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就職先が倒産したので牧場を継いだら、俺だけ馬の声が聞こえるようになりました  作者: 萩原詩荻
第二章 ミスタークラウン

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第三十話 雇う側になってしまった

「というわけで、繁忙期とかだけでも手伝ってもらう人探したい」


 朝飯をかき込んだあと、俺は母屋の茶の間でそう相談した。


 爺さんは味噌汁をすすりながら、こちらを見もしない。


「牧場主はお前だと何度も言ってるだろう。好きにしろ」


「そこを好きにするための知恵が欲しいんだけど」


「知恵?」


「そう。あまりお金かけたくないんだけど、なんかいい案ない?」


 これが本音だった。


 爺さんは少し考えてから、ぼそっと言った。


「ここから十五分くらいのところにある農業高校は、自分たちで競走馬も育ててる」


「へえ」


「馬術部もあるし、実習だなんだで、牧場の手伝い探してる生徒もたまにいるらしい」


「へえ」


「そこに事情込みで相談してみろ」


 おお。


 なんか、普通にいい案だな。


「そんな都合よく人来る?」


「知らん」


「知らんのか」


「でも、馬に慣れてる学生がいりゃ話は早い。最低限、後ろに立つなとか、急に大声出すなとか、そこから教えなくて済む」


「おお」


 それは、たしかにそうだ。


 普通の人を雇うのと、馬をある程度知ってる人を頼るのとでは、かなり違う。


 というか、下手したら俺より詳しい子がいる可能性すらある。


「だが」


「ん?」


「相手が高校生なら、ちゃんと責任持て。お前が変なことしたら俺が殴る」


「俺、何を想定されてるの?」


「一応言っただけだ」


 一応で済ませるな。


 でもまあ、その辺は大丈夫だ。


 俺はそこまで人生に変なスリルを求めていない。



 というわけで。


「はじめまして、桜坂弥生さくらざか やよいです」


 黒髪の綺麗な感じの子が来てくれた。


 真面目で、馬術部所属で、競走馬にも興味あり、と聞いている。


「はじめまして、ありがとうね。引き受けてくれて」


 意外とサクッと決まった。


 非常に都合がいいが、ありがたい。


「いえ、部活には実家が牧場の子も少なくないですし、繁忙期のみというお話なので、こちらとしても学校と両立しやすくて、ありがたいです」


 おお、本当に真面目。


 学校側にも話は通っていて、実習というか研修というか、そんな感じの扱いらしい。


 本当にありがたい。


「じゃ、案内するね」


「はい、お願いします!」


 人を雇うなんて初めてなので、どうしていいかわからないので、さっそく案内する。


 厩舎の中を見せると「お~」と言ってくれるのがちょっと嬉しい。


「実は桜井牧場さん、前からちょっと来てみたかったんです」


「ゴールドファームじゃなくて?」


 うちの名前を知っている時点で、そもそも通な気がする。


「ストーンブレイクの牧場だからです」


 え?


「呼んだかい?」


 放牧してたストーンが柵に寄ってきてにゅっと顔を出す。


「わー!本当にストーンブレイクだー!よろしくね!」


 うん、ここで即撫でに行かないあたり慣れてるなーとは思うけど、ちょっと不思議だ。


「ストーンブレイクのファンなの?」


 うちの牧場を知ってるとしたらテンザンサクラかと思ってた。


「はい!あ、えっとテンザンサクラやミスタークラウンもちゃんと勉強してきましたけど」


 おお。


「一昨年のターコイズS、テレビで見てて、カッコイイなーってなったので」


「ふふん、この小娘、見る目あるじゃないか」


 まあ、嬉しいんだろうな。


 弥生ちゃんに顔を近づけてる。


「撫でてもいいと思うよ」


「本当ですか!よろしくね、ストーンブレイク」


「まあ、がんばるんだね」


 ストーンが「ふん」と鼻を鳴らしながら喜んでいる。


 そして、その横からクラウンがすごく嫌そうな声を出した。


「なんだこのガキ」


 こいつは、嫉妬してるのか。


「クラウン、おやつ抜き」


「そんな!?」


 即答である。


「まだ何もしてねぇだろ!」


「初対面の第一声がそれなら十分だよ」


 弥生ちゃんがきょとんとした顔でこちらを見た。


「朔さん、馬とお話してるんですか?」


 ……あ。


 そうだった。


 普通はそこに引っかかるよな。


 俺は一秒だけ考えてから答えた。


「うん、まあ、慣れて」


「慣れて、って何ですか!?」


 いい反応だなあ。


 久しぶりだ。この反応。


 最近はもう、爺さんも岡部さんも、俺が馬に何か言ってても「まあそういうもんか」みたいな顔しかしないからな。


 弥生ちゃんは、俺とクラウンを交互に見る。


「……え、本当に?」


「たぶん」


「たぶん!?」


「聞こえてる気はする」


「気って」


「でも便利だよ」


「……わかりました」


「わかったの!?」


 逆にびっくりしたわ。


「たぶん、そういうこともあるのかなって」


「受け入れ早いな」


「農業高校なんで」


 何だその万能の免罪符。


 でも、そのくらいの方が助かる。


 ここで本気で「どういうことですか!?説明してください!!」って来られても、俺も困るし。



「で、あっちが当歳」


「わあ……」


 弥生ちゃんは、真面目な顔のまま、でも少しだけ目を丸くして当歳たちを見ていた。


 今年の当歳は、初見の人間に対して一切遠慮がない。


「だれー!?」

「しらなーい!」

「さくー!なんか新しいのー!」

「おやつ!?」

「たべていーい?」

「新しい人間だー!」


「おやつではない。今日から働いてくれる弥生ちゃんだ」


 六頭がわらわら寄ってくる。


 弥生ちゃんは一歩だけ後ずさった。


「す、すごい寄ってきますね」


「今年は人懐っこい仔馬ばかりだから」


「可愛い……」


「可愛いけど、油断すると食べられるよ」


「食べられる?」


 そのまま、当歳たちに左右から押され、弥生ちゃんが片足でぴょこぴょこしはじめた。


「やよいちゃーん」


「って、わ、わ、わ――」


 バランスを取り切れなくなって、綺麗に弥生ちゃんは地面にべちゃっといった。


 うん、予想通りだ。


「大丈夫?」


「だ、大丈夫です……!」


 弥生ちゃんは草だらけになりながらも、すぐ起き上がった。


 当歳はというと、まったく悪びれずに鼻先を突っ込んでいた。


「やよいちゃーん!」


「お前がやよいちゃんを地面にしたんだよ」


「こんにちはー!」


 挨拶のタイミングがおかしい。


 弥生ちゃんは服についた草を払いながら、苦笑した。


「可愛いんですけど、距離感が近いです」


「好かれてはいるみたいだよ」


「なるほど……なら、がんばります」


 えらい。


 ありがたい。



 夕方。


 一日を終えて、弥生ちゃんは少しだけほっとした顔をしていた。


 弥生ちゃんは真面目で、説明をちゃんと聞くし、聞いたことはメモするし、余計なことはしない。


 馬にも落ち着いて近づく。


 最初は少し硬かったが、馬術部だけあって、足元とか立ち位置とかの基礎は知ってる感じだ。


 正直、めちゃくちゃ助かった。


「どうだった?」


「思ってた三倍は大変でした」


「そんなもんか」


「でも、思ってた五倍は面白いです」


「お、よかった」


「あと」


「学校の馬も喋ってるのかなって、ちょっと思いました」


「喋ってるんじゃない?」


 俺が言うと、弥生ちゃんは笑った。


「私には聞こえないですけど」


「たぶん、聞こえない方が平和な時もあるよ」


「それは、今日だけでちょっとわかりました」


 真面目に頷くのがこの子らしい。


「正直すっごい助かったんだけど、また来てもらってもいい?」


 これで断られたら当歳たちのおやつを没収する。


 弥生ちゃんがぴしっと背筋を伸ばす。


「は、はい。ご迷惑でなければ」


 よかった。


「うん、じゃあ、よろしく。細かいスケジュールとかは改めて学校を通じて相談するね」


「はい!よろしくおねがいします」


 チャラララッチャッチャー。

 やよいちゃんがなかまにくわわった。


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