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公爵様は見る目がない!  作者: 猫森まりも
第一部 雇用契約?公爵夫人、始めます
12/44

閑話~公爵の夜明け

諸事情により公爵様の名前を変更しています。

サブタイトルが決まらなくて更新が遅れてしまいました。

最初から期待はしていなかった。自分でも有り得ないと分かりきった条件を提示して、更にこちらの身元も隠して、噂を流しただけだった。


腐れ縁の王太子からせっつかれ続けてうんざりしていて、ヤケになっていただけなのだ。



興味本位で近付くものがいても、本当に契約までする愚か者などいないだろうと踏んでいた。子爵や男爵まで条件に入れていればその限りではないだろうが。


ただ、何故こうなったのか知っているくせにしつこく世話を焼こうとする王太子に、探しても見つからないと言ってやる為のものだった。



何もしないままでは王女を降嫁させかねないところまできていたから。顔見知りの王女はまだ他の令嬢よりマシだったが、向けられる視線に鳥肌が立ってしまったのだから受けるわけにもいかない。



愛を知らない。愛し方など分からない。愛が欲しいと思わない。



そんな男に嫁ぐのは不幸でしかないだろう。せめて義務的に抱くことが出来れば役目くらいは果たさせてやれるだろうが、どうやらそれも無理だろう、自分のことなのだからよく分かる。



何の解決にもならない対策をとって、旧知である執事長からの憐憫にも似た視線は耐え難いものがあった。



レオニス・フォン・ローゼンベルク。余りにも知られ過ぎている名前と経歴。それが邪魔をして誰も正体を見破れない。



愛を理解できない欠陥品であると、誰も気付かない。



自分が誰よりも愚かであると自嘲していた頃、同じような愚か者が契約に乗ってきた。




ハロルド・マクワイア伯爵。


建国よりも前から続く名家で、王国随一の商家でもある。交易の手腕は何度代替わりしても変わらず見事なもので、一度見たら忘れられない特徴を必ず持っていると聞いている。


自分が公爵位を継いでからは一度も当主には会わなかった。夫人や娘はあちこちの夜会に参加しており、何度か見かけたがそんな特徴など見受けられなかったし、寧ろ嫌いな部類に入る。


伯爵を名乗るハロルドという男も、汎用だった。直接面と向かってはいない。執事に相手をさせ、姿を見せないように伺い見ただけだ。


整ってはいるが地味な風貌で、覇気がない。こちらの正体にも興味すら見せず、ただ淡々と頷き、書類にサインをすると帰って行った。



あの嫌いとしか言えない娘が嫁いでくるのか。



そう考えると吐き気すらしたが、いつでも離縁できるように条件を組んだのだから、顔を合わせずに頃合いを見て離縁すればいい。何ならこちらの正体を隠したままでも良いだろう、と。



そうして妻を迎えるまであと一週間というところで、必要に迫らせて参加した夜会で、夫人と娘を見かけた。



どういうことだ?



婚約期間無しで一ヶ月の準備期間しかない上、あと数日で嫁ぐのだから、夜会になど出られる訳が無いのに。



そして、ふと気が付いた。



あの夫人は少しでも良い縁を結ぼうと、下品な程に躍起になっているのだ、あんなとんでもない条件で嫁がせる訳が無い。



翌日になって、当日は領地からこちらに向かうという手紙を受け取った。差出人はハロルド・マクワイア伯爵。だが、契約書の筆跡と明らかに違う。


不審に思ったが、どうにも怪しさまでは感じられず、こちらの正体を隠し通すという安全策を捨て、家紋を付けない馬車を向かわせ、屋敷に迎えることにした。




そして。




「ご主人様、アジルです。お客様をお連れしました」



「入れ」




応接室の扉から入って来たのは、青いドレスを着た黒髪の女性と旧知の執事長。


優雅に礼をとる女性に対して不遜で礼を失したとしか言えない物言いで声をかけた。返ってくる反応が見たかった。




――-深く濃い青に射抜かれた。




淑女の様相だった。決して睨みつけているわけでもなく、たおやかな微笑みだったが、眼差しが強かった。揺るがぬ意志が秘められているような、青。




――『一度見たら忘れられない特徴』。このサファイアよりも深く濃い青の瞳のことで間違いない。



確かに忘れられないだろう。ほんの一時目が合っただけで、胸がざわつき、指先が震えそうになる。本能的に、長く見ていられないと感じた。



そう感じてからは、今度こそ本当に無礼であるのを分かっていながら、用件だけを伝えて席を立った。一刻も早く、あの眼差しから離れたかった。逃げたかった。



見ていられないんじゃない。見られることに耐えられなかった。それは後ろめたさからか、恥からか。



執務室まで戻り、執務机の椅子に座って一息吐いたところで、ふと気がつく。名前を聞きそびれているし、名乗っていない。いや、彼女は名乗ろうとしていたが。


溜息を吐いて気を取り直し、机上に残った書類を手に取り目を通すことにした。




暫くしてわざわざ彼女の様子を報告しにやってきた執事長からは、嫌味とも苦言ともとれる言葉をもらった。話の内容は彼女に与えた部屋のことだったが、言外に先程の対応についても不満を伝えきているようだった。ほんの数刻、彼女と接しただけで大分絆されたようだ。


言っている内容はもっともであるし、自分の行いについても反省点があるのは分かっているが、素直に受け止めるのは癪で、少々言い返したりもしたが、結局は言い負けてしまった。



契約がまとまって一ヶ月も時間があったが、嫁いでくる女性に対してどう接するかについてはまるで考えていなかった。現実味がなかったからだ。


あちらも売られるようにして嫁ぐことになったのだから、悪感情しかないだろうことも想定して、私室内だけでも一日を過ごせるようにと考えて部屋を選んだし、専属の侍女も二人付けた。自分がご令嬢だった妻と普通に接するのは難しいだろうこともあり、伝言形式のやり取りを考えた。


だが、どうにも考えが足りていないということに気がついてしまった。今後どうしていくのか、不明瞭だしどうすればいいのかさっぱり分からない。


問題の先送りをしながら、いつもと変わらぬ一日を終え、翌朝には早出だから一先ず顔を合わせず仕事に向かえるな、などと思いながら朝食を済ませると、ツケがまわってきたと言わんばかりの再会だった。



朝日を浴びた彼女は、素直に美しく見えた。



サファイアよりも深く濃い青の瞳は、朝日を浴びてか昨日見たような強さがなく、ただ煌く宝石のように美しかった。漆黒の髪は光を反射して輝くように艶やかで、肌はしみ一つなく雪のように白いが、ほんのり赤みが差していて冷たさはない。


彼女はこんな顔をしていたのか。女性の美醜についてあまり興味がなかったので自分の審美眼には自信がないが、不快感はないし、美人なのだろうと思う。



不躾に眺めてしまった、と気が付くが、そこで彼女の様子がおかしいことに気が付く。



呆けている。見惚れる女性の表情というのは嫌という程見て、嫌気の差すものであったが、そういう類の表情ではない。そこにあるはずのないものを見たような表情だった。




「……の天使だわ」



「…天使?」



「あっ……も、申し訳ありません。ご挨拶が遅れました。おはようございます、公爵様。今朝はご出立が早いと聞きましたので、挨拶だけでもと伺いました」




微かな呟きを拾った。オウム返しのように聞き返すと、彼女は少し慌ててすぐに体裁を整えて挨拶をしてきた。


昨日あんな扱いをしたのに、当たり前のように妻として振舞おうとしている。




「…そうか。朝早くからご苦労なことだ」




些か動揺してしまって、何とも素っ気ない返事しか出来なかった。つくづく自分は欠陥品であると思った。




「公爵様はもうご朝食はお済みですの?」



「…ああ。君はゆっくり摂るといい」



「…お気遣いありがとうございます、公爵様。あの、ついでと言っては何ですが、折角なのでお願いしたいことがあるのですが」



「…何だ?」




ぎこちなくも差し障りのない言葉を交わすことが出来てやっと落ち着いたところで、お願い、という言葉に反応してしまった。


うっすらと思考に滲む失望感には気付かないふりをしつつ言葉を待つ。




「公爵家にある家宝の一つ、高貴なる庭園という絵画を見たいのです」



「…………」




拍子抜けした。確かに有名な家宝ではあるが、たかが絵で、それを見たいというのがお願いだと?


わざわざ私に願い出るまでもなく、侍女か執事にでも言えば良いだけのことだろう?




「やはりダメでしょうか?」




思いもよらなかった願い出に返事を忘れていたところ、不安そうな声が返ってきて内心の慌て具合を隠して言葉を返す。



「…いや、好きにするといい。後で案内させよう」



「…っ、ありがとうございます!」




ふわりと花が咲いたようだった。打算や計算のない、ただ喜びだけを表した微笑み。彼女は立派な淑女だが、その表情は少女のようでもあり、目を離せなくなってしまった。




「…公爵様、そろそろ」



「あ、ああ、わかった」



「お出かけになられますのね?行ってらっしゃいませ」




声をかけられて我に返り、いよいよ出かけようとしたところで、先程の喜びの余韻なのだろうが、満面の笑みで送り出しの言葉を貰う。


皮肉にも、外出を喜ばれているような気がして複雑な心境に陥った。




「…ああ、行ってくる」




開かれた扉から食堂を出て、屋敷の外へ停めてある馬車へと乗り込む。


革張りの背凭れに寄りかかると溜息が零れた。かなり神経を削られた。人との会話で疲れたのは久しぶりだ。


だが、不快感はない。疲れたというのも、単に緊張していただけだ。



何か心に引っかかるものを感じたが、初めてかもしれない、貴族女性との不快感のない会話の充足感。今はその余韻に浸ることにした。



愛を知らないので恋も知らない。

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