奴隷
ドバイの熱風は、皮膚を焼く熱というより、肺を押し潰す重圧となって由紀の全身を包み込んでいた。
砂漠の奥深くに築かれた、人跡未踏の豪華な施設。その地下深く、外光が一切遮断された「展示室」で、由紀は全裸のまま、冷たい黄金の台座の上に立たされていた。
四方は三田の時を凌駕するほど磨き抜かれた巨大な合わせ鏡。無機質なLEDが放つ冷徹な光が、由紀の身体の隅々までを容赦なく暴き出す。かつて港区で「モデル体型」と称えられたその身体は、今や「商品番号0341」としての価値を問われるだけの肉の塊に過ぎなかった。
「……あ、あぁ……。嫌……誰か、助けて。お願い……」
由紀の喉からは、もはや言葉にならない掠れた吐息しか漏れない。
三日間。食事は最小限の栄養素を含んだ無味乾燥なゼリーのみ。水は一日にコップ一杯。由紀の自慢だった茶髪は、砂と乾燥でパサパサに干からび、豊満だった胸もわずかに削げていた。
だが、この施設の管理者たちは、由紀の「商品価値」を落とすことを許さない。
「磨け。世界中の富豪が集まるオークションまであと一時間だ」
黒人の巨漢たちが数人、無表情で由紀に近づく。彼らは抵抗する力すら失った由紀を、まるで高級車を洗浄するかのように、高圧の冷水で洗い流し、スクラブで肌の角質を限界まで削り取っていく。
「痛い! 痛いあああああ! 皮が、剥げる……! やめて、殺して!!」
由紀の絶叫は、タイル張りの浴室で空虚に反響する。痣の跡には特殊なコンシーラーが塗り込まれ、乾燥した唇には、まるで鮮血のような真っ赤なルージュが引かれる。外面だけを無理やり「全盛期の港区女子」へと引き戻していくその工程は、由紀にとっては生きたまま剥製にされるような、終わりなき拷問だった。
やがて、重厚な鉄の扉が開き、仮面をつけた男たちが次々と部屋に入ってきた。
彼らは、アラブの王族、ロシアのオリガルヒ、正体不明の武器商人。法も倫理も届かない場所で、究極の娯楽を求める怪物たちだ。
「さあ、紳士諸君。今夜の目玉の一つだ。東洋の神秘、かつて日本の夜を支配したという『港区の女王』の末路だ」
司会者の高らかな声とともに、由紀の足元の台座がゆっくりと回転を始める。
由紀は、鏡の中に映る数えきれないほどの自分の「無残」を見つめるしかなかった。男たちの視線が、値踏みするように彼女の肉体を這う。一人が彼女の顎を指で強引にこじ開け、家畜の歯を調べるように歯並びを確認する。
「……っ、ふぐ……ぁ……!」
指が口内に突き刺され、蹂躙される。由紀の瞳からは、大粒の涙が溢れ出し、せっかく塗られたルージュを溶かして顎へと滴り落ちた。
「いいね、そのプライドの残骸がたまらない。五万ドルだ」
「十万。俺の屋敷の、鏡張りの犬舎に住まわせよう」
「二十万。俺のヨットの床を、その茶髪で掃除させてやる」
オークションは、由紀の尊厳をどれだけ効率的に破壊できるかを競い合う狂宴へと化した。
かつて、西麻布のバーで「次はどっちのシャンパンを開けてくれるの?」と、男たちの財布を弄んでいた自分が、今は「一頭の家畜」として、その肉の重さと若さの残滓を競り落とされている。その皮肉な因果応報が、由紀の精神を内側から食い荒らした。
「嫌……っ! 私は人間よ! モデルなのよ! こんなの、間違ってる……っ! 誰かああああっ!!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶが、男たちはその絶望の表情を見て、さらに値を吊り上げていく。
最終的に、由紀を落札したのは、全身に火傷のような傷跡を持つ、車椅子の老人だった。
老人は、震える指で由紀の頬をなぞった。その指先からは、死の臭いがした。
「……いい目だ。絶望に汚れきっている。君を、私の『コレクション』の最後に加えよう」
老人の合図で、由紀の首に一本の首輪がはめられた。
純金製。宝石が散りばめられた、港区女子が泣いて喜ぶような豪華な装飾。だが、その裏側には無数の鋭い針が仕込まれており、由紀がわずかに身悶えするだけで、その首筋を容赦なく傷つける「奴隷の証」だった。
「……っ!! あ、あぁ……」
重厚な金の重みが、由紀の細い首を押しつぶす。彼女はそのまま、老人のプライベート・ジェットで、さらに辺境にある彼の城へと連行された。
そこは、まさに「美しき地獄」だった。
広大な広間の四壁は、すべてが一枚岩の鏡。床は黄金のタイル。由紀はそこで、二十四時間、常に全裸のまま、老人の傍らで四つん這いになって待機することを命じられた。
「由紀、ワインだ。私の足元まで、唇だけで運べ」
老人の命令は絶対だった。
四つん這いで、重い黄金の首輪を引きずりながら、由紀は床を這う。
鏡には、かつての華やかなワンピースも、高いヒールも脱ぎ捨てられ、獣のように這いずり回る自分の姿が映り続ける。かつて「港区の夜景が私のトロフィー」と豪語していた女の面影は、もはやどこにもない。
「……っ、ぐ……ぅ、う……」
老人は、由紀が少しでも動作を誤ったり、惨めさに涙をこぼしたりするたびに、首輪のリモコンを操作する。
首筋に流れる高圧の電流。
「あああああぁぁぁっ!! ひぎっ、あ、あああ!!」
由紀の身体が海老のように跳ね、黄金の床に叩きつけられる。電流の衝撃で失禁し、自分の排泄物で汚れた床に顔を押し付けられながら、彼女は鏡の中の自分と目が合った。
そこには、汚物にまみれ、白目を剥いて痙攣する「かつての女王」が映っていた。
「……はぁ、はぁ……。ごめんなさい……ごめんなさい、ご主人様……。許して……っ」
老人の目的は、由紀の肉体を使うことではなかった。
かつて傲慢に男を食い散らかした女が、自分の足元で、ただの「動く家具」へと変わり果てていく過程を、鏡越しに鑑賞すること。それが、老人の歪んだ快楽だった。
「……助けて。パパ……誰でもいいから。私、いい子にするから……。西麻布に帰して……っ。六本木のマンションに、帰らせてよぉ……!!」
夜、主人が眠りについた後、由紀は黄金の床の上で丸まって泣いた。
かつて自分がパパ活で得た金、騙し取った男たちの涙、踏みにじった家庭の数々。
その報いが、今、砂漠の沈黙の中で、永遠に終わらない苦痛となって彼女を責め立てる。
「……あは、ふふふ。私は……まだ、綺麗よね? 鏡の中の私は……まだ、港区の……女王……なんだから……」
由紀は、黄金の首輪の重みに耐えかねて、鏡に映る自分に向かって、狂ったように微笑みかけた。
その瞳に宿っていた、港区女子としての「自尊心」という名の最後の光が、今、完全に立ち消えようとしていた。




