私が決める配水表
広場に戻ると、祭りの灯りはほとんど消えていた。屋台の布が夜風に揺れ、濡れた石畳には、片づけを急ぐ人々の影が細長く伸びている。
リゼットは中央の水時計の前に立った。止められた針は、祭りが始まった時刻で固まっている。その下に、エアンが修理した小さな測定具を置いた。
「皆さんに話があります」
声は大きくなかった。それでも、近くにいた者が顔を上げ、隣へ知らせるように身を寄せていった。やがて広場には、農家の者、職人、役所の書記、商店の主人、子どもを連れた女たちが集まった。眠気と不安を抱えながらも、誰も帰ろうとはしなかった。
エアンが地下渠で見つけた金具と、命令書の写しを掲げた。
「町の主水路から、地図にない地下渠へ水が抜かれています。水門を閉じれば流量は戻る。ただし、順序を誤れば古い壁が崩れ、家々の床下へ水が噴き出す危険があります」
ざわめきが起こった。
「そんなことを、今からどうやって決めるんだ」
「役所の水利係に任せればいい」
「その役所の印が命令書にあるんでしょう」
最後の声に、ミルがうつむいた。だが、逃げずに広場へ立っている。リゼットは彼女のそばへ歩み寄った。
「役所だけに任せた結果が、今の水路です。だから、今回は町の全員で決めます」
「全員で水門を動かすのか?」
果樹園の老農が尋ねた。
「動かす時刻と、止める順序を決めます。誰がどの水路を見張るかも、各地区で引き受けてください。水が止まる時間を隠さず、家ごとに必要な量を先に確保します」
リゼットは地面に大きな円を描いた。その中央に水源、そこから町へ伸びる主水路、果樹園、工房、倉庫、各地区の貯水槽を書き込む。最後に地下渠を赤い線で加えた。
「今夜の測定では、上流から一刻に百二十桶分の水が来ています。町の生活に必要なのは八十桶。果樹園へ二十桶。残りの二十桶が地下渠へ流されている」
「なら、その二十桶を止めればいい」
「簡単ではありません。水は数字だけで動きません。主水路を先に絞り、果樹園側の分岐を閉じ、それから地下渠の第一水門を開放して圧力を逃がす。水位が半分になったところで、地下渠の奥の門を閉じます。その間、各地区の排水口を開けておく必要があります」
職人たちが地図をのぞき込んだ。若い石工が眉をひそめる。
「奥の門を閉じる役は?」
「私が行きます」
エアンが言った。
「地下の道は狭く、金具の位置もわかっている。契約の記録を読むより、こういう仕事のほうが向いているらしい」
小さな笑いが起こった。張りつめていた空気が、ほんの少し緩む。
しかし、商店の主人が腕を組んだ。
「水を止める間、店の貯水桶だけでは足りない。組合の倉庫には大きな槽がある。そこを使わせてもらえばいい」
「倉庫の水は、町から奪われたものです」
リゼットは答えた。
「だからこそ、今夜は組合の許可を待たずに開けます。貯められた水は、地区ごとに量を測って配ります」
倉庫の番人だった男が顔を赤くした。
「勝手に入れば、あとで罪に問われるぞ」
「水を奪い続けるほうが、よほど大きな罪です」
エアンが静かに言った。
「監査人として、私が記録します。誰がどの槽を開け、何桶を配ったか。隠す必要はありません」
しばらく誰も口を開かなかった。やがて、老農が杖を鳴らした。
「うちの地区は、夜半から明け方まで水を止められる。果樹には先に水を回してくれ。根が乾けば、今年の実りがなくなる」
「東の職人街は、貯水槽を見張る人を出せる」
「女学校の井戸は、子どもと年寄りを優先する」
「北側の水路は、俺たち石工が見ておく」
次々に声が重なった。反対を口にしていた者も、自分の家の桶の大きさや、隣人の必要量を伝え始める。リゼットはエアンから受け取った帳面に、地区ごとの水量と担当者を書き込んだ。
配水表は、最初から美しい形にはならなかった。果樹園を優先すれば染物職人が困り、生活用水を増やせば地下渠を閉じる作業が遅れる。何度も線を引き直し、住民同士が言い争い、そのたびにリゼットは測定値を示した。
「この順なら、東地区の貯水槽に三十桶残ります」
「北側は二十桶では足りない」
「では、果樹園の第二分岐を十五分だけ遅らせます。その分、朝の配水を五桶増やす」
決めたことを、誰かに押しつけるのではない。数字と暮らしを並べ、足りないところを皆で引き受ける。夜が深まるほど、表の欄は埋まっていった。
最後に、リゼットは水時計の止まった針を見上げた。
「水門を止める時刻は、鐘が二度鳴る時刻。第一分岐を閉じ、三度目の鐘で地下渠の奥を閉じます。異常があれば、地区ごとの見張りが白布を掲げて知らせてください。命令を待たず、安全を優先して流れを戻します」
「命令を待たないのか」
誰かが尋ねた。
「はい。水のそばにいる人が、一番早く異常を知るからです」
エアンが帳面を閉じた。
「この配水表を、町の正式な記録として扱います。写しを各地区へ渡し、私の印も押します」
リゼットは彼を見た。
「私の名も、書いてください」
「もちろん」
彼は羽根ペンを差し出した。リゼットは帳面の最後に、震えのない字で署名した。
リゼット・アルネ。今夜の配水計画責任者。
その文字を見た瞬間、胸の奥で長く閉じていた扉が開いた気がした。かつて自分の報告書を書き換えられた時も、職を奪われた時も、彼女は誰かが正しい記録を取り戻してくれるのを待っていた。だが、水は待ってくれない。流れを決める者がいなければ、強い者のほうへ流されてしまう。
夜半、最初の鐘が鳴った。
住民たちはそれぞれの持ち場へ散っていく。リゼットは主水路のそばで、石の振動に手を重ねた。遠くで金具が動き、水の脈が変わる。
「聞こえますか」
エアンが隣で尋ねた。
「はい。今、町へ来る流れが細くなりました。でも、まだ崩れていない」
「表どおりですね」
「表どおりにするのは、思ったより難しいですね」
「だから、あなたが決めた」
彼の声は、暗闇の中でもまっすぐだった。
二度目の鐘が鳴る。地下から低い唸りが返り、地面がかすかに震えた。広場の白布はどれも上がらない。
リゼットは帳面を胸に抱えた。水は一時的に止まる。それでも、町の誰もが自分の暮らしと隣人の暮らしを考え、同じ表の上に立っている。
「行きましょう」
彼女は地下渠へ続く道を見た。
「三度目の鐘を、私たちの手で鳴らします」




