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第一章:夜をこめて
午前三時、神田のコワーキングスペースの空気は、淹れてから時間の経ったコーヒーの匂いと、ノートPCが発する熱気で満ちていた。
大手広告代理店でプランナーを務めるなぎこは、目の前の画面に並ぶフォントの微調整に没頭している。
今回の案件は、古典和歌を現代に蘇らせるブランドのプロモーション。そのキービジュアルとなるロゴデザインを、フリーランスのデザイナーで茉知とタッグを組んで進めていた。茉知はグラフィックの仕事を受ける傍ら、キャンバスに油彩を紡ぐ画家としての側面も持っている。彼女の描く絵は、いつも言葉にならない情念をはらんでいた。キャンバスを侵食するような、あの鮮烈な赤の飛沫のように。
課題として提示されたのは、清少納言の有名な一首。――夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関は許さじ。「鶏の鳴き真似で、夜が明けたと騙そうとしても、私の心の関所は絶対に開かない」日中、資料の文字を追いながら、なぎこはその歌の輪郭をなぞっていた。ただの強気な拒絶の歌だと思っていた。けれど、茉知と何日も夜を徹して言葉を交わし、デザインの推敲を重ねるうちに、歌の持つ本当の温度が、じんわりとなぎこの胸に染み込んできていた。




