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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 ???

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第七十五話 怪物とふかふか

 朝、母屋のテーブルに広げた新聞が、やたらとうるさかった。


『皇帝復活!!』

『サクライルドルフ無敗継続!』

『次走ジャパンカップへ――世界の怪物ダンシングトニーを迎え撃つ!』

『年末は有馬記念か!?関係者が語る!』


 見出しがでかい。

 やたらでかい。


 ルドルフが秋の天皇賞を勝って、一週間。


 世間、ちょっと盛り上がりすぎではないだろうか。


「いやあ、世間はすごいな」


 思わずそう呟くと、向かいで湯呑みを持っていた弥生ちゃんも、しみじみと頷いた。


「ですねぇ」


 この「ですねぇ」には、色々な感情が入っている気がする。


 呆れと、慣れと、諦めと、ちょっとの面白がり。


 最近の弥生ちゃんは、こういう時の相槌が妙に落ち着いている。


「弥生ちゃん、こういうの見て何とも思わないの?」


「思いますよ」


「たとえば?」


「勝っちゃったらまた取材増えますよね」


「そこかぁ……」


 もっとこう、「ルドルフすごいですね!」とかじゃないんだ。


 とはいえ、うちも最近かなりスタッフさんを増やしたので少しは余裕がある。


「今にして思うと」


「ん?」


「皐月賞終わった後、私たちだけで回してたの大分おかしかったですよね」


「ごめんなさい」


 静かに微笑みを湛える弥生ちゃんに頭を下げる。


 本当に弥生ちゃんにはお世話になりっぱなしだ。


 やることは相変わらず多い。


 むしろ増えている。


 でも、こうやってのんびり新聞を読む時間くらいは手に入るようになった。


「朔ぅぅぅぅぅぅ!!」


 そんなありがたみを噛み締めていると外から叫び声が聞こえた。


「元気だなぁ」


「何言ってるかわからなくても、呼んでるのわかるの凄いですね」


 クラウンだ。


 弥生ちゃんが呆れたため息をついているので、奴は後で叱られるだろう。


 とりあえず何事かと思って放牧地まで行くと、クラウンがハイテンションで言ってくる。


「朔!!テレビ見たか!?」


「何のだよ」


「ダンシングトニーが来るんだって!?」


「らしいな」


 さっき新聞に載ってたしな。


「去年テレビで見た海外のレースでヤバいくらい強かったアイツだろ!?」


「おお、よく覚えてたな」


 本気でちょっと驚いた。


 クラウンは放牧地の柵の向こうで、いかにも深刻そうな顔をした。


「やばいな」


「何が」


「これは、俺が出陣して日本の力を示すべきでは!?」


「ルドルフに任せとけ」


「だって、ルドルフが勝ったら、アイツますます調子にのるだろ!」


「そこ?」


「だって、怪物に勝ったら絶対“やっぱり私って特別ですね”みたいな顔するぞ、あいつ」


「それはまあ、するだろうな」


 想像できすぎて困る。


 すると、少し離れたところから、ストーンがいかにも呆れた顔で鼻を鳴らした。


「坊主」


「ん?」


「ダンシングトニーってのは、そんなに強いのかい」


「つよい」


 あいつはヤバい。


 本当にヤバい。


 凱旋門賞をテレビで見た時は、素人の俺でも「何だあれ」ってなった。


 ちょっとおかしい。


 “強い”を通り越して、“世界の法則が乱れる”みたいな末脚を見せてた。


「ルドルフが負けたら、あの子、めちゃくちゃ不機嫌になるだろうね」


「それはそう」


 負けた瞬間、たぶん「え?」って顔をして。


 そのあとで三日くらい「意味がわからない」とか言いながらふて寝する。


 いや、三日じゃ済まないかもな。


「でもさ、朔」


「ん?」


 クラウンが、ちょっとだけ静かな声で言う。


「ルドルフのやつ、楽しそうだよな」


「……うん」


 トレセンにいても、岡部さんやクロエさんから時々近況は聞く。


 強いやつと走る話をすると、すごくいい顔をするらしい。


 ダンシングトニーの映像も見て、だいぶやる気を出してたらしい。


 それなら、いい。


 勝つのも大事。


 でも、あいつが楽しそうに走るのが、やっぱり一番いい。


 その横で、繁殖牝馬たちが半眼で言った。


「ルドルフは、相手が強い方が張り切るタイプだからねえ」

「わかる」

「あの子、性格悪いもん」

「強いやつに勝ってこそだと思ってそう」

「実際思ってるだろうねえ」


 好き放題である。


 でも、たぶん当たっている。


 あいつはどんだけ新聞で書かれても牧場に帰れば“わがままガキンチョ”扱いなのである。


 そんなことを考えていたら、

 今年の当歳の一頭が、俺の長靴に頭をぐいぐい押しつけていた。


「さくー」


「ん?」


「さいきん、おふとんがふかふかー」


 思わず、ちょっと笑った。


「そうだろう、いい草に変えたからな」


「わーい」


 当歳はその場でぴょこっと跳ねた。


 横のやつもつられてぴょこっと跳ねる。


 かわいい。


 そして横から別の当歳もすぐ便乗した。


「さくー!」


「んー?」


「ごはんもなんかおいしー」


「それも少し変えたからな」


「わーい!」


 すると、一歳馬の一頭が、ちょっとだけ偉そうな顔で口を挟んだ。


「まあ、寝藁の質は上がったよな」

「前より腰に優しい感じする」

「わかる」

「あと水桶も掃除早くなった」

「人増えたからじゃない?」

「人類、増やすと便利だな」


「お前ら、感想が老人ホームみたいになってるぞ」


 その会話を聞いていたストーンが、呆れたように鼻を鳴らす。


「最近のうちの牧場、ちょっとずつ豪華になってきたねぇ」


「みんなが今まで頑張ってくれたおかげだよ」


 言いながら、少しだけ胸が温かくなった。


 前よりいい寝藁にして。


 牧草の質も上げて。


 細かい設備を直して。


 厩舎の風の通りも、少しだけよくした。


 大きい牧場みたいに一気に全部変えるのは無理だ。


 でも、少しずつならできる。


 その“少しずつ”が、こうやって馬に伝わってるなら、悪くない。


 たぶん、爺さんが見たら「ふん」とか言うだけなんだろうけど。


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