一掃するかのように。
やがて、肺の中のすべての空気を吐き出して、勢いよく顔をあげた。
背後の扉に向き直る。
StCA———私の新しい所属部署へ。




