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第14話

 何も見えない、何も聞こえない。さっき飲んだ御神酒おみきのせいか、少し頭がくらくらした。

 生贄。人身御供。自然や神におもねるという行為は、どうして始まったのだろう。何故に続いているのだろう。貢物によって神の歓心を買おうという考えは、人知を超えたものを無理やり自分たちと同じ次元に引き下ろそうとする愚かさに他ならないと、真咲は思う。

 神仏や魔物、鬼。暗闇にひそむ何か。時に人はそれにすり寄り、時にそれをはらう。種としての人間の上位にいる、理解の範疇はんちゅうを超えたもの。恐れ遠ざけながらも、人はそれを忘れ去ることが出来ない。

 完全な闇と無音。暑くもなく寒くもない。皮膚と空気の境目が曖昧あいまいになるような湿度と温度の中で、意識が遠くなるような、同時に神経が研ぎ澄まされるような、不思議な感覚が体を包む。暗闇の中、知覚が遮断しゃだんされた状態で、人は幻覚を見るのだという。

 すべては脳が作り出した幻。なら僕は、この闇の中に何を見るのだろう。静寂の中に何を聴くのだろう。

 風の音が聞こえた。視界を埋め尽くすのは真っ白な霧。凍りそうに冷たい感覚が肌をでる。次第に眠くなり、身体は重くなっていく。幼い頃、遠くに吹雪の音を聞きながら、暖かい胸に抱きしめられて眠ったように思う。あれは何処どこだろう。いつの事なのだろう。

──おいで

 ふと、誰かに呼ばれた気がした。幻聴だ。けれどそれは妙にリアルな質感を持って、真咲の耳にはっきりと届いた。

──まさき

 名を呼ばれ、答えようとしても声が出ない。身体も動かない。まばたきして布を落とそうとして、真咲は禁忌を思い出した。

『朝まで目え開けたらあかんよ』

 決して目を開けてはいけない。開けたら最後、この世で一番恐ろしいものを見る。

 背筋が寒くなり、肌が粟立あわだつのを感じた。何がいるのだ。真咲に呼びかけているのは誰だ。扉が開く音などしなかった。ここには誰もいない筈だ。

──真咲

 優しい声に聞こえた。どこか懐かしい声。胸の奥で何かがうずいたような気がした。痛いような、冷たいような。

 吹くはずのない風に飛ばされたように、目隠しが外れて落ちる。真咲は閉じた瞼にぎゅっと力を入れた。

──目を開けて、真咲

 抗えなかった。

 恐る恐る開いた瞼の向こうにあったのは暗闇ではなかった。視界一面に広がる霧。氷のような冷たさを持った、果てしなく広がる白い世界。その中に、美しい女がたたずんでいた。

──迎えに来た

 白く細い手を差し伸べるその女は、写真と同じ悲し気な目をしていた。白い着物の下は赤い色をしたはかま巫女みこ装束しょうぞくのようだ。風に揺れる長い黒髪。はかなげな面立ちのその女が、口元に静かな笑みを浮かべる。

──おいで

 差し伸べられた手に触れ、身体を起こそうとした瞬間、突然雷に打たれたような衝撃が襲った。頭が割れるような酷い耳鳴り、電流が全身を貫くような痛み。思わず手を離し、真咲は悲鳴を上げた。

 黒髪がひるがえり、女は背を向ける。袴の裾が風に揺れた。淋し気な後ろ姿。

 行かないで。置いて行かないで。

──お母さん!

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