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地球防衛軍事基地本部庁舎57階までのシャトルは、今日も安定の一人旅だった。
驚くほどに人と行き合わない。それをいい事にシャトルの窓をカスタマイズした。
アニス・オールの風雅な景色もよいが、出勤前の身だしなみをチェックするのに丁度おあつらえ向きだ。
ミラー化した窓には、グレーのシャツと黒いパンツ、ベージュのジャケットを羽織った、オフィスカジュアルな私がぽつんと映っている。
一度に50人を運べるコンパートメントに一人きりで、何やら寒々しいことこの上ない。
これが特殊部隊の男性兵士のごとき巨漢であれば、たとえひとりとて暑苦しいくらいになるだろうに。あいにく私は女性の中にあっても身長160センチに満たない、小柄も超小柄な兵士だった。
アジア系の血———なかでも日本人の血を遺伝的に多く継いだ私は、小柄なうえ色白で華奢に見える。そのせいか、30才を目前にした今でも10代の子供と間違えられることがある。
切り揃えた前髪と黒目がちの眼が余計に幼さを助長しているから、イメチェンするべきだとスタイリストは云うけれど、それに従うのも癪で十年来このスタイルを貫いている。
でも……
上目遣いに自分の姿をみて、
思ったよりもちゃんと大人じゃない———
と独白する。
家を出る前にネコ型ロイド執事に全身チェックをさせたが、落ち着いていて大人っぽい、とてもよいにゃあ、という嘘くさい反応だった。それを信用しなかった訳ではないのだが……。
長らく制服や戦闘服に馴染んだ身としては、オフィスカジュアルなスタイルにはまだ慣れない。
だが、秘密機関として活動する間は、あからさまな制服姿で本部を闊歩することは控えるよう、副司令に指示されてもいた。
第一線を退いて久しい私が急に少佐に昇進し、本部周辺で目につくようになっては、たしかに人々のいらぬ関心を買う。
制服姿ではない私を、スカーレット=SWAだとすぐに判別できる人間は多くはない。ましてや、普段はアップにしているセミロングの髪を下ろしていることで、印象は随分違って見えるだろう。
鏡に映る自分を今一度見つめ直す。
自然光が取り入れられたこの明るい空間での私は、年相応の肌やスタイルを持った、その辺りにいそうな女性だった。
目の下のくまも薄くなり、顔色もここ数日で改善された。前よりも健康的になった実感がある。少なくとも、初日以来悪夢は見ていない。
現場に戻る気持ちがそうさせているのか、或いは新しい任務がこれまでにない緊張を強いているのか……。
ミラーが本来の窓に戻り、57階の到着を告げた。
無人のフロアを横切り、唯一の扉と短い通路を抜ける。
初日以来、何事もなくスムーズに通過しているが、この通路はStCAの関係者以外を通すことのない天国——もしくは地獄——の門番だ。登録されていない人物が含まれていた場合、その先の門は決して開かない。
通路の先のドーム状のオフィス空間には、すでに出勤している職員たちの姿がまばらにみえる。
「やあ、レッド。今日も時間ぴったりだね」
「あなたも、いつも早いわね」
「おはよう、スカーレット!」
「おはよう」
点在する職員たちに挨拶しながら、オフィスゾーンを抜ける。
地球防衛軍事基地本部では、通常、総司令部を含めたメイン部署のオフィスは地下施設に集約されている。
だが、第5課…StCAのオフィスは、あえて地上に置かれることになった。
理由は単純だ。
地下施設は人が多いが、地上は人が少ないし、秘密機関として活動する間はその方が都合がいいと判断されたからだ。
挨拶を交わす職員の中には二重在籍者も多い。優秀なスタッフを集めることに、総司令部は糸目をつけなかったと見える。
そういったダブルエージェントの為にも、人の行き来が少ない地上のオフィスは、密かに通いやすい職場となっている。
最奥の真紅の扉をくぐり、初日に辞令交付が行われた部屋に入る。
ここは私を含む特殊任務部隊のメインエージェントが使うオフィスとなっていた。
辞令交付に使われたホールの正面奥には、司令官室がある。ただし、アイスマン司令は通常ここにはいない。
司令のオフィスは、地下の総司令部エリアにある。私たちはサブ・オフィスと呼んでいるが、関係者以外はそちらを第5課の本司令官室だと認識しているはずだ。
では、目の前の司令官室は誰も使用しないのかというと、そうでもない。
この司令官室には副司令が詰めていることが多い。クリアな壁面の向こうには、今日もすでに副司令の恰幅のよい姿が見えていた。
司令官室を挟んでホールの右には、ミーティングルームと参謀長のオフィスが備え付けられている。
参謀長はこのオフィスで分析官としての仕事をしていることが多いが、今は司令官室にいるようだ。
副司令と参謀長が話しこんでいる姿を横目に見て、私はホールの左に用意されている、エージェント用個人オフィスへと足を向けた。
司令官室程の広さはないにしても、個人のオフィスとしては十分すぎる部屋が四つ並んでいる。
私の部屋はその一番端にあった。クリアな壁面の向こうには柔らかい光があふれている。ホールに足を踏み入れると同時に、照明が点灯されるシステムになっているのだ。
同じく照明がついているが、プライバシー保護のスクリーンが下りているのは、シュンの使う部屋のみだった。
残りのリッキーとガブの部屋は真っ暗な闇色のままだ。つまり、まだ出勤していない。
どうしてあの2人はこうも時間にルーズなのだろう、とこの一週間で何度目かの疑問を抱く。
辞令交付などの重要時には遅れないのだから、ただ怠惰なだけなのか、それとも個人的な事情を抱えているのか……。
抱いたところで仕方のない問いだ、とも既に分かっている。きっと、あと数回で諦めに変わるだろう。
「さて、と」
定刻に出勤したおかげで、ミーティングの開始まで若干の余裕がある。
任務対象について復習しておくか。




