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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 ???

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第五十三話 うん、無理。

 皐月賞から一週間。


 結論から言う。


 桜井牧場は、壊れていた。


 いや、物理的には壊れていない。


 でも、空気が壊れていた。


 ブロロロロロ。

 キキィ。


「サクライルドルフの幼少期のエピソードを――」

「写真だけでも一枚!」

「皐月賞制覇おめでとうございます!」

「一般見学ってできますか?」

「ちょっとだけ放牧地に入らせてもらっても――」

「ダメです」


 ダメに決まってんだろ。


 牧場の入口には車が数台。


 やたらでかいカメラを抱えた人。

 取材らしき人。

 競馬ファンらしき人。

 ただの野次馬っぽい人。


 その全部が、急に増えた。


 理由はもちろん、ルドルフである。


 ルドルフが勝った翌日くらいまでは、まだよかったのだ。


 というか、よくはないけど、なんとかなる範囲だった。


 電話が増えた。

 天山さんから花が届いた。

 金持からは、なぜか『次はダービーで泣かせてやる』という謎の長文FAXが届いた。

 あいつ、まだFAX使ってるのか。


 でも、だんだんおかしくなった。


 新聞。

 ネットニュース。

 なんかよくわかんないブログ。

 あと、何故か地元の情報誌。


『小さな牧場期待の星!!』

『激闘を制し、皐月賞馬誕生!!』

『無敗の三冠馬現るか!?』

『北海道の小さな牧場に日本競馬の未来!?』


 盛るな盛るな盛るな。


 皐月賞ではライバル(?)との死闘を制した。

 小さい牧場初のGⅠ馬。

 しかも無敗。


 世の中が好きそうな要素を、ものの見事に全部踏んだらしい。


 最初は、まあ、ありがたいなと思っていたのだ。


 だって、うちみたいな小さい牧場に、わざわざ電話や取材が来るなんて、普通はない。


 嬉しいは嬉しい。


「本日は事前にお話しいただいた十五分だけで」

「敷地の外からだけ撮影させていただいても?」

「仔馬の安全が最優先で大丈夫ですので」

「馬の近くはスタッフの方のご指示に従いますので……」


 こういう人たちは本当にありがたい。


 むしろ、対応できないこちらが申し訳なくなるくらいだ。


 問題は、


「えー、ルドルフのお母さんってどれですか?」

「すみませーん、その牝馬、ちょっと触ってもいいです?」

「柵の中って入れます?」

「え、写真くらいよくないですか?」

「仔馬、近くで見たーい」


 ダメなやつもいることだ。


 普通にいる。


 そして一番困るのが、馬に向かって勝手にデカい声を出す奴だ。


「ルドルフくーん!!」

「いねぇよ!!」


 思わずツッコんだ。


 それでも、放牧地の馬たちがそわそわする。


「るどるふにーちゃん?」 

「いないよー?」

「さくー、なんかへんな人いっぱいー」

「こわーい」

「りんごもってなーい」


 最後のやつ、冷静だな。


 しかも、割と真顔で放牧地の柵を乗り越えようとするやつもいた。


「うわっ、何してるんですか!?」


「いや、もうちょい近くで撮れたらと思って」


「絶対にやめてください」


「大丈夫っすよ!」


「大丈夫じゃないです!」


 そう言ってる横で、一歳馬がぽそっと言う。


「大丈夫じゃないのはそいつの頭だろ」


 そうなんだよな。

 でも、それ聞こえてなくて良かったな、マジで。


「蹴られてカメラ壊れたりケガしても知りませんよ?」


 俺がそう言うと、その人はやっとすごく不満げな顔をして引いていった。


 後ろでストーンが、完全に呆れた顔をしていた。


「坊主」


「何」


「人間って、馬に近づくと危ないって本当に知らないのかい」


「たぶん知識としては知ってる人もいる」


「じゃあなんで入るんだい」


「画が欲しいらしいよ」


「命より?」


「そこまで考えてないんだと思う」


「馬鹿だねえ」


 ほんとにそう。


 クラウンは得意げに鼻を鳴らした。


「ふっ」


「何その“ふっ”」


「ついに時代が俺たちに追いついたな」


「いや、追いついてない。世間が騒いでるのはルドルフだ」


「ルドルフは俺の後輩だ」


「そうだな」


「つまり俺もすごい」


「雑!」


 この雑な論法、だいぶ懐かしいな。


 癒されるまであるわ。


 弥生ちゃんが、俺の隣で小さく息を吐いた。


「朔さん」


「ん?」


「私、今日だけで、三回『関係者以外立ち入り禁止です』って言いました」


「俺、五回言った」


「負けました」


「勝ってもうれしくない」


 そしてその直後、また入口の方から声が飛んできた。


「すみませーん!取材の件でー!」

「見学できるって聞いたんですがー!」

「ファンなんですけど、写真だけでも――」


 弥生ちゃんが困ったように息を吐く。


「……朔さん」


「うん」


「これ、捌くの無理です」


「だよね」


 無理だった。



「というわけで人増やすね。対応しきれん……」


 母屋に戻った俺が言うと、爺さんは新聞から目を離さずに答えた。


「好きにしろ」


 その返しは予想どおりだ。


「うん、だからいっそ爺さんが完全に休めるように考えて人増やすね」


 その瞬間だけ、爺さんの手が少し止まった。


「……」


 沈黙。


「幸い、ルドルフの賞金考えたら、それくらいは余裕あるから」


 これは本当だ。


 もちろん、うちの牧場は大金持ちではない。


 だが、ルドルフが皐月賞を勝ったことで、手元の数字は明らかに変わった。


 今すぐ最新設備を全部入れるとか、そういうのは無理だ。


 でも、人を増やすとか、働き方を少しまともにするとか、そこにはちゃんと手が届く。


 言いながら、自分でもちょっと金銭感覚がおかしくなってきたなと思う。


 危ない。

 牧場主、ちょっと危ない。


「……そうか」


 爺さんは、しばらく黙ったあと、低く言った。


 俺は、そのまま少しだけ間を置いてから言った。


「だからさ、爺さん、ダービー見に行っておいでよ」


 新聞が、ゆっくり下がった。


 爺さんがこっちを見る。


「ダービーはやっぱり特別だろ」


 これは、なんとなくわかる。


 競馬を全部知ってるわけじゃない俺でも、ダービーが特別なのは知っている。


 俺も行きたいと言えば行きたい。


 でも。


 爺さんが行くべきだ。


「それに、ルドルフも喜ぶ」


 これも本音。


 たぶんダービーの舞台で、爺さんが見てくれてたら、あいつ、めちゃくちゃやる気出す。


 ルドルフだけじゃない。

 ストーンも、クラウンも、なんだかんだ爺さんには特別な顔をする。


 爺さんは、すぐには返事をしなかった。


 少しだけ外を見る。


 窓の向こうでは、当歳たちがよくわからないことで全力で走り回っている。


 しばらくしてから、爺さんが小さく言った。


「……わかった」


 それだけだった。

 でも、それで十分だった。


「うん」


 俺も頷く。


「ルドルフ、絶対喜ぶよ」


「それは知らん」


「爺さんだって、わかってるだろ」


 爺さんは何も言わなかったけど、否定もしなかった。


 よし。



「爺さん、ダービー見に行くって」


「良かったですね」


 夕方の仕事をしつつ、弥生ちゃんに報告する。


 うん、良かった。


 で、そうなると、なんだけど。


「……で、弥生ちゃん」


「はい」


「臨時の手伝いとかも欲しいんだけど、農高の馬術部の後輩とかに声かけられたりする?」


 そう聞くと、弥生ちゃんは一瞬だけ目を伏せて、何かを考えるような顔をした。


 あ、さすがに無理かな?と思っていると、

 妙に落ち着いた声で返してきた。


「学校に聞くだけ聞いてみますが……」


「うん」


「女の子がいいです?」


「俺そんな風に思われてるの!?」


 思わず声が裏返った。


 弥生ちゃんが、ちょっとだけ口元を押さえて笑った。


「冗談です。男の子にしておきますね」


「いや、どっちでもいいんだけど」


「そうですか」


 なんだろう。

 今、微妙に誘導された気がする。


 弥生ちゃんは笑顔だ。


 なんかすごく綺麗な笑顔だけど、「言質取りました」みたいな表情にも見える。


 たぶん気のせいだろう。

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