第六十九話 皇帝の夏休み
「朔ー!暇ー!」
放牧地の真ん中で態度と声がデカいやつがいる。
「暇ー。めっちゃ暇ー」
新聞やネットで、
『はたして何冠まで行くのか!?』
『秋は海外か!?関係者が語る!!』
とか言われてるサクライルドルフである。
無敗の三冠馬。
さらに有馬記念、大阪杯、天皇賞・春、そして宝塚記念まで勝って帰ってきた。
世間じゃ、「現役最強馬」みたいな扱いである。
春の古馬王道三つ全部勝つって何してんだ、覇王かコイツ。
だが、現実のルドルフは、ただの夏草の上で、ごろりと横になりながら空を見ている。
「暇ー」
「暇ー!」
「超暇ー!!」
「うるさい」
耐えきれずに突っ込むと、ルドルフは寝転がったまま、ものすごく不満そうにこっちを見た。
「朔」
「ん?」
「暇だけど牧場にいると、爺ちゃんと朔と弥生いるし、りんごたくさん食べられるから許す」
その言い方が、いつもどおり過ぎて、俺は少しだけ笑った。
「お前、だいぶ牧場好きだよな」
爺さんが見えれば寄っていくし、
俺が母屋に戻ると「どこ行くの」って顔をするし、
弥生ちゃんが休憩に入ると、露骨に「働く気なくしました」みたいな顔になる。
面倒くさい。
でも、まあ、かわいいっちゃかわいい。
「レースも好き」
「うん」
「強いやつに勝つのも好き」
「お、おう」
「でも牧場も好き」
そう言って、ルドルフは満足そうに鼻を鳴らした。
その横で、クラウンがすごくわかったような顔をうなずいている。
「名馬には帰る場所が必要だからな」
「お前、いいこと言ってる風でだいぶ適当だな」
クラウンは珍しく少し静かな声で続けた。
「帰ってきて、姉ちゃんに嫌味言われて、朔に雑に撫でられて、ちびどもが騒いでて、そういうの、なんかいいだろ」
その言い方は、ちょっとだけ真っ直ぐだった。
クラウンは時々こういうこと言うんだよなぁ。
――だが、一言余計だったな。
やっぱり聞いていたストーンが鼻を鳴らす。
「誰が嫌味言ってるって?」
「だいたい姉ちゃんだろ」
「あんたらがろくなこと言わないのが悪いんだろ」
「大事な心得の話だ!」
また始まった。
でも、いいか。
そこで、厩舎の方からカンカンカンカンと、金属の音が響いた。
「ねえ」
ルドルフが耳を動かして、いかにも気になる顔になる。
「カンカンうるさいんだけど、何してるの?」
「厩舎の改築。それから花壇つくってる」
「花壇!?」
ルドルフが、がばっと起き上がった。
「俺の記念館は!?」
「建てねぇよ」
「えー」
そのタイミングで、クラウンも勢いよく首を突っ込んできた。
「俺の金の銅像は!?」
「乗馬施設で建ててもらえ」
というかなんで金なんだよ。
「くっ……!」
クラウンが悔しそうに耳を伏せた。
「金の銅像、夢あるだろ……」
その会話を聞いていた一歳馬が、しれっと言う。
「金ピカってダサくない?」
「ちょっとわかる」
「ぼくは木の方が好き」
「じゃあクラウンにーちゃんは木彫りでいい?」
「やめろ!なんか神社の入口に置かれるやつみたいになるだろ!」
いや、クラウンに木彫りは意外と似合うかもしれん。
ストーンが、いつもの半眼でこっちを見た。
「あんたたちねえ」
「何だよ姉ちゃん」
「何さ、お母さん」
「賞金の使い道を、自分の像と記念館にしようとする馬がどこにいるんだい」
「ここに」
「ここに」
クラウンとルドルフが、ぴたりと声を揃えた。
「馬鹿」
ストーンの一喝で、二頭とも少しだけしゅんとした。
相変わらずだな、こいつら。
うちの牧場は、ルドルフやみんなが頑張ってくれている賞金を使って、ちょっとずつ拡張中だ。
古くなった厩舎を直して。
牧草や寝藁を質のいいものにして。
スタッフさん用の事務所を作って。
獣医さんが来た時に使いやすい小さな診療スペースを整備している。
あと、花壇。
うん。
全部を一気に変えるほどの大牧場ではない。
でも、できるところから、着実に。
そこへ、クラウンが思い出したように言う。
「そういえば、でかい牧場には競争馬用温泉があるって聞いたぞ」
その瞬間、古参の繁殖牝馬たちが食いついた。
「温泉!?」
「それはいいねえ」
「露天も欲しいね」
「泥パックとかないのかい?」
ルドルフも目を輝かせる。
「サウナもつけよう!」
「お前は何を目指してるんだよ」
「整う名馬」
「新ジャンルすぎる」
一歳馬たちも便乗した。
「りんご風呂ー!」
「にんじん食べ放題ー!」
「僕は昼寝する部屋ー!」
「私はマッサージ用の部屋がいいー!」
温泉関係なくなってるが、この流れは止まらんな。
当歳たちも何もわからないまま、とりあえず盛り上がっていた。
「おんせんー!」
「おんせんってあったかーい!?」
「ぷかぷかー!?」
「おやつ浮かぶー!?」
「お前らはおやつから離れろ」
呆れていると、ルドルフがいかにも良いこと思いついたというようにこっちを見る。
「朔」
「ん?」
「秋も勝つから」
「うん」
「だから、温泉つくって」
「そんなに欲しいのか?」
「だってなんか夢あるじゃん」
「急にカッコいいこと言うじゃねぇか」
俺が笑うと、ルドルフはすごく当然みたいな顔で言った。
「だって俺、夢を叶えるの得意だし」
その一言に、少しだけ言葉が止まった。
こいつ、本当にこういうことを平気で言う。
しかも、今のところ有言実行率が高すぎるから、雑に否定できない。
その時、弥生ちゃんが母屋の方からやってくる。
「随分盛り上がってますね。何を言ってるんです?」
「ん、温泉欲しいんだってさ」
「朔さん」
「ん?」
「検討してる顔してますが、ダメですよ?」
「……ダメ?」
「はい、先に整備するところいっぱいあるので」
「……はい」
「弥生のケチー」
「弥生だって花壇作ったくせにー」
「弥生ちゃんだって温泉入りたいでしょー?」
「やよいちゃん、ドーンってしていいー?」
「やよいちゃん、にんじんちょーだーい!」
俺と弥生ちゃんの会話を横で聞いている馬たちが好き放題に言っている。
お前ら聞こえてなくて良かったな。




