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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 ???

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第四十八話 あいつ、絶対「当然ですが?」って顔してる

「うおおおおお、始まるぞ!!」


 いつもどおり無駄にテンションが高いのはクラウンである。


 昼過ぎ、俺はクラウンをスルーして厩舎の小さいテレビの前に陣取った。


「でびゅーせんってなーにー!」

「おいしいやつー!?」

「ちょうちょよりつよいー!?」

「ぼくはでびゅーしたー!」


 既に何かにでびゅーした当歳もいるようだが、今日はルドルフのデビュー戦だ。


 あのわがまま皇帝が、ついにレースに出る。


 七月、新潟の新馬戦。

 芝千六。


 今回はちょっと見に行けなかったけど、

 なんだかんだでみんながテレビを覗き込んでいた。


 人間は俺と弥生ちゃん。

 馬はストーンとクラウン、それから繁殖牝馬と一歳たちと、面白そうだから集まってる当歳たち。


 この光景だけ見ると、かなり意味がわからない。


 ……厩舎に置くテレビ大きくしようかな。


「爺さんは見ないのか!?」


 クラウンが急に聞いてきた。


「今日は体調イマイチだから自分の部屋で見るってさ」


 俺が答えると、クラウンはちょっとだけ不満そうに鼻を鳴らした。


「大事な日だぞ!?」


「だからこそ、部屋で静かに見たいんじゃないのか」


 爺さんは最近、年相応にちょっとだけ体調が揺れるようになってきた。


 いや、牧場の仕事してる時点でだいぶ元気なんだが、

 それでも今日は「うるさくない場所で見たい」とのことだった。


 爺さん、昔から競馬中継見る時も静かなんだよな。


 声を出さずに、湯呑みを置く音がちょっと強くなったり、腕組みがほどけたり、そういうところでしか感情が出ない人だ。


 なお、うるさい場所というのは、たぶん俺やクラウンの隣だ。


 正しい判断である。



 テレビではちょうどゲートインが始まるところだった。


 その時、当歳の一頭がテレビを見ながら首を傾げた。


「これ、るどるふにーちゃん?」


「そうだよ」


「ちっちゃくない?」


「画面の中だからな」


「しんちょうのびた?」


「伸びるよ、たぶん今後も」


「すごーい!」


 当歳たちは、ほんとうに何でもすごいで済ませる。


 それはそれで可愛いから困る。


 弥生ちゃんが、俺の隣に座りながらテレビの音量を少し上げる。


「朔さん、今回の騎手さんって、クロエさんなんですよね?」


「うん」


「部屋にサイン飾ってる人ですか?」


「そう」


 俺はちょっとだけ胸を張って言った。


 クロエさんのサイン。

 自慢である。


 後ろで、ストーンが少しだけ得意げに鼻を鳴らした。


「ああ、アイツか。上手かったね」


「あの時も言ったろ。日本で一、二を争うくらい上手い人だぞ」


 これは誇張じゃない。

 たぶん本当にそうだ。


 弥生ちゃんが感心したように頷く。


「ルドルフすごいですね。デビュー戦からそんな騎手さんが乗ってくれるなんて」


 するとクラウンが負けじと首を突っ込んできた。


「俺にいっぱい乗ってくれた奴も上手かったぞ!!」


「うん、それも知ってる」


「俺が『今だ!』って思うところで、ちゃんと『今だ!』ってしてくれた!」


「語彙が雑」


 そんな話をしているうちに、全馬のゲートインが終わる。


 俺は、知らないうちに拳を握っていた。


 弥生ちゃんも、口を閉じてじっと見ている。


 ガシャン。


 ゲートが開く。


「おっ」


 スタートは悪くない。


 普通に出て、普通に前を見る。

 偉い。


「よしよし」


 俺が思わず声を出すと、クラウンが興奮した声で言う。


「ちゃんと出たぞ!!えらい!!」


「保護者みたいな感想だな」


「デビュー戦ってそれ大事だからな!!」


 それはそう。


 クラウンの時も思ったが、新馬戦なんて、だいたい短い。


 始まるとあっという間だから、考える暇もあまりない。


 三コーナー。


 四コーナー。


 ここからが、早かった。


 え?、と思った時には、ルドルフがすっと前へ出る。


 なんか、するっと。


「抜けた?」


 そのまま、ルドルフは、抜けた。


 後ろの馬が食らいつこうとする。


 でも、差が詰まらない。


 そして直線。


 クロエさんは鞭もいれない。


 なのに。


「え」

「えー?」

「るどるふにーちゃん、はやーい!」


『サクライルドルフ、デビュー戦快勝!!』


 ゴール板を、先頭で抜けた。


「……」


 厩舎の空気が、一瞬、止まった。


 いや、当歳は止まってない。


「かったー!」

「るどるふにーちゃんかったー!」

「わーい!」

「おやつー!?」


 うるさい。


 でも、大人組というか、理解してる側だけが少しだけ止まっていた。


 そこへ、クラウンがようやく沈黙から復活した。


「ルドルフううううううううううう!?!?」


 声がでかい。


「あいつデビューから強すぎんだろおおおおおおおおおおお!?」


「クラウンうっさい」


「俺なんかデビュー戦でゴールデンウイングにぬるっとやられたんだぞ!?」


「それは見てたよ」


「なのにあいつ、なんか普通に勝った!」


「そうだな」


「しかも余裕ありそう!」


「そうだな」


 クラウンの気持ちはわかる。

 俺もちょっと同じ気分だ。


 弥生ちゃんが、画面を見ながら静かに聞いてくる。


「……ルドルフ強いんじゃないですか?」


「いや、正直、井の中の蛙かと……」


 思っていたのだ。


 外へ出たら「まあ、いい馬だけど普通だね」くらいの可能性は十分あると思ってた。


 クラウンだって、ものすごく頑張った。

 テンザンサクラだって、朝日杯の後は思い通りに行かなかった。

 ゴールデンウイングだって、ダービーは取れなかった。


 競馬は、そういう世界だ。


 そう思ってた。


 思ってたんだけど。


 後ろでストーンがぽつりと言った。


「ああいう顔、知ってるよ」


「ん?」


「ルドルフの父親がしてたのをテレビで見た」


「カスタード?」


「そう」


 ストーンは、なんかちょっと嫌そうだった。


「GⅠ勝っても『当たり前ですが?』って顔」


 あー。


 ストーンとしては、それは嫌だろうな。


「……やれやれ」


 そのままため息までついている。


「嬉しくないのか?」


「嬉しいよ」


 ストーンは、わざとらしく半眼になった。


「でも、あの顔で帰ってくると思うとちょっとムカつく」


 それはわかる。


 絶対今ごろ、向こうで「当然ですが?」みたいな顔してるもんな、ルドルフ。


 そしてその時、母屋の方から、固定電話のベルが鳴った。


 ジリリリリリ。


 俺と弥生ちゃんが顔を見合わせる。


「……誰だと思う?」


「金持さんか、天山さんか、岡部さんじゃないですか」


「たぶんそのへんだよなあ」


「誰だと思います?」


「金持」


 それが一番うるさそうだ。


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