義母と義妹③
アデラからの初めての謝罪の言葉を聞いてからは、許されている時間いっぱいまで、尋問とは言えないような、質問やら雑談をした。初めのうちこそ戸惑いを見せたが、すぐに慣れたのか表情も口調も穏やかになり、時折小さく笑顔まで見せた。そんな時間も終わりを告げられ、奥から入室した騎士に退室を促されたアデラは、去り際にありがとう、と言葉を残してその場を後にした。
今日は彼女に二度も驚かされた。今日の様子を見ていて分かったことだが、彼女はちゃんとした教育や躾さえ受けていれば、まともに生きていくことができただろうに、残念でならない。
「いやぁ、流石だね。人心掌握術と話術、君の交渉能力は見事としか言えない」
「恐縮ですわ、殿下。…アデラは、処刑は免れますわよね?」
いつの間にか側まで来ていて、ただの水で申し訳ないが、なんて言いながら冷えた水の入ったコップを手渡してくれた殿下は、少しばかり機嫌が良さそうだ。目に見える感情が真実とは言えない相手に対して、礼を述べて受け取ったコップを両手で持ちながら、窺うように問いかけた。
「…減刑ができたとしても、それ以外の罪状もあるから難しいところではある。けど、一番の被害者である君がそれを望むなら不可能じゃない。それでも修道院行きは免れないだろうね」
「十分過ぎる温情ですわ、ありがとうございます。彼女には生き直すチャンスを与えたいのです」
正直、彼女に温情をかけるかどうかは決めていなかった。今日の彼女と殿下の判断次第だろうと思っていた。簡単に絆されてしまって、私は甘いのかもしれないとほんの少し自嘲した。
「さて…あと数分もすれば悪女がお見えになるわけだが、大丈夫そうかい?」
「怖い相手ではありません。ただ…得体の知れない相手です。何を考えているのか…目的すら不明なのです」
「…先程の娘の話を聞いても、実体が掴めないというのは分かるな。尋問でも同じだ、あの女は少しおかしい。だが、あの女が強い感情を見せたのは君にだけだ。…期待してるよ」
小さな苦笑を浮かべて、殿下はまた先程の定位置へ戻って行く。
デボラは得体の知れない女。夜会の時は、強い怒りや憎悪を向けてきてはいたが、まだ正気だった。だからこそ、淑女達の嫌味の応酬ではない、追及する言葉に反論しようとしてもできず、言葉に詰まるだけだった。あの時は寧ろ、私の方が正気ではなかったかもしれない。
だが、ここに来てからのデボラはどうなのだろう。騎士達の尋問を躱しているのは極めて冷静だからかもしれないが、逆に狂ってしまっているからという可能性もある。
デボラと初めて会ったのは、九年前。母を亡くしてから一年後のことだった。数日間の視察が終わって帰宅した父が、私の前では絶やすことのなかった笑顔を見せなかった時に感じた嫌な予感は、すぐに現実となった。
父が帰って来て半刻ほど経って、見るからに着慣れないドレスを纏った母娘と思われる二人組が邸へやって来た。娘の方はいかにも気に入らないという感情を隠しもせずに睨み付けてきて、母の方は目と口を三日月形に歪めて笑っていた。その笑みがいかにも不気味で、ぞっとして、その日の夕食で二人が新しい家族になるのだと父から聞かされた時には、この世の終わりかというくらいにショックを受け、数日ほど部屋に引き篭もってしまった。
義母となったデボラは没落貴族だと自称していたが、所作や言葉遣い、貴族であれば知っていて当然のことも知らなかったりと嘘であることは明白。娘のアデラも同様で、父が何の干渉もしないのを良いことに、デボラと一緒になって我が儘、贅沢し放題になり、苦言を呈する使用人達を容赦なく追い出した。そして自分達の言いなりになる都合の良い使用人ばかりを側に置くようになり、その新しい使用人達はデボラ達にすり寄るばかりで私をぞんざいに扱った。
私はと言えば、追い出された使用人達をデボラ達二人に気付かれないよう、領地の本邸や商会で雇えるように祖父に手紙を送ったり、残った数少ない古くからの使用人達に守られながら、商会と領地の運営を手伝えるよう、学び始めた。教育に関しては基本的に女主人の采配によるものなので、当然デボラが手配してくれるわけもなかったのだ。
唯一頼れる祖父が十二歳の時に亡くなり、葬儀が終わるなり私一人だけ領地に置き去られることになった。
私がデボラ達と同じ邸で過ごしたのは三年程。私としては当たり前の教養やマナーを見せると、あからさまに不機嫌な顔をして嫌味を言われた。劣等感があったのか、アデラはよく癇癪を起こして、顔を合わせないように過ごすよう強要された。生活スペースと時間を制限されたのだ。
彼女達の方から私を遠ざけて、関わりを避けていたはずなのに。
アデラは、幼い嫉妬と劣等感を拗らせていただけで。
デボラは何を抱えているのだろうか。
気持ちを落ち着けるために、はしたないとは思いながらもコップの水を飲み干して、深く息を吐く。
直後、奥の鉄扉が開いて、騎士に連れられて一人の女が入室して来た。
女はすぐに私の姿を捉え、いつか見た不気味な笑みを浮かべた。




