狂女との対峙
元義母の話もあったんですが需要がなさそうなのでまるっとカットしました。
「相変わらずいいご身分だこと。あぁ、伯爵令嬢ですものね、いいご身分よねぇ。それにしばらく見ないうちに随分と美しくなって。…忌々しいこと。あぁその不気味な青い目。人の考えてることまで分かるのでしょう?なんて恐ろしい、化け物みたいだわ」
デボラは正面の椅子に座るなり、不気味な笑みを貼り付けたまま喋り始めた。視線はこちらへ向いているけれど、どこか焦点が合っていない。私に喋りかけているように見えるが、別の誰かに向けて言っているようにも見える。
そのあまりにも無礼な態度と言葉に、室内で見張る騎士が険しい表情をデボラに向けているが、彼女は気付く素振りもない。
「貴女もあの男も本当に忌々しい。私を見下して馬鹿にして。何故貴族の女である貴女が私より幸せになるの?美しくて、愛されていて、何でも持ってる。気に入らない、気に食わない、腹立たしい!生意気なのよ!貴族の女なんて、愛のない結婚をして、夫に愛されない者同士で集まって、優雅なフリをして愚痴と悪口ばかり言う惨めな存在のクセに!」
こちらの返事や反応を待つことなく喋り続けるデボラは、少しずつ感情的になり始めた。ぐっと拳を握り口許を歪ませ、眉を釣りあげて射抜くような目付きで睨みつけてくる。
彼女の中の貴族のイメージは随分と偏りがあるようだ。まるで具体的に誰かを思い浮かべているかのような。目の前に座る私にすら視線を向けていない。私の向こう側に誰かを見ているかのような。
彼女の様子を見て危険だと判断したのか、無礼どころではない態度を見咎めたのか、両脇に立つ騎士達はデボラを拘束しようと動いたが、まだ聞きたいことが聞けていないので小さく手を動かし静止を促した。騎士達は迷う様子を見せながらも元の立ち位置へと戻ったが、険しい視線はそのままだ。
「・・・私、貴女のことを知らないのだけれど、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
彼女の様子に思うところがあったので、敢えて刺激するだろう言葉を選んでみたが、効果は十分過ぎたようだ。彼女の握りこんだ拳は力が入りすぎて白くなっているし、抑えきれない感情の為に体はぶるぶると震えている。更に歪んだ口許は歯軋りが聞こえそうな程強く噛み締められた歯が見えている。眉も目も吊りあがり、正しく般若の形相で、彼女の誇っていた美貌は見る影もない。
私には、彼女からここまでの感情を向けられる覚えがない。私は彼女に疎ましく思われることはあっても、憎まれたことはない。彼女は私を敵視していたことがないのだ。先日の夜会で会った時から、彼女は私を見てはいない。
彼女が見ているのは私ではなく、私の母、アミエラ・マグワイアその人なのだ。
「アンタにとってはアタシなんてその辺の雑草か虫程度のものなんでしょうね・・・!アタシがアンタを忘れた頃、あの男を見かけた。チャンスだと思ったわ。アンタからあの男を奪ってやろうって。雑草以下として見下すどころか認識すらしなかった存在に夫を奪われて、嫉妬に狂って絶望する顔を見てやろうって。それなのに、アンタはそこにいなかった・・・!」
「・・・私を苦しめたかったということ?貴女はあの人を愛していたわけではないの?」
「愛、ですって?アハハハ、貴族のくせに愛ですって?・・・そんなものないわ。この世で大事なのはお金よ。あの男に近付いたのはアンタへの復讐のため。贅沢ができるからそのままだっただけ。アタシに溺れるようなら面白かったのに、あの男、誘いに乗らないどころか、呪具も効かないなんて。まあ、人形同然になってくれたから扱いには困らなかったけど」
いい気味よ、と言ってデボラは笑う。ゲラゲラと品もなく狂ったように笑い声を上げる様は、やはりもう正気ではないのだと判断するには十分だった。
表情には出さないでいられたので周囲には悟られなかっただろうが、心の内は嵐のように荒れていた。若くして儚くなった母への復讐、そんなもののために。そもそも復讐ではなく逆恨みとすら言い難い、恐らくこちらには何の非もない理由。そんなことのために、父も私も、彼女の娘であるアデラすら巻き込んで。
それに彼女は、呪具、と言った。いつか神官が言った通り、呪術が使われていたようだが、効かなかったとも言った。呪術が効いていないのなら、父のあの様子は一体どういうことなのか。
「最後に一つだけ聞かせて。貴女は何故、呪具を持っていたの?」
「相手をしていた貴族から適当に貢がれたものよ。誰だったかなんて覚えてないわ。ただのエメラルドのブローチだと思って使ってたら、フードを被った男が人を魅了して操る力を一度だけ使えるって言ってたのよ。ご丁寧に使い方まで教えてくれたから使ってみたっていうのに、期待したアタシが馬鹿みたいじゃない。まぁ、魅了が不発でも操ることはできたんだからいいけどね」
私が声をかけた途端、彼女はあからさまな程にビクリと体を震わせてピタリと笑うのをやめて、ニタリとした笑みを顔に貼り付けて答えた。こうやって正気なのではないかと思える瞬間があるのが、余計に怖いと思わせるのだろう。
ふと鈍い頭痛を感じて、こめかみを軽く押さえて溜め息をつく。それを見てこの面会の終わりとしたのか、これまで黙っていた王太子殿下が背後に近付き、声を出さないまま手振りだけで騎士に指示を出した。私としても異論はないため、騎士に促され退出のために立たされて扉へ歩かされていくデボラの背中を見送ろうとした。
部屋を半ばまで歩いたところで不意に彼女の体がガクッと崩れるように揺れ、首だけ動かしてこちらを向いた。
「待ってるわ。アンタがこっちに来るのを。ずぅっとね」




