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公爵様は見る目がない!  作者: 猫森まりも
第一部 雇用契約?公爵夫人、始めます
10/44

閑話~執事長の(気持ちが)天国と地獄

別視点はもう少し続きます

「公爵様、何故あのような部屋を奥様の部屋にとご命じられたのですか?」




応接室から執務室へと移り、淡々と書類を裁いていた主は、不意に投げかけた問いにピタリと動きを止め、ゆっくりとこちらに視線を投げかけた。




「何故そんなことを聞く?」


「公爵様の深ーいお考えというものを、是非お教え頂きたいと存じまして」




わざとらしく恭しい礼をとって見せ、チラりと期待に満ちた目を向けた。


人目がない場所では、気安い態度をとることを許されている程度には、深い付き合いなのである。




「…本来の婦人用の部屋は、当主の部屋を私が使っていないのだから夫人にも使わせるわけにはいかない。あの部屋なら広さも十分で実用的だ。この広い邸内をことある事に移動する手間もある程度省けるだろう」


「左様でございましたか。流石です、公爵様」




概ね予想通りの解答に少し満足し、にっこりと笑みを返すが、こちらとは裏腹に主は少し不機嫌そうに眉を寄せた。




「何だ、一体。嫌味のつもりか?」


「嫌味などと、とんでもない。しかし、嫌味だと感じられるのであれば何か後ろめたいことでも?」


「お前のことだ、どうせ待遇が悪いだの華美さに欠けるだのと小言を言いたいんじゃないのか?」


「確かに、今朝まではそう思っていました。ですが、今は違います」


「…どういうことだ?」




やっとこちらの話に興味が向いたのか、主は未だに手中にあった書類を手放し、顔を上げてこちらを注視した。




「奥様があの部屋を気に入ってくださったので」


「…ただの素振りだろう」


「あの部屋のどの辺りを気に入ったのかと問いかけましたところ、『 まず第一に、応接間と寝室でそれぞれ部屋があるというのは実用的で良いわ。次に、東側の窓。大きな窓だし、朝日が差し込んできて爽やかな朝を迎えられそうよね。寝起きで見たら眩しいでしょうけど、こちらは寝室ではないし。窓辺に余裕があって、何か鉢植のお花でも飾れたら最高ね。南側のテラスも広いし、天気の良い日にこのテラスでお茶を楽しめそうだわ。ゆっくり休めそうな大きなベッドも大きなクローゼットも素敵だし、更に専用の浴室まで。この部屋だけで一日の生活が完結できるわね』……と。奥様はこのように仰いました」


「…………」




久々に見る、目を見張って驚く主の顔。眉間に皺を寄せているか無表情かのどちらかが多い主のこの表情はなかなかお目にかかれない。


天晴れです、奥様。




「公爵様よりもずっと、あの部屋の良さを理解しておられました。奥様は見る目がある方のようです」




またにっこりと笑って言うと、主は不機嫌そうに、いや、拗ねたように眉を寄せ、手元の書類を持ち直し執務に戻ってしまった。






ーーーーーー



昨日は良いものが見られた。と、清々しい朝を迎えながら、今朝は早くに登城するという主の世話をする。


自然と表情が緩んでしまうのを見つかると面白くないというような視線を返されてしまうので、それが更に面白く感じてしまい、また表情が緩む。


悪循環にお気付きください、公爵様。



その程度のことでは流石に機嫌を損ねない主の朝食が終わり、いよいよ出かけようという支度を手伝っていると、食堂の扉が開いた。



奥様だ。



やはり派手さのないシンプルながら品の良い水色のワンピースを纏うその姿は爽やかな朝の気分を損ねない、優しい佇まいであった。



が、どうにも様子がおかしい。



目を見開いてこちらを見つめたまま、いや、主を見つめたまま固まっている。惚けているとも言える表情でゆっくりと口が開くと、零れたように何かを呟いた。




「……天使?」




戸惑うように眉を寄せた主が聞き返すように言葉を紡ぐ。


そうだ、確かに何がしかの天使だと言っていた。


確かに、ローゼンベルク公爵と言えばその容姿は美しく、たまに神々しくはあるが。妻である奥様に言われるとモヤモヤしてしまう。


奥様には夫である主に惚れて頂き、公爵家を盛り立てて頂きたい。一日でも早く安泰であると安心したいのだ。




その後はとても意外であった。


なんと、ごく普通に会話をしているではないか。いや、普通よりは幾分かぎこちないやり取りではあるが。


それも、奥様の初めてのおねだりが絵画を見たいという、主では到底思いもしなかったであろうささやかなものだったからだ。



貴族のご令嬢というものに悪感情と偏見しか持たない主にとっては、まさに毒気を抜かれたことだろう。


財産にも権力にも興味を持たず質素ながらも上品で、何より主の見目に惹かれて秋波を送ることもない。


はっきり言葉にした訳では無いが、恐く主の理想に近い女性なのではないだろうか。



結局、主は最後まで機嫌を崩さなかった。どころか、これから仕事へ向かうと言うのに、いつもより表情が少しだけ柔らかかった。


当然、そのことに気付いたのは自分だけだったのだろうが。



これは幸先の良いスタートかもしれない。そう弾む気持ちを抑えて、呼び出しに応じて奥様の元へ向かったが、そこではどん底へ落とされたような気分になった。







主、私達のスタートラインは崖っぷちなのかもしれません。








次回はやっと?公爵様の視点になります。

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