閑話~公爵の憂鬱
公爵様の視点というより過去編です。会話がほとんどないので読みづらいかもしれません。女性蔑視ととれる表現があるかもしれません、苦手な方はスルーしてください。
貴族なのだから、結婚はしなければならない。高位貴族、それも王家に最も近いとされる公爵家の跡取りなのだから、血は絶やせない。
しかし高位貴族だからこそ、相手もそれなりの身分でなければならない。
それなりの身分の、ご令嬢。
私はそれが大嫌いだった。
公爵位を継ぐ前、まだ一介の騎士だった頃。
同期に見目もよく実力もある男爵家の次男がいた。
彼は人格もしっかりしていて、真面目で良識がある朗らかな人で好ましく、身分差を忘れ親しくしていた。当然、彼は初め恐縮していたがすぐにこちらの意思を汲み取り、気安くするようになった。
騎士団の修練というものは、一般公開されることもある。尤も、入れるのは貴族だけではあるが。
その公開の度に何をしに来たのか、着飾って品定めでもするような目で見ているのが貴族のご令嬢という生き物だ。
蝶よ花よと育てられ、自らを美しいものだと心底から思い込み、自分達は常に選ぶ立場であり望んだものなら何でも手に入ると信じて疑わない。高貴な自分が結婚するに相応しい相手を見繕いに来ている。
キツい香水の香りを纏って、頬を染めて流し目をくれながら群がってくる。
初めは分からなかったが、彼女たちは所謂、秋波というものをこちらに向けて、自分を選ばせようと必死だったのだ。
自分からはっきりとそれを示さないのは、あくまで権力も財力もある魅力的な男性に見初められた自分、というものを演出したいが為に他ならない。
何とかこちらから褒め言葉を引き出そうと、帽子やドレス、アクセサリー等の自慢をする。
その一つ一つがどれ程の価値があり、それを購入する為にはどれ程の金が必要で、その金を稼ぐ為にどれ程の労働が必要なのか。支配階級であり労働で金を稼ぐということを考えたことすらない、薄っぺらで醜悪な生き物。
彼女達の男漁りの基準はまず爵位、次いで財力と権力。見目の良さは付加価値といったところか。
自分ではよく分からないが、私は彼女たちの中では1番価値のある存在のようだった。
全くありがたくない評価である。囲まれて辟易し、どれだけ冷たく接しても禄な相槌を打たずにいてもお構い無し。私の気持ちを慮る気など欠片もないのだ。
やがて見かねた同期や王太子によって解放されるが、たまったものではない。
品定めによる囲まれを経験していない友は他人事のように「今日も大変だったな」と他意なく笑う。
人格で言えば彼の方がずっと良い。なのにあれらは彼には見向きもしない。
男爵家でしかも、爵位を継がない次男、だからだ。
彼は「自分の立場では剥がしてやれないから、愚痴ならいくらでも聞く。君の気持ちはよく分かるよ」、そう言っていつも私の肩を叩く。他の貴族子息達には理解されない分、とてもありがたかった。
それから数年、私が爵位を継ぐため騎士団を辞する頃になって彼は、わざわざ挨拶をしに来てくれた。
めでたい裏切りの挨拶だった。
彼は女性を伴って現れた。この度、婚約者と結婚することになった、と。
彼の口から婚約者のこの字も出てこなかっただけに驚いて何も言えなかった。
「すまない、今まで一度も紹介すらしていなくて。俺は爵位も持たない、平民と代わりない一介の騎士だから、伯爵令嬢である彼女とは結婚する訳にはいかないと思っていたんだ。でも彼女は構わないと言って何年も待っていてくれた。彼女を幸せにするために、腹を括ったんだ」
そう言って朗らかに笑う彼は以前と何も変わらないが、照れているのか少し頬が赤い。隣りの婚約者も頬を染めて恥ずかしそうに少し俯いている。
彼女は、紹介された時に自己紹介をした時以外、話を振られない限り口を挟まず、傍らの彼に優しげで眩しいものでも見るかのような眼差しを向けていた。
この女性は自分の知るご令嬢という生き物の中でも亜種のようなものではないかと思えた。
伯爵令嬢であり公爵家を訪ねるのだからとある程度張り切った出で立ちではあるが、派手さはなく、どこか慎ましやかだ。
幾つか意地悪な質問もしたが、そのいずれにも彼女は「大きな宝石よりも彼から貰った野花が好き」、「爵位などなくても彼と一生を添い遂げたいと思った」、「母親同士で決めた婚約だったが自分は最初から本気だった」、「彼の為に家事も一通り覚えた 」。
なにを聞いても彼女は淀みなく答えるし、最初は妙な質問を始めた私に訝しげな視線を向けていた彼も、相変わらずの察しの良さで意図を汲み取ってくれ、口を挟まず婚約者を見つめ、微笑んでいた。
最後に親友を支えてやって欲しいと頼んだ。恐縮しながらも「もちろんです」と答えた婚約者を連れて親友が帰っていく様子を見送り、胸に何か詰まっているような、喜びと苦しさを感じた。
彼らは幸せになれるだろう。いや、既に幸せなのだ。
素直に嬉しいと思う。招待してくれるという結婚式も我が事のように待ち遠しい。それなのに苦しいのは何故か。
横恋慕なんかじゃない。その方がマシだった。
彼女のようなご令嬢に出会ってしまったことで、これまでの自分の価値観が揺るがされたのだ。歪んだ価値観を持っていたことに気付いてしまった。
この世界の新しい側面を見せられたような気分だが、同時に絶望したくなった。
歪んだ価値観を形成させるようなもの達に周囲を囲まれていることにも気付いてしまったから。
社交界に出てからは、視野と自分の世界を広げようと努力をしてみたが、相変わらず寄ってくるのは貴族令嬢という生き物と、それを売り込もうと必死なタヌキとキツネ達だった。
僅かに光を見た気がしただけに、沈み方は尋常ではない。
歪みと偏見は強くなり、秋波を寄せられるだけで嫌悪するようになってしまったし、浅ましい欲が透けて見える弧を描いた目を見ると吐き気すら感じる。
そのお陰でとても奇異な出会いを果たすのだが、それを知るまでには更に数年かかるのだった。
お次は公爵から見た主人公のお話です




