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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 ???

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第六十二話 馬主パーティって、たぶん慣れることはない

 東京某所。


 たぶんすごく高いホテルの会場前で、俺はネクタイをいじっていた。


「苦しい……」


 別に首が締まっているわけではない。


 ちゃんと弥生ちゃんが「それ以上締めると死にますよ」と適切な位置に直してくれた。


 つまり、原因は服ではない。


 これから入る会場の方だ。


 年末の馬主パーティ。


 去年までも来てはいた。


 でも、今年は意味が違うことくらいわかっている。


 今年の俺は、無敗の三冠+有馬記念勝ち馬の馬主だ。


 冷静に考えると頭おかしくなりそうだな?


 でも、だからこそ、逃げ場がない。


 会場に入ると同時に何人もの馬主さんに声をかけられた。


「やあ、桜井さん」

「このたびはおめでとうございます」

「サクライルドルフ、すごい馬ですねえ」

「有馬記念も取ってしまいましたし、来年はどうするんです?」

「種牡馬価値まで含めると、どこまで走らせるか難しいでしょう?」


 昨年までも話しかけられはした。


 でも、明らかに違う。


 みんな、笑顔だ。


 でも、ビシビシ伝わってくる。


 ――悔しい。

 ――羨ましい。

 ――来年は負けない。

 ――次はこっちの番だ。

 ――無敗を破るのはうちの馬だ。


 要するに――こわい。


 会釈して、当たり障りのないことを返す。


「ありがとうございます、岡部さんやクロエ騎手、ルドルフが頑張ってくれただけです」


「そういう言い方ができるのはいいことだよ」


「そういうものでしょうか」


「その『ルドルフが頑張ってくれただけ』を言えるのは、サクライルドルフの馬主だけなんだよ?」


 その言葉に、一瞬だけ返事が詰まった。


 なるほど。


 そういう見方をされるのか。


 笑いながら、その人は去っていく。


 去り際の目が、笑っているのに笑ってない。


 ちゃんと「次は負けない」って顔に書いてある。


「こわ……」


 思わず漏れた本音は、幸い誰にも聞こえなかったと思う。


 いや、たぶん聞こえても、みんな聞こえなかったふりをする場なんだとは思うけど。


「君」


 そんなことを考えていたら、こそこそと近づいてきた人物がいた。


 この感じはもうわかる。


「金持」


 金持は相変わらず、金持だった。


「どうだね!」


「何が」


「皆の視線が違うだろう!」


 何でお前が誇らしげなんだよ。


「君、去年よりちゃんと“敵”として見られてるぞ!」


「言い方」


「だってそうだろう!?」


 まあ、そうなんだけど。


「今年はルドルフがいっぱい勝ってくれたからな」


「そのとおり!今年のルドルフは強かった!」


 金持は、ものすごく満足げに頷いた。


「だがしかし!君とルドルフは!!」


「うん」


「僕とビールが!!」


「うん」


「絶対絶対ぜーったい!!倒してやるからな!!」


「うわ、直球」


 あまりにも真っ直ぐだった。


 周囲の馬主さんが、ちょっとだけ笑っている。


「若いねえ」

「いいじゃないか」

「そのくらいわかりやすい方が、むしろ気持ちいい」

「私たちも負けてられませんわね」


 うん。

 

 癒しだわー、こいつ。


「ルドルフに伝えてくれ給え!『秋まで負けるんじゃないぞ』と!」


「秋なの?」


 てっきり春からバチバチやるもんかと。


「ビールは春はドバイだからな!」


「おお、すげえ」


 でもそれ言ってよかったのか?


 後であの執事さんに拳骨されない?


「決着は秋だ!!」


 この男、ほんとに漫画みたいな台詞言うな。


 ちょっと羨ましい。


「ビールはどうしてる?」


 俺が聞くと、金持の表情が、少しだけやわらいだ。


「元気だよ。怪我の程度も心配ない」


「それは良かった」


「ただ、ルドルフに負けっぱなしのまま終わる気はない」


「でもビールは、キングジョージと凱旋門二着だったろ」


 これは正直超すごい。


 ルドルフとぶっちゃけどっちがすごいの?ってレベルで強さを証明してる。


「それはそれ!!これはこれ!!」


「まあ、わかるけど」


 気持ちはわかる。


「ルドルフに負けたままではビールも終われないからね!!」


「ルドルフも喜ぶ」


「だろうね!!」


 金持が、やたら嬉しそうに笑った。


「やっぱりライバルは強くなくちゃ面白くない!」


「それはそうかもな」


 俺も少し笑った。


 帰ったらルドルフに教えてやろう。



 人の波を抜けて、食べ物のテーブルの近くへ移動した。


 逃げたのではない。

 戦略的転進である。


 そこへ、静かに声をかけられた。


「少しは慣れたかい」


 天山さんだった。


 相変わらず、隙のない格好だ。


 この人、たぶん寝起きでも隙ないんだろうな。


「天山さん。

 去年までより……そうですね。見られてる感じがします」


 天山さんは、小さく頷いた。


「可愛がられる側は、もう終わりだ」


「怖いこと言いますね」


「でも、嬉しいだろう?」


「……まあ、少しは」


 それも本音だった。


 ストーンが、クラウンが、テンザンサクラが、ルドルフが認められた気がして嬉しい。


 天山さんが少しだけ目を細める。


「私も、君に負けないように頑張らなければね」


 ぞわっ、とした。


「さらっと怖いこと言うのやめてもらっていいですか」


「怖いかい?」


「かなり」


「それは失礼」


 そう言って笑うけど、全然失礼だと思ってなさそうなのがこの人である。


「でも、本音だよ」


 天山さんは、会場の奥の方に目を向けて言う。


「無敗の三冠に有馬記念まで取られると、さすがに腹も立つ」


 言い方はやわらかい。


 でも、そこに込められた熱量は本物なのがわかる。


「でも」


 そのまま、ほんの少し面白がる声になった。


「そういう相手がいないと、この世界はつまらない」


「……光栄です」


 俺がそう言うと、天山さんはほんの少しだけ頷いた。


「みんな楽しみなんだよ。来年、君の皇帝がどこまで行くのか」


「俺もです」


「そして、みんな『自分が倒してやる』と思っている」


「どっちなんですか」


「両方だよ」


 その言い方が、あまりにも自然で、思わず笑ってしまった。


 この人たち、本当に馬が好きなんだな。


 勝ちたいし。


 負けると悔しいし。


 でも、強い馬が出てくるとちゃんと面白い。


「……とはいえ、ずっと気を張っていても腹は減るだけだ。美味しいものでも食べようじゃないか」


 一気に雰囲気を緩めて、ニヤリとこちらに笑顔を向けてくる。


「はい。喜んで」


 内に秘めた熱はそのまま。


 それでも、こうやって気遣ってくれるところも、この人かっこいいんだよなぁ。


「……ところで、これ何ですか?」


 なので、素直に甘えて、ずっと疑問だった肉っぽいやつを指さす。


「実は私もわからん」


「そうなんですか」


 マジか。


「わからなくても美味しければ良いのだ。こっちの透明なのも美味しかったぞ」


「あ、じゃあ」


 美味しかった。


 バチバチしてても、腹は減る。


 そしてここの飯はうまい。


 たぶん、これは何度馬主パーティに参加しても同じだ。


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