第六十三話 今年も一年、本当に色々あったなぁ
十二月三十一日。
大晦日である。
だからといって、牧場の朝が特別遅くなることはない。
馬は「今日は年末だから、朝ごはん十時でいいよ」とか言わないし、そんなことしたら多分怒る。
いつも通り暗いうちに起きて、いつも通り長靴を履いて、いつも通り厩舎に行って、いつも通り馬たちに飯をやる。
「朔ー」
一歳馬の一頭が、ぴょこっと顔を出してきた。
コイツもあと一日で二歳になる。
この年齢の数え方にもさすがに慣れてきた。
「ルドルフにーちゃん、またゴロゴロしてる」
「だろうな」
知ってた。
他の一歳馬たちも、いかにも呆れたような声を出す。
「ダービー馬なのに」
「三冠馬なのに」
「でも、あれで強いからムカつく」
「お前ら、だいぶ言うようになったな」
「だってほんとだし」
「放牧地でころがってるだけなら、ぼくらもできる」
「勝つのがすごいだけで」
「日常生活はだいぶだらしない」
言いたい放題だな。
すると、寝転がっていたルドルフが、片目だけ開けてそっちを見た。
「お前ら、有馬記念勝ってから言え」
「うわ、正論で殴ってきた」
「ずるい」
「実績つよい」
「やっぱムカつく」
その「ルドルフにーちゃん」は帰ってきてから、わりと本気でだらけている。
放牧地に出る。
当歳と一歳に演説する。
クラウンと無駄に盛り上がる。
爺さんを見つけると近づいて撫でてもらう。
そのあとごろごろする。
大体この流れだ。
すごく正しい年末の過ごし方な気がするのは何故だろう。
ルドルフが寝藁の上でごろりと転がり、こちらに顔を向ける。
「……有馬記念、楽しかった」
「お前、帰ってきてからずっとそれ言ってるな」
「だって、ビールはいなかったけど、速いやつも強いやつもたくさんいて、楽しかった」
「まあ、お前が楽しく走れるならそれが一番だよ」
実際、勝ったのももちろん嬉しいが、ルドルフが無事で楽しいのが何よりだ。
でも、このだらけた姿は、「無敗の三冠馬」という言葉からはイメージできないだろうな。
「朔」
横から声をかけてきたのはクラウンである。
こいつはこいつで年末年始休暇という名の帰省中だ。
……乗馬施設、うちよりホワイトなんじゃないか?
「どした、クラウン」
「ルドルフ、今年は本当に偉かったな」
「そうだな」
俺が素直に頷くと、クラウンは満足そうに鼻を鳴らした。
「やはり俺の教育がよかったんだな」
「教育が悪かったの間違いだろ」
「無敗の三冠という概念を教えたのは俺だぞ!」
すると、ルドルフが、寝転がったまま楽しそうに口を挟んだ。
「クラウンの教育で良くなるなら、世の中もっと平和だよ」
「てめぇ」
「事実です」
「口調だけ丁寧でも内容が喧嘩売ってるんだよ!」
元気そうで何よりである。
そのやり取りを見ている当歳が楽しそうに声をかけてくる。
「さくー!」
「なんだ」
「るどるふにーちゃん、だらけてるー!」
「だらけてるな」
「さんかんばは、いっぱいだらけるのー?」
「そうかもしれない」
「ぼくもさんかんばになるからだらけるー!」
「そうか、頑張れ」
「ぼく、だらけるのとくいー!」
全員まとめてストーンと弥生ちゃんに怒られるまであと数秒。
◇
今年最後の仕事を終えて、夜。
外はしんと寒く、いつもどおり雪が降っている。
静内は道内では比較的雪が少ない方だが、ちゃんと降る。
居間には、買ってきたオードブルにお寿司、
そして、弥生ちゃんが作ってくれた年越しそばが並んでいた。
ありがたい。
爺さんと弥生ちゃんと俺の三人で席につく。
「今年も大変だったな」
ぽつりと爺さんが言う。
それを聞いて、俺と弥生ちゃんが同時に頷いた。
「大変だったな」
「大変でしたね」
弥生ちゃんがちょっと笑った。
いや、もう本当に今年は色々あったなぁ。
人が増えたし、門もついたし、ルドルフは全部勝って無事に帰ってきた。
「弥生ちゃん、年越しなのにお家帰らなくて大丈夫?」
俺が今さらながら聞くと、弥生ちゃんは柔らかい顔で答えた。
「家も牧場のことはわかってありますし、言ってあります。
逆にスタッフの皆さんが休み明けてから、ゆっくり休ませてもらいますね」
「……ごめんね、ありがとう」
今日は松さん、竹さん、梅さんを含めたスタッフの皆さんも年末休暇。
バイトに来てくれてる高校生たちも当然休み。
要するに、今の戦力は最低限だ。
爺さんが、相変わらず目線を動かさずにぼそっと言う。
「……桜坂には助けられている」
「いえ、気にしないでください」
弥生ちゃんが、ふふっと笑って首を振る。
でも、なんかこう……笑顔の奥に、企みが見える気がする。
気のせいだろうか。
まあいいか。
そば美味しいし。
その時、弥生ちゃんがひょいと一升瓶を出した。
「朔さん」
「ん?」
「少しだけ飲みませんか?」
「お酒?」
爺さんがちらっと見る。
「年越しくらいはいいだろう」
爺さんまで許可を出した。
珍しい。
「じゃあ、ちょっとだけ」
「ちょっとだけ、ですね?」
弥生ちゃんが持っている酒は、たぶんお祝いでもらった高いやつだ。
三人分注いでくれるのを見て、ふと思う。
そっか。
「弥生ちゃんも成人してるんだもんね」
「はい、今年で二十歳ですから」
なんか、弥生ちゃんは高校生の感覚がまだ少し残っているが、もう二十歳なんだもんな。
時間の流れって早いなあ。
「今年もお疲れ様」
お猪口に手を添え、爺さんが短く言う。
「お疲れ。ありがとう、二人とも」
「お疲れ様です。来年もよろしくお願いします」
乾杯、とは言わない。
三人とも静かにお猪口を口に運ぶ。
外の厩舎では、起きている馬たちが騒いでいる声も聞こえる。
「俺もお蕎麦食べてみたーい」
「おかーさーん!ことしもおわるのー!?」
「終わるよ」
「ことしおわったら、ぼくいっさーい?」
「まあ、そうだね」
「すごーい!」
「来年の俺も無敗!」
「いいぞルドルフ!その意気だ!!そして牧場に記念館を建てよう!」
黙れクラウン。建てねぇよ。
そして弥生ちゃん、飲むの早くない?
俺に注ぐのも早くない?
明日も朝四時起きだよ?




