過去の告白
どこから話せば良いものか。話しやすいところから話すことと、疑問点があればその都度聞いてほしいと伝えると、黙って頷いてくれた。私の表情を見て何も言わずとも意図を汲んでくれて、人払いをしてくれた。
「まず…両親の話から。父はご存じの通り、ハロルド、母はアミエラ。母には祖父が選んだ婚約者候補の方が何人かいらっしゃったそうですけど、その全てを断って父と貴族としては珍しく、恋愛結婚したそうです。母はマクワイア家のこの青い瞳を受け継いでいたので、商会の運営をして、父は母のサポートをしながら領地の管理をしていました。私も幼い頃、二人の仕事に何度か同行させてもらっていたことを、覚えています。ですが、私が五歳になる頃、母が体調を崩しがちになってしまい、父が商会の運営まで手掛けるようになりましたが、父には商才がないので、私が同行することが多くなりました」
「五歳の頃から商売をしていたのか?」
「商売そのものではありませんが、マクワイアの青の瞳は目利きの力があります。モノの価値を見極める『審美眼』の能力です。私はその力で父の仕事を手伝っていたのです。…それから三年後、私が八歳の時に、母が病で亡くなりました。父は本当に母を愛していたので、目に見えて落ち込み、消沈していました。私の前では気丈に振る舞っていましたが、その喪失感は計り知れないものだったのでしょう」
渇きを潤すために紅茶を一口含み、ゆっくりと嚥下させる。ティーカップをソーサーに戻して、膝の上で手を組んだ。
「そうして更に一年が経った頃。父が突然、再婚すると言い出して。そうして我が家にやって来たのが義母のデボラ様と一歳年下の義妹のアデラ。父が言うには、アデラは父の娘だから責任をとって結婚をするのだということでしたが…」
「それは…」
「心配なさらないでください、絶対に違います。断言できます。この目で見てすぐに分かりました。…ですが、その再婚を阻止することはできませんでした。私はまだ九歳の子供でしたし、伯爵位は祖父に戻り、父も旧姓のベルテスを名乗っていたので。この再婚の直後くらいから、父は領地の管理も商会の運営も、全ての仕事を放りだすようになってしまいました」
「そういえば…、やけに覇気のない様子だったが、その頃からか?」
「そう…ですね。思えばあの頃から、まるで自分の意志のない操り人形になってしまったように思います」
ふと自分の手に焦点を合わせると、握られた手に力が込められて白くなっていた。何とか少しずつ力を抜いていき、両膝の上にそれぞれ置き直して、今度は緩く握り込む。
「デボラ様とアデラは、次第にワガママや贅沢放題をするようになっていき、虐待まではされませんでしたが、居場所は少しずつ奪われていきました。そうして十二歳になった年、祖父が亡くなったことで父に代理爵位が継承されたことをきっかけに、私は領地に閉じ込められるようになり、父とデボラ様達は王都のタウンハウスに住んだきり。顔を合わせることはなくなりました。代理爵位を得たとは言っても、父は人形のまま。領地管理と商会運営を私が担うことになったのです」
「十二歳の子供が…一人でか?」
「いいえ、領地の本邸には古くから仕えてくれる家令を含め、家門に忠誠を誓ってくれている執事や使用人達がいますから、助けてもらいました。ですが、その合間に外国語やマナー、商売に関しての授業も受けていたので…ダンスや刺繍など、淑女らしい習い事は母が亡くなるまでに教わったものが全てでした。そして、そのまま次期伯爵として、商会主として貴方と婚姻するまでずっと、領地にいました。あ、買い付けや商談などで外国に行くこともありました。カルミロの天使が見たいという思いだけで聖地へ赴き、洗礼を受けてみたら祝福を得て聖女になってしまったりもしましたが」
青春のようなものがなかったわけじゃない。外国の地は人も文化も全てが新鮮で楽しかったし、若さの勢いだけで聖地へ行った件はちょっとした武勇伝かもしれない。当時を思い出して思わず笑みが零れた。
「それで…ええと、あとは何をお話ししましょう?」
「今の家族のこと。何もせず君を放置し続けて、挙句君の意思も尊厳も無視して婚姻させた父親を、家族を、恨んではいないのか?」
もっともな質問だと思った。そうだった、それを話していない。
「父のことは、恨んでいません。デボラさま…いえ、デボラとアデラのことは、恨んでいるかもしれません。少なくとも嫌いではあります。何もしない父達を養い続けたのは、父が不憫だったからです。父が私を婚姻させたのは、デボラ達の策略でしょう。父は今、あの女達の言いなりになっているので」
「どういうことなんだ…?」
「父は、九年前、デボラ達が接触してくるまでは、まだ自分の意思を持っていたのです。今の父は、貴方の目には汎用で愚かな男に映ったのでしょうけど、もともとの父は母が選んだ人です、優秀な人でした。前に出て先導するようなことはありませんが、誰かの補佐をする時に実力を発揮する人なのです。だから祖父も、亡くなる直前まで父を信じていました。いつか正気に戻ってくれるだろう、と。恐らく父は、本当に操られています」
旦那様は眉間に皺を寄せて、訝しげな表情を浮かべている。当然だ、俄かには信じられない話なのだから。
「父は、デボラによって呪術をかけられ、九年間操られ続けています」




