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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 ???

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第六十六話 春の天皇賞って響きにはなんか特別感ある気がする

「朔くーん、町内会長さんから来週の予定についてメール入ってるよー」


 松さんから声をかけられるが、即答できない。


「えーと、たぶん弥生ちゃんがまとめてた気が……」


「朔さん、『今日天皇賞勝ったら緊急取材受けてもらえるか?』って電話が」


 竹さんからも声が飛んでくるが、今日の予定……えーと。


「今日の予定は多分弥生ちゃんが残してくれたメモが……」


 いないと、弥生ちゃんの偉大さを実感するなぁ。


「……朔くん、今日の晩御飯は?」


「弥生ちゃんが作り置きしてくれたおかずがあります」


 ピタッ。


 ……ん?


 松竹梅さんたちと仕事を捌いていたら急に空気が固まった。


「……朔くん」


 梅さんが、重々しく言う。


「はい?」


「次回から弥生ちゃんにレース見に行ってもらうのやめましょうね」


「う」


「というか、朔くんいい加減色々覚悟したら?」


「えーと、あ、そろそろパドックの時間なので母屋に帰りますね!!」


「あ、逃げた!!」


 誰だ今逃げたって言った人。


 全員笑ってるだろ、わかってますよ。



「どう、もうパドック始まってる?」


「丁度いま始まったところだ」


 事務所から逃げて、母屋の居間に戻ると、爺さんが湯呑みを片手に、テレビを眺めていた。


 今日は天皇賞春である。


 京都競馬場、芝三千二百メートル、GⅠ。


 松さんたちや、最近また増えたスタッフさんたちのおかげで、こうしてテレビをゆっくり見る時間くらいはある。


 俺も弥生ちゃんと一緒に行こうかと少し思ったが、なんとなく爺さんと一緒に見る方がいい気がした。


「爺さん、『天皇賞はやっぱり特別だ』って昔言ってなかったっけ」


 爺さんは視線をテレビから外さないまま、短く答えた。


「……そうだな」


「行けばよかったのに」


 そう言うと、爺さんはふんと鼻を鳴らした。


「桜坂が行っただろ」


 そう、今回は弥生ちゃんがレースを見に行ってくれている。


 その結果が事務所の惨状なのだが、まあそれはいい。


「一緒に行ったって良かったじゃん」


「飛行機代がもったいない」


「飛行機代くらいなら今は出せるのに……」


「お前、最近ちょっと金の使い方が雑だ」


 う、ちょっと自覚ある。


 あ、ルドルフが映った。


 爺さんが画面を見ながら、ぼそっと言った。


「ルドルフ、相変わらず偉そうだな」


「うん」


「誰に似た」


「カスタードとストーンの悪いところ抽出して、クラウンが教育した感じかな」


「災難だな」


「手のかかる子ほどかわいいって言うでしょ?」


 爺さんが、ほんの少しだけ口元を動かした。


 笑ったのかもしれない。


「……あの甘ったれが立派になったもんだ」


 その言い方が、あまりにも爺さんらしくて、俺は少し笑った。


「そうだね」


「ああ」


 少しだけ、沈黙。


「……爺さん」


「なんだ」


「春の天皇賞ってどういうところが特別なの?」


 折角なので素直に聞いてみた。


「……スタミナに根性、賢さ」


 爺さんが、ぽつぽつと言う。


「騎手も調教師も、馬自身も、全部試される。そういうレースだ」


「へえ」


「だから特別なんだろう」


 爺さんがこうやってちゃんと説明するの、結構珍しい。


 だから、少しだけ嬉しい。


「じゃあ、ルドルフが勝ったらすごいな」


「今さら何を言う」


「いや、だって」


 俺はテレビの中のルドルフを見ながら言った。


「改めて考えると、あいつ、わりととんでもないとこまで来たなって」


 だって、少し前まで、うちの牧場にとって“オープン馬”ですらすごかった。


 それが今、ルドルフは春の古馬GⅠに当たり前みたいな顔で出ている。


 頭おかしくなる。


 爺さんは俺の感想には何も答えずにお茶を一口飲んだ。


 でも、否定もしなかった。


 爺さんはテレビから目を離さないまま、重ねる。


「……お前もまあまあ頑張っとる」


「うん、ありがとう」


 その会話が、あまりにも普通で、でも、だからこそ胸にくる。


 大げさなことは何もない。


 わかりやすい言葉はない。


 でも、爺さんの中では、これがかなり大きい言葉なのだ。


 俺は知ってる。


「ルドルフが無事に帰ってきたら褒めてあげようね」


「お前は甘やかしすぎだ」


 そうでもないと思ってるんだけどなぁ。

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― 新着の感想 ―
>「カスタードとストーンの悪いところ抽出して、クラウンが教育した感じかな」 クラウンの躾がなければ、あるいはそこそこまともに・・・w ルドルフがこれ勝てば、短距離(皐月賞)からこなせるオールラウンダ…
ほんと怪我しないで欲しいわ
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