第二章:私の逢坂の関
なぎこには、ずっと誰にも言えない空虚さがあった。学生時代は、周りの流行や恋バナの輪に合わせるように、何人かの男性と恋多き日々を過ごしてきた。デートをして、手を繋ぎ、恋人らしい形をなぞる。けれど、心のどこかはいつも冷めていた。どれほど情熱的な言葉を向けられても、どこか他人事で、本気になれない自分に気づいていた。私の心の門は、最初から鍵が壊れているか、あるいは誰も通さない石壁なのか。そんな諦念を打ち砕いたのが、茉知だった。
仕事の相性は完璧だった。けれど、それ以上に、彼女が髪をかきあげる仕草、ふと漂う香水の匂い、距離が近づいた瞬間の熱に、なぎこの胸にはかつてないほどの激しい動揺が生まれていく。相手は女性だ。初めて知る「同性への恋情」という底なしの沼。茉知の存在が、なぎこの凍っていた世界を強引に融かしていく。
「まだ起きてる?」
画面の右下に滑り込んってきたチャットの通知。送り主は、茉知だった。
「うん。ロゴの配置、AパターンとBパターンで迷ってて」
なぎこが返信すると、画面の向こうで茉知のアイコンの横に、タイピング中を示す三点リーダーがすぐに小さく揺れた。間を置かず、次のメッセージが滑り込んでくる。
「今からそっち行っていい? 終電はとっくにないけど、車ならすぐだから。直接見て決めた方が早い」
心臓が激しく跳ねる。深夜の静まり返ったオフィスに、二人きりなんて…
茉知が自分に向ける視線の温度が、単なる仕事仲間に対するそれではないことに、なぎこは気づいていた。茉知もまた、迷いながら、何かを確かめようとしている。ここで簡単に彼女を招き入れてしまえば、私は引き返せなくなる。恐怖と、それを上回る甘い予感がなぎこを締め付ける。




