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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 ???

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第四十二話 お待たせしましたすごい奴

 夢を見ていた気がする。


 いや、夢というか、ゲームの画面みたいな何かだった。


 春。

 幼駒誕生。

 雷。

 実況みたいなナレーション。


 ――牧場に凄い雷が落ちたんですよ


 ……火事になるわ!!と焦ったところで、


「朔ー!!!」


 ばちっと目が開く。


 天井。

 暗い部屋。

 布団。

 現実。


 その直後、また叫びが飛んできた。


「朔ーーー!!姉ちゃんが生まれるってーーー!!!」


 クラウンだった。


「うるっさ!?」


 飛び起きた勢いで布団を蹴り、変な方向に足が出た。


 襖の向こうから、爺さんの声もした。


「行くぞ!」


 廊下へ飛び出すと、弥生ちゃんも慌てて上着を羽織りながら続いてきた。


「来たんですか!?」


「来たっぽい!」


 爺さんは足が速い。


 年寄りの速さじゃない。


 牧場の中でだけステータスが上がるジョブなんだろうか。


 外へ出ると、三月の夜の空気が一気に顔にぶつかってきた。


 寒い。


 でも眠気は一瞬で消えた。


 厩舎に駆け込むと、空気が変わっていた。


「来たか!!俺の通報は完璧だったな!!」


「うるさかったけど、えらいぞ!」


 クラウンをあしらいつつ、ストーンの馬房の前まで行くと、

 ストーンはもう「その時」の顔になっていた。


「朔」


「おう、来た」


「窓開けてくれ。ちょっと外が見たい」


「任せろ」


 言われた瞬間、俺は馬房脇の細い木枠の窓へ手を伸ばした。


 普段の夜は閉めてあるやつだ。


 木の留め金を外して、ぎい、と押し上げる。


 冷たい夜気が細く流れ込んできた。


「どうだ」


「……うん」


 ストーンが短く息を吐く。


「ちょっとだけ、気が紛れる」


「そりゃよかった」


 弥生ちゃんが必要なものを手早くまとめているのが見えた。


 このへんはもう、だいぶ手が慣れてきている。


 近くの馬房から、繁殖牝馬たちがひそひそと声を飛ばしてくる。


「来たねえ」

「坊主、顔白くない?」

「五年目なのに情けない」

「弥生ちゃんの方が落ち着いてるじゃん」


 うるさい。

 でも、いつもの牧場の声が聞こえるだけで、少しだけ落ち着くのも事実だった。


 ストーンが、大きく息を吐く。


「……っ、坊主」


「ん?」


「あとでカスタードに、『今回はまあ許してやる』って伝えといて」


「今その話!?」


「今だからだよ!」


 そのやり取りの途中にも、空気が変わっていくのがわかる。


 爺さんが位置を変えながら、低く言った。


「よし、いい。慌てるな。順調だ」


 その声に、俺は一つ息を吐いた。


 順調。


 自分でも気づかないうちに、拳を握っていた。


 ストーンは苦しそうにしながらも、しっかりしている。


 その間も、他の馬房からの応援は止まらない。


「すとーんねえちゃん、がんばれー」

「がんばれー……」

「ちいさくいえばいいのー?」

「そうそうー」

「おなかのなか、でてこーい」


 最後の一言、雑だな。

 でも、なんか妙にまっすぐだった。


 爺さんが、短く、しかし少しだけ鋭い声で言う。


「朔、そっち支えろ」


「はい」


「弥生、明かり」


「はい」


 そこからの時間は、長いようで短い。


 毎回そうだ。


 時計で見ればたぶんそこまで長くない。


 でも、その場にいるとやたら長く感じる。


 俺は言われたことをやってるだけなのに、なぜか体のあちこちに無駄な力が入る。


 ストーンはもう何も言わない。


 ああ、来る。


 この瞬間だけは、何度見ても、ちょっと世界が狭くなる。


 爺さんの声。

 ストーンの息。

 藁の音。

 弥生ちゃんの動き。

 俺の心臓。

 全部がやけに大きく聞こえる。


「……よし」


 爺さんが低く言った。


 そして、次の瞬間。


 ズルルッ。


 一瞬、空気が止まる。


 その次に、みんなの息が動く。


 俺の視界に、まだ濡れて細くて、でも確かに新しい命の形をしたものが入る。


「おお……」


 思わず声が漏れた。


 ストーンが、肩で大きく息をしながらも、目だけはそっちを見ていた。


「……どんな顔だい」


「今んとこ、なんか生まれたての顔」


「当たり前だろ!」


 ストーンが吠えた。


 仔馬もちゃんと息している。


 爺さんが短く言った。


「牡だ」


 鹿毛の牡馬だ。


 生まれたてって毎回そうなんだけど、細い。


 弥生ちゃんが、ほっとした声で言った。


「よかった……」


「ほんとにな」


 俺も頷く。


 ここまで来れば、まずは一つ越えた感じがする。


 だが、仔馬は休むことなく、早くも起き上がろうとし始めた。


「え、もう?」


 俺が思わず言うと、爺さんも少しだけ眉を動かした。


「早いな」


 前脚を突っ張って、ずるっと滑る。

 またやる。

 後ろがついてこない。

 でもまたやる。


「おお……」

「がんばれー」

「たてー!」

「おまえならできるー!」


 当歳や一歳たちの応援が、たぶん何の役にも立っていないのに妙に熱い。


 ストーンは、じっと見ている。

 何も言わない。


 仔馬はまた前脚を伸ばし、今度は胸を持ち上げた。

 ぐらっとして、倒れる。

 でもすぐまたやる。


「ちょ、待て待て、そんな急ぐな」


 思わず俺が言う。


 弥生ちゃんもびっくりした顔で時計を見ている。


「まだそんなに経ってないですよね」


「うん」


「すごくないですか」


「すごい」


 仔馬は、ついに後ろ足までなんとかまとめて、ぐらぐらしながら立ち上がった。


 立った。


 もちろん、ふらふらで、今にも「あ、やっぱ無理」ってなりそうな頼りない立ち方だ。


 でも立った。


 ちゃんと四本で。


「おおおおお!!」


 クラウンが叫ぶ。


「未来の名馬だ!!」


「うるさい!」


 でも、俺も似たような気持ちだった。


 早い。

 かなり早い。

 まだ二十分も経ってないんじゃないか、これ。


 仔馬は、自分の脚の長さにまだ納得してないみたいな顔で、ふらふらしながら一歩踏み出した。


 その一歩がまた危なっかしい。


 そして、その瞬間だった。


 細窓の向こうから、ふっと外の光が変わった気がした。


「ん?」


 俺は反射的に、開けた窓の外を見た。


「あ」


 声が漏れる。


 もうひとつ。

 またひとつ。


「どうした、坊主」


 ストーンに聞かれて、俺は窓の向こうを指した。


「流星」


「は?」


「流星群だ」


 弥生ちゃんも、つられて窓の方を見る。


「うわ……」


 爺さんは一言も言わなかったが、少しだけ外を見た。


 空の向こうで、光が次々と短く走る。

 派手ではない。


 でも、ちゃんと見える。


「……出来すぎだ」


 窓の外では流れ星。


 目の前では、産まれたばかりの仔馬が、もう自分の脚で立っている。


 なんだこれ。


 夢か?ゲームか?


 いや、現実だから、クラウンの声が聞こえる。


「後輩!!お前は世界を取るぞおおおおおお!!」


 わかりやすくていいな、アイツ。


 その時、仔馬が、ふらつきながらもこちらへ顔を向けた。


 まだ目も動きも頼りない。

 でも、なんかもう、妙に偉そうな気がする。


「……」


 いや、気のせいか?


 いや、たぶん気のせいじゃない。


 こいつ、産まれたばっかりなのに、なんかこう。


 雰囲気がある。


「爺さん」


「ん?」


「こいつ、うちの馬にしよう」


「早いな」


「名前も決めた」


「好きにしろ」


 もうちょっと乗ってくれよ。


「名前、何にするんですか?」


 そうそう、弥生ちゃん、そういう合いの手もっと頂戴。


「名前は」


 かの皇帝に肖ってみようじゃないか。


「サクライルドルフ」

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