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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第三章 ???

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第三十五話 ごーるどふぁーむさんぽ

「………………は?」


 俺の通訳を受けた金持が、完全に固まった。


 固まったまま、口を開けている。


 近寄ってきていたスタッフさんたちも、困った顔で目を泳がせている。


 そして当の本馬――カスタードはというと、堂々と胸を張っていた。


「何だその反応。大事な話だろ」


 これは通訳しなくて良さそうだな。


「ちょ、ちょっとその辺散歩しててくれたまえ!!」


 金持はそう言い残して、スタッフさんたちと一緒にどこかへ消えていった。


 いや、気持ちはわかる。


 わかるけど、俺だって困る。


「……散歩って」


 人の牧場で、勝手に。


 とりあえず俺は、言われた通り、その辺をぷらぷら歩くことにした。



 広い。


 道が綺麗。


 柵がしっかりしてる。


 でも。


「え、あの人だれー?」

「なんか他所の匂いするー」

「小さい牧場の人間?」

「坊の客か?」

「ねえ、リンゴ持ってる?」

「持ってなさそう」

「じゃあ用ないわ」


 うん、安心した。

 金持のところの馬も、言ってることはだいたい同じだ。


 そんなことを考えて歩いていると。


「あー、おにーさーん」


 どこか間の抜けた声がした。


「ん?」


 そっちを向くと、柵の向こうから、見覚えのある顔がのんびりこっちに歩いてきた。


「あ、ゴールデンウイングか」


「そうそうー」


 相変わらず昼下がりの縁側みたいな雰囲気だな、こいつは。


 いや、すごい馬なんだけど。


 普通にとんでもない馬なんだけど。


 雰囲気がずっと「今日は風が気持ちいいねー」なので、情報と印象がまるで噛み合わない。


「うーん、元気だったー?」


「ああ。ゴールデンウイングこそ、皐月賞に菊花賞、天皇賞春とGⅠ三つも勝ってすごいじゃないか」


 俺がそう言うと、ゴールデンウイングはちょっとだけ得意そうに鼻を鳴らした。


「えへへー」


 こいつ、ほんとに照れてるみたいな反応をするんだよな。


「がんばったよー」


 さらっと言う。


 いや、さらっと言う内容じゃない。


「今年の天皇賞春もがんばるよー」


「おお、応援してるよ」


「うんー」


 馬券買ってみようかな、勝ちそうだもん。


 ゴールデンウイングは、ふわっとした声のまま、こちらをじーっと見た。


「ねえねえ、おにーさん」


「ん?」


「クラウンくんは元気ー?」


 他の牧場の馬から、自分のとこの馬の名前聞くとなんかうれしいな。


「ん、昨年末で引退して、幸い今年の春からは町の乗馬施設で働くことになった」


 ゴールデンウイングが、ぱちっと瞬きをする。


「わー、のんびりできそうだねー」


「そうだな」


 クラウンがのんびりするかは怪しいけど。


 もしかしたら「俺、子ども乗せるの上手くない!?」とか言いながら、施設の人気者になるかもしれない。


「僕もレース引退したらさー」


「ん?」


「テンザンサクラくんも一緒に、みんなで遊ぼうねーって伝えといてー」


 その声が、あんまり自然で、俺はちょっとだけ笑った。


「みんなで?」


「うんー」


「お前は、名馬なのに、夢が平和だな」


「だって楽しい方がいいじゃーん」


「それはまあ、そうだけど」


「サクラくん、ちょっと真面目すぎるとこあるしー。クラウンくん、うるさいけど遊ぶと楽しそうだしー」


「うるさいのは否定しないんだな」


「うんー。そこがいいんじゃない?」


 テンザンサクラも、引退して、天山さんのところで次の仕事をしてると聞いている。


 うん。


 なんか、いいな。


「わかった、伝えておく」


「ありがとー」


 ゴールデンウイングは、ふわっと嬉しそうに耳を動かした。


「おにーさんも、がんばってねー」


「何をだよ」


「なんか色々ー」


 雑。


 でも、こういう雑さが、こいつの強さなんだろうな。


「……ありがとな」


「うんー」


 その瞬間。


「こんなところにいたのかね!」


 後ろから、怒鳴り声が飛んできた。


 振り向くと、金持が歩いてきていた。


 顔が、若干疲れている。


 手には分厚い資料の束。


 そして、その横には、なんだか妙に場数を踏んできた雰囲気のあるお爺さんが立っていた。


 なんとなく「この人は多分、ずっとこの坊ちゃんを見てきたんだろうな」とわかるタイプのベテラン感。


「ごめん、どうなった?」


 俺がそう聞くと、金持はふっ、と鼻を鳴らした。


「うむ。この二年のカスタードの種付け記録を精査していたのだがね」


「うん」


 精査。


 この短時間で、みんなで調べたんだろうな。すごい。


 金持はぴらっと手元の資料をめくった。


「たしかに、芦毛の馬と種付けがしばらく無い辺りで失敗していた」


「……」


「……」


「……うん」


 俺は、ゆっくり頷いた。


 いや、頷くしかない。


 だって。


 ここまで来ると、なんも言えねぇよ。


 金持も、たぶん同じ気持ちだったんだろう。


「わかるか、こんなもん!!」


 バシン!!

 ゴッ。


「痛い!」


 ……うん、今何が起こったかというと。


 金持が、手にしていた資料を勢いよく地面に叩きつけた瞬間、

 横にいたお爺さんが、極めて無駄のない動きで金持の頭に拳骨を落としていた。


 なんだ今の。


「坊ちゃん、物に当たってはいけないと何度も言ってるでしょう?」


 口調は丁寧。

 圧は凶器。


 金持が頭を押さえて、ちょっと涙目になっている。


「ご、ごめん……」


 素直だな、お前。


 お爺さんはそれを確認すると、今度は俺の方へ軽く頭を下げた。


「お見苦しいところを失礼しました。坊ちゃんは馬のことになると、たまに想定より子どもに戻るもので」


「いえ、大丈夫です」


 おお、なんか本物の執事っぽくてかっこいい。


 お爺さんは、そのまま金持の方を見た。


「坊ちゃん、お友達を待たせずに結論を伝えなさい」


「う、え、えっとだな!」


 さっき拳骨を食らったばっかりなのに立て直しが早い。


「うん、がんばれ」


「うるさい!」


 いや、見てる側としてはちょっと応援したくなる流れだったんだよ。


 金持は咳払いを一つして、それからいかにも「整いました」みたいな顔で言った。


「つまりだな!芦毛率三割はぶっちゃけ無理だが、出来るだけ努力はする!」


「努力……」


 その単語が、なんかもう生々しい。


 競馬界、努力の方向性が違う。


 でも、まあ。


「そっか」


 俺は頷いた。


「じゃあ、まずカスタードに説明してみるか」


「そうだね!」


 金持が、ちょっとだけやけっぱちな勢いで頷いた。


 横で、さっきからゴールデンウイングがすごく楽しそうに見ている。


「坊ちゃんもおにーさんも、がんばれー」


 ……こいつも種牡馬になったらわがまま言ったりするのかな?

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