ドレスと、刺繍と、決心と。
「奥様、ドレスが届きました」
夜会まであと二日。アジルとテリアとのダンスレッスンにもスポ魂が必要なくなって余裕が出てきたところ。今日は旦那様が早くお帰りになるとのことなので、お帰りの時間に合わせてティータイムにしようと決めていた。お渡ししたい物もあることだし、と。
そんな中で、オートクチュールに依頼していたドレスとそれに合わせた靴やアクセサリーの一式が届いたという。全てをデザインして一流の物だけで揃えてくれるからこそ、マダム・アンシェールのお店はお得意様なのだ。
普段とは違うのは、いつもは買う方ではなく買い付けのお得意様という点だろうか。
「あら、本当?じゃあ、レッスンはここまでにしましょうか。お茶の時間も間もなくだし、身嗜みも整えないとね」
旦那様と一緒にダンスレッスンをしたあの日から、自分の中で何かが大きく変わり始めていて、ハッキリわかる程育った感情にも、名前を付けることができた。まだ、伝えるかどうかは迷っているけれど、あと一つ、何かきっかけがあれば、私の抱えているものの話ならできる気がする。
私室へ戻って身嗜みを整え終わったところで、届いたドレス一式の確認をする。箱から取り出されたのは、黄金色のドレスと、煌き輝くアメジストをメインにあしらったアクセサリー。
黄金色のドレスはオフショルダーのAラインドレスで、スカート部分には同色の濃淡様々なレースやリボンが上品にあしらわれており、胸元には生地よりも色の濃い糸でロイヤルローズの刺繍が施されている。
黄金色のドレスに、ロイヤルローズの刺繍。アメジストのアクセサリー。明らかに特定の人物を意識したデザイン。勿論私は、恐れ多くてそんな注文できるわけがない。自分にふさわしいものも分からなくて、全てお任せにしたのに。
今回の夜会で私達の結婚を正式に公表するつもりだから、マダムだって知らないはずなのに、どうして?
「素敵なドレス…。でも、私に似合うかしら?」
「勿論ですわ!奥様のお美しさを引き立てるのにふさわしいです!」
「ローゼンベルク公爵夫人として、是非お召しになっていただきたいですわ」
シュリーとテリアはにこやかに答えてくれる。旦那様の色を纏うのは正直、物凄いプレッシャーを感じるけど、とても楽しみだ。念のため、旦那様に確認をとってみよう。
「そうか、やっと届いたんだな」
「ええ。とても素敵なドレスでした」
今日のお品書きは、深い香りながらもあっさりとした味の紅茶と、フルールのナポレオンパイ。ドレスといい、ケーキといい、今日のテンションは上がりっぱなしだ。
相変わらず静かに優雅に紅茶を嗜む姿を眺めながら、切り出すタイミングを計る。
「それで、その…、ドレスのデザインが…」
「ああ、心配ない。マダムには私があのデザインで依頼したんだ」
「えっ…」
旦那様は何てことない様子でさらっと言って…いるように見えて、少しだけ耳が赤くなっていた。
顔が熱くて、胸の奥からじわじわと熱が体中に広がっていって、手が震えて。でもこの震えは悪い意味じゃない。きっと私は、嬉しいんだ。
「…あ、ありがとう、ございます…。とても、嬉しい、です…」
「ああ。…思えば、君には何の贈り物もしていなかったし、デザインに困って全て任せたと聞いたからな、このくらいは当然だ」
当然。そうか、こういうのは当然なのか。もうずっと、十年くらい。そういう当然がなかった。この人はこの短い間に、私にいろんなものをくれた。
私は、貴方を信じたい。信じても、いいですか?
「…旦那様、あの、これを受け取っていただけませんか?」
「これは…ハンカチか?この刺繍は…」
先日、やっと刺繍が終わったハンカチ。薔薇を守る獅子、ローゼンベルク公爵家の紋章。刺繍が得意ではない私には難しかったが、テリアに教わりながらも全て自分で刺した。
「以前、お借りしたハンカチなのですが、僭越ながら刺繍を入れてみました。お使いいただければと…」
「ああ…凄いな、ありがとう。大事に使わせてもらおう」
旦那様は、うっすらとだけど、今までで一番優しい笑みを浮かべてくれて、刺繍を入れたハンカチをポケットへしまった。
これで、心の準備はできた。
「それで、ですね、旦那様。聞いていただきたいことがあります」
仕切り直すように姿勢を正して、対のアメジストを見据える。私が捉えた後にすぐ、こちらも捉えられる。視線が交差しているのが分かって、鼓動が耳の奥に響いているけれど、今はそれが少し心地良い。
「私のこれまでの話を。家族のこと、家門のこと。やっとお伝えする決心がつきました」
ようやく謎が解ける話。長かったなぁ…




