第四十九話 無敗の三冠馬(暫定)
『ゴールデンビール一着!!朝日杯フューチュリティステークスを制したのは三戦三勝!ゴールデンビールです!!』
「その名前でよかったのか、金持」
思わずツッコんでしまった。
この世界、名馬の名前の幅が広いな。
「ごーるでんびーる、すごーい!」
「びーるっておいしいのー?」
「さく、びーるちょうだーい!」
「お前らには十年早い」
「じゅうねーん!」
馬にビールを上げていいのかは知らんが、勝ったのはさすがという感じである。
ゴールドファーム。
設備も人も一級品。
その中でも、この世代のエース格が勝った形だ。
普通にすごい。
のだが。
後ろで一緒にテレビを見ていたルドルフが、すごく嫌そうな顔をしていた。
「ちぇー」
「なんだよ」
「本来ならコレ出てるはずだったのにー」
「岡部さんとクロエさんと相談して、重賞は来年にして今は調教優先しようってなったんだよ」
相談したのは本当だ。
1勝クラスを勝ったあと、どうするかテレビ電話で三人で話した。
その時に岡部さんが、やわらかい顔のまま、でもかなり真面目な声で言ったのだ。
『本当にいい馬だから、無理させず来年のクラシックをきちんと見据えよう』
クロエさんも、腕を組んで頷いていた。
『さんせーい。上手く行けば、三冠、狙えると思うよ』
その一言に、俺は正直変な汗をかいた。
三冠。
あまりにもでかい単語である。
でも、この二人が言うと、冗談に聞こえない。
『お二人がそう言うなら』
結局、俺はそう答えた。
二人とも“今”じゃなくて“未来”を本気で見てくれている感じがあった。
だから任せた。
――とはいえ。
その判断を何回も説明したのに、
ルドルフは不満そうに寝藁の上でごろんと転がりながら続ける。
「そんなことしなくても勝てるのにー」
「自信満々だなあ」
「だって俺だし」
「そこなんだよなあ……」
ほんと、こいつのこの“だって俺だし”精神はどこから来るんだろう。
たぶん生まれつきだ。
だが、実際に走ると強いので困る。
デビューしてから三戦三勝。
新馬、1勝クラス、そしてオープン戦を、なんだかんだで全部勝って、年末は牧場で休養中だ。
要するに、めちゃくちゃ順調である。
順調すぎて、最近ますます態度がでかい。
生まれた頃から生意気で、今後もたぶんずっと生意気なんだろうなと思う。
クラウンが、感心したようにルドルフにツッコむ。
「お前、すごいな」
「だろ?」
「でも、そういうやつ、だいたい一回大きく負けるとへこむぞ」
「クラウンみたいに?」
「お前ほんと口が悪いな!?」
クラウン敗北。
ストーンが、藁の上でごろりと向きを変えた。
「坊主」
「ん?」
「この子、ほんとに父親の変なところと、あたしの悪いところばっか受け継いでない?」
「わりとそうかも」
「否定しな」
否定できる要素ないもん。
だが、敗北したはずのクラウンが、なぜかここで目を輝かせた。
「ルドルフ」
「ん?」
「気にするな」
「うん」
「なぜなら!今のところお前は無敗!」
「そう!」
「つまり!」
「俺は!」
「無敗の!」
「三冠馬だ!!」
クラウンとルドルフが、ぴたりと息の合ったやり取りをした。
なんなんだこの二頭。
漫才コンビか。
「はーっはっはっはは!!」
「はーっはっはっはは!!」
大声で笑い始めた。
うるっせぇ。
何その悪の組織みたいな笑い方。
案の定、どすの効いた声が飛ぶ。
「うっさい!」
ストーンである。
その一喝に、ルドルフとクラウンがぴたりと止まった。
「お前らねえ」
ストーンがため息をつく。
「クラウンはクラウンでいい歳してうるさいし、ルドルフはルドルフで調子に乗るのが早いんだよ」
「はい……」
「はい……」
同時にしゅんとするのも息ぴったりかよ。
弥生ちゃんが、その空気を見て、かなりわかってきた顔で頷く。
「なんとなくわかりましたけど」
「うん」
「クラウンとルドルフがストーンに怒られましたね?」
「大正解」
弥生ちゃん、もうかなりこの牧場に染まってるな。
「でも、三冠ってイメージできないんですが、どれくらいすごいんです?」
「牧場に隕石落ちるくらい」
「それ、すごいの方向性が怖いです」
「でも、現実そのくらい起きない」
「なるほど……」
ウイポだと毎年三冠しかいないけどな。
すると、その会話を聞いていたルドルフが、妙に得意げに口を挟んだ。
「だから俺がやる」
「その自己評価の高さ、誰に似たんだろうな」
俺が言うと、ストーンが即答した。
「カスタードじゃないかい」
「ストーンだろ?」
「クラウンかもしれない」
「たしかに」
この牧場もうだめかもしれない。
その時、母屋の方から、固定電話のベルが鳴った。
ジリリリリリ。
うん、今回は取る前から誰なのか確定演出だな。
「はい、桜井牧場です」
『見たかねええええええええええええええ!!』
「うるさっ」
金持である。
クラウンと同系統のうるささだ。
「見たよ」
『うちのゴールデンビールが!!朝日杯を!!制したぞ!!』
「そうだな、おめでとう」
『もっと驚くとか敬うとかあるだろう!?』
「いや、めでたいけど、今うちの厩舎もだいぶうるさいんだよ」
『うるさい?なぜだね!?』
「ルドルフが“本来なら俺が”って騒いでる」
一瞬、電話の向こうで沈黙。
それから、金持がものすごく楽しそうな声を出した。
『はっはっは!いいじゃないか!!』
「お前、その手の話好きだな」
『当然だろう!?若駒が可能性にあふれている時ほど競馬は面白いのだよ!!』
それはちょっとわかる。
『ルドルフはどうだね、順調かね?』
「順調だよ。たぶんお前が想像してる以上に偉そう」
『それはよかった!!』
よかったのか。
『では伝えておいてくれたまえ!“ゴールデンビールが待っているぞ”と!!』
「それ、絶対ルドルフが余計やる気になるやつだろ」
『望むところだ!!』
金持は最後までうるさかった。
電話を切って戻ると、ルドルフとなぜかクラウンが期待に満ちた目でこっちを見ていた。
「何て?」
「何て?」
「“ゴールデンビールが待っているぞ”だってさ」
一瞬の沈黙。
それから。
「ふっ」
「ふっ」
二頭が同時に鼻を鳴らした。
やめろ、その息の合い方。
「つまり、挑戦状」
「いや、ただの煽りだろ」
まあ、楽しそうでいいんだけど。




