第15話
気が付くと、真咲は夜具の上に座っていた。次第に視界がはっきりして、目の前に丞玖の顔が見えた。放心状態でいたのだろうか。社の扉は開けられ、外は既に明るくなっているのが分かった。
「樋口、ごめんな」
真咲の両肩を掴んでいた丞玖が、震える声で言った。
「怖かっただろう。ごめん。ごめんな」
怖かったのはお前だろう。そう言いたかったが、しゃくりあげるような声が出ただけだった。
全ては脳が作り出した幻。けれど、置き去りにされたような辛さだけは残っていた。
《《また》》、置いて行かれた。
僕の居場所は、ここではないのに。
超豪華な景品は、ゆるキャラグッズの詰め合わせだった。丞玖が遠慮したので未優と半分分けにしてお土産にした。麻美は喜ぶだろうか。帰りの電車の空気は何故か重く、丞玖と未優の距離は到底縮まったようには思えなかった。
昨日の夜、社の中で見たもの。あれは夢だったのだろうか。感覚が遮断された世界で脳が見せた幻覚だったのだろうか。真咲が母と呼びかけたあの人は誰だろう。ここに居てはいけない。あなたのいるべき場所は、ここではない。そう言われたような気がした。
時間が経つにつれ、薄れていく記憶。赤い袴の後ろ姿が陽炎のように揺らめいて消えた。
コポコポと小さく泡の音がする。視界が青い。水底からゆっくり浮上して、真咲は水面に顔を出した。
「起きたか?」
丞玖の顔があった。真咲は小さく頷き、辺りを見回した。
「未優先生は、用事でちょっと出てる。すぐ戻るって」
コポコポと音を立てる保健室の水槽には、小さなフグが泳いでいた。縁日の金魚と同じぐらいの大きさのくせに、生意気に丸く膨らんでいる。
「寝言言ってた。……お母さん、って」
独り言を呟くように、丞玖が言った。
「マザコンかよ」
そう言った後、顔を背け「ごめん」と謝る。
「大丈夫なのか? 九月に入ってから、もう二回めだろう、保健室」
心配そうに尋ねる丞玖に笑いかけ、「平気だ」と真咲は答えた。
夏休みが終わり学校が始まってから、眩暈が起こる頻度が増した。けれど眩暈は不快ではない。眠りに落ちるように、意識が遠のいていくから。
「贄の儀式の後からだよな。怖かったんだよな。ごめんな」
本当に申し訳なさそうに丞玖が言う。どうしても怖かったことにしたいようだ。真咲は笑って言った。
「平気だって言っただろ。気にするなって。祭りのせいじゃないから」
では何が原因かと言われても分からない。ただ、あの時見た幻覚が気持ちに影を落としているのは事実だった。母が恋しい年頃ではない。けれど置き去りにされたという感覚だけが根強く残っている。
「お前の笑い顔、見てると辛いんだ。何か悲しそうで」
泣き出す寸前のように見えるのだと、丞玖は言った。麻美が『悲しいか』と尋ねる時も、自分はそんな顔をしているのだろうか。
「生まれつきなんだよ」
それだけ言って、真咲は目を閉じた。未優が戻って来るまで、もう少し眠りたいと思った。




