第ニ章:色彩の静寂
ある春の放課後、陽来はいつもと違う道を歩いていた。ふと足が止まったのは、ビルの1階にある小さなギャラリーの前だった。ガラス越しに見えた、画面を埋め尽くす圧倒的な「赤」の絵画。その息をのむような色彩に、陽来は吸い込まれるように中へ入ってしまった。それは、プロの画家として世界を震撼させている、あの彼女の個展だった。その狂おしい情熱の波の真ん中に、一人の客である「彼」がいた。
彼は、並んだ大作を静かに見上げていた。その横顔には、どこか懐かしむような、遠い眼差しが浮かんでいる。
そこで、陽来は彼と出会う。この圧倒的な赤の奥にある美術のこと、お気に入りの本のこと、穏やかに語りかけてくれる。けれど、陽来の素性を詮索するようなことは一切なかった。学校のことも、名前すらも聞いてこない。ただ対等な一人の人間として、静かに言葉を交わしてくれた。
それから、陽来は導かれるように彼が教えてくれた静かなブックカフェなどに足を運ぶようになった。彼は陽来に何かを押し付けることも、無理に喋らせようとすることもしない。他愛のない会話を交わし、時に静かに時間を共有してくれた。そんな彼と過ごす時間は、陽来にとって生まれて初めての、本当の「心が休まる居場所」だった。
ある日、彼は陽来の長い前髪の奥にある瞳をじっと見つめ、その目の綺麗さを優しい言葉で褒めてくれた。彼とたくさん言葉を交わすうちに、陽来は自分にも魅力があるのだと知り、少しずつ自信が持てるようになっていった。




