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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 ???

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第六十四話 お前らホント親子だな!?

「朔くん、こっちこっち」


「あ、岡部さん。お疲れ様です」


 初めて来た阪神競馬場であるが、この人に会えると少し安心する。


 今日は、四月一週目。


 そう、今年のルドルフの初戦であるGⅠレースの大阪杯を見に阪神まで来ている。


 ……当たり前のようにGⅠ出るの、ゲームだと普通なんだけど、現実だと怖い。


 でも、それはそれとしてせっかくだから、どっかでたこ焼き食べて帰りたい。


 いや、お好み焼きか串カツもいいな……。


「朔くんも慣れて来たねぇ、そろそろ騎乗合図だから一緒に行こうか」


 そんなことを考えているのがバレたのか、岡部さんに優しく促される。


 ごめんなさい、と思いながら素直に岡部さんについていく。


「ルドルフの調子はどうですか?」


「うん、気合ばっちりって感じだね。先週のドバイの結果知ってからは特にって感じ」


「ああ、ゴールデンビールの」


 そう、先週、ゴールデンビールはドバイのすごいGⅠレースを見事一着で駆け抜けた。


「強かったよねー。で、ルドルフにも教えてあげちゃった」


「それはやる気出してるでしょうね」


 なんだかんだ言いながらルドルフも喜んだだろう。


 そんなことを話しながら、謎の通路を抜けると、パドックを終えた馬たちが集まっていた。


 あ、ルドルフだ。


 ……なんか、他の馬に話しかけてるな。


 大人しくしてろよー。頼むよー。 


「こんにちは、先輩。有馬記念以来ですね」


 ルドルフのあの喋り方、まだ慣れない。


「ん、ルドルフか。久しぶりやん」


 相手の馬が低い声で返す。


 おお、なんか強そうだぞ。


「何か元気がないようですが、どうかしましたか?」


 え、元気ないの?


 というかなんか嫌な予感がしてきたんだけど。


「いや、実はなぁ、なんか、こう、鼻の奥がツンとする感じがしてて」


「……鼻血とかですか?」


 ルドルフの声が一段落ちた。


 おい。


 いきなり怖い単語出すな。


 相手の馬が、ちょっとだけ困ったように鼻を鳴らす。


「わからん。けど、鼻血だったら怖いなー」


「……ちょっと待っててください」


 待て。


 お前、その流れはやめろ。


 ルドルフがこっちへ向き直った。


「ちょうどいいところに来ましたね、朔」


 あー、なんかデジャヴ!


「なんか嫌な予感するんだけど、何?」


 ルドルフは、すごく真面目な顔で言った。


「あの馬、『なんか鼻血っぽい』らしいです」


「……うん」


「言ってあげてください」


「お前らホント親子だな!?」


 思わず頭を抱える。


「なんのことです?」


 ルドルフはきょとん、としている。


 お前の母親も昔、ほぼ同じことを俺にやらせたんだよ。


「わけのわからないことを言ってないで、朔。ほら、早く」


 そして、その「当然行くよね?」みたいな顔やめろ。


「えー……もー、わかったよ」


 俺はため息をついて、ルドルフが話しかけていた馬の方へ歩いていく。


 その馬の隣には、馬主さんと調教師さんらしき人がいる。


 言いづらいなぁ。


 いや、本当に嫌なんだよこれ。


 嫌っていうか、怖いんだよ。


 でも、知ってしまった以上、放っておけないのも本当だった。


「あの、すみません」


 声をかけると、馬主さんらしき男性が振り向いた。


「えっとあなたは?」


 そりゃそうなる。


「サクライルドルフの馬主代理です」


「おお、ルドルフの」


 馬主さんの顔が少しだけやわらいだ。


 わかる。


 視線の温度が「変な若造」から「話を聞く相手」になった。


「どうかしましたか?」


「えっと、その馬が……どうも鼻の奥に違和感があるみたいです」


「え?」


 馬主さんが目を丸くする。

 隣の調教師さんらしき人が、ばっと馬の顔を見た。


「ごめんなさい、明確な根拠があるわけではないんです」


 俺は慌てて続けた。


「でも、気付いた以上放っておけなくて」


 これ、普通ならだいぶヤバいこと言ってるからな。


 しかもGⅠの直前だ。「レース前に動揺させに来たのか!」と怒られても当然だ。


「あの、決して貶めようとしてるとかではなくて、その、ただ……」


 そこまで言ったところで、馬主さんは隣の調教師さんを見た。


「……どう思いますか?」


 すると、その調教師さんは、俺の予想よりずっと迷わなかった。


「わかりました」


「え?」


 思わず間抜けな声を出してしまった。


 調教師さんは、少しだけ笑った。


「なんとなく、この馬自身も『そうそう』と言ってそうですし」


「えっ」


 その感性、何?


 一流調教師さん好き。


「おにーさん、ルドルフの馬主なん?そうなんよ、さっきぶつけてから鼻が変な感じでなぁ」


 当の馬自身はこう言ってくれてるが聞こえてない、はず。


 なのに。


「鼻出血の場合、気付かないまま走って深刻化する場合もあります」


 調教師さんが言いきってくれて、馬主さんもすぐに頷いた。


「であれば、この子の安全を最優先にしましょう。桜井さん、ありがとうございます」


 うわ。


 うわうわうわ。


「いえ!その、もし、違ったら本当にすみません!」


 調教師さんは静かな顔で首を振って、目を合わせてくれる。


「嘘ではないんですよね?」


「はい。少なくとも気付いたのは本当です」


「それで十分です。異常は気付いた段階で対処するのが一番です」


 馬主さんもやわらかい顔でこちらを見てくれる。


「であれば、『あのルドルフの馬主さんの言うことであれば』検査を優先しましょう」


 なんか、嬉しいような恥ずかしいような、変な感じだ。


 俺がすごいわけじゃない。


 でも、ルドルフが頑張った結果が、こうして今、目の前の誰かを助けるかもしれない。


「ありがとうございます!」


 何へのお礼かうまく言えないけど、でもそういう気持ちだった。


 調教師さんが、その馬の首筋を軽く撫でながらこちらへ向き直る。


「では、診療所に連れて行きますので、これで失礼します」


 当の馬は、明らかにほっとした顔で俺を見ていた。


「ルドルフに『助かった』って伝えておいて。あ、でも『この借りはレースで返す』とも」


 何と言っていいかわからず、頷きを返している間に、陣営はテキパキと去っていった。


 ……ふぅ。


 …………あー!!!おなかいたいぃ!!


 深呼吸していると、岡部さんとルドルフが近づいてきた。


「朔くん、何があったんだい?」


「えーと……」


 岡部さんに迷惑はかけたくないんだが、今更か……。


「あの馬が『鼻の奥がツンとする』って言ってたので、伝えたら診療所に連れてってくれるってことになりました」


 岡部さんの眉が、ほんの少しだけ優しくなる。


「……そう。うん、朔くんらしいねえ」


 ルドルフはその隣で静かに鼻を鳴らした。


「良かったですね」


「『ルドルフの馬主さんが言うなら』だってさ」


「ふふん」


 ちょっとだけ得意げだ。


「だったら今日も勝って、もっと自慢させてあげましょう」


 いや、すごく得意げだった。


「あ、さっきの馬。お前に『助かった。借りはレースで返す』だってさ」


「いつでも受けて立ちましょう」


 あ、さらに得意げになった。


 その時、別の馬の声がした。


「ルドルフ」


 ルドルフと俺がそっちを向く。


 いかにも「何年もこの世界でやってます」みたいな落ち着きがある馬だ。


 強そー。


「さっきの、やるじゃねぇか」


「何がです?」


「他の馬を大事にするやつぁ、嫌いじゃねぇ」


 ルドルフが少しだけ得意げに鼻を鳴らす。


「当然です。私は余裕がありますから」


「はっ、その余裕をレースで消してやる」


 そのやり取りが、なんかちょっと良かった。


「朔」


「ん?」


「勝ちますから見ててくださいね」


「言い切るなぁ」


「だっていいことしましたから」


 いやいやいや、なんだその“徳を積んだから勝つ”みたいな理屈は。


 さっきの馬は大丈夫だったろうか。


 でも、少なくとも、「助かった」って言ってくれた。


 じゃあ、まあ。


 それで十分か。

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