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クリムゾン・エンジェル  作者: 小山摩耶子
プロローグ
2/4

2


 正面の緩く放射状に凹んだ壁には、次の空間に続く扉が3つ。その中央の扉の前に、秘書らしき影がポツンと控えていた。

 人間とみまごうばかりに整った容姿を備えた——それゆえに没個性であり、紛れもない量産型の人工物であると証明してしまう——スペースベイス仕様のAG(アンドロジナス)型ロイド秘書だった。


「スカーレット=SWAでいらっしゃいますね」


 網膜を含め私の全身をスキャンしたロイド秘書は、瞬時にデータ照合を終えオールクリアの判断を下した。

 にこやかに中央の扉へと私を誘う。

 私には感知しえない内部との通信ののち、ロイド秘書はその薄いボディには不似合いな膂力(りょりょく)で、厚さ20センチの重厚な扉を軽々と押し開けた。

 漏れ出た空気に混じって、微かに懐かしい匂いがした。

 オリエンタルで上品なアンバーの香り。


 どうやら彼女はまだ、この香りを愛用しているらしい……。


 大きな歩幅で中へ進んで、私は機械的に敬礼をとった。


「スカーレット=シンク・ウィニアフレッド・アソウ、総司令部からの要請に従い出頭いたしました」

「時間通りね」


 デスクの向こうから、柔らかな声が応じた。

 痩身を包む、一分の隙もなく着こなされた制服とは対照的だ。

 ゆったりと立ち上がった姿は、声同様に柔軟で年相応の貫禄をそなえている。

 スペースベイスでも生え抜きの女性将校として有名な、キャスリン=アイスマン。確か今の階級は——とチラリと目をやった肩には輝く星が2つ——中将だ。

 この世に生を受けて半世紀を過ぎたはずだが、その引き締まった顔に皺はほぼ見あたらない。黒く艶やかな肌に、透き通るブルーアイ。美しい大人の女性だった。

 そんなアイスマン中将の変わらない凛々しい姿を前に、私は敬礼を戻した。


「4年ぶり……だったかしら?」

「はい」

「懐かしい話や近況も聞きたいところだけど、今日はまずは仕事を片付けてしまわないとね」


 アイスマン中将は机上のホログラム書類をこちらにスライドすると、ぐるりとデスクをまわって私の前に立った。


「辞令の交付……だということはわかっているわよね?」

「イエス・マム」


 ここに来るまでに、想定はしていた。

 26歳で第一線を退き、宇宙防衛局地上作戦部特別訓練課に籍を置いて3年。———異動の時が来たらしい。

 次は教育局のアカデミーで、士官候補生相手の指導官か。

 お決まりの降格人事だ。

 ここで、今から辞令——異動先を発令されるのだと察して、中将の前に浮かぶ書類をそれとなく見つめた。しかし、中将は書類を一瞥すると、私に提示することなく消去(デリート)した。


「では、いきましょう」

「……どちらへ?」

「新しい貴女の赴任先よ」


 それが何処とは明言されないまま、中将に先導されて再びシャトルに搭乗する。シャトルは2フロアだけ上昇した。

 先程と同様に寒々しいフロアが私たちを迎える。

 ただし、このフロアでは放射状の正面壁には扉は一つのみだった。ロイド秘書も事務官もいないなか、中将はそれが当然とばかりに唯一の扉へと進む。

 すでにデータ登録済だったらしく、私たちを前に扉は音もなくスライドした。

 中は短い通路になっており、通路を抜けた先はドーム状の広めのオフィスだった。数百人がストレスなく過ごせる程度の空間的余裕があったが、今は無人だ。稼働の気配がない。

 怪訝(けげん)に思う私をよそに、中将は足早にさらに奥へと向かう。オフィスの左右の壁面には複数の扉あるいは通路があったが、一顧だにされることなかった。

 入口から一番奥の扉——そのオフィスの中にあっては、異色ともいえる真紅で彩られた扉——そこが最終目的地と決まっていたらしい。

 扉の前で彼女は私を振り返った。


「ここが、貴女の新しい所属部署よ」


 未だ、正式な辞令は交付されていない。だが、ここ(57階)はどうみても教育局関連の部署ではない。むしろここは……私の推察が正しければ総司令部(シルバーフォックス)の一角だ。

 独特の作動音とともに扉が開き、どうぞ、と私は促されるままに室内に足を踏み入れた。


 室内には先客がいた。それも、三人。

 私同様に軍の制服を纏った背中が、無言のまま眼前に佇んでいる。いずれも軍人らしい上背のある男性だった。

 微動だにしない立ち姿に、久しぶりの親近感を覚える。

 その彼らに横並ぶ形で、私は左端に立った。

 先着していた隣の佐官が横目で私を識別した気配がした。直後、うめきに似た声が漏れ聞こえる。


「ファウラの死神……マジか」


「………」


 囁(ささや)きを拾ったはずの他の二人は、しかし一切の反応を示さなかった。

 それこそが、正しいマナーだ。


 独白のつもりだったのかもしれないが、この状況で微(かす)かとはいえ声を発した隣の佐官の方を「マジか」と問いたい。


 視線を正面に据えたまま、私は他の二人同様に無言で直立不動の姿勢を保つ。

 そんな中、アイスマン中将は小さく咳払いするとゆったりと部屋の奥へと歩みを進めた。

 やがて私たちの前で踵(かかと)を揃える。応じて、私たち四人は同時に敬礼をとった。




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