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西暦2750年、地球連邦政府の防衛委員会は
総司令部第5司令部(特殊作戦司令部)第5課に
対アレイラ特殊任務部隊(StCA)を設立した。
通称セント•クリムゾン•エンジェルと呼ばれる、
史上最強チームの発足であった。
熱帯特有の重い空気をかき分けて、ポイントβを目指す。おそらくあと150m。
行手を遮るシダ植物の葉をレーザーナイフで払いのけ、私は前方の闇を睨む。
「あと少しだから、頑張るのよ!」
振り返らずに声だけをかけて、歩調はわずかにゆるめた。
左手に絡みつく幼い手は、グローブ越しにも汗と恐怖にまみれてぬるついている。その小さな手が返事のつもりか、一瞬強くにぎり返された。
(みんなに早く知らせなければ…)
100進んだところで、ジャミングを抜けた。
通信グラスに本部からのデータが載る。秘匿回線がオープンになった。
「こちらヘルメス。アポロンを連れて、まもなくポイントβに到達。オーバー」
(みんなはまだ宮殿にいる…)
<こちらテミス。生体反応にて確認。他のメンバーはどうした?>
「残りの人質救出と宮殿の機密の持ち出しを遂行中。手間取っているかもしれないが、予定の18:50にはポイントに集合」
(違う!それじゃだめだ!)
<………>
一瞬の沈黙。
沈黙は危険信号だ。本部の想定しない何かが起こっている———そう、経験が警鐘を鳴らす。無意識に眉間に皺がよった。
直後、本部からの焦りを含む声がインカムに響いた。
<テミス発動は18:40:00だ>
(そう……もう間に合わない)
グラスのカウンターは18:39:30をコンマで過ぎている。
<今すぐアポロンをポイントβへ!>
既に走り出していた。
左手を引くのももどかしく、右手に握っていたレーザーナイフを捨てて、両手で少女を抱え上げ肩に担ぐ。
この時ばかりは己の小さな体格を呪った。
距離はあと50弱……間に合うか。否、間に合わせるしかない!
空気と密林の抵抗を振り切り前進する。あと20……10……!
残り数メートルで、私は担いだ少女ごと目の前の茂みにダイブした。
18:40:00
音もなく閃光が背後を白く染め上げた。
遅れてきた爆音と爆風に煽られて、私と少女は数メートル吹き飛ばされる。咄嗟に少女を抱きしめて、地面を転がり地に伏せた。
かろうじて視線を上げたグラスの向こうで、闇よりも深い闇が渦巻いている。
すべては無に帰した。
ファウラの宮殿も、十人の仲間も、敵も……
私と少女以外は———
(間に合わなかった……)
声にならない叫びが胸の奥から迫り上がった。
*
あぁぁああ—————っ!!
薄暗い部屋に空気を振動させる絶叫が響いていた。
目覚めてはじめて、叫び声の主を知る。
「………ぁ……っは!」
他でもない、絶叫の主は自分自身だった。喉の奥がひりついて、嫌な汗が首筋や背中を流れ落ちていた。
ここは……?
見慣れない部屋……だけど、そう、私の部屋だ。
昨日、引っ越してきたばかりの新居——まだ片付いていないその寝室。
「……バトラー、プログラムA」
壁際に控えていたネコ型ロイド執事に、いつもの朝を命じる。
白とグレーの体毛を優雅にふるわせて、にゃあと一声、執事は淡々と仕事を始めた。
ブラインドがクリアになり、目の前にマルマラ海の穏やかな波の煌めきが飛び込んできた。
久しく見ることのなかった景色だ。それと同じく、最近は見なくなっていた悪夢。
ファウラの悪夢……まるで、ここに戻ってきたことを責められているみたいだ。でも、それは誰に? かつての仲間に? それとも若く愚かだった自分に?
深い溜息をついて、私は立ち上がる。
シャワーミストを浴びて嫌な汗と悪夢を洗い流そう。気分を落ち着かせて———そして、本部に出頭するために。
アニス・オール。———この都市は、3300年に及ぶ歴史の中で4度名前を変えている。
紀元前7世紀、古代ギリシア人の植民市ビザンティウムとして始まり、やがてビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルとして君臨し、オスマン帝国以降はイスタンブルと呼ばれて久しかった。そして……第四次世界大戦からこれまでの500年はアニス・オールという名で知られている。
地球連邦政府が成立して2世紀。防衛委員会——通称、地球防衛軍事基地——の本部所在地として、この都市はそれまでとは異なる発展を遂げた。
地上はもちろん、地下に至るまでの巨大な包括的軍事基地であると同時に、それに携わる人々の暮らす都市。
ただ、目に映る景色は『古都』に相応しい佇まいを残している。
本部庁舎の55階に上昇するシャトルの窓からは、ボスフォラス海峡にかかるターキッシュ大橋と旧アニス共和国大統領府のシルエットが眩しく映る。視線を足もとに戻せば、庁舎に囲まれた歴史保存地区……アハメト・モスクとアヤ・ソフィア聖堂、そしてトプカプ宮殿が二千年の威容を示していた。いずれもこの都市が人類の歴史と共に歩んできた道筋を物語る存在だ。
アニス・オールでは防衛上の観点から、地上300メートル以上の建造物はつくられていない。迎撃シールドの有効性を高めると同時に、これらの奇跡的に生き延びた歴史的遺物たちを保護する目的ゆえだ。その結果、メイン施設は地下深くに潜航することになった。
地上の施設はつまるところイベント用、儀式用のオフィスがほとんどだ。
そう。たとえば、今日これから行われる辞令交付などには、本部庁舎は必要不可欠だ。
音もなく止まったシャトルが、指定された55階到着を知らせる。
唯一の搭乗者を吐き出した扉の向こうは、無機質なフロアが広がっていた。




