第三十六話 努力はするらしい。がんばってくれ。
俺たちは再びカスタードのところへ戻ってきた。
「おう、小僧。戻ってきたか」
こっちを見るなり、期待に満ちた目をしている。
いや、そんな目をされても困る。
「戻ってきたよ」
「どうだった!?」
「食い気味だな」
「当たり前だろ! 俺の生涯に関わる話だぞ!」
生涯、ってお前。
いや、種牡馬にとってはまあそうなのか。
俺は一度だけ咳払いをしてから、できるだけそのまま伝えることにした。
「『三割は無理だけど、努力はする』ってさ」
数秒、沈黙。
「…………」
「…………」
俺も、なんかその場で待ってしまう。
カスタードは少しだけ考え込むように首を振った。
「まあ、現実はそう甘くねぇか」
お前が急に現実的になるとちょっと腹立つな。
「でも努力はする、だろ?」
「そうだって」
「ならいい」
あっさり言った。
え、そんなに素直に受け入れるの?
「いいのか?」
「いいも何も、流石に高望みだって自分でも思ってたしな」
「じゃあ言うなよ」
「そこは夢を見るだろうが!」
カスタードがぐっと顔を近づけてくる。
「お前、男だろ!? 夢くらい持つだろ!?」
近い近い、鼻息が荒いよ。
「まあ……そりゃ、持つけど……」
「だろう!?」
いや、でもお前の夢の方向性、ちょっとね?
横では金持が、わからないまま、「なんかまとまったっぽい」ことだけは察している顔をしていた。
「ど、どうだね? 落ち着いたのかね?」
俺は咳払いをしてから答えた。
「うん、だいたい納得したみたい」
「本当かい!?」
「うん。“努力は買う”って」
たぶん意味はだいたい合ってる。
「そうか!」
金持がぱっと顔を明るくした。
その横で執事さん――執事さんでいいよな、もう――が、小さく安堵の息をついていた。
「何よりです、坊ちゃん」
「うむ! やはり誠意は伝わるものなのだね!」
いや、誠意というか、性癖の妥協点というか。
でもまあ、そこを言うのはやめておこう。
カスタードは、そんなゴールドファーム陣営のほっとした空気を横目に、俺の方へ顔を向けた。
「小僧」
「ん?」
「今回は世話になった」
おお。
なんか、渋いぞ。
「うん、まあ、頑張ってくれ」
もう、俺の仕事は終わりでいいよな?
カスタードは、わざとらしく咳払いでもするみたいに鼻を鳴らした。
「礼はする」
「急に義理堅いな」
「俺は義理堅いぞ」
言われてみれば、なんかそんな感じはある。
世界のトップにいるやつって、案外そうなのかもしれない。
「小僧のところで種付けするときには本気を出してやる」
……。
「本気とかあるの?」
「ある!」
カスタードが、ものすごく真剣な顔で言った。
「本気だ」
お。
おお。
なんか急に格好いいぞ。
「おお……」
思わず感心しかけた、その瞬間。
「なんかこう、腰が本気だ!」
「言い方!!」
全部台無しである。
◇
金持が資料を持ち直して言った。
「さて」
「ん?」
「方針は決まった。あとは、こちらで日程と調整を詰める」
「おお」
「もちろん、可愛い芦毛優先などという条件は、表向きには一切存在しない。存在しないが」
「が?」
「出来るだけ、カスタードの気が乗るようには配慮する」
「結局するんかい」
「結果が大事だからね!」
堂々と言うな。
金持が、まだ若干疲れた顔のまま、こちらを見た。
「で、だ。君、本当にカスタードでいいんだね?」
「うん」
「色々あったのに?」
「色々あったけど」
俺は少しだけ考えてから答えた。
「でも、配合自体は悪くないんだろ?」
金持は、さっき見た血統表を思い出したのか、少しだけ真面目な顔になった。
「それは、まあ、そうだね」
「それに、カスタードも本気出してくれるって言ってたしな」
金持が、すごく複雑そうな顔をした。
「君ってたまに、変なところで胆が据わってるよね」
「そうか?」
「そうだよ!」
そうなのかもしれない。
いや、もうここまで来ると、据えるしかないだけかもしれないけど。
金持はやがて、諦めたように息を吐いた。
「わかった。では、できる限り便宜は図ろう」
「ありがとう」
「だが一つだけ言っておく」
「何?」
「産まれたからといって、必ず走るわけじゃない」
「それはわかってる」
これは、本当にそうだ。
それでも、やるしかない。
やってみたいと思ったから、ここまで来たのだ。
「まあ、でも」
金持がニヤリと笑う。
「それも含めて、面白いじゃないか」
「そうだな」
ロマンだよな。
なぜか二人でちょっと笑っていると、執事さんが、すっと入ってくる。
「では坊ちゃん」
「なんだい」
「まずはお友達を玄関までお見送りしましょう」
「う、うむ」
なんか、お友達って言い方、毎回ちょっと面白いな。
◇
牧場に帰ると、当然のように騒がしかった。
「朔ー!おかえりー!」
「どこいってたのー!」
「おみやげー!?」
「なんか他所の馬の匂いするー!」
「弥生ちゃーん!朔が帰ってきたー!」
でもまあ、帰ってきた時に誰かが騒いでくれるのは、悪い気分じゃない。
厩舎の方へ向かうと、ちょうど弥生ちゃんが干し草をまとめているところだった。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま。今日もありがとう」
「いえ。で、ストーンに付ける馬、無事決まりましたか?」
さっそくそこを聞いてくるあたり、もうだいぶこの牧場の一員っぽい。
いや、一員ではあるんだけど。
「なんやかんやで決まった」
その返事に、弥生ちゃんの表情が少しだけ明るくなる。
すると、横からクラウンがすごい勢いで割り込んできた。
「値段高い馬なのか!?」
「そこが最初かよ」
「だって気になるだろ!GⅠ馬か!?超高いのか!?」
コイツは春までお休みを貰ってるせいで元気が有り余っててうるさい。
乗馬の仕事が始まった後も、時々気分転換で牧場に帰省……帰省?していいらしく、割とホワイトな感じの勤務条件のようだ。
「うーん……」
俺は少しだけ考えるふりをした。
「全然ダメだったら、潰れないけど、弥生ちゃんのバイト代はニンジンになるかも」
「そんなに高い種牡馬にしたんですか!?」
弥生ちゃんが本気で驚いた。
おお、いい反応だ。
「冗談だよ」
「冗談!?」
「朔、ひどーい!」
「弥生ちゃんおどかしたー!」
「だから朔モテないんだよ!」
弥生ちゃんに懐いてる一歳になった馬たちが一斉にブーイングしてくる。
というか、モテないとか言うな。
この仕事、出会いがねぇんだよ。
ストーンが、呆れたように鼻を鳴らした。
「坊主」
「ん?」
「それで、結局どんな馬なんだい」
ああ、そこは気になるよな。
でも、どう説明したものか。
「うーん……」
金持のところであったことをそのまま話すと、カスタードの好みの話まで全部出る。
それはちょっと。
いや、かなり。
「なんだい、その反応」
「いや、なんか説明しづらいだけで、G1いっぱい勝ってるすごい馬だよ」
嘘は言ってない。
「ほう」
するとクラウンがまた騒ぎ出した。
「待て待て待て!GⅠをいっぱい勝ってる!?じゃあその子どももGⅠをいっぱい勝つ可能性あるってことか!?」
「まあ、それを目的に種付けするんだけど」
「うおおおおお!!俺の後輩が世界最強になる可能性が!?」
「まだ生まれてもいないぞ」
「今のうちから先輩として格好つけといた方がいいだろ!」
お前、乗馬施設に行っても絶対うるさいだろうな。
いや、でも、利用者の子どもとかには好かれそうだな。
あ、あとでゴールデンウイングが「遊ぼー」って言ってたことも教えてやろ。




