表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第二章 ミスタークラウン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/69

第三十二話 春はちょっとだけさみしい

 三月。


 北海道の三月は、春の顔をして近づいてくるくせに、平気で雪を降らせる。


 詐欺だと思う。


 そんな季節に、俺の机の上には紙が散らばっている。


 血統表。

 今年の種付け料一覧。

 あと、なぜか混ざっている「おすすめ配合パターン」と書いた自作メモ。


「……おすすめって、誰に対してだよ」


 最近、机の上が、競馬オタクの末期みたいになっていた。


 でも、ちょっとロマンは感じる。


 それもこれも、爺さんが「今年は配合相手もお前が決めろ」とか言い出したからである。


「……誰か、爆発力とか評価Sとか誰か書いてほしい」


 現実は難易度が高い。


 ジリリリリリ。


「……」


 この家の固定電話は、だいたい気軽な用では鳴らない。


 けど、無視も出来ないので、俺は受話器を取る。


「はい、桜井牧場です」


『ああ、朔くんかね』


 低く、よく通る声。


「あ、天山さん」


 この人からの電話は、怖いというか、圧がある。


 でも、別に嫌いではない。


『急にすまないね』


「いえ、大丈夫です」


『少し報告というか、挨拶というかね』


 なんか嫌な予感がする言い回しだな、と思った。


『テンザンサクラを、今季で引退させることにした』


 思わず、声が少しだけ止まった。


「……そうですか」


 俺は、少しだけ間を置いて答えた。


 朝日杯を勝った、賢そうで、ちょっと偉そうで、セリの前には「変なとこ行ったら呪うからな」とか言っていたあいつ。


 引退か。


『朝日杯以降、重賞はいくつか勝ってくれたよ』


「はい」


『だが、結局GⅠは届かなかった』


「……でも、十分すごいですよ」


『そうだね』


 天山さんは少しだけ間を置いて、静かな声で続けた。


『早熟、と言われたりもしたがな。よく走ってくれたよ』


 その言い方が、妙にやわらかかった。


 ああ、本当に可愛がってくれてたんだな、と思う。


 金も地位もある人の“よく走ってくれた”は、なんかちょっと重みが違う。


「天山さん」


『うん?』


「テンザンサクラ、幸せだったと思いますよ」


『ほう』


「だって、めちゃくちゃ大事にされてますし」


『……ははは』


 天山さんは珍しく、少しだけ声を立てて笑った。


『ありがとう。君にそう言われると、何となく本当のような気がしてくるね』


「本当ですよ」


『そうかい。では、また会おう』


「はい」


『君の牧場の馬は、見逃せなくなってきているからね』


「それは……ありがとうございます」


『ではな』


 チン。


 電話が切れた。


 受話器を置いて、しばらくぼんやりした。


 テンザンサクラ、引退か。


 早いような、でも競走馬としてはそんなものなのかもしれない。


 俺は、テンザンサクラをずっと近くで見ていたわけじゃない。


 うちで生まれて、一歳までいて、セリで売れて、その後はテレビの向こうだ。


 でも、なんとなく、少しだけ寂しい。


 やっぱり、あいつはうちの放牧地を走っていた馬なのだ。



「クラウン」


 俺は外へ出て、放牧地の端で草を食っているクラウンに声をかけた。


「んー?」


 こいつは、最近もちゃんと頑張っていた。


 頑張っていた、というと雑だが、本当に頑張っていたのだ。


 勝ったり、負けたり、掲示板に乗ったり、ちょっと足りなかったり。


 でも、ちゃんとそのあたりのクラスにいる。

 それはすごいことだ。


 しかも、一度もケガをしないのが、とてもえらい。

 岡部さんも褒めていた。


「テンザンサクラ、引退するってさー」


 クラウンは、少しだけ動きを止めた。


 それから、すぐにまた草を一口かじった。


「そっか……」


 声は、思ったより静かだった。


 俺も、その横で柵にもたれる。


「ゴールデンウイングは?」


 名前が出た瞬間、なんかちょっと笑いそうになる。

 やっぱそこなんだな。


「あっちは絶好調だな。皐月賞と菊花賞勝ってるし、今年の天皇賞春も勝つって言われてるぞ」


「そっか」


 また、それだけだった。


 いつものクラウンなら、「くそぉぉぉ!! なんであいつばっかり!」とか、「じゃあ俺がダートで世界取るしかないな!」とか言いそうなもんだが、今日は違った。


 少しだけ大人びた顔で、遠くを見るみたいにしている。

 たぶん、色々考えてるんだろう。


「……」


 俺は何を言えばいいのか少し迷った。


 その時、ストーンが柵越しに声をかけた。


「クラウン」


 クラウンが顔だけ向ける。


 ストーンは、相変わらず偉そうな顔をしていた。

 でも、声はわりとまっすぐだった。


「ケガすんじゃないよ」


「……」


 クラウンは、一瞬だけきょとんとした顔をして、それから、少しだけ視線をそらした。


「……うん」


 短い返事。


 なんか、その“うん”に全部入ってた気がした。


 悔しいとか。


 置いていかれた感じとか。


 でも、まだ自分は走るっていう意地とか。


 全部。


 ストーンはそれ以上何も言わなかった。

 クラウンも言わなかった。


 そのへんで聞いていた当歳どもは、当然のようにまったく空気を読んでいなかった。


「さくー!こいつ転んだー!」

「転んでなーい!ちょっと地面と仲良くしただけー!」

「その表現どこで覚えた?」

「くらうんにーちゃん」


 つぶらな瞳で犯人を教えてくれた。


「おいクラウン」


 クラウンの方を見ると慌てたように目を逸らす。


「俺じゃないって! たぶん!」


 牧場の空気は、すぐに元に戻る。


 ずっとしんみりしてたら、それはそれでうちの牧場じゃない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ