第四章:神代もきかぬ赤
あれから数年、私の作品の最大の特徴は、圧倒的な「赤」だ。画面を埋め尽くすその鮮烈な赤は、アート界にこれまでにない衝撃を与えていた。「こんな赤は見たことがない」「世界の誰も、まだこの色彩を知らなかったはずだ」ある高名な美術誌に書かれたレビューを見て、私は胸の奥が熱くなるのを感じる。私の描く赤は、単なる絵の具の「赤」ではない。誰も到達したことのない未知の鮮烈さ、奇跡のような美しさとして、人々を激しく震撼させているのだ。その評価の声を聞くたび、私はふと、あの有名な百人一首の歌を思い出す。『ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは』不思議なことが当たり前のように起きていた神々の時代でさえ、絶対に聞いたことがない。そんなあり得ないほどの美しさで、竜田川の水を唐紅に染め上げてしまう情熱の歌。私の赤は、まさにあのはじめての恋の情熱そのものだ。
名前しか知らなかった彼と、激しくぶつかり合い、そしてすれ違っていったあの時間。私の流した涙も、胸を焦がした執着も、すべてがこのキャンバスの上で、誰の耳にも届いたことのない、前代未聞の赤へと染め上げられている。彼という紅葉が私の川に飛び込み、私の激流がそれを強く絞り染めにしたからこそ、私の水面はいつの世の誰も知らぬほど赤く染まったのだ。
個展会場の白い壁に、私の「赤」が並ぶ。私はまだ、誰にも負けていない。これからも、この命をすべて擦り切るようにして、私は私の川を唐紅に染め上げていく。
ーーいつか、私の激流から遠く離れたあの人が、ふらりとこの会場へ迷い込み、どこか懐かしむような遠い眼差しで、この赤を見上げるその日まで。




