第三十話 雇う側になってしまった
「というわけで、繁忙期とかだけでも手伝ってもらう人探したい」
朝飯をかき込んだあと、俺は母屋の茶の間でそう相談した。
爺さんは味噌汁をすすりながら、こちらを見もしない。
「牧場主はお前だと何度も言ってるだろう。好きにしろ」
「そこを好きにするための知恵が欲しいんだけど」
「知恵?」
「そう。あまりお金かけたくないんだけど、なんかいい案ない?」
これが本音だった。
爺さんは少し考えてから、ぼそっと言った。
「ここから十五分くらいのところにある農業高校は、自分たちで競走馬も育ててる」
「へえ」
「馬術部もあるし、実習だなんだで、牧場の手伝い探してる生徒もたまにいるらしい」
「へえ」
「そこに事情込みで相談してみろ」
おお。
なんか、普通にいい案だな。
「そんな都合よく人来る?」
「知らん」
「知らんのか」
「でも、馬に慣れてる学生がいりゃ話は早い。最低限、後ろに立つなとか、急に大声出すなとか、そこから教えなくて済む」
「おお」
それは、たしかにそうだ。
普通の人を雇うのと、馬をある程度知ってる人を頼るのとでは、かなり違う。
というか、下手したら俺より詳しい子がいる可能性すらある。
「だが」
「ん?」
「相手が高校生なら、ちゃんと責任持て。お前が変なことしたら俺が殴る」
「俺、何を想定されてるの?」
「一応言っただけだ」
一応で済ませるな。
でもまあ、その辺は大丈夫だ。
俺はそこまで人生に変なスリルを求めていない。
◇
というわけで。
「はじめまして、桜坂弥生です」
黒髪の綺麗な感じの子が来てくれた。
真面目で、馬術部所属で、競走馬にも興味あり、と聞いている。
「はじめまして、ありがとうね。引き受けてくれて」
意外とサクッと決まった。
非常に都合がいいが、ありがたい。
「いえ、部活には実家が牧場の子も少なくないですし、繁忙期のみというお話なので、こちらとしても学校と両立しやすくて、ありがたいです」
おお、本当に真面目。
学校側にも話は通っていて、実習というか研修というか、そんな感じの扱いらしい。
本当にありがたい。
「じゃ、案内するね」
「はい、お願いします!」
人を雇うなんて初めてなので、どうしていいかわからないので、さっそく案内する。
厩舎の中を見せると「お~」と言ってくれるのがちょっと嬉しい。
「実は桜井牧場さん、前からちょっと来てみたかったんです」
「ゴールドファームじゃなくて?」
うちの名前を知っている時点で、そもそも通な気がする。
「ストーンブレイクの牧場だからです」
え?
「呼んだかい?」
放牧してたストーンが柵に寄ってきてにゅっと顔を出す。
「わー!本当にストーンブレイクだー!よろしくね!」
うん、ここで即撫でに行かないあたり慣れてるなーとは思うけど、ちょっと不思議だ。
「ストーンブレイクのファンなの?」
うちの牧場を知ってるとしたらテンザンサクラかと思ってた。
「はい!あ、えっとテンザンサクラやミスタークラウンもちゃんと勉強してきましたけど」
おお。
「一昨年のターコイズS、テレビで見てて、カッコイイなーってなったので」
「ふふん、この小娘、見る目あるじゃないか」
まあ、嬉しいんだろうな。
弥生ちゃんに顔を近づけてる。
「撫でてもいいと思うよ」
「本当ですか!よろしくね、ストーンブレイク」
「まあ、がんばるんだね」
ストーンが「ふん」と鼻を鳴らしながら喜んでいる。
そして、その横からクラウンがすごく嫌そうな声を出した。
「なんだこのガキ」
こいつは、嫉妬してるのか。
「クラウン、おやつ抜き」
「そんな!?」
即答である。
「まだ何もしてねぇだろ!」
「初対面の第一声がそれなら十分だよ」
弥生ちゃんがきょとんとした顔でこちらを見た。
「朔さん、馬とお話してるんですか?」
……あ。
そうだった。
普通はそこに引っかかるよな。
俺は一秒だけ考えてから答えた。
「うん、まあ、慣れて」
「慣れて、って何ですか!?」
いい反応だなあ。
久しぶりだ。この反応。
最近はもう、爺さんも岡部さんも、俺が馬に何か言ってても「まあそういうもんか」みたいな顔しかしないからな。
弥生ちゃんは、俺とクラウンを交互に見る。
「……え、本当に?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「聞こえてる気はする」
「気って」
「でも便利だよ」
「……わかりました」
「わかったの!?」
逆にびっくりしたわ。
「たぶん、そういうこともあるのかなって」
「受け入れ早いな」
「農業高校なんで」
何だその万能の免罪符。
でも、そのくらいの方が助かる。
ここで本気で「どういうことですか!?説明してください!!」って来られても、俺も困るし。
◇
「で、あっちが当歳」
「わあ……」
弥生ちゃんは、真面目な顔のまま、でも少しだけ目を丸くして当歳たちを見ていた。
今年の当歳は、初見の人間に対して一切遠慮がない。
「だれー!?」
「しらなーい!」
「さくー!なんか新しいのー!」
「おやつ!?」
「たべていーい?」
「新しい人間だー!」
「おやつではない。今日から働いてくれる弥生ちゃんだ」
六頭がわらわら寄ってくる。
弥生ちゃんは一歩だけ後ずさった。
「す、すごい寄ってきますね」
「今年は人懐っこい仔馬ばかりだから」
「可愛い……」
「可愛いけど、油断すると食べられるよ」
「食べられる?」
そのまま、当歳たちに左右から押され、弥生ちゃんが片足でぴょこぴょこしはじめた。
「やよいちゃーん」
「って、わ、わ、わ――」
バランスを取り切れなくなって、綺麗に弥生ちゃんは地面にべちゃっといった。
うん、予想通りだ。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……!」
弥生ちゃんは草だらけになりながらも、すぐ起き上がった。
当歳はというと、まったく悪びれずに鼻先を突っ込んでいた。
「やよいちゃーん!」
「お前がやよいちゃんを地面にしたんだよ」
「こんにちはー!」
挨拶のタイミングがおかしい。
弥生ちゃんは服についた草を払いながら、苦笑した。
「可愛いんですけど、距離感が近いです」
「好かれてはいるみたいだよ」
「なるほど……なら、がんばります」
えらい。
ありがたい。
◇
夕方。
一日を終えて、弥生ちゃんは少しだけほっとした顔をしていた。
弥生ちゃんは真面目で、説明をちゃんと聞くし、聞いたことはメモするし、余計なことはしない。
馬にも落ち着いて近づく。
最初は少し硬かったが、馬術部だけあって、足元とか立ち位置とかの基礎は知ってる感じだ。
正直、めちゃくちゃ助かった。
「どうだった?」
「思ってた三倍は大変でした」
「そんなもんか」
「でも、思ってた五倍は面白いです」
「お、よかった」
「あと」
「学校の馬も喋ってるのかなって、ちょっと思いました」
「喋ってるんじゃない?」
俺が言うと、弥生ちゃんは笑った。
「私には聞こえないですけど」
「たぶん、聞こえない方が平和な時もあるよ」
「それは、今日だけでちょっとわかりました」
真面目に頷くのがこの子らしい。
「正直すっごい助かったんだけど、また来てもらってもいい?」
これで断られたら当歳たちのおやつを没収する。
弥生ちゃんがぴしっと背筋を伸ばす。
「は、はい。ご迷惑でなければ」
よかった。
「うん、じゃあ、よろしく。細かいスケジュールとかは改めて学校を通じて相談するね」
「はい!よろしくおねがいします」
チャラララッチャッチャー。
やよいちゃんがなかまにくわわった。




